誤解をされやすい天海さんは、実は超絶可愛くて家庭的なヒロインでした

皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1

第1話 天海さんは不良である

「俺は天海あまがいと付き合っている」


 ――言ってしまった。やってしまった。

 しかし、言ってしまえば止まらない。


 視線を移せば、窓を背もたれにしていたはずの美少女が、窓から背を浮かして。俺を見ていた。


 普段は気だるげで、常にジト目をしていた表情。

 今は目を見開き、驚いている。その目はうっすらと滲んでいて。その手の甲が湿っている事に気づいた。


 ふつふつと。心の底にあった感情が膨れ上がっていく。


 そこからまた更に視線を移せば、数少ない友人が間の抜けた表情をしているのが見え。次に、口をあんぐりと開いているクラスメイトの姿が見えた。


 どうしてこうなったのか、と聞かれると。少し長くなる。



 ◆◇◆◇◆



 窓際にはいつも不良がいる。


 そう言われていた。


 窓の緣に座り、ガムを噛んでスマートフォンを眺めている美少女。


 天海あまがいミア


 金色の髪を背中に届く長さに伸ばしている。前髪は邪魔なのか、四葉のクローバーの髪留めをしていた。


 その顔はとても淡麗だ。

 まつ毛は長く、肌は驚くほど真っ白で荒れ一つない。


 目は緑色で、とても目立つ。……カラコンなのかもしれないが。しかし、日本人離れした顔立ちをしているからか違和感はない。

 日本人離れと言えば、そのスタイルも周りから頭一つ抜けている。クラスの男子達が話してたな。胸は学年で一番大きいだろう、とか言われている。まあ、そんな事はどうでもいい。


 どうでもよくなるくらいに、とても綺麗な生徒だ。


 しかし、彼女にはこんな噂があった。



『天海ミアは体を売っている』



 あくまで噂だ。しかし、その噂を信じる者が多かった。……主に女子生徒に。


 嫉妬か。

 そうであって欲しいと思っているのか。

 それとも本当だからなのか。

 分からない。


 というのも、彼女は一匹狼な性格で、友人と話している姿は見た事がなかったからだ。


「なんだ? 柊弥とうや。どこ見てんだ?」


 世良柊弥せらとうや。それが俺の名前だ。

 そして、目の前で話しかけきたこいつは東俊あずましゅん。顔が良くモテる。将来はモデルを目指しているらしい。


 何故か気に入られ、こうしてよく話しかけられているのだ。本当に何故か。


「ははーん? ひょっとしなくとも天海さんの事見てんな? 好きなのか?」

「はっ倒すぞ」


 うざ絡みをしてくる俊へとそう返すも、へらへらと笑って返されるのみ。


「ま、そうよな。お前恋愛に興味無さそうだもんな」

「はっ倒すぞ」

「なんで!?」

「このモテ男が」


 恋愛はするしないではなく出来る出来ないなのだ。モテ男には分からんのだろう。


 そもそも。あれだけ顔が良い美少女を狙うなど。それ以前に俺など文字通り眼中に無いだろう。


「はー、また。顔は良いんだけどこの口がねぇ」

「俺の口が悪いのはお前にだけだ」

「え……? 新手の告白?」

「はっ倒すぞ」


 一度本当にはっ倒さないと分からないのかもしれない。この男は。


「ま、女の子ならいくらでも紹介してやるよ」

「まじで一発殴っていいか? 安心しろ。手加減はしてやる。手が痛くなるからな」

「安心出来ないねぇ!?」


 と、こんなやり取りが入学当初から繰り広げられていた。


 時期は七月に入っている。

 あと少しで夏休みだ。


 ◆◆◆


 茹だるような暑さ。梅雨も明け、暑い。めちゃくちゃに暑い。早く帰ってクーラーに当たりながらアイスを食べたい。


 しかし。気がつけば俺の足は止まっていた。


「ふええええええん!」


 泣いてる。女の子が。


 しかし、道行く人々は皆素通りである。この世界は非情なのだ。まだ小学生にもなっていない女の子であろうと。


 と言って見過ごす訳にはいかない。

 いくら友人から暴力マシンだと言われようとも、人の心くらいはある。

 誘拐犯に間違われたら……その時はその時として。


「君。どうかしたのか?」

「ふええええええええええええ!」


 さて。どうしよう。

 子供と遊ぶのは得意だし好きだが。泣いてる幼子の対応は分からんぞ。こんな時に叔母が居たらな。


 現実逃避をしながらカバンを探る。何か子供が好きそうな物など持ってなかったかな。


 ああ。これがあった。


 りんご味の飴である。

 勉強をしたら糖分が欲しくなるため、常備していたのだ。


 時期が時期なので少し溶けかけてるが。


「飴。食べるか?」

「……!」


 それを見せた瞬間、女の子は泣き止んだ。現金なものである。


「ほら、あーん」

「あー」


 ……不用心だな。いや、俺の場合それで助かってるんだが。


 口の中に飴を放り込むと。女の子は顔を綻ばせた。


「あまーい!」

「……良かった」


 無事泣き止んでくれた。飴をころころと口の中で転がす女の子に和みながら、リュックを背負い直す。


「どうして泣いてたんだ?」

「……まいご」

「おお。自分を迷子だと認識できるタイプか。偉いな」


 頭をぽんぽんと撫でると、えへへと女の子は笑った。可愛い。


「名前はなんて言うんだ?」

「しおん!」

「そうか。しおんちゃんって言うんだな。……お母さんとはぐれたのか?」

「ううん! おねーちゃん!」

「お姉ちゃんか」


 会話は出来そうで良かった。近くの交番にでも届けるか。


「どの辺ではぐれたか分かるか?」

「ここ!」


 しおんちゃんはすぐ下の地面を指さした。


「ありさん追いかけたらおねーちゃんきえた!」

「……なるほど。はぐれたらどうして〜とか言われたりはしたか?」

「そこで待ってなさい! って!」


 それなら下手に動かさない方が良いのか?


 そう考えながらも、とりあえずどんどん質問をしていこうと。しおんちゃんを見た。


「ちなみにお姉ちゃんの名前は?」

「みあー!」

「ミアか……うん?」


 ミア?

 いや、まさかな。美亜みあとかその変だろう。別に珍しい名前ではない。


「はぐれてからどれくらい時間が経ったんだ?」

「さっき!」

「……え、ええとだな」


 もう少し具体的にと思ったが、どう聞けば良いのか分からない。


 その時だった。


紫苑しおん!」

「おねーちゃん!」


 後ろからそんな声が聞こえ。

 しおんちゃんがそこに駆け寄った。


 振り返るとそこには――見覚えのある女子高生が居た。


 彼女はしおんちゃんを抱きしめて。ほっと安心したように息を吐いた。


「……良かった。紫苑。ダメだよ、勝手に居なくなったら」

「ありさんが運んでたのがわるい!」

「ダメだよ。いくらありさんが凄いの運んでてもいきなり走っちゃダメ。……見つかったから良いんだけどさ」


 天海あまがいミア。


 彼女がそこに居た。しかし、少しだけ違和感があった。


 そして――


 キッと。俺を睨みつけてきた。まあ、そうなるよな。


「そんで? どーいう事? アンタ、うちの高校だよね。……あん? つかクラスに居たっけ」


 さすがクラスの不良……と言うと語弊がありそうだが。そう言われてもおかしくない剣幕であった。


「……えーとだな。落ち着いて聞いて欲しいんだが」

「おねーちゃん! おにーちゃん、あめくれた! おいしい!」


 しおんちゃんの援護という名の誤爆により、俺は更に窮地に立たされた。


「ステイ。落ち着いて欲しい。決して俺はロリコンではない。どちらかというとお姉さんの方が好きだ」

「や、聞いてないけど」

「ごめんなさい」


 どうしようかと思いながらも。しおんちゃんが天海へと抱きついて。


「おにーちゃん、しおんのことたすけてくれてたの! おこらないで!」


 と。そう言ってくれた。天海がじっとしおんちゃんを見つめて。


 ふー、とため息を吐いた。


「……紫苑。喉乾いてない?」

「かわいた!」

「おっけ」


 天海はしおんちゃんと手を繋いだ。


「ここで話すのもアレだし。ちょっと来て。ベンチと自販機あるとこ知ってるから。そこで話聞かせて」

「……ああ」


 とりあえず。俺は誤解が解けそうでホッとしたのだった。

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