強がり一つ
ゆーすでん
強がり一つ
彼のことを、気になってはいた。
その背中を見かければ、目で追ってしまったし、胸がドキリと弾んだ。
けれど、どこか近づいてはいけないと私の心が警戒していた。
年下だから。遊びが上手そうだから。
挨拶だって一度しただけだし、世間話をするような接点もない。
近づく理由もないのだと、自分を納得させていた。
何もない日々が続いた。将来が見えなくて、私は別の会社に就職した。
新しい環境に慣れようとしていた時に、彼からダイレクトメールが届いた。
「会社、辞めちゃったんですね。残念です。今知りました。」
正直、驚いた。まさか、私を認識していたとは。
その事実だけで、また胸が弾む。
そうして、あれよあれよという間に二人で会うことになった。
私の読み通り、彼は遊びが上手だった。
どこに行こうと約束していた訳ではない。彼の車に乗り込めば、
着いた場所は彼の部屋。
手を取られて玄関に入ると、すぐに壁に追い込まれてキスが始まる。
こうなると分かっていたから、腕を絡めて首に抱きつく。
思いのほか優しいキスに、体の奥が熱くなる。
たくましい腕が体を包むだけで、自然と小さな声が漏れた。
どんどん荒くなる呼吸も気にせず、ベッドに向かいながら
お互いの服を脱がせあう。
自分以外の誰かに触れられる感覚を、久方ぶりに思い出す。
ただ肌の上を滑べるだけで、中からじゅわりと蜜が溢れてくる。
最後まで雑に扱われることもなく、彼に何度も突かれて
背中にしがみついた。
『一度だけ』、『今だけ』という言葉は大嫌いだけれど、
抱かれながら決めていた。
『この人とは、これきりにしよう』と。
事の終わり、彼の部屋を出ようとすると暗闇の中彼がキスする。
「意外と、良かったでしょ。」
なんて囁くものだから、闇にまぎれて苦笑を隠す。
彼に関わるのはやめよう。自分の為にならない。
それから、私は彼と連絡を取らなかった。
数か月後、SNSで彼が子供を授かり結婚したと知った。
特にショックも受けなかった。私の中では、通過点に過ぎなかったから。
それからまたさらに数か月後、彼から『遊んで』とメッセージが届いて
ブロックした。
それにしても、なぜ自分はあの時彼に会いに行ったのだろうか。
一時の気の迷い、としか言いようがない。
それでも、自分の直感を信じたから面倒には巻き込まれずに済んだ。
たとえ、その直感と経験値のせいで今も一人だったとしても。
はっきりと言える。信じて良かった。
強がり一つ ゆーすでん @yuusuden
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