第2話 疑いは手を添えて


衍字

疑いは手を添えて



 第二話【疑いは手を添えて】




























 これから徐々に寒くなるだろうという頃、鮮やかだった紅葉も、ちらほらと消え始めている。


 最近の朝は本当に寒いもので、寝る時には一枚余分にかけておかないと、風邪をひいてしまいそうだ。


 妃優介は、仕事中にも関わらず、スマホでチャットのサイトを開いていた。


 「妃先生、患者さんが痛みを感じていて」


 「鎮痛剤でも打っとけよ」


 こんな具合の奴だが、父親が立派な肩書きを持っているため、周りの者たちは優介を邪険に扱えないのだ。


 優介は指を滑らせながら、見知らぬ相手と話をする。


 《YOU:ったく。マジでうぜェ。いちいち俺に指示を仰ぐなっての。自分でそんなことを考えられねえのかっつーの》


 《ヒサトアユム:馬鹿が近くにいるって腹立つよな》


 「お、きたきた」


 最近の話相手と言えば、このヒサトアユムという人間で、優介と同業者なのか、それとも似たような環境にいるのか、とにかく話が盛り上がるのだ。


 フルネームを書かないにしても、誰だか分かるようなイニシャルを連ねたり、本名の一部を●で隠すなどして詳しい愚痴を聞いてもらっていた。


 《YOU:給料もらってんだから、ちゃんと働けっての!看護士とか暇そうにしてんだよなー。あいつらマジ何してんの?あんなんでよく金貰ってるよなー》


 《ヒサトアユム:仕方ねぇよ。仕事が出来ない奴に限って、残業とかする御時世だからな。しかもそれが褒められるっていう》


 《YOU:だよな!まじお前とは気が合うわ!さいこー!》


 《ヒサトアユム:俺も。YOUと話してるとなんかスッキリするわ。そういや、学生時代の武勇伝とかねぇの?》


 「武勇伝・・・?」


 5秒ほど考えた優介は、すぐに思い出した。


 そして、得意気に話す。


 《YOU:大学時代に、同じサークルにいた男なんだけど、こいつが、特別かっこ良いわけでもなく、運動神経良いわけでもないのに、なんでか女にもてるわけ》


 《ヒサトアユム:いるよな、そういう奴》


 《YOU:で、ムカついたから、そいつに酒を飲ませてべろんべろんにさせたわけ。で、そん時付き合ってた女に頼んで、そいつをレイプ魔にしようかと思ってたんだけど、丁度警官が通ってさー。結局失敗したんだよな。俺達は逃げたけど、そいつはとっ捕まって説教受けてたww》


 《ヒサトアユム:すっげ!成功してたらもっとすごかったな!!》


 《YOU:だろ!?本当は、そいつを街中で裸にして、SNSにあげてやろうかと思ったんだけどよ、充電があんまなくて出来なかったんだよな》


 《ヒサトアユム:それは残念だな。あ、俺仕事戻らないと。またな!》


 「ちぇ。行っちまった」








 それからも、優介は他の医者に全て押し付けていたにも関わらず残業をし、それから帰宅した。


 「優介さん、おかえりなさい」


 「りほ、ただいま」


 優介には、りほという奥さんがいる。


 一目ぼれした優介が結婚を迫り、なんとか承諾してもらったそうだ。


 「父さんが死んでまだ日が浅いってのに、お袋まで入院しちまって。りほ、俺の飯は?」


 「今用意しますね」


 ソファに座ってぐでんとしながらテレビをつけ、優介はため息を吐く。


 「・・・あいつも最近死んだしな」


 「え?どうかしました?」


 「いや別に」


 ぼそっと言った言葉にりほが反応すると、優介はりほが持っているボウルに入ったサラダを手づかみで食べる。


 りほに叱られてしまったが、そんなことを本気で怒る彼女ではないため、優介は椅子に座って料理が並べられるのを待つ。


 そして先程優介が呟いた言葉の話になり。


 「大学時代のな、元カノって奴。そいつが最近死んだらしんだよな」


 「まあ。病気で?事故?」


 「さあ?しばらく連絡取ってねぇし」


 そう言いながら、ぱくぱくとりほの料理を食べて行く。


 そして少しすると眠くなってきたため、そのまま眠ってしまった。








 「ん?」


 目隠しをされている状態で、身体の自由もきかない。


 多分家の中だろうが、口の中にもタオルとかハンカチのようなものを挟まれているため、大きな声が出せない。


 それでも身をよじっていると、人の気配を感じた。


 「ん!んんんん!!」


 精一杯声を出すと、次に聞こえて来たのは、ぴちゃん、ぴちゃん、という音だった。


 それと同時に、冷たい何かが肌を伝う感覚。


 ふ、と耳に息と声がかかる。


 「人体から流れている血液、どのくらい無くなったら死ぬか、知ってる?」


 「んん!?」


 「聞こえる?あなたの血が垂れてる音。もう、バケツ4分の一くらいは溜まったかな?あとどのくらい、そうやって生きていられるのかな?」


 「んん!んん!!」


 「何?聞こえない。もうちょっとだけ我慢してね。そしたら、楽になれるから。それに、今この家にはあなたと私の2人しかいないの。邪魔する人はいないってこと」


 優介は、必死に抵抗を試みる。


 だが、どうにも身体から力が抜けているように上手く動かない。


 気のせいだろうか、フラフラしてきた。


 「辛い?死ぬのは嫌?」


 「んんん!!!」


 「あなたに見捨てられた人は、きっと沢山いるんでしょうね。その人たちのためにも、あなたはここで死ぬ方が世の為ね」


 肌に何か冷たいものが当てられると、聞こえてくる音の回数が増える。


 「もっと傷口大きくしておいたから。これでもっと早く死ねる。もう半分も溜まっちゃった。愉しみね」


 「んんんんんんん!!」


 それからしばらくすると、優介は動かなくなってしまった。


 目隠しを取り、脈を確認し、ただ椅子に座っているだけの状態にする。


 「こういうの、なんていうんだっけ。ま、いいか。水垂らしただけで死ぬなんて、無様ね」








 私には、結婚を考えていた彼がいた。


 その彼が、ある日死んでしまった。


 理由なんて、分からない。


 彼の学生時代の写真に写っていた、所属していたサークルの人たち。


 その中の1人に出会って、口説かれた。


 今はもういない彼のために、私はその人と結婚して、この日を待っていた。


 素敵な記念日になったでしょ?


 これでもう、貴方に傷付けられる人はいないんだから、それこそ何よりの免罪符、でしょ?


 『続いてのニュースです。昨日、男性の遺体が発見されました。帰宅した妻が見つけたもので、男性の身体には外傷もなく、ショック死と思われております』





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