さざなみ
maria159357
第1話 愛
さざなみ
愛
登場人物
淀嶺 晃太 よどみねこうた
達名 葵 たちなあおい
宮守 柊 みなもりしゅう
隼川 正宗 はやかわまさむね
枝璃奈 玲 えりなあきら
枝璃奈 真子 えりなまこ
朝矢 美琴 あさやみこと
朝矢 時生 あさやときお
羽室 芽愛 はむろめい
紀瀬 千歳 きいせちとせ
復讐ほど高価で不毛なものはない。
ウィンストン・チャーチル
第一償【愛】
達名葵には、澱嶺晃太という恋人がいた。
しかし、晃太には言えないことがあった。
それは、ストーカーされているということである。
彼氏ならば相談すれば良いじゃないかと思うかもしれないが、それも出来ずにいる。
その理由は、最近、晃太は仕事のことでとても悩んでいるからだ。
トラブルがあったのか、それとも人間関係のことなのか、葵には分からない。
「・・・・・・」
葵は1人で帰っていると、後ろから誰かにつけられているような気がして、早歩きをして確かめる。
やはり誰かにつけられていて、葵は怖くなって走りだす。
「はあっ・・・はあっ・・・」
どのくらい走ったかは覚えていないが、とにかく息が切れるまで走った。
呼吸を整えていると、がさ、と物音がして、逃げ切れなかったのかと、震えながらも、スマホをいじりながら勢いよく振り返り、相手にライトを当てた。
相手は眩しそうに目元を手で押さえていた。
「え?」
敵の顔を見てやろうと思った葵だが、そこにいたのは警察官だった。
真面目そうだが穏やかな顔のその警察官は、葵の様子がおかしかったから様子を見ていたとのことだった。
「すみません!私、勘違いしてしまって」
「いいえ、こちらこそすみません。それより、何かあったんですか?」
葵は、警察官に相談することにした。
「なるほど、ストーカーですか」
「怖くて、どうしたら良いか」
「警察署には?」
「行ったんですけど、何も被害がないならと言われてしまって」
葵は、直接警察署に行ってストーカー被害のことを話していたのだが、その時話をしたおじさん警察は、相手にしてくれなかった。
無言電話も数回あり、会社から家まで後をつけられ、時にはプレゼントのようなものまで置いてあったという。
それは不気味ですぐに処分したようなのだが、処分してしまったことでストーカーに遭っている証拠にはならないからとかで、追い返されてしまったようだ。
「無言電話は?」
「それも言ったんですけど、私、電話が来る度に怖くて履歴を消してしまっていて。だから、後、誰に相談すれば良いのかも分からなくて」
「お1人で暮らしてるんですか?」
「いえ、一応彼がいるんですけど、仕事のことで鬱になりそうなくらい塞ぎこんでいるので、余計な心配かけたくなくて。彼の友達には相談したことあるんですけど」
「そうですか」
ふつふつとわき上がってきた感情に、葵は思わず泣き出してしまった。
目元を抑えて堪えようとしても、とめどなく溢れてくる涙を拭うことは出来ず、服の袖で目元を隠していた。
その警察官はずっと待っていてくれて、泣き止むころ、途中まで一緒に行動していた警察官に呼ばれていた。
「すみません、長々と」
「僕でよろしければ、いつでも相談に乗ります。それに、ストーカーの件も、女性の方に相談した方が良いかもしれませんね。僕からも伝えておきます」
「ありがとうございます」
合流した警察官2人につき添われ、その日は無事に家まで辿りついた。
「ただいま」
電気も点いていなかった家に入ると、晃太はすでに寝ていた。
お菓子の袋が散らかっていて、今日は結局仕事を休んだようだ。
葵はため息を吐きながらある程度片づけをすると、それから軽くご飯を食べて、シャワーを浴び、寝床についた。
それから数日経った頃、葵は残業で帰りが遅くなってしまった。
「やだなぁ・・・」
こんなとき、晃太が迎えに来てくれたらどれだけ心強いだろうと思っていると、またしても、誰かの足音が聞こえて来た。
普段よりも早足になって歩いていると、急に服を掴まれた。
よろけて後ろに倒れそうになった葵だが、その誰かに今度は背中を押されたため、前のめりになって倒れてしまった。
背中に馬乗りになったその人は、葵の後頭部あたりに顔を近づけてきて、多分、葵の香りを嗅いでいた。
恐怖で声も出ず、葵はただ、早くこの時間が終われば良いと思っていた。
すると、葵の背中に、何か鋭いものがあてがわれ、それがナイフのようなものだと分かるのに、そう時間はかからなかった。
ついにここで殺されてしまうのか。
葵は怖くなって震えていると、上に乗っていたその人が少しだけ腰を浮かせたため、葵は腕と足に力を込め、必死になってそこから這い出た。
とにかく誰かがいる場所まで。
そう思って走っていると、後ろから誰かの呻き声が聞こえて来た。
「え?何?」
葵は怖くなり、急いで家に帰った。
心臓あたりを押さえながらその場にへたり込むと、晃太が起きてきた。
「葵?どうした?」
「晃太・・・」
相変わらず顔色は悪いが、晃太はまた玄関にいる葵に近づいてくると、両膝を曲げた。
葵はそんな晃太に抱きつくと、しばらくそのままでいた。
翌日、目が覚めると、昨日のことはきっと夢だったんだと思い、いつも通り仕事に行く準備を整える。
「晃太?」
そっと、隣で寝ている晃太に声をかけるが、どうやらまだ寝ているようだ。
以前は仕事に誇りと責任を持っていた晃太が、なぜこんなことになってしまったのかは分からないが、今の晃太に、仕事をしろなどときつくは言えなかった。
葵は晃太の分の朝食をテーブルに置いて家を出ると、昨日の帰りに通りかかった場所が目についた。
「あれ?」
そこにはパトカーが来ており、スーツを着た男たちが何かしていた。
すでに野次馬たちも沢山いたが、葵は気になって隙間から覗きこんだ。
「あの、何かあったんですか?」
覗いてもよく分からず、事件でもあったのだろうと近くにいた、なんとも噂が好きそうな人に聞いてみた。
「ここで、昨夜警察官が殺されたんですって。お腹を刺されていたそうよ。救急車で運ばれていったけど、もう死んでる感じだったわよ」
「警察官・・・?」
「ええ。若い男の人だったわよ」
葵は、近くにいた警察官に聞いてみた。
事件の関係者かと聞かれ、もしかしたら昨日の自分のストーカーのことと関係があるかもしれないと話した。
そして、亡くなったのが、葵が相談をしていたあの警察官だったと知った。
「じゃあ、昨日・・・!私が襲われたあと、私を助けるために・・・!?」
「死亡推定時刻と一致しますね。その男、顔は見ましたか?」
「いえ・・・!あの、暗かったし、後ろから突然襲われたので・・・」
「ちなみに、あなたが相談したという警察官は、この男で間違いありませんね?」
「・・・はい。この方です」
スーツの男に写真を見せられ、葵は愕然とする。
自分のせいでストーカーに刺されたというのに、怖くて逃げることしか出来なかったなんて。
仕事に遅刻して行った葵だが、その日は仕事が手につかず、早退した。
未だ逃亡している犯人は、いつになったら捕まるのだろうが。
家に帰った葵は、まだ寝ている晃太に声をかけようか迷ったが、しばらくそのまま寝かせることにした。
「まだ寝てるのかな」
リビングで時間を潰していた葵は、あまりにも寝すぎではないかと、晃太を起こしにベッドに向かった。
「晃太?ねえ、晃太ってば」
身体を揺すったとき、異変を感じた。
「え?」
寝ている晃太の身体は呼吸をしておらず、皮膚も変色していた。
葵はすぐに救急車を呼ぶと、晃太は病院に運ばれたがそのまま死亡が確認された。
原因は、薬物中毒とのことだった。
「薬物って、どういうことですか!?晃太が、薬物に手を出していたってことですか?そんな・・・」
「達名葵さん、あなたも薬物検査を受けてもらいます」
「どうしてですか?私はそんなことしていません!!晃太だって、何かの間違いです!」
葵からは薬物反応は出なかったが、晃太からは出てきて、しかも、常習犯とのことだった。
家には捜索が入り、晃太の所持品からは白い粉たちと、注射器、パイプのようなものが見つかった。
「なんで・・・」
「淀嶺晃太さんの交流関係は?」
「仕事関係とか、昔からの友達とか。仕事のことで悩んでいて、それで、最近はずっと仕事にも行っていなかったんですけど」
晃太のスマホを見れば、交友関係は全てそこにあると思うと伝えると、晃太の家族のことも聞かれた。
晃太は両親共に他界しているし、兄弟は確かいなかった。
どこから薬物を入手したのか、警察は部屋のあちこちを調べ、晃太の過去も調べていると、すぐに1人の女性が見つかる。
「この女性の名前に見覚えはありますか?」
「え?」
晃太のスマホの画面には、見知らぬ女性の名前と、何回もやりとりをしていたメール。
「知りません。誰ですか?」
「もしかしたら、この女性から薬物を手に入れていた可能性があります。もし何か思い出したら連絡してください」
貰った名刺を財布にしまうと、葵はその家から出る準備をする。
「晃太を殺した女・・・」
2人で借りていた部屋も解約し、葵は1人で生活をしていた。
仕事を辞めて2年ほど経った葵は、ある部屋を見つめている。
「・・・・・・」
すると、大勢の人たちに囲まれている女性が現れ、不愉快そうな顔をしながらも何も語らぬまま、建物の中に入って行った。
しばらくの間、その人達はそこで、あの女性が出てくるのを待っていたが、1人、また1人と去って行った。
葵は全員がいなくなったあともそこで待ち続けていると、控えめに部屋の電気が点いた。
それを見ると、葵は建物の中に入って行き、目的の部屋の前に来ると、チャイムを押す。
当然のように居留守を使われた葵は、そこから放れ、その部屋が見える位置でじっと待っている。
翌日、朝からまた大勢の人たちが女性を待っていた。
葵はただじっとそこで待っていると、女性らしき人影が出てきて、大勢の人たちを連れて行き、途中でタクシーに乗っていた。
葵もすぐにタクシーを止めると、女性を乗せたタクシーを追う様に頼み、メーター以上の金を払った。
女性が下りた場所はとある寺で、そこには晃太の墓がある。
女性が両手を合わせているところへ葵は向かうと、葵に気付いた女性は会釈をしてその場を放れようとした。
きっと他の誰かの墓参りだとでも思ったのだろうか。
「あなたよね、晃太と薬をやってたの」
「え・・・!?」
「やっぱりね。あなた、晃太の何なの!?なんで晃太を殺したのよ!!」
「わ、私はネットで知り合っただけで・・・それに、殺してなんていません!」
「最低ね。あんたのせいで死んだのに、なんであんたはのうのうと生きてるのよ!ふざけんじゃないわよ!!あんたも死になさいよ!!」
「や、止めてください!!」
女性はうまく葵をかわすと、そそくさとその場から逃げてしまった。
どうやってその女性に報復を受けさせようかと考えていると、それからすぐ、女性が事故で亡くなったとのニュースが入っていた。
自業自得だと小さく微笑んでいると、街中で、見知った男を見つけた。
葵はその男をつけていくと、男は歩道橋を上って行くところだった。
急いで葵もついていくと、すぐ目の前に男の背中があり、葵はただ自然なように、男の背中を押した。
勢いよく転がり落ちて行った男を見て、葵はこう呟いた。
「あの人を踏み台に出世したあんたが悪いのよ」
誰もが落ちて行った男に気を取られている間、葵はまるで通りかかった民間人のような困惑した表情で紛れこんだ。
男性転落の一件はニュースにもなり、目撃者も探しているようだが見つからず、防犯カメラから犯人を割り出そうとしていた。
葵は玄関の鍵を開けようとしたとき、誰かに声をかけられた。
「どちら様?」
「ちょっと、お話いいですか?」
怪しいとは思ったが、自宅には招き入れず、近くのカフェに行くことにした。
2人して紅茶を頼むと、テーブルの上に置いておいた葵のスマホが地面に落ちてしまい、それを拾う。
そして何の話しがあるのだろうと紅茶を一口飲むと、目の前の女性は綺麗に笑った。
女性は一口も飲んでいない紅茶をそのままに立ちあがり、葵に背を向けて去って行った。
それからすぐ、葵は喉を押さえる。
「うっ・・・!」
椅子から倒れるように地面に落ちて行くと、まだ視界にある女性の背中に手を伸ばそうとしたが、その前に力尽きてしまった。
すぐに救急車で運ばれたが、手遅れだった。
「毒を持って毒を制す。綺麗な死に顔じゃ、満足出来ないの」
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