第一部 8話 オリジナル
「 え?」
ナタリーの驚いた声を他人事のように聞いた。
「が、は」
一拍遅れて息が漏れる。何メートルも飛ばされて一際大きな樹に叩きつけられたのだと分かった。
――ああ、致命傷だな。
どう考えても助からないと、俺でも分かった。
わあわあと泣きながら、ナタリーが走ってくる。
「嫌だ、嫌だ」
駄々をこねるように呟きながら、俺の頭を抱いた。そうすれば大丈夫だと。また生き返るのだと。
――何も考えずに飛び込んじゃったけど、間に合って良かった。
必死に走って、走って、ナタリーを突き飛ばした。ただ、俺自身が避けることには失敗しただけだ。
――無念があるとすれば……。
大鬼を見る。割り込んだ俺に警戒して様子を伺っているが、視線はナタリーから外していない。次はナタリーだ。
「ナタリー! 無事?」
セシリーの声が聞こえる。早いな。もう追いついたのか。ひとまず助かった。でも……。
「セ、セシリー! お兄ちゃんが!」
セシリーが息を呑んだのが分かった。
――今すぐに全滅とはいかないが、これは厳しい。
滲む視界で大鬼を見る。セシリーは善戦しているようだが、長くは持たないだろう。
――これでは間に合わない。助けが来る前に全滅してしまう。
ナタリーが俺の名前を呼び続けている。
申し訳ないが、これは助からない。あの金棒で吹き飛ばされたんだ。体が繋がっていることに感謝すべきだろう。中身はぐちゃぐちゃなんだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
助からないことが分かったのか、ナタリーは謝り始めた。何度も何度も謝罪する。
――違う。謝るべきなのは俺の方だ。せっかく前の俺が助けたのに、これじゃあ余計な真似をしただけじゃないか。
――結局、兄さんも止められずに無駄死にか。何だったんだろうな?
「?」
気づけば、真っ暗な空間に立っていた。あの白い空間に似ているが、扉は見当たらない。闇だけが広がっている。
突然、目の前に俺が現れた。
「え……俺?」
「お前じゃねえよ。偽物が」
「うわ!」
目の前の俺は暴言を吐いてから、じろじろと俺を睨み続けている。
「……偽物? まさか」
「俺がアッシュだ」
「死んだんじゃ、なかったのか?」
「死んでねえ……でも死ぬ直前なんだろうな。魂が少し残っているってところか」
「そうか」
「お前、何なんだよ! 俺の体に入りやがって。それは俺のものだ!」
「それは……ごめん」
「謝るな! 謝って済む問題じゃねえっ! 俺は、死ぬはずだった。俺の人生は終わったんだ!」
「……」
「出てけって言いたい。消えろって思ってる!」
人生を奪われたと、大声で怒鳴りつける。
それから迷うような目を向けて、
「……でも、今お前がいなくなったらナタリーが死ぬ」
本物は悔しそうに顔を歪めて俯いた。
「もう俺にはナタリーを助けられるだけの力はない」
胸倉を掴まれて、強引に引っ張り上げられる。その拍子に本物の俺から涙がこぼれた。
「だから代わりに助けろ。俺の人生を譲ってやる。死ぬまで守れ。あいつが天寿を全うした後、勝手に死ね」
「わ、分かった」
「約束しろ!」
「約束する」
乱暴に俺を突き飛ばして、本物は俺に背を向けた。
「それだけだ。じゃあ、俺は行く」
本物は一歩ずつ離れていく。
「ありが……」
「礼なんて言うな! お前のためにしてやることなんて一つもねえよ! 偽物が!」
どれだけ時間が経ったのか、やがて本物は見えなくなった。
「……でも、ナタリーを庇ってくれたことだけは、感謝してる」
最後に。悔しそうな呟きが聞こえてきた。
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