第6話 彼女の日記

 日記の序盤は年相応のことが書かれていた。

 家族のこと、天気のこと……丁寧な字で彼女の思い出が綴られている。

 時にリサに叱られたり、時に父母に甘えたり。商会のほうが忙しいようで、両親はなかなかモネと顔を合わせることができなかったようだ。そんな状況に対し、彼女は不満を言うわけでもなく、ただ「早く大人になって、二人の手伝いをしたい」と書いていた。


 胸がちりちりと痛む。

 どうやら彼女は商会の跡を継ぐことを考えていたようだった。


 文面からも分かるそのいじらしさに、私は思わず「モネ……!」と親戚のおばさんのような気持になってしまった。

 彼女はなんていい子なのだろう。それなのに私ときたら、口を開けば「ドール!」「ドール!!」などとそればかり言う。ついつい己の浅はかさを恥じてしまうほどだ。


 そのままぺらぺらとめくっていると、おや、と思った。

 途中から内容が変わっているのだ。どうやら、とある人物のことについて書き留めているように見える。


 —―今日は初めてあの人と目が合った。

 —―商会に届け物をしに行ったら、あの人がいた。

 —―背が高くて素敵。

 —―どんな声で話すのかしら。

 —―会いたくて胸が苦しい。


 こ、これは……。

 年頃の女の子の、ポエムか……!?


 私は思わず日記帳を取り落としそうになった。

 身に覚えがないとは言わない。むしろ自分がモネと同じくらいの年齢のときはとある漫画の主人公にお熱だった。彼についていかに好きかを延々とノートに書き連ねた、非常に恥ずかしい黒歴史が存在するほどに。

 なるほど、異世界であってもこの年頃の子供はそういうことに興味を持つものなのか。勉強になった。


 それにしても、モネが夢中になる「あの人」とは誰なのだろう? どうやらロンバルディ商会に出入りする人物のようなので、ずいぶんと年上なのだろうが。

 私は気を取り直して、ページをさらにめくってみた。


 —―あの人はいつも大きなカバンを背負っているけれど、なにが入っているのかしら。

 —―今日、あの人と目が合った。茶色の瞳に銀の光彩。不思議な色で、私は好き。


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 大きなカバンを持った、独特の光彩を持つ人物。それはつい最近どこかで見た気がするのだが。

 なんだか嫌な予感がしつつ、私はさらに日記を読み進める。


 —―偶然あの人の名前を知った。コンラートさんというんですって。

「おまえかーーーーーーー!!!!」


 私はつい日記帳をぶん投げてしまった。


***


 日記を要約すると、こういうことらしい。

 モネ(本来の姿)はある日商会ですれ違ったコンラートさんに一目ぼれしてしまう。むしろ彼に会いたい一心で商会に出入りするようになるが、本来のモネはとても内気な性格のようで、話しかけることができない。いったいどうしたら自分の存在を認識してもらえるのだろうか。神様、いつも遠くから見つめることしかできない、私に勇気をください――。


 ものすごく、認識されましたけど。お姫様抱っこされましたけど。

 見ていますか、モネ(本来の姿)。あなたの目標は、もう達成されていますよ……。


 世間は狭いというか、なんというか。


「そういう意味では……」

 モネの願いは、すでに達成されてしまったという訳だ。もしかしたら恋仲にでもなりたかったのかもしれないが、

「無理」

 私にとって彼はそういう対象ではなかった。


 強いて言うなら、コンラートさんは目標だ。この世界において一番ドールの近くにいるのは彼だからだ。正直なところ私はドールさえいれば他はどうでもいいので、彼とどうこうしようなどとは思いたくない。


 しかし、だ。

 すっかり本来のモネに情が移ってしまった私である。この小さな恋を応援したい気もするのだ。

 私はしばらく考えて、それからひとつの結論に達した。

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