誤解をされやすい天海さんは、実は超絶可愛くて家庭的なヒロインでした
皐月陽龍 「氷姫」電撃文庫 5月発売!
第1話 天海さんは不良である
「俺は
――言ってしまった。やってしまった。
しかし、言ってしまえば止まらない。
視線を移せば、窓を背もたれにしていたはずの美少女が、窓から背を浮かして。俺を見ていた。
普段は気だるげで、常にジト目をしていた表情。
今は目を見開き、驚いている。その目はうっすらと滲んでいて。その手の甲が湿っている事に気づいた。
ふつふつと。心の底にあった感情が膨れ上がっていく。
そこからまた更に視線を移せば、数少ない友人が間の抜けた表情をしているのが見え。次に、口をあんぐりと開いているクラスメイトの姿が見えた。
どうしてこうなったのか、と聞かれると。少し長くなる。
◆◇◆◇◆
窓際にはいつも不良がいる。
そう言われていた。
窓の緣に座り、ガムを噛んでスマートフォンを眺めている美少女。
金色の髪を背中に届く長さに伸ばしている。前髪は邪魔なのか、四葉のクローバーの髪留めをしていた。
その顔はとても淡麗だ。
まつ毛は長く、肌は驚くほど真っ白で荒れ一つない。
目は緑色で、とても目立つ。……カラコンなのかもしれないが。しかし、日本人離れした顔立ちをしているからか違和感はない。
日本人離れと言えば、そのスタイルも周りから頭一つ抜けている。クラスの男子達が話してたな。胸は学年で一番大きいだろう、とか言われている。まあ、そんな事はどうでもいい。
どうでもよくなるくらいに、とても綺麗な生徒だ。
しかし、彼女にはこんな噂があった。
『天海ミアは体を売っている』
あくまで噂だ。しかし、その噂を信じる者が多かった。……主に女子生徒に。
嫉妬か。
そうであって欲しいと思っているのか。
それとも本当だからなのか。
分からない。
というのも、彼女は一匹狼な性格で、友人と話している姿は見た事がなかったからだ。
「なんだ?
そして、目の前で話しかけきたこいつは
何故か気に入られ、こうしてよく話しかけられているのだ。本当に何故か。
「ははーん? ひょっとしなくとも天海さんの事見てんな? 好きなのか?」
「はっ倒すぞ」
うざ絡みをしてくる俊へとそう返すも、へらへらと笑って返されるのみ。
「ま、そうよな。お前恋愛に興味無さそうだもんな」
「はっ倒すぞ」
「なんで!?」
「このモテ男が」
恋愛はするしないではなく出来る出来ないなのだ。モテ男には分からんのだろう。
そもそも。あれだけ顔が良い美少女を狙うなど。それ以前に俺など文字通り眼中に無いだろう。
「はー、また。顔は良いんだけどこの口がねぇ」
「俺の口が悪いのはお前にだけだ」
「え……? 新手の告白?」
「はっ倒すぞ」
一度本当にはっ倒さないと分からないのかもしれない。この男は。
「ま、女の子ならいくらでも紹介してやるよ」
「まじで一発殴っていいか? 安心しろ。手加減はしてやる。手が痛くなるからな」
「安心出来ないねぇ!?」
と、こんなやり取りが入学当初から繰り広げられていた。
時期は七月に入っている。
あと少しで夏休みだ。
◆◆◆
茹だるような暑さ。梅雨も明け、暑い。めちゃくちゃに暑い。早く帰ってクーラーに当たりながらアイスを食べたい。
しかし。気がつけば俺の足は止まっていた。
「ふええええええん!」
泣いてる。女の子が。
しかし、道行く人々は皆素通りである。この世界は非情なのだ。まだ小学生にもなっていない女の子であろうと。
と言って見過ごす訳にはいかない。
いくら友人から暴力マシンだと言われようとも、人の心くらいはある。
誘拐犯に間違われたら……その時はその時として。
「君。どうかしたのか?」
「ふええええええええええええ!」
さて。どうしよう。
子供と遊ぶのは得意だし好きだが。泣いてる幼子の対応は分からんぞ。こんな時に叔母が居たらな。
現実逃避をしながらカバンを探る。何か子供が好きそうな物など持ってなかったかな。
ああ。これがあった。
りんご味の飴である。
勉強をしたら糖分が欲しくなるため、常備していたのだ。
時期が時期なので少し溶けかけてるが。
「飴。食べるか?」
「……!」
それを見せた瞬間、女の子は泣き止んだ。現金なものである。
「ほら、あーん」
「あー」
……不用心だな。いや、俺の場合それで助かってるんだが。
口の中に飴を放り込むと。女の子は顔を綻ばせた。
「あまーい!」
「……良かった」
無事泣き止んでくれた。飴をころころと口の中で転がす女の子に和みながら、リュックを背負い直す。
「どうして泣いてたんだ?」
「……まいご」
「おお。自分を迷子だと認識できるタイプか。偉いな」
頭をぽんぽんと撫でると、えへへと女の子は笑った。可愛い。
「名前はなんて言うんだ?」
「しおん!」
「そうか。しおんちゃんって言うんだな。……お母さんとはぐれたのか?」
「ううん! おねーちゃん!」
「お姉ちゃんか」
会話は出来そうで良かった。近くの交番にでも届けるか。
「どの辺ではぐれたか分かるか?」
「ここ!」
しおんちゃんはすぐ下の地面を指さした。
「ありさん追いかけたらおねーちゃんきえた!」
「……なるほど。はぐれたらどうして〜とか言われたりはしたか?」
「そこで待ってなさい! って!」
それなら下手に動かさない方が良いのか?
そう考えながらも、とりあえずどんどん質問をしていこうと。しおんちゃんを見た。
「ちなみにお姉ちゃんの名前は?」
「みあー!」
「ミアか……うん?」
ミア?
いや、まさかな。
「はぐれてからどれくらい時間が経ったんだ?」
「さっき!」
「……え、ええとだな」
もう少し具体的にと思ったが、どう聞けば良いのか分からない。
その時だった。
「
「おねーちゃん!」
後ろからそんな声が聞こえ。
しおんちゃんがそこに駆け寄った。
振り返るとそこには――見覚えのある女子高生が居た。
彼女はしおんちゃんを抱きしめて。ほっと安心したように息を吐いた。
「……良かった。紫苑。ダメだよ、勝手に居なくなったら」
「ありさんが運んでたのがわるい!」
「ダメだよ。いくらありさんが凄いの運んでてもいきなり走っちゃダメ。……見つかったから良いんだけどさ」
彼女がそこに居た。しかし、少しだけ違和感があった。
そして――
キッと。俺を睨みつけてきた。まあ、そうなるよな。
「そんで? どーいう事? アンタ、うちの高校だよね。……あん? つかクラスに居たっけ」
さすがクラスの不良……と言うと語弊がありそうだが。そう言われてもおかしくない剣幕であった。
「……えーとだな。落ち着いて聞いて欲しいんだが」
「おねーちゃん! おにーちゃん、あめくれた! おいしい!」
しおんちゃんの援護という名の誤爆により、俺は更に窮地に立たされた。
「ステイ。落ち着いて欲しい。決して俺はロリコンではない。どちらかというとお姉さんの方が好きだ」
「や、聞いてないけど」
「ごめんなさい」
どうしようかと思いながらも。しおんちゃんが天海へと抱きついて。
「おにーちゃん、しおんのことたすけてくれてたの! おこらないで!」
と。そう言ってくれた。天海がじっとしおんちゃんを見つめて。
ふー、とため息を吐いた。
「……紫苑。喉乾いてない?」
「かわいた!」
「おっけ」
天海はしおんちゃんと手を繋いだ。
「ここで話すのもアレだし。ちょっと来て。ベンチと自販機あるとこ知ってるから。そこで話聞かせて」
「……ああ」
とりあえず。俺は誤解が解けそうでホッとしたのだった。
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