第90話 ~女耐性がリミットブレイク~


 寮を出た茜は約四時間程して帰って来た。

 寮の最上階の空いた窓から。恐らく無重力の靴とショットナイフを使って飛んできたのだろう。


「あれ、もう帰って来た。ていうか玄関から入ってきなさいよ」

「玄関から出入りしたら獄道組にバレるだろ」


 制服姿の茜は靴を脱いで玄関に置いてリビングに戻る。そして雪花が淹れてくれた麦茶を飲んで一息着いた。


「それで? 上手くいったの? 交渉とやらは」

「ああ、バッチリだ」


 茜は麦茶の入ったコップ片手に雪花に向かってウィンクする。

 茜はある者達に協力を依頼する為外に出ていたのだ。そしてそれは成功したらしく、茜の表情には笑みがこぼれている。


「そういやあさ、雪花って髪を結ったりできるか?」

「え? どんな風に?」

「三つ編みとか、適当でいいんだけどさ」

「出来るけど、何で?」


 翌日、茜は堂々と寮の正面玄関から出る。

 いつもと変わらぬ制服姿で。

 しかし違う所が二点。

 一か所は髪型だ。昨日言ったように雪花に結ってもらったのだ。

 二本の三つ編みが茜の両肩に垂れ下がっている。雪花いわく、かなりの力作のようだ。髪型を変えた事でまた違った茜の可愛らしさが際立っている。

 そしてもう一つは赤縁の眼鏡をしているという点だ。茜は視力は良く、眼鏡をかける必要はないのだがそれも可愛らしさを引き立てている。


「お、いたいた」


 学校へ続く道に一台の黒塗りのワンボックスカーが角で待機していた。

 一週間近く張り込んでさぞやお疲れだろうと、茜はほくそ笑む。そしてそれを嘲笑うように学校とは逆の、海方面へと茜は脚を運んだ。


「ん?」


 だがその道にも黒塗りのワンボックスカーは待機している。

 しかし茜はその車の前を堂々と通り過ぎて行ったのだった。

 車の中では一人のヤクザが茜を見て飛び上がる。いくら髪型を変えて眼鏡をかけたからと言ってその青い髪と可愛らしさは隠し通せるものではないのだ。


「おい! おい!! 起きろ! あれって例のガキじゃないのか!?」

「んあ?」


 気づいた獄道組の一人が運転席でウトウトしていた男を叩き起こす。

 運転手は間抜けな声と共に目を覚まし目の前を通り過ぎていく、三つ編みで青髪の少女の顔と写真を照らし合わせる。


「あ、ああ! あれだ! 間違いない!」

「よっしゃ! アンパン生活ともやっとお別れだぜ! おい! 他の奴らに連絡しろ!」

「はい!」

「しかし、何で学校側じゃなくて海側なんだ?」

「さあな……だがかえって好都合だ。海側は人が少ない。ゆっくり事を運べるってもんだ」


 黒塗りのワンボックスカー内では獄道組のヤクザ達がやっと来た茜の登場にざわめいてお祭り状態だ。

 そして茜が人気のない海側を選んだのはヤクザ達の言う通り、ゆっくり事を運ばせるため。荒っぽく羽交い絞めにされると茜としては少し困る事があったのだ。

 海の方へ歩いていく茜を黒塗りのワンボックスカーが三台、ゆっくりと追いかけていく。

 やがて茜は以前雷地と話したふ頭に到着した。海のいい匂いが風に乗って漂ってくる。


「さて」


 茜が振り返ると三台の黒塗りのワンボックスカーが茜を囲むように停められ、中からそれぞれ四、五人の男達が降りてきた。

 どの男もガタイが良く、服装は統一感が無い。スーツ姿でフォーマルに決めている男もいれば、タンクトップにTシャツ、、スウェットといったカジュアルな恰好まで様々だ。手にはバットやナイフやらをちらつかせている。


「茅穂月茜だな」


 そして最初に口を開いたのはスーツの男。

 どうやらこの男がここにいるグループでは一番格上らしい。


「そうですけど。何か?」


 そう言って、茜は手に青桜刀を出現させる。

 だがスーツの男は動じない。青桜刀を一瞥しただけで直ぐに茜に視線を戻す。


「……止めとけ、この人数相手に勝てるわけがねぇだろ」


 茜が見渡すと十五人前後。茜としては余裕だった。だがここで獄道組の手下を全滅させることが目的ではない。


「親父に無傷で連れてこいと言われている。大人しく来るなら危害は加えん」


 親父とは獄道組の長、組長の事だろう。血の繋がりがなくともヤクザの世界では長を親父と呼ぶのだ。

 茜は少し考えるように俯いた後、スーツの男に向かって歩き出す。

 だが手には青桜刀。スーツの男を守る為か、タンクトップとTシャツの男が間に割って入る。


「待てこら!」

「近づくんじゃねぇ!」


 と、茜に向かって怒鳴り散らして来る。

 アルドマン孤児院で茜は四人のヤクザ相手に暴れた為、警戒されているのだろう。

 茜はそこで止まり、やれやれとばかりにスーツの男に目を向ける。来いと言われたり待てと言われたり、賢い犬でもどうすればいいか分からず、あたふたするに違いない。


「どけお前ら、みっともねぇ」

「す、すいやせん!」」

「……わかりやした」


 スーツの男が一喝すると二人は茜への道を開ける。

 そして再び茜は歩き出し睨む二人の男の間を通り、スーツの男の前に来たところで青桜刀の鞘の部分を差し出した。

 

「丁寧に扱ってくれよな。大事な物だから」


 茜が青桜刀を持っている事はバレている。

 だから茜は体を調べられる前に青桜刀を差し出したのだ。


「殊勝な事だ。おい、お前ら。この娘を連れて行け。くれぐれも粗相のないようにな」

「はい!」


 そう言って茜は誰からも掴まれる事なく触れられることもなく、開かれたドアから車に乗り込むよう、首を傾げて誘ってくる。

 無傷で連れてこいと言われているので車の中で酷い目に会う事は無いだろう。

 茜は車に入ると先に男が乗っていてその隣に茜。更に男が挟むように乗り込んで来た。

 すると三台の黒塗りのワンボックスカーは縦に並んで走り出す。


「おい、女。怖くて小便漏らすんじゃねぇぞ」


 と、隣の男が薄笑いを浮かべてセクハラ染みた言葉を吐いてくる。

 だが茜の返事は無い。


「何だおい、怖くて声も出ねえのか?」

「お前は獄道組に手を出した。生きて帰れると思うなよ?」


 そして逆側の男もへらへらと笑いながら茜を脅してくる。

 獄道組はアルドマン孤児院の事をかなり根に持っているようだ。それにしてもまだ学生で、しかも体の小さな少女に対して脅しをかけてくるとは何とも器が小さい奴等だ、と茜は思っている事だろう。

 と、思われたのだがどうやら違うようだ。


「あ、兄貴……こいつ寝てますぜ!?」

「はっ!? この状況で!?」


 茜は小刻みに揺れる車の中で小さな寝息を立てていた。

 ここから獄道組までは約三十分程の道のりとなる事は茜もリサーチ済みなのだ。その間暇なので茜は寝る事にしたのだった。


「この女ぁ……ふざけやがって!」

「で、でも兄貴この女……めちゃめちゃ可愛いですぜ?」


 目を瞑った茜のまつ毛は普段よりとても長く見え、更に艶やかに映る。

 茜は超がつくほどの美少女。眠ってしまった物言わぬ茜の唇は男二人を赤面させるには十分だった。


「あ、兄貴……この女……何だかめちゃめちゃエロくないっすか? 胸もでかいですし……そ、それに何だかいい匂いが……」

「ば、馬鹿野郎! この女の色香に惑わされてんじゃねぇ! お前、この女がうちに何しでかしたか分かってんのか!? 俺はそんな事でこの女をゆる――」


 その時、車が大きく揺れて眠った茜の頭が兄貴と呼ばれる男の肩にもたれかかってしまった。

 それを見た弟分の男は目を見開いて焦る。


「あ、兄貴! 落ち着いてくだせぇ! この女は傷つけずに連れて行くって言われていて――」


 苛立っていた兄貴と呼ばれる男が、ふざけた態度をとる茜を殴るかもしれないと、弟分の男は心配になったのだろう。

 だが今度はその兄貴分の反応が無くなった。


「あ、あれ? 兄貴?」


 弟分が兄貴分を呼ぶが応答がない。

 だが兄貴分の目は開かれており、背筋もピンと伸ばしてよい姿勢を保っている。

 

「ど、どうしたんですかい兄貴!?」


 兄貴分の顔は赤面している。

 そして兄貴分の肩に体重を預けている茜が身じろ気すると兄貴分の男もビクンと体をすくませている。


「ま、まさか兄貴……この女に触れられて女耐性がリミットブレイクして……兄貴? 兄貴!? 兄貴イイイイイ!!」


 こうして茜は何事もなく、無事、獄道組の事務所へ連れて行かれたのだった。


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