やっぱり蘭で

 アラームの音で目が覚める。

 瞼をゆっくりと開くと、二日酔いなのか軽い頭痛を感じた。

 昨日は久しぶりに飲みすぎたかもしれない。そう思いながら体を起こすと、俺の隣には茶髪をぐちゃぐちゃにしながら体を丸めて寝息を立てている蓮香の姿があった。彼女は俺のシャツとズボンを着ていて、いわゆる彼シャツ姿になっている。


「そう言えば、家に帰らなかったんだっけか」


 すーすーと寝息を立てるその寝顔は茶髪に隠れてほとんど見えないが、きっと綺麗な顔をしているんだと思う。

 そんなことを寝起きの頭で考えながら、アラームを止めて昨日のことを思い出す。

 俺がお酒を飲んでいると、頭を撫でたことからそういう雰囲気になり蓮香に告白されてしまった。俺も酔っ払っていたからか、特に深いことを考えずに告白を受け入れて、昨日から蓮香とは恋人同士になった。そして気が付けば二十三時を回っていて、家に帰るタイミングを逃した蓮香はウチに泊まって行くことになった。

 でも今日は俺も蓮香も予定がある。俺はバイトに行かなければならないし、蓮香は学校に行かなければならない。なのに蓮香はアラームが鳴っても、一向に起きる気配を見せなかった。

 時刻を確認すると七時半を少し過ぎたところ。俺はまだまだ時間に余裕があるが、蓮香はぼちぼち起き出さなくてはいけない時間帯だ。


「おーい。蓮香ー。そろそろ起きないとまずいんじゃないか」


 そう声を掛けながら体を揺すると、彼女の寝息は止まりその瞼がゆっくりと開いた。蓮香はそのままごろんと仰向けになりぼーっと天井を眺めると、次いでその瞳で俺の顔を捉えた。


「あ、柊一さん……おはようございます」


「おはよう」


 まだ眠たそうな蓮香と、朝の挨拶を交わす。蓮香は寝起きですら可愛い。寝相のせいなのか彼女の髪はぐちゃぐちゃだが、それすらも色気として感じてしまう魅力が蓮香にはあった。

 俺、こんな可愛い子と付き合うことになったんだよな。そう思うと途端に照れくさくなってしまって、なんて声を掛けたらいいのか分からない。

 俺が言葉を詰まらせていると、蓮香が腕を大きく開いた。


「柊一さんが抱きしめてくれないと起きられそうにないです」


 蓮香は照れ笑い混じりに、そんなことを口にした。

 おいおい。俺の彼女可愛すぎるだろ。蓮香ってこんなに大胆な子だったんだと、昨日の夜から痛いほど思い知らされている。

 しかしお酒の勢いもなくなってしまった今、蓮香に抱き着くのはちょっとだけ恥ずかしいなと躊躇していると。


「ほう。抱き着いてくれないなら私にだって考えがあります」


 腕を広げたまま、蓮香は冷静にそう告げた。


「なんだ。言ってみろ」


「このままふて寝して学校を休みます。もちろん親にも連絡しません。そうなれば学校と親は私のことを探して警察沙汰に――」


「抱き着かせてください」


 十八歳は成人だと言うが、相手はまだ高校生なので警察沙汰になると俺にいらん疑いを掛けられる気がした。なので俺は諦めて、腕を広げる蓮香に思いきり抱き着く。すると蓮香は「えへへ」とご機嫌そうな笑い声を出して、俺の頭を優しく撫でてくれた。

 高校生に頭を撫でられるのは、なんだか背徳感があるな……と癖になってしまいそうな自分が居る。

 それと昨日は全く気にしていなかったが、正面から抱き着いているのでもちろん蓮香のおっぱいの感触を直で感じる。柔らかだがどこか弾力のある彼女の胸を、初めて意識してしまった。けれども彼女のおっぱいよりも、俺は蓮香を全身で感じて居たかった。蓮香を抱きしめていると、すごく気持ちが落ち着くような気がしたからだ。


「あー、このままもう一回寝ちゃいたいな」


「いいですね。このまま二人でサボっちゃいますか」


「さすがにそれは無理だろ。店長を困らせちゃう」


「それもそうですね。私も学校に行かないと乃々が一人ぼっちになっちゃうので」


 二人でそんな会話をしながら、互いの体温を肌で感じ合う。女の子の体ってこんなに華奢で柔らかいんだと思いながら、蓮香と顔を合わせる。抱き着いていることで互いの顔が近いが、恋人同士になった今ではその距離すらも気にならない。


「今日から彼氏彼女ですね」


「そうだな。彼氏彼女になっちゃったな」


「店長さんには報告するんですか?」


「あー、報告した方がいいよな。蓮香とも顔見知りなんだし」


「そうですね。した方がいいと思います」


「じゃあ報告しておくか。蓮香は乃々ちゃんに報告するのか?」


「もちろんしますよ」


「だよなあ――あ、それだったらさ、店長と乃々ちゃんには同時に報告しないか?」


「同時にですか?」


 キョトンとする彼女の顔も、至近距離で見たら破壊力抜群だ。

 ほんと、どうしてこんな可愛い子が俺みたいな男と付き合ってくれたのか。自分でも不思議に思う。


「そうそう。蓮香が学校終わったらラーメン屋に来てもらうんだよ。多分蓮香が帰る時間だと、ウチのラーメン屋はギリギリ休憩中だと思う。だからその時に乃々ちゃんも連れて来てもらって、その場で二人に報告するんだ」


 どうだ? と俺が首を傾げると、蓮香は明後日の方を見ながら考えてから、次第に頬を緩めた。


「いいですね。面白そうです」


 そうニヤリと笑って了承してくれた蓮香の頭を、「じゃあその予定で」と言って撫でてやる。蓮香の頭を撫でるのが癖になりそうだ。

 頭を撫でられた蓮香はくすぐったそうに笑うと、突然もう一度ぎゅっと抱き着いてきて幸せそうな声を紡いだ。


「そういうことで、こんな私ですがこれからよろしくお願いしますね。柊一さん」


 ぎゅーっと抱き着いたまま離れる気配を見せない蓮香に困りながらも、俺は「こちらこそよろしく頼むよ」と言って彼女を力強く抱きしめ返した。


 ☆


 バイトの休憩時間。俺と店長はちょっと遅めのお昼ご飯を食べ終わり、カウンター席に座って適当な世間話に花を咲かせている時のこと。

 店のドアがガラガラと開いて、蓮香が顔を出した。彼女の後ろには、今日も眠たそうな顔の乃々ちゃんが居る。


「こんにちはー。入ってもいいですかね」


 ドアの隙間からちょこんと顔を出す蓮香に、店長が「いいぞ」と許可を出す。すでに店長には蓮香が来ることを伝えていたので、すんなりと中に通してくれることとなった。

 蓮香と乃々ちゃんが「お邪魔します」と言って店内に入ってくる。乃々ちゃんをカウンター席に座らせて、今度は俺が蓮香の隣に立つ。蓮香と並んで立ちながら、カウンター席に座る店長と乃々ちゃんに顔を向ける。店長は今から報告される内容を察しているのかニヤニヤとしているが、乃々ちゃんはポカンと口を開いている。

 そんな二人を前にして緊張しつつも、俺は自分の顔が熱くなっていることを感じながら話し始める。


「ええと、今日は店長と乃々ちゃんに報告したいことがありまして、お二人にお時間を頂きました」


 そう前置きを置くと、店長と乃々ちゃんは話しを聞く姿勢を作った。

 俺と蓮香は互いに目を合わせて頷き合う。どうやら蓮香は俺に全部を任せるようだ。

 こういうことは男がやる仕事だもんな。俺はそう割り切って、「んんっ」と咳払いをしてから口を開く。


「えー、簡潔に言いますと、実は昨日から蓮香と付き合うことになりました」


 簡潔に報告すると、店長は笑いながら「だと思った」と言い、乃々ちゃんは驚きで目を大きくさせた。

 店長と乃々ちゃんの反応はバラバラだが、二人とも俺たちに拍手を送ってくれる。


「昨日、何があったの?」


 いつもの眠たそうな表情はどこへやら。乃々ちゃんは興味津々な顔を、俺と蓮香に向けた。俺はまた蓮香と顔を合わせてから、昨日あったことを二人に話した。蓮香が家に遊びに来たこと。俺の晩酌に付き合ってくれたこと。告白をされたこと。などなど、余すことなく二人に説明した。


「へえ、蓮香ちゃんやるねえ。五年越しに好きな人のハートを射止めたってワケか」


「すごい。二人ともおめでとう」


 すると店長も乃々ちゃんも、素直に俺たちのことを祝福してくれた。

 店長にも乃々ちゃんにも交際を反対されなくてよかった。二人とも俺たちのことを祝ってくれているし、隣には大好きな彼女まで居る。ああ、なんていい気分なんだ。俺はこの日のために生まれて来たのかもしれない。


「よかったね。柊一さん」


 喜びに浸っていると、蓮香が俺の顔を覗き込んで微笑んだ。その笑顔を見て、やっぱり俺は彼女のことが好きだなと実感する。


「ああ、よかったよ。これで心置きなく付き合えるな」


 俺がそう言ってみせると、蓮香は笑顔のまま「うん」と頷いてくれた。


 顔を合わせて二人だけの会話をしていると、店長に「アタシの店でイチャつくなよー」とからかわれてしまった。

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