トゥーランドの人形師 ドールカスタマーの異世界転生記
依田一馬
第1話 ドールオタク、異世界転生する。
「あなた、この国で人形師になることがどういうことだか分かっているの?」
そう尋ねられたが、私の決意は変わらない。
だってそう、私の人生にドールは欠かせない。病める時も健やかなるときも、彼女たちがいなければ私は生きている意味などないのだ。
目標はそう、大好きなドールに囲まれてキャッキャウフフして過ごすこと! それ以外の望みなどあるわけない、ない!!
「はい! 私はこれから、
*****
時を戻すこと、一週間前。
ふと目を覚ますと、私は見慣れない布団に寝かされていることに気が付いた。むくりと体を起こしてみると、なんだか不思議と、いつもより物の大きさが違って見える。まるでインフルエンザに罹った時のようだ。頭がぽわぽわとして思うように働かない。
というか、なんだここは。見たこともない場所なんだが。
待て待て。ちょっと落ち着いて考えてみよう。
私の名前は日野原森菜。三十四歳。ごく普通の会社員。趣味はドールを愛でること・ドールとオーナーの写真を撮ること・ドールのヘッドメイクをすること・ドールの衣装を作って着せ替えすること・時々イベントに出ること・うちのこかわいいすること。
要するに、自他ともに認めるドールオタクだ。
私の人生にドールは欠かせない。キャストもソフビも愛している。それにしても、愛しの我が娘・ルネちゃんはどこにいるのだ。
私はきょろきょろとあたりを見回してみる。しかし、いつもサイドボードに座らせているはずのルネちゃんはどこにもいない。代わりにあるのは、花瓶と琺瑯か何かでできた洗面器だけだ。
ここはどこだろう。
それに、自分の手が幾分小さく見えるのだが――
あたりを見回すと、近くに鏡があることに気が付いた。私はベッドから降り、そろそろと鏡のそばに近寄ってみる。
そこには見たこともない子供の姿があった。
髪は亜麻色で、ふわふわとカールしている。それが腰のあたりまで伸びており、なんだか魔法使いの女の子のような姿だった。体は少しやせ形で、瞳はトパーズのような淡い緑色をしている。私の好きな色だ。こういうグラスアイが欲しいと常々思っていたところである。
服装は寝間着だろうか、薄手のレースのついたネグリジェを着ている。少し古ぼけて見えるが、アンティークと思えばそれはそれで愛らしい。結論から言うと、もしもドールでこんな子がいたら一目で好きになってしまうだろうな、という姿だ。
なかなかにかわいい子供だけれど、なんでこんな子供が鏡に映っているのだ……?
そこでふと我に返る。
「え? えっ」
ぺたぺたと自分の頬に触れると、鏡の中の少女も同様にぺたぺたと頬を触る。大きく瞬きしてみると、少女もまた同じように大きな瞳をぱちぱちと動かしていた。
これは……一体……?
どういうこと!?
すると、部屋の戸がきぃ、とわずかな音を立てて開いた。長細く明かりの光が漏れてきたのに驚いて、私は思わず「ひっ」っと声を上げる。
顔を出したのは二十代くらいの女性だった。クラシカルなメイド服を身にまとっており、その手には燭台と水差しが握られている。彼女は私と目が合うと、「あらあら」と声をかけてきた。
「目が覚めちゃったのね。具合はどうかしら」
「あ、ええと」
私はおろおろとしながらも、近づいてきた彼女から目を離せなかった。ロングタイプのメイド服、最高。自分の中での好きな職業服上位にランクインするほどのメイド服を見事に着こなしている彼女が、とてつもなく素敵に見えたからだ。
こんな服、ルネちゃんに着せたーい!
そう考えていることを知らない彼女は、水差しをサイドボードに置くと、ぴたりと冷たい掌を額に乗せてくれた。
「まだまだ熱いわね。おとなしく寝ていてくださいね」
熱があるのか。どうりであたまがぽわぽわすると思った。
彼女は私を寝かしつけ、改めて布団をかけてくれた。
「あのう」
おそるおそる、私は彼女に声をかけた。「親切にありがとうございます……?」
すると彼女は一瞬瞠目し、それからくすくすと笑った。
「嫌だわ、モネお嬢様。そんなに他人行儀になっちゃって。きっとまだ夢心地なのね」
そして彼女は私の額をなでるのだ。
それがなんだか子供の頃の母親を想起させるようで、とても気持ちがよくて、夢のようだった。
モネ……おじょうさま……だって。ルネちゃんとおそろいで……かわいい名前。
夢みたい――
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