Pointless

カフか

Pointless

ザンビアに住んでいるノース・アフーと、名古屋に住んでいる絵筒井彩(えつい さえ)と、

世田谷のペットショップのケースにいるチベタン・テリア(犬)は皆お互いの目線を持っていた。

教会に迷い込んできた虫を腕に乗せひそひそと同い年の子と面白がったり、水たまりに飛び込んで体を弾ませながら給食袋をぐるぐる指の先で弄んだり、裸と思うような人間にもっぷ(?)と言われながらけーすを小突かれたり、そんなふとした瞬間誰かの目線が見えた。

彼女は学校の大扉を開けた。

また彼も教会の神聖な木製のドアを開けた。

彼は急にあいたケースの扉に少し驚き毛の下の綺麗な瞳を動かした。


真っ白な空間。

10畳ぐらいの部屋に同じ大きさの椅子が並んでいる。

横並びに一、二、三。

一つだけ二人掛けの椅子に見えた。カウチソファとでもいうのだろうか。

彩は自然と歩き出し一番右側の椅子に腰を下ろした。髪の毛が腰のあたりまであるので、巻き込まないように首からかき分けるのは昔からの癖だ。

ふと左側を見たときお互いの存在を確認して彩は驚いた。

褐色肌の男の子が一人と、毛深い犬が一匹それぞれ椅子に鎮座していたのだ。

「君は誰?」

流暢な日本語で褐色の男の子は彩に聞いた。

かなりドキドキしながら彩は自分の名前を教えた。

男の子はサエ、と一言呟き自分がノースという名だと言った。

「もしかして外国の人?日本語すごく上手だね。」

彩が褒めるとノースは不思議な顔をしていた。

「これ日本語じゃないよ、英語。君が英語上手なのかと思った。」

お互いに首をひねりながら彩はノースの奥に座っている犬に目をとめた。

「ねえ、君ももしかしてお話しできるの?」

わん、と吠えてほしい気持ちもあったが好奇心も隠せなかった。

犬は自分に話しかけられているなんて思いもよらなくて少し呼吸が早くなっていた。

「…ぼ。ぼくはオス。もっぷ?ってよくいわれてた。」

子供特有の大きなくりっとした目をいっぱいに開いて二人は驚いた。

はっはっと犬の呼吸が響いて皆の間に沈黙がうまれた。

この空間自体おかしいということに脳が冴えてきたノースは犬に話しかけた。

「僕はノース。隣の女の子はサエ。君の名前は?」

犬は傍からは見えない目をノースに向け

「なまえ、ない。ちべ、た…?んてりあっておみせの人いってた。」

真っすぐに舌を出しながら言った。

ノースはアクセントのおかしいちべたんてりあが理解できず困った顔をした。

「ちべたんてりあ…。あ、もしかしてチベタン・テリアかな。」

彩は手を叩いて犬が何者なのかをあてた。

詳しいんだね、とノースが言うと彩はたまたま図鑑で見たことがあったらしい。

「たしかにモップみたいに毛がふさふさだあ。」

生涯のうちに何度言われたかわからないもっぷをいう単語を犬は聞いてみたかった。

「モップっていうのはね、お掃除するときに使う道具のことだよ。

お店ってことは君ペットショップにいたのかな。お店の人よく棒のついたふさふさなもので床とか

拭いてなかった?」

犬は考えた。確かにクッションに寝転がっているときお店の人が忙しなく黄色のふさふさを床にこすりつけていた。掃除ということはお店を綺麗にしようとしてたということだ。

「ペットショップにいたなら名前がないのも頷けるね。」

ノースは顎に手を当てて探偵っぽくしてみせた。

犬の謎は解けたが何故僕たち二人と一匹が同じ空間にいてお互いの言語が違うのに理解ができているのかノースはさらに考えた。

彩は椅子から立って犬の前に行き、触ってもいい?と聞いてゆっくり毛並みを確かめていた。

犬は少し震えていた。

この空間は暑くも寒くもない本当に何も生まない場所なのに犬は恐怖感を抱いていた。

動物にあまり触れあったことのない彩でもそれは認知できる怖いという感情だった。

考えると辛いからほかに興味を持とうとしたがやはり彩も気になってきて撫でる手を止めた。

「ねえノース。私たちなんでこんな場所にいるのかな。」

ノースは神妙な顔をしたあとに、少しはにかんでばかばかしいだろうけどと話し出した。

「僕さたまに自分以外の世界が見えるときがるんだ。なんていえばいいかわからないんだけど、

僕じゃない誰かの生活が見えるときがあって、見たいときに見れるわけじゃないんだ。

色んな人のを見れるわけじゃないし。ただここに来る前に一つ見たんだ。

同じ国じゃない。学校から帰ってきて鞄を置いてから友だちの家に遊びにでかけて、

その子すごく走ってた。多分女の子だったと思う。目線は左腕の時計を見ててピンクのウサギのモチーフがついたやつ。

大急ぎで走っていくからすこし心配しちゃったんだよね。」

歯並びのいい口元をぐいっとあげて笑いながら話していた。きっと皆を安心させたかったのだろう。

犬はなんでしんぱい、なの?と不思議な顔をしたが今度は彩が神妙な顔をした。

彩は一点を見ながら話し始めた。

「同じかはわからないけれど私も見る。自分以外の生活。

私が見たのはガラスケースからの景色。それこそ誰かがモップをかけてて気がついたら目の前に

派手なお姉さんが男の人といてケースをつけ爪で小突きながらモップみたいってこっちに言うの。

お姉さんは後ろからよかったら触ってみますか?声をかけるんだよね。それでケースがあいて冷房の気が直接あたって身震いした。なんかわからないけど苦しそうな感じがした。」

ノースは自分と同じ体験をしたことがある人を見つけて鼻を膨らました。

今までそういう経験がなかったから彩は一番心の理解者になってくれるんじゃないかととても嬉しくなった。

「さすがに君じゃわからないよね、ごめんね。怖いままだよね。」

と彩は少し申し訳なさそうに犬に謝った。

しかし次の瞬間淡々と、まるでこのセリフだけを覚えさせられたかのように犬は口を動かした。

「ぼくが見たのは人間のどこかの男の子。

天井の高い大広間があって多分教会っていう場所。

皆長椅子から腰を上げて立っているときに男の子は別の子と腕に止まった蝶々を眺めてた。

窓のステンドグラスから差し込んだ青が黄色の蝶々に映えてた。

皆がお辞儀をしてまばらに帰り始めた頃、走って男の子は大扉を開けた。

腕には蝶々、後ろには友達何人かを連れて。なぜかはわからない。

そのまま林に入っていった。坂を下り走りどこかに向かっていた。

それだけ。」

彩もノースも皆お互いの顔を見て眉を八の字にさせた。

「偶然だよ。」

そう呟いてまた口元をあげようとしたとき、彩は袖をめくって左腕を見せた。

ノースは息をのんだ。

誰かの生活で見たピンクのウサギモチーフの腕時計だった。

ケースにモップとくればこのチベタン・テリアなことはわかりきっていた。

そしてノース自身もわかっていた。自分が黄色い蝶々を見かけた場所へこの蝶を帰してやりたいと思い立って走ったことを。

「私、あの時たしかに急いでた。

六限目まである日は遊べる時間が少ないからちょっとでも早く友達の家に着けるようにと思って全速力で走ってた。」

「ぼく、なんだか苦しかった。人間にもちあげられたとき、苦しくて口からごはんこぼした。」

そのあとたくさんの白が視界を埋め尽くした。

「「「あのあと、どうなった?」」」


視界が白くなるのは白服の誰かたちが運びに来るからなんだ。

白い空間に長方形の窪みができて誰かが入ってきたと同時に目の前に映像が流れた。



「今日未明名古屋市に住んでいる絵筒井彩ちゃん8歳が交通事故で亡くなりました。」

「私の息子が、ノースが…!友達と虫と遊びながら一人帰ってこなくなったの…!」

「私の責任です…。担当の私が異変をもっと重大に考えていればこの子は死ななかったのに…。」


二人と一匹は同じ日に同じ時間でこの世から消えた。

それはよくあることだ。同じ日に何かが産まれ、生き、死ぬ。

『生きること』は皆さんよくご存じですよね。

ただ産まれることや死ぬことについては未知の世界です。

ごく稀ですが胎児の記憶を持つ子がいることがあります、しかしもっとも珍しいのは誰かの生活を観察できる子たちです。

なにかに活用などと考えるのは生産性にしか価値を置かない人間の思考のみです。

意味などなくただ私たちはこれを奇跡と呼びます。


産まれる前、人間だけでは起こせない作業があります。

彼らはもう作業に入ったのでしょうか。

それについてはまた来世の狭間にお伝えします。

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Pointless カフか @kafca

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