第6話 必殺に至らない暗殺者など、ただのモブにすぎない

···来たか。


そう思うだけだった。ドライアスがいなくなった今、必ず現れると思っていた存在。


名を上げたい奴や力試しと称して付け狙って来る奴らはこれまでにもいた。しかし、今回は旗色が違う。それに集団による強襲となるだろう。


「役目は終わったから邪魔者は消えろ···か。」


あまり考えたくはなかったが、命を狙われるのは今のタイミングだと思っていた。自ら希望した訳ではないが、俺は元々微妙な立場にいる。こちらの意思に関係なく、存在を消したいと思われていて不思議はなかったのだ。


マジックモービルの外に出る。


両手をポケットに突っ込んで、さも警戒していないように見せかけた。さすがに巻き込まれて損壊させるのは避けたかったので、マジックモービルを収納してからぶらぶらと水場の方へと向かう。


昨夜の場所からは移動している。


少し木立に囲まれた狙われやすい所で様子を窺っていたのだ。逆にいえば、罠だと気づかれてもおかしくはない場所だといえる。それでも襲ってきたのは腕に覚えがあるからだろう。気配の質からしてもそれは知れた。


緋色の戦慄クリムゾン・フィアー"


威圧を与える術式を広範囲に展開した。気絶する程度のレベルに抑えているので尋問するには最適な魔法だ。因みに無属性の古代魔法である。


ドサドサと人が倒れる音が聞こえてきた。耐性のある者が複数名いたのでレベルを一段階上げる。精神に恐慌をきたす者もいるだろうが、術式を展開した時点で表面化した殺気を考えると、監視ではなく暗殺任務として近づいてきたのは明白だった。殺気にも種類があり、その質によって相手の意図が把握しやすい。


一番耐性がありそうな奴の所に行き、単体に向けて緋色の戦慄クリムゾン・フィアーを放つ。


緋色の戦慄クリムゾン・フィアーは古代魔法のひとつで、軽ければ威圧程度だがレベルを上げれば精神崩壊にまで至らせる。その過程には絶望や苦痛が重なり、心を支配して叩き折る効果があった。




『なんだ?先んじて強襲をかけようとした者がいるのか。』


レヴェナントがいる地点が判明したことにより、エンペラー・ワイバーン討伐後に駆けつけたフィアたちだったがすぐに異変を察知することになる。


複数の気配を感じたがすぐに断ち消えたようだ。


唯一残った気配がゆっくりとこちらに向かって来る。


恐ろしいまでの強者の気配。


フィアはこの時点で単独での任務遂行は難しいと判断した。初めて対峙したレヴェナントは、予想をはるかに超えて強大な力を有していることに気づいたからだ。


背後に控える仲間たちにサインを送り、それぞれに距離を置かせて攻撃体制を作る。


「いくぞ!」


フィアの言葉で全員が行動を開始した。


レヴェナントとの間合いを詰めて一斉に攻撃に移る。距離を置いた後衛たちは弓や魔法で狙いを定め、近接戦で挑む前衛たちは互いに間隔を取り跳躍した。


"無重力ゼロ・グラビティ"


瞬時に完全無詠唱による魔法がフィアたちを包む。


突然の無重力に後衛は大きく体勢を崩し、間合いを詰めて跳躍した前衛は自らの動きを制御できずにバラバラの方角に体を飛ばした。


「なっ!?」


重力グラビティ


レヴェナントが反転した魔法をまたもや完全無詠唱で展開。フィアたちはわずかな抵抗も許されずに全身を地面へと叩きつけることとなった。


「かはっ···。」


地面に叩きつけられたフィアは胸部を打ち、肺から強制的に息を吐き出すことになった。一瞬で歩み寄ったレヴェナントが首もとに剣を突きつけている。


あまり見ることのない群青色の瞳が冷ややかに自分を見下ろしていた。月明かりしかない状態なのに、その瞳がやけに強い印象として焼き付けられる。


フィアには剣聖としてのプライドがあった。例えこの世界で唯一ソロでアダマンダスの認定を受けたレヴェナントでも、対人戦であればそれなりの戦いはできるだろうと考えていたのだ。


仮に一対一で戦うことが難しくとも、この任務は必ず達成しなければならないものだった。単独で敵わないなら後衛の魔法士が彼の魔法を妨害し、弓や他の仲間たちの剣戟で動きを制限しながら討ち取ればいい。


そう考えていたのだが、レヴェナントの実力は常軌を逸していた。まさか妨害のひとつもできずに魔法で動きを封じられるとは想定外にも程があった。


「エルフか···予想外だな。」


レヴェナントがそうつぶやいた。


まるでエルフとは敵対するはずはないといった風に聞こえる。しかし、今のフィアにとってはどうでもいいことだ。彼は瞬きもせずに自分の首を斬り落とすだろう。そう思った矢先に小さな、しかしはっきりとした声が聞こえてきた。


「め!どれっど、め!!」



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