手記:妾の記憶

白月綱文

1夜目、たった一つの満月

人は、思い返す為に文字を残すらしい。

人類が積み上げたものは歴史と呼ばれ、それは正しく文字によって紡がれたものだ。

人類全体よりも古く続いていた童にとって、滅び行く別種も色の変わる世界も気に止めるには足りなかった。

死なないのだから、繋げる意味もない。自己以外のほとんど全てが獲物なのだから、繋がる理由も無い。

単に今を過ごすのみ、存在する感情に対してあまりにも拙い生き方をしてきていた。

それなのに言葉を得ても尚、童は真に言葉の意義を知らなかった。

故に、此処に綴る事で今にしかない気持ちを残そうと思う。

人類を眺めていた、隣と呼ぶにはあまりにも遠い気持ちで。

その存在を理解すること無く、その脆さを考えることも無く。

何かを成し遂げるには短い時間だからこそ繋げる、先がない世界で輝こうと足掻くからこそ繋がるのだと、気が付きはしなかった。

その生き物は個としてはあまりに足りなく、か弱い。

どうなろうと死ぬ事などなく、また老いることも無い。吸血鬼の中でも特に『個』だった童とはあまりにも真逆な存在。

それは正しく『群』としての生き物だった。

終わり続けるからこそ、進歩を続ける。終わりがない童とは何もかも違った。

その存在達は言葉を作り上げ文明を築き、数を増やし愛を紡いだ。なんとも、必死な生き物だった。

正直に語るなら、今尚寄り添うに足る理解を妾は得ていない。

だが、理解したいと思うからこそ同じように在ろうと綴って見ようと思う。

まずは、こうして筆を持つに至った経緯からじゃな。

四番目の始祖と呼ばれた吸血鬼。いや、何も無かった童が世界を識るために1歩を踏み出し、妾に変わるまでの経緯を。


いや、本題に入る前にまずは妾の自己紹介からじゃな。

ルナティア=フィーア=アエテルニタス、と言えば分かるじゃろうか。

有史以前、もう少し具体的に語るなら中生代当初に妾は産まれた。

遥か昔から居た妾を含む5人の吸血鬼は、人間が言葉を生み出すと共に畏怖を込めてこう呼ばれたのだ、始祖と。

始祖と言うのは不思議な存在でな、吸血鬼の中でも異常に力が強い。

と言っても平均的に他の吸血鬼よりも上な訳では無い。

ある要素、吸血鬼の能力とも呼べるような五つの要素。吸血、変身、飛行、不老不死、夜。

そのうちのどれかが吸血鬼の中で数段以上の格の違いが出るほど秀でている存在。

それが始祖なのだ。そして妾はその四番目、不老不死を司る存在である。

吸血鬼が克服不可能な日光ですら妾は殺せない。まあ、と言っても皮膚は焼けるのじゃが。

それでも、他の吸血鬼に対して。いや、始祖の中ですら異常と呼べる力じゃな。

不老不死が吸血鬼の能力と言ったが、それは夜の間の話。

太陽光であれば吸血鬼は死ぬ。それ以外の死に方を否定したからこそ不死と呼ばれるに至ったわけじゃ。

ただ、妾だけは生物には当たり前の産まれたからには死ぬという定義が当てはまらない。

それが四番目の永遠の始祖、妾じゃ。

ということで軽い知識はついたじゃろ、本題に入っていくぞ。

一時期、と言ってもたかが30年ほどじゃが。妾は牢獄の中で過ごしていた。

ちーっとばかし腹が減っての、ひとつの都市を機能不全にまで追い込んでしまったわけじゃ…。

じゃが逃げ隠れする気も無かった故、すぐに妾は見つかり牢獄に入れられたんじゃ。

それも日本一の刑務所でな、なんと1つの島を丸ごと刑務所として使っておるんじゃ。

その上妾の待遇は別格じゃった。わざわざ新しい独房を作っていたらしいからの。

まあ、それでも別に逃げれんでもなかったんじゃが流石にやらかした気持ちはあっての、大人しく幾万年ぐらいは捕まってやる気ではいた。

でもそうはならなかったのじゃ。具体的にきっかけを遡るなら二十年前、捕まってから十年弱じゃな。

ある人間に出会った、こういう言い方はあまりしたくはないんじゃが…それは運命と言って差し支えないものだった。


妾はその日、新しい人間が給仕としてくると前任者から聞いていた。

少々からかい過ぎたのじゃろうな、半年と持たなかった。

給仕と呼んではいるが、妾に血液を届けそれをちゃんと飲み干したかを確認するだけ仕事だ。

それを日に1度だけ、無駄だと言うのに呆れるほどあるセキュリティの壁を人間が超えてくる。

大抵の時間は寝て過ごしている妾だが、流石に寝ながらにして血は飲めぬ。そんなことができるのは吸血を冠する一番目の始祖だけじゃろう。

だいたい来るよりも二、三分ほど早く起きてどんな言葉で脅かしてやろうと考えるのだ。

食事と一方的な言葉、それがその場所の楽しみじゃった。

初対面の人間に会うということもあり少し早めに起きた妾は、とりあえず始祖を名乗るに相応しい態度で出迎えてやることにした。

およそ部屋と呼ぶには無理がある硝子張りの空白が妾の独房でな、何か飾り付けてやろうかとも思ったが何せ血が足りない。

空に浮いて足を組む程度しか妾には出来なかったな。

そうして現れたのは一人の女じゃった。

年はかなり若く見えた、高く見積っても28とかじゃろうか。

日本らしい黒髪をした、看守服を纏っている一人の人間。

そやつが何かしらの行動に移る前に、妾は口を開き声を上げた。

「ほう、貴様が次の妾の給仕係と言う訳か。せいぜい、妾の機嫌を損ねぬように励むが良い。その首、狙われたく無ければな。」

確か、このようなことを言ったはずじゃ。

普通の人間が妾に言われたらその場で気絶しかねん恐怖を与えられそうなものじゃな。

妾が言い放った直後、女は膝から崩れ落ちた。身体が震えておったし、呼吸もままならない様子。

目の焦点も合わず、妾もちょっと心配しちゃうぐらいの様子じゃった。

「か、可愛すぎか!!!!!!!あぁ~~~生ボイス最高過ぎ………生きてて良かったぁ、良かったよぉ……。」

だが、この言葉で妾の予想とはまるで違うことが明らかになってしまったのだ。

「……へ????」

思わず変な声が出た、これはもう想像と百八十度違うどころの話では無い。

なんと形容するべきか、自分以外の化け物と遭遇した気分じゃった。

しかもそれが人間だと言うのだから怖い…。

理解出来ないものは妾とて怖いなんてことを理解した瞬間じゃった…。

捕まった日からバケモノとして扱われた妾に向けられた、10年ぶりの好意だと言うのに背中がゾクゾクしたわ…。

この人間に関しては、どういう訳か、あろうことか、なんの間違いなのか喜んでいる。

ここに来るにあたって間違いなく自分の危険性を教わってきたはずだと言うのに、だ。

それが意味わからなすぎて気が動転して何秒か喋れんかった。

じゃが、その時間もそう続く訳でもない。

このまま何もなしなどというのは妾は許さないのでな、もう一度脅かしてやろうと思ったのじゃ。

まあ、今にして思えば何を馬鹿なことをと言うしかないんじゃが。

ここで怯んでは始祖の名が廃るなどと考えた妾は、頭の中の混乱をこれ以上表には出さないようにと努めた。

ただ単に妾という存在の理解が足りないのだろうと言い聞かせてな。

「ふん、貴様が何を勘違いしてるか知らないが私は始祖の吸血鬼だ。特に不老不死という特性に秀でた、な。例え陽の光であろうと妾を殺すことは叶わぬ。完全なる不老不死、そして吸血鬼の力、どうだ?お主の前に居るのがどれほど恐ろしい存在か分かったか?」

とまあ、長々と語った訳じゃが…。

話を聞いていたそいつは正座をしていた。なんの躊躇いもなくろくに掃除されてない床にじゃ。お手本にしたいぐらいに背筋が伸びておったわ。

「もちろん知っていますよ!!!!!初出の記録から世にあるありとあらゆる情報を網羅してる自信があります!!!!!!」

「えぇ、怖…。」

そしてそんな返答を即答してくるのじゃから、妾は更に怖くなった。

なぜこの人間はここまで熱意があるのじゃろうか、これほど頭がおかしくて良く給仕になれたな、などと思った。

というか、妾にとって数万年ぶりの危機とも言えたかもしれぬ。

ただそんな直接問題とならないものよりも遥かにどうすれば考えなければならない問題もあったのじゃ。

これからこの先、この人間とどう接すればいいのかというな。

危険はないとは思った。そもそも、人間ごときが妾を肉体的に脅かすのは無理じゃからの。

まあ、精神的には怯えきっておったが…。恐るべき人類、数が多いだけにこういう化け物を生み出してしまうのじゃろうなぁ…。

そして妾は血が飲みたいと思った、気分転換がしたかったからの。

そう考えてようやく、ある事を思い出したのじゃ。

妾は完全な不老不死じゃが、血を吸わ無ければ存分に力は発揮できぬ。

じゃから、宙に浮くだったり、血がないと保てぬ大人の姿を維持出来なくなるのじゃが…。

「あでっ!?」

それはもう滑稽な落ち姿じゃったろうな…。むしろ器用と言えるほどの動きで頭から激突しちゃったしの…。

大人の姿だと張り詰める服は子供じゃとよれよれになる。

さっきまでの威勢は何処へやら、妾は頭を抑えながら前を見た。

視線の先にいた人間は「なんだこれ、天使か?天使だ。(確信)」なんて遺言のような言葉を吐いて前に倒れ込んでいた。

ただばっちり視線は妾へと向いていた、思い返すとこれ以上会話せず無視すればよかった。

「な、なんじゃ。笑えばよかろう。血が無いとこうなのだ…。」

その時の妾は恥ずかしさ故にこんな行動を取ってしまった。取り繕うことももう出来なかった。

「いや、可愛すぎ………。」

「は…?可愛い!?!?!?」

初めてじゃったよ口説かれるのは、2.5億年ほど生きてるなかでな。

しかもそれが人間じゃと言うのだから、過去の妾に言っても信じぬであろうな。

こんなことができるのは、ここにいる看守のような頭のネジが元から無いのではないかと疑ってしまう例外だけじゃろう。

照れてしまった妾は、とりあえず落ち着かないことにはどうにもならないと深呼吸をした。

こんなにもペースが崩される相手だがここは牢獄、逃げようにも逃げる訳にはいかなかったからな。

ならば、精一杯接するしかない。そうやって覚悟を決めたのじゃ。

「あ、そういえば名乗って居ませんでしたね。私、東雲湖依って言います!」

「あぁ、よろしくな…コヨリ。」

それが、妾とコヨリの初めての出会いじゃった。


そうしてコヨリが血を届けるようになってからは酷かった。いつまで経っても妾は完全にコヨリのペースに呑まれていた…。

このド変態、留まるところを知らなかったのだ…。妾は毎日来る度想像を越してくる異常行動に対して、なんとか耐えて来たのだがその日もまた一味違った。

「ルーナティたん!おはようございます!!!」

想像を毎日越してくるとはいえ段々と慣れてきてな、馬鹿みたいに高いテンションもスルーできるようにはなっていた。

ただ、こいつの異常性はそれだけには限らないのじゃが…。

「なんじゃその服!なぜ囚人服を着ている、お前看守じゃろ!!」

予備なのじゃろう、刻まれた番号まで一緒な灰色の服を着た超ド変態。

どう見てもいつもより1.2倍くらいテンションが高かった。

興奮しておるではないか…!気色悪い!などと思った。

おそろいとでも思っているのか、なぜこんなにふざけた人間が採用されるのだ…。日本一の監獄の名折れでは無いか!などとも思った。

正直言えばさっさと諦めて逃げ出してやりたかったな、この時間から。

「はい、今日の分の血液です。」

そうして驚かされた後、いつものように吸血に入る。

この工程は、人間が飲み食いするものとは少し意味合いが違うのだ。

吸血鬼はエネルギーを得るだけが目的でな、単純に全部消費すれば死に得ればその分沢山動ける。疲労というものを知らない種族じゃ。

そしてこの行為にも嫌な事はあり、見てくる視線がこれ以上無いほど不快なんじゃな。

なぜ、見てるだけで、息を荒くできる。

いや、良い。隣で書いているのを勝手に見てくるコヨリは話さんでいい。知りたくもないわ、そんな話。

話を戻すと、仕事とはいえ合法的に見られるのは納得が行かなかった。せめて何とか違法にして欲しかった。

わざわざ確認なぞ妾に対して必要ないんじゃが、飲んだふりをして別の場所に溜め込んで、一気に飲むことで逃亡を図る等と思っておるんじゃろうな。

そもそも正面から出れるというのに、勘違いと人選が酷い場所じゃ。

「ルナティたん、ちょっとした報告ですが。」

その日は何故か吸血した後に本棟に帰らず、コヨリは話をしたがった。

「はぁ…。なんじゃ、簡潔に述べよ。」

正直に言えばこれ以上視界内に居られるのに我慢ならなかった妾は雑に返したのじゃが、そもそも聞かなければよかった。

「今日から、私も囚人なのでこの場所所属なんですよね。」

「…は???ちょ、ま!嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!!!この頼りない硝子だけが妾の安心材料だと言うのに生で触れれる位置はダメじゃ!」

恐らくこんなに声を上げて物事を拒否したのも、妾は初めてじゃったと思う。もう逃げ出してやると、本気で思った。

「すっごい拒否するじゃないですか…。いや、冗談ですよ…?エイプリルフールじゃないですか。」

エイプリールフール、曜日感覚なぞ存在しない吸血鬼からすればそんなイベント気に求めないどころか、妾ぐらいしか知らぬと思う。

なんとか時間をかけて頭の中からそれが嘘をつく日だと言うことを引っ張り出すと、湧き上がってきたのは怒りではなく安心感。

妾は絶対的な捕食者じゃから、安心感などというものが妾にも存在するとは知らなかった。

知りたくなかったのぉ、こんな風には…。

と、ちょっと話が逸れたの。こいつに対する愚痴は多いのでな、すぐ浮かんでくる。

ああ、隣のコヨリが拗ねおった。面倒くさい。

無視するとして話を戻すと、出会ってからそのペースに翻弄された妾が、それを日常のものとして落とし込めたのは実に3年後じゃった。

そんな年に、ふと聞いてみたのだ。

「なあ、オマエはどうしてわざわざ看守になってまでこの場所に来て妾に会いに来たのだ?」

それは初対面の時から秘めてきた疑問じゃった。

物事には理由が存在する、何となくの好意、何となくの行動では有り得ないはずだ。

なら、その理由はとな。

「そりゃあ好きだからですが。」

珍しく、話を逸らされたのだ。妾はとても不機嫌にさせられた。

「むぅ、そういう理由で尋ねたのでは無い。」

そう、珍しく拗ねた。

「じゃあヒントだけあげますよ。3014年のことです。」

その時の妾には、何を言ってるかは分からなかったな。元々今年が何年など覚えてるような身でもない。

言いたくないのじゃろうと、妾は考えた。

「逆に聞きますが、なにか願い事とかあったりします?」

一瞬、秘密だと答えてやろうと思ったが。真面目な話をしているような表情に気がついた。

だから、妾も少しは真面目に答えたのじゃ。

「そうじゃな、ここだと夜空が見れぬ。そこが不満じゃ。」

「なるほどぉ…。ふふ、そうですか。」

そう言って、なんだか嬉しそうにコヨリは笑った。感情がころころ変わるものだと、感じた。

「何を笑っておる。」

妾はなんだかバカにされてるような気がしてむしろ怒った。

「いいえ、なんでも。ルナティたんがほっぺにチューしてくれたら教えますけど。」

「…はぁ!?す、するわけないじゃろうが!!!というか、硝子越しじゃ出来んし!!!」

そんな怒りもすぐに気にしてられないことをコヨリは言う。今となっても、こういうことを言われると冷静に対処出来ぬ…。

妾の行動をある程度面白がったあとは、コヨリは優しく微笑んだ。

「ええ、知ってます。じゃあ今日はこれで仕事に戻りますね。ちょっと考えないといけないことが出来たので。」

「…?そうか、また明日だな。」

「はい、また明日です。」

そうしてその日は終わりを告げた。

とまあ、とりあえず今日はこの程度にしておくかの。

この話の続きは別日。この日の翌日の話からしようと思う。

そろそろ、コヨリも構ってやらんと何しでかすか分からんしな…。

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