第3話 緋色の言魂
インヴィズィブル・ファング 弐
緋色の言魂
想像力のない奴に、翼は持てない。
モハメド・アリ
第三牙【緋色の言魂】
「私のこと、見ないで戦う心算?」
クスクスと、馬鹿にしたように笑うメデューサに、ミシェルは頬を膨らませる。
そして目を瞑ると、メデューサの気配だけで戦おうとする。
だが、そう上手く行くはずもなかった。
「ちょちょちょっとおおおお!!手加減なしじゃない!!!」
「あら、当然でしょ?あなたと私は敵なんだから。私を倒さないということは、あなたが死ぬと言う事よ」
「分かってるわよ!五月蠅いババアね!」
メデューサがミシェル目掛けて走ると、蛇が反応してミシェルに噛みつく。
「っ!!!」
だが、間一髪のところでなんとか避けた。
このままでは本当に危ないが、目を開けて戦うなんてこと、絶対に出来ない。
「逃げるだけじゃあ、私は倒せないわよ?」
「わかってるわよ!」
ミシェルは杖を出すと、メデューサに向けて呪文を唱えた。
すると、メデューサの足下から鎖が出てきて、メデューサの身体を封じる。
鎖はメデューサの顔も覆い尽くすと、それをそーっと目を開けたミシェルが確認し、ホッと安心して近づいていく。
最後に鎖を爆発させようと、ミシェルは呪文を唱え始める。
「え・・・」
爆発をさせようとした瞬間、鎖は物凄く強い力によって解かれていき、ミシェルの方に巻きついてきた。
ぐるぐると、自分の意思とは関係なく纏わりついてくるその鎖に、ミシェルは身動きが取れなくなってしまった。
「甘いんじゃない?そんなもので私を倒そうなんて」
そこには、全くダメージを受けていないメデューサがいた。
何より、メデューサの目を真っ直ぐに見てしまった。
「(やばい!!!)」
瞬間、ミシェルの身体は石へと変わって行き、ミシェルはついに石になってしまった。
ミシェルが石になったことを確認すると、メデューサはコンコン、と石を叩き、にんまりと微笑む。
石になったミシェルの身体から、鎖がジャラジャラと落ちて行き、それは土の中へと潜っていく。
そして最後に、メデューサは石化したミシェルを壊そうとする。
「さようなら」
そう言って、石化したミシェルに向かって蹴りを入れれば、簡単にバラバラになってしまった。
メデューサは勝ち誇った笑いをしながら、ギルイラの方へと加勢しに行こうとした。
「!!!」
だが、ひゅんっと音がしたかと思うと、メデューサの髪の蛇が一匹、切り落とされてしまい、地面へと落ちると、さらさらと砂へ変わって消えてしまった。
瞳孔を開き、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには壊したはずのミシェルが立っていた。
「不思議ね。どうして生きているのかしら」
「魔女相手に甘いんじゃない?あんたが戦っていたのは、幻影よ。本物の私はここにいるわよ?」
「残念だわ」
いつから入れ換わっていたのかは知らないが、魔女だからといって、こんな小娘と油断していたのは確かだ。
メデューサはまたミシェルを石化してしまえばいいと、目を合わせようとする。
しかし、ミシェルは呪文を唱えると、メデューサの周りに沢山の鏡を用意した。
「私は姿が見えなくなる兜なんて持ってないから、自滅してもらうわ!」
「ガキが!!」
だが、ミシェルを攻撃しようにも、自分を見てしまっては意味がない。
そこで、蛇を使って蛇にミシェルの動きを報せてもらうことにした。
右から来ると分かれば、右へ攻撃をし、左から来るならば左へ蹴りを入れる。
攻防戦を繰り返していた二人は、互いに体力が無くなってきたことも分かり、息を整え始める。
「おばさん。あんた歳なんだから、もう諦めた方がいいんじゃないの!?」
「あなたこそ、お子ちゃまなんだから帰って寝る時間じゃないの?」
「何よ!!」
「何よ」
こんな会話をしているが、二人は決して互いの顔をちゃんと見ながら話しているわけではない。
メデューサは自分を見ないように、ミシェルはメデューサの目を見ないように、注意しながらの戦いなのだ。
「キリがないわね」
先に動いたのは、メデューサだった。
厄介な自分を取り囲む鏡を飛び越えて、ミシェルのもとに一直線に向かうと、蛇を使ってミシェルの身体を拘束する。
「今度こそ、終わりね」
ニッと笑うと、メデューサはミシェルの顎を掴んで自分の目をしっかりと見せる。
その一瞬の出来事だった。
ぴきっ・・・
石になったのは、ミシェルではなく、メデューサの方だった。
「ふう。危ない危ない。危うく本当にやられるところだったわ」
石化したメデューサを確認すると、ミシェルはメデューサを地面に横にして置いた。
「それにしても、すごい出来栄えね!名付けて、鏡目!」
ネーミングセンスはいささか疑問だが、ミシェルの目は魔法によって鏡のようになっていたらしく、それを見てメデューサは自分で石になってしまったようだ。
身体の一部分だけを変化させるという高等魔術は、以前魔法界の先輩に教えてもらったらしい。
「すごく嫌な人だけど、やっぱりすごいのね。てか、教えられたことをそのまま出来る私がすごい!?」
自画自賛を始めてしまったミシェルのもとに、ハンヌが飛んできた。
「ハンヌ―!!!私、勝ったよ!!」
ハンヌを抱きしめて頬擦りしていると、モルダンが石になったメデューサにマーキングをしているのを見てしまった。
「・・・見なかったことにしようっと」
ぷいっと顔を背けて、ミシェルはシャルルたちを助けるでもなく、お菓子タイムに入るのだった。
「元気かなー、クソ空也先輩」
「ぐううっ!!!」
「死んだ方が楽になれる」
その頃、ヴェアルはオーガに腹を抉られていた。
普通なら、ここでぽっくり死ぬのだろうが、ヴェアルはオーガの腕を掴み、力付くで腕を引っこ抜いてブン投げた。
「はあっ・・・はあっ・・・!!」
腹からは赤黒い血がドクドクと出てくる。
それを止める手立てはなく、ヴェアルは自分の手をあてて、それを気休め程度に止血することしか出来ない。
「お前はなぜ戦う」
「はあ?」
目を少し伏せると、オーガは自分の手を見て、悲しそうな表情になる。
「俺には、譲れないものがある」
グッと拳に力を込めると、オーガは木に凭れかかって、今にも倒れてしまいそうなヴェアルを見る。
そして、一歩一歩とゆっくり、だが確実に近づいてくる。
「・・・奇遇だな。俺にもあるんだよ」
「そうか」
無口な男だが、自ら望んで戦っているわけではなさそうだ。
そもそも臆病な性格と言われているオーガが、どうしてこんな存在を公にしてまで、ギルイラを頭首にしようと思っているのだろう。
「ギルイラが頭首になったら、お前はどうするんだ?」
「・・・どうする」
「頭首になったら、ギルイラは闇の存在の方を優先するだろう。お前たちのことばかり構っていられなくなるぞ」
「・・・シャルルはお前たちと一緒にいる」
「あいつはな、変わってるから。会議にも出ないような奴だからな・・・。けど、ギルイラはきっと違うだろ?人間との共存を望まないなら望まないなりに、行動を起こすことになる。それに、頭首になれば、他の連中だって動かせるんだ」
「・・・・・・」
どうしてそこまでギルイラにこだわるのか分からないが、きっとヴェアル自身がシャルルと一緒にいるようなものなのだろう。
本来であれば、頭首となどほとんど顔を合わせることが出来ない立場なのだから。
これまでの頭首がそうだった。
シャルルの父親も祖父も、ほとんどの人は見たことがないだろう。
会議の場では会う事もあるだろうが、それ以外で顔を合わせることなど、無いに等しい。
シャルルが珍しいだけで、普通ならば仲が良いからといって、頭首となってしまえばその人とは会えないのは実情だ。
会議もほったらかしなシャルルが言うには、机上で述べても意味がなく、実際に人間と接してみないと分からない、ということらしい。
そもそも、どうしてグラドム家が人間との共存を望んでいるのかといえば、誰も知らないのだ。
理想像は聞いたことがあっても、そのきっかけとなる話は聞いたことがない。
「人間は嫌いだ」
「どうして?」
「・・・身勝手な異人だからだ」
「否定はしないけど」
過去に何かあったのかと聞くと、オーガは俯いてしまった。
「俺の一族は、人間として過ごしていた時代があったんだ」
オーガはゆっくりと語りだした。
オーガたちは、自分達が臆病なことも知っていて、忌み嫌われていることも分かっていた。
だから、いっそのこと自分達の存在を隠して人間として生きて行こうと決めた。
見た目はあまり変化しないためか、人間たちもオーガということに気付かず、しばらく同じ生活圏内で暮らしていた。
だが、本能的に肉食で、特に人間のみを口にしていたオーガたちの中の一人がある日、暴走してしまったのだ。
一家四人を喰い尽くしてしまし、猟奇的な殺人鬼として逮捕されたのだが、逮捕された先でも発狂しながら人間に襲いかかってしまったという。
「たった一人のしたことでも、周りからは冷たい目で見られ始め、何度も居場所を変えた。だが、今の世の中というのは生き難いもので、すぐにバレてしまう」
人間たちはオーガたちを蔑み、殺されても文句は言えないだろうと、狙われることも多くなったという。
何度怪我をしたか分からないが、それでも耐えて人間として生きていた。
しかし、オーガが出かけて帰ってくると、家族の姿が見えず、オーガは家中を探して回ったが、何処にもいなかった。
オーガは臭いを頼りに家族の居場所を突き止めると、そこは廃工場だった。
そーっと中を覗いてみると、そこには、自分の家族の身体中に釘を打ち、その身体を天井から吊るし、その光景を見て笑っている人間たちがいた。
泣き喚き、助けを乞いている家族たちに向かって、人間はこう言っていた。
「お前等、あの殺人鬼の家族なんだろ?何人殺したと思ってんだよ!お前等、殺されて当然なんだよ!!!」
誰も悲しまないとか、消えた方がみんな喜ぶとか、そんなことも言っていた。
吊るされている家族に向かって、今度はバッドを振り回し、釘が深く刺さるごとに悲鳴が響く。
それを見て、また笑う人間。
ぷつり、と何かがオーガの中で弾けた気がして、気付いたときには、人間たちが血塗れで死んでいた。
そして、家族も。
呆然と、オーガはその場に正座で座っていると、一人の男が現れた。
青い髪をしたギルイラというモズマで、人間の世界を見学にきたという。
何も聞かず、何も言わず、ギルイラはオーガに手を差し伸べると、オーガも何も感じないままにその手を掴んだ。
「人間は俺達よりも残酷だ。それなのに、自分達を正統化する。おかしい」
「・・・・・・」
「共存など無理だ。無理だったんだ」
小さくなるオーガの声は、聞きとるのが難しかったが、確かに聞こえた。
「俺も、少しだけ人間として生活したときがある」
感化されたわけではないが、ヴェアルも話し始める。
「けど、そいつは悪い奴じゃなかった。ちょっと馬鹿だし、なんていうか、正直で。俺達がそれぞれ違うように、人間だって違うんだよ。人間が俺達をひとくくりにするように、俺達だって人間とひとまとめにしてる。だから分かち合えないんだ」
「家族を奪われたことがない奴に、説教じみたことを言われたくない」
そう言うと、オーガはいきなりヴェアルに向かって襲いかかってきた。
ヴェアルは腕を出して腕を噛ませると、腕の力でオーガを振り払った。
地面に着地したオーガは、ヴェアルを睨むわけでもなく、ただただ無表情に、尻についた土をパンパンと払う。
「決着はもう着いてるぞ」
「まだだ」
何度も、何度も、オーガはヴェアルに向かって行くが、攻撃が当たらない。
ぞわぞわとヴェアルは毛深い姿になっていくと、オーガに抉られた腹の傷は、あっという間に塞がって行った。
「迷いがあるなら、戦うな」
「俺は、迷ってなんかいない」
グッと足に力を込めて、オーガはヴェアルに向かって行くと、ひゅっと顔の横に突如現れたヴェアルの腕によって、遠くの木まで飛ばされてしまった。
木の幹は折れて、メキメキと音を立てて無残にもぽっきり逝ってしまう。
「・・・!!」
それでも、オーガは肋骨あたりを摩りながら、まだヴェアルに立ち向かう。
ヴェアルはそんなオーガにも容赦なく、四本足になると、風のように素早く移動し、オーガの顔面を蹴り飛ばした。
オーガは両手を顔の前で交差させ、直接の攻撃は避けられたものの、腕に相当強い衝撃を喰らってしまった。
すると、ヴェアルは人間の姿に戻る。
「俺だって、戦うのは好きじゃない。平和的解決がしたいんだ」
「・・・お人好しの狼男か。だからお前は一族の中でも足手まといだと言われたんだ」
オーガの言葉に、ヴェアルは困ったように眉を下げて笑う。
「まぁな。けど、後悔はしてない。俺の人生だからな」
そう言って、ヴェアルが拳を作って待っていると、オーガも分かったのか、拳を出した。
「恨みッこなしな」
「ああ」
勝負は一瞬、その一瞬をどう生きるかで、勝敗は決まるのだ。
互いに出せるだけの力を出して、拳の勝負をしたのだ。
「へへ、俺の勝ち」
「・・・・・・」
見事に決まったのは、ヴェアルのパンチだった。
ヴェアルの一撃が痛かったのか、それとも何か想うところがあるのか、オーガはヴェアルに殴られたところを摩っていた。
だが、ヴェアルも最初の怪我が完全には塞がっていなかったようで、そこを押さえながら仰向けになって寝ていた。
隣ではオーガも同じような格好をして。
「俺はさ、人間との共存とか、別にどうでもいいんだよ」
青い空が広がり、そこには眩しいくらいの太陽が、雲の隙間からちらちら顔を出す。
「そりゃあ、共存出来たらすごいことだと思うんだ。けど、共存出来なくても、俺には居場所が出来たから、どっちでもいいかなーって思ってるんだ」
シャルルには内緒だけど、と肩を揺らして笑っているヴェアル。
「シャルルだって、共存なんてしなくても、あいつは由緒正しき吸血鬼一族だから、ここに居場所なんて幾らでもあるだろ?それでも共存をしようとするのは、あいつらしいっていうか」
闇の存在とも言えるヴェアルたちの血は、受け継ぐごとに薄くなっているのもまた事実。
このままでは、みなが滅ぶこともあり得るのだ。
ヴェアルたち狼男も、ミシェルたち魔女にしても、これまでにあった存在たちも、勿論シャルルだってそうだ。
「俺たちがどうしても生き残ろうとしたら、共存が必要になるのかもしれない」
けれど、もしかしたら、人間の力など借りなくても、自分達で生き残れる術を見つけられるかもしれない。
その可能性を信じて生きているのも、間違いだとは思わない。
「お前にはギルイラたちがいるんだから、大丈夫さ」
「・・・本当にお人好しだな」
そうは言っていたオーガだが、空を眺めているその表情は、今までと異なり、とても穏やかに見えた。
「さて、ストラシスに餌やらないと」
「それにしても、喉が渇いたな」
そう言うと、シャルルはいきなりギルイラに飛びかかり、その首筋に顔を埋める。
じゅるるるる、と何かを吸う音がしたかと思うと、ギルイラがシャルルを払ったため、シャルルはぴょんっと距離を取った。
「ん、不味い」
「敵の血を飲むなんて、良い趣味とは言えないな」
「いたしかたない。ヴェアルの血は獣臭い。ミシェルの血は飲みたくない。となると、消去法で貴様になっただけだ」
「勝手な奴だ」
空中をひらひら飛んでいるシャルルに、ギルイラは爪を伸ばすと、数メートルにも伸びた爪は、シャルルの身体と壁をくっつけた。
そしてそのままシャルルの首を切り裂こうと、もう片方の指の爪を伸ばして、首を狙って動かした。
だが、斬ることはしなかった。
「なぜ斬らん。ここで俺の首を落とせば、確実に俺を抹消出来るのだぞ」
「・・・・・・ならば問い返す。なぜ逃げない。お前ほど力もあって地位もある奴が、抵抗もせずに死のうとする理由がわからない」
自分よりも背の高い男に、赤い目で見下されるのは気分が悪い。
死ぬかもしれないというのに、平然としているのもまた、気にくわない。
「ふっ。貴様、この程度で俺を殺せるとでも思っているのか。めでたい奴だ」
「なんだと・・・!?ならば、今ここでその首はねてやろう!!」
爪を鋭くし、ギルイラはシャルルの首にぐっと力を込める。
シャルルの首は胴体と離れ、ごろん、と首だけがギルイラの足下に転がった。
ソレを見て、ギルイラはあまりにもあっけなかったため、ハハ、と小さく笑った。
シャルルの身体に突き立てていた爪も外すと、シャルルの身体からは血が出ていて、これで完全に死んだだろう。
だが油断は出来ないと、ギルイラはシャルルの身体と首を持って、火葬をしてしまおうと、燃えそうな枝を一緒に置く。
「吸血鬼といえども、生き返ることは出来ないよな」
シュボッとマッチに火をつけると、胴体と顔がバラバラになっているシャルルの身体に火をつけた。
燃え尽きるまで待っていると、思ったよりも早くシャルルの身体は灰になった。
それを持ってさらさら、と指の隙間を堕ちていくのを確認すると、ギルイラは砂を集めて、闇の存在たちがいる会議へと向かった。
これでシャルルの死亡が確認されれば、すぐにでも自分が頭首になれるだろう。
ギルイラが飛んでいくのが見えたのか、オーガもその後を追って行き、さらにその後をヴェアルが追いかける。
「ミシェル!それ、石ごと持って着いてこい!」
「ええええ!?」
どうして石にしてしまったんだろうと、ミシェルはこの時とても後悔したが、結局はヴェアルが持ってくれた。
オーガを見失わないようにと、定員オーバーなミシェルの箒に跨って着いていく。
そして、会議の場所に辿りつくと、ヴェアルたちはそーっと天井にある小さな窓から覗いていた。
そこには、ギルイラが闇の存在たちの前に立ち、砂となっているシャルルを見せた。
「グラドム・シャルル四世は、私の手によって葬られました。よって、頭首は私、ギルイラが務めさせていただきます」
それを見ていたヴェアルたちは、互いに顔を見合わせる。
「えええ!?」
「ミシェル、静かに!」
叫びそうになったミシェルの口に手をあてると、ヴェアルはどうにかして中に入ろうとする。
そして、こっそりと地下室から会議に潜りこむことにした。
もちろん、ミシェルも一緒に。
会議に出ていた者たちは、シャルルの哀れな姿に悲しむどころか、とても喜んでいて、これで人間たちを八つ裂きに出来ると叫んでいた。
砂となってしまったシャルルは、何も言わず、それを見てさらにギルイラは満足そうに微笑む。
「では、新しい頭首、ギルイラの誕生祝いをしようじゃないか!!!」
すぐさま用意される御馳走に飲み物。
ヴェアルたちはその部屋に到着したころには、すでにどんちゃん騒ぎだった。
「ちょっと、どうするの?これ」
「・・・とにかく、様子を見よう」
ストラシスたちは、ヴェアルたちの傍にくっついたまま、じーっとしている。
「いやー、めでたいですな」
「おめでとうございます」
「これで、人間たちと真っ向勝負できますな!はははは!」
卑下た笑いを響かせながら、男たちは宴を続ける。
「楽しそうだな」
「ああ!そりゃあ勿論楽しいさ!」
「シャルルんときゃあ、好き勝手に人間を殺せなかったからな!!」
「これで憂さ晴らしも出来るってもんだ!」
「ほう。憂さ晴らしをするのか」
「人間なんて、ひとひねりだぜ!」
「ぎゃはははは・・・」
楽しげにしていた男たちだったが、ふと、急に静まり返った。
気のせいだろうかと、辺りを見渡すが、特に変わった様子はない。
また楽しもうとした男たちだったが、急に風が吹いてきたかと思うと、粉塵となって視界が悪くなってきた。
「なっ、なんだ!?」
これにはギルイラも思わず立ち上がり、目を細めて口元を袖で覆う。
テーブルを見ると、シャルルの砂が原因らしい。
これにはヴェアルとミシェルも驚いていて、粉塵を吸いこまないようにと、壁の方に身体を向けていた。
徐々に収まってきたかと思うと、その粉塵の中から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「やれやれ。いつまで経っても、馬鹿は変わらんな」
「!?」
その部屋にいた全員が、固まった。
しかし、それは当然の反応といえる。
なにしろ、姿形なくなるほど、跡形もなくその存在が消えたはずの男が、粉塵の中央からその姿を見せたのだから。
「シャルル!?貴様、どうして!」
シャルルがぱちん、と指を鳴らせば、粉塵はあっという間に綺麗さっぱりいなくなり、そこには死んだはずの男だけが残る。
「どうして?愚問だな。砂になったくらいで、俺が死んだと思った根拠を、まずは貴様に答えてもらわねばなるまい」
「根拠も何も、お前は首を斬られた上に、燃やされて、灰になったんだぞ!!!それなのに生きている方がおかしいだろう!!」
ギルイラの解答に、シャルルは人差し指を自分の額につけて、やれやれと首を横に振った。
だが、ギルイラの言ったことは的を得ていて、周りの他の者たちも、生き返ったと思っているシャルルを見て目を見開く。
「ふん。下等な貴様等と一緒にするな。反吐が出る」
「なんだと!?」
「おい!みんなでやっちまおう!」
「この人数相手に、いくらこいつだって敵うはずねぇんだ!!」
ここにいるのは、ある程度名の知れた闇の存在たちであって、人間ではない。
全員かかれば、たかが吸血鬼一人くらい、倒すことなどわけないと思っていた。
一斉に飛びかかっていき、シャルルに覆いかぶさって行けば、その重みで部屋までズン、と下がってしまったように感じる。
「うわああああ!!!」
「ぐあっ!!」
「ひえええええ!!!」
だが、覆いかぶさって行った男たちは、勢いよく壁の方へと吹き飛ばされていった。
中心にいたシャルルは、少しマントが汚れたのが気になったらしく、ぽんぽん、と手で埃を払っていた。
「俺を怒らせるな」
「ああ!?てめぇなんか、ただの吸血鬼じゃねえか!!!」
「お前等一族のことなんか、昔っから信用しちゃいねぇんだよ!!!」
諦めずに、男たちはシャルルに襲いかかるが、シャルルの目がカッと見開かれると、赤い瞳が部屋を支配する。
「貴様等は何も分かっていないな」
「何だと!?」
シャルルは、一番近くにいた男の首を掴むと、そのまま腕をあげた。
「ただ血を吸うのが吸血鬼ではない。闇を支配し、血を支配するのが、吸血鬼だ」
「ぐっ・・・はぁあああ!!!」
みるみるうちに、男は干からびていった。
その代わり、シャルルの瞳の赤がもっと深みを増していき、まるで生きているかのように見える。
その様子を見ていた他の存在たちも、思わず怯んでしまった。
「・・・・・・」
「ギルイラ・・・」
シャルルの復活を目の当たりにしていたオーガは、ギルイラに近づいて声をかける。
「俺たちのほとんどは、退化してく中、なぜか奴らだけは進化を遂げている。陽の光を浴びても消滅せず、十字架を掲げても平然とし、杭で打とうものなら杭さえ自らの肉や骨としてしまう」
「どうするの」
「・・・・・・」
このまま戦っても、勝ち目がないことを感じていたギルイラだったが、逃げることも赦せなかった。
「オーガ、お前はここにいろ。俺は奴と決着をつけてくる」
そう言うと、ギルイラはシャルルの前に立つ。
隣にいた知らない男を捕まえると、その腸をその場で喰い始め、まるで戦う前の体力をつけるかのように淡々と。
口元を真っ赤に染め上げると、ギルイラは手の甲で口元を拭うが、綺麗にはならない。
ギルイラのそんな姿を見てしまった他の男たちは、思わず叫びだした。
「ひいいいいい!!!こ、こいつも化け物だあああ!!!」
「俺たちを喰う心算で頭首になろうとしてたんだ!!!」
「早くこいつを殺せ!」
次々に降りかかってくる罵声に、シャルルは思わず笑ってしまった。
「良く見ておけ。これが俺達だ。お前たちが嫌っている人間共と、何が違う?」
そう言われ、ギルイラは辺りを見渡していくと、さっきまでは自分に希望の眼差しを向けていたというのに、今ではもう、存在を否定されているかのようだ。
これじゃ、何も変わらないと。
「オーガ、これ返しとく」
「・・・・・・」
場が静かになったころ、ヴェアルとミシェルはオーガの元に向かっていた。
そして、石になってしまったメデューサを連れていったのだ。
石になってしまったメデューサを見て、オーガは特に何も言わなかったが、ちょっとだけ睨まれたような気もする。
だが、石を壊さずにここに連れてきたことに対して、御礼を言ってきた。
「メデューサ、戻らない?」
「戻せるよ、な?ミシェル」
そーっと、ヴェアルの背中に身を潜めていたミシェルが、石になったままのメデューサを見て、嫌そうに一度だけ頷いた。
「戻せるけど、私、石になりたくないから」
「何もしない。だから戻して」
「・・・・・・」
「ミシェル」
「・・・もー!」
杖を使ってひょいっとやると、メデューサは石から解放され、以前のように普通に動けるようになった。
ミシェルを捕まえようとしたメデューサだったが、その腕をオーガが掴み、首を横に振ったため、何もされることはなかった。
そして、目の前にいるギルイラを見ても、特に驚く様子もなかった。
「ギルイラ!お前等も所詮、共食いするような野蛮な連中だったんだな!」
「それなら、シャルルの方がマシだぜ!」
「お前になんか、誰が着いていくかよ!」
好き勝手なことを言う男たちだが、入ってきた風によって、蝋燭に灯っていた灯りが全て消えてしまうと、周りが見えずにお互いくっつくのだ。
ただ闇に浮かぶのは、シャルルの赤い目だけ。
「貴様等はゴミ以下だな」
「な、なんだと!?」
暗闇の中でも聞こえてくるシャルルの声は、いつも聞いているよりも低いように感じる。
「貴様等は頭首に守ってもらえると勘違いしている。だが、頭首の役割に、貴様等のことを守るなんて記載はない。よって、誰が頭首になろうとも、貴様等は守られることはないとうことだ」
「それが頭首の言う事かよ!?」
「俺達がいなきゃあ、この世界だってすぐにぶっ壊れて、人間共の餌食にされるんだぞ!!」
「そうだ!こいつらなんか無視して、俺達の中で頭首を決めりゃいい!!」
賛成賛成、と別に議論を交わしていた心算などないのだが、男たちは次は誰だのと話し始めてしまった。
シャルルとしては頭首に未練などなく、出来ればさっさと変わってほしいものだった。
ふう、とため息を吐くと、シャルルは盛大に拍手をする。
「なんてすばらしい!!!自ら頭首になろうとするなんてな!!!俺には真似出来んことだ!!!」
「シャルルどうしたのかな?壊れちゃったのかな?」
ヴェアルの後ろから見ていたミシェルが、ぽつりと呟いた。
「頭首というのは実に面倒なものだ。一日中誰がどこで何をしているか把握をしなければならない。その巡回の最中、おしゃべり好きな奴に会うと、半日は棒に振ることになる。それだけならまだ可愛いもんで、書類やら日報やら、書くことも確認しなければいけないことも沢山ある。目がチカチカするんだ。目薬は用意しておいた方がいいだろう。それに、時々人間がこちらの世界に迷い込んでくることもあるから、そいつらがまた飢えた亡者どもに襲われないようにしつつ、無事に人間の世界に帰さなければいけない。しかし、これがそう上手くはいかないんだ。人間というのは好奇心を持っていて、下手に動かずにその場でじーっと待っていれば良いのに、動きまわってしまう。だからまずは自分が誰よりも先に見つけることが先決となる。しかしここで自分が人間ではないとバレるとまた、この世界にも危害が及ぶ。あくまで、人間らしく振舞い、人間として接することが大切だ。話を戻して、頭首というのは想っている以上に面倒だ。例えば出せと言われた書類を締切までに出さなかったとなると、その時点で減俸が決まってしまう。とにかくシビアだ。俺のように完璧に仕事をこなしている場合は問題ないが、時間にルーズな連中や、適当な奴、それに字が汚い奴も難しい。ああ、そういえば約束を忘れる者がたまにいるが、あれは一体なんなんだ?しかも向こうから約束してきたにもかかわらず、なぜ忘れるんだ?こちらが覚えているのに、してきた本人が忘れるなんて実に失敬だ。俺はそんな奴とはしばらく口を聞きたくはない。というか顔も見たくない。俺にそんなことをしておいて、簡単に口を聞けると思ってるなら大間違いだな。ああ、これはお前のことだぞヴェアル。こいつときたら、俺に『シャルル、明後日あいてる?』と言ってきたから、俺は『あいてる』とちゃんと答えた。それなのに、あいつときたら、前日にも何も言って来ず、当日になっても何も言ってこなかった。これはどういう了見だ?俺は一応起きて待っていたというのに、こいつからは何の連絡もなかった。俺はその日から一カ月、話してやるものかと思って無視をした。そしたらこいつ、なんて言ったと思う?『なんで怒ってるの?』そう言ってきたんだぞ。有り得ない。有り得ないな。原因はお前だったんだ。無視してたらこいつ勝手に落ち込みやがって、ソレを見てジキルとハイドがまたヴェアルの味方をしたもんだから、俺はもう腸が煮えくりかえるかと思った」
「・・・あれ?なんか俺に対する怒りになってきてたけど」
そんなことあったっけかな、とヴェアルが考えている中、男たちはシャルルのことを口をあけて唖然としていた。
そして、一人の男がハッと我に返ると、ギルイラに向かって突進していった。
男は頭に大きな角を三つもっていて、まるで猪のように真っ直ぐに走って行く。
だが、ひらっとシャルルのマントが角にあたると、そのままシャルルはマントを持ちあげて男をひっくり返した。
「おい、早くここから・・・。おい?」
ギルイラの前に立ったシャルルは、顔だけを後ろに向けて話かけるが、ギルイラの様子がおかしい。
眉間にシワを寄せていると、ギルイラがシャルルの方に倒れてきた。
「へへ・・・!!」
ギルイラの背中から姿を見せたのは、目が青く足のない存在だった。
手だけで素早く動きまわって移動し、ギルイラの背中に杭を打ったらしい。
そいつの手には杭と金槌があり、ギルイラの背中からは血が流れ出ていた。
「シャルル!」
「ギルイラ!!」
そこにいたメデューサとオーガは、シャルルから奪う様にしてギルイラを抱えると、そいつの方を見た。
メデューサの目を見たソレは、瞬時に逃げたが、肩腕が石になってしまった。
「シャルル!どうするの!」
「お前等、こいつを連れて行け。邪魔だ」
「ぐっ・・・!!!しゃ、シャルル!!お前・・・」
「俺に敵わないと分かった時点で、貴様ら全員、俺に立ち向かってくるべきじゃなかったな」
メデューサとオーガは、ギルイラを連れてその場所から去って行った。
残されたヴェアルとミシェルも、一緒に立ち去りたかったのだが、ミシェルはモルダンがシャルルのもとに行ってしまうので、そこに残るしかなかった。
周りはそれなりに腕のたつ奴らなのか、それさえ分からないが、そう簡単には行かないだろう。
「こんなに大人数相手にするなんてね」
「嫌なら帰ればいいだろう」
「シャルル置いていくとモルダンが怒るんだもんーーー!!!」
うっうっ、と泣きながら訴えるミシェルと、すでに手負いのヴェアル。
ソレを見て、シャルルははあ、とお得意のため息を吐くと、バサッとマントを広げた。
「面倒なのは御免だ。一瞬で終わらせるぞ」
そう言うと、シャルルはミシェルの肩にぽん、と手をおいた。
「へ?何?」
「やれ」
「はあ!?私なの!?」
「さっさとやれ」
ふわっと浮くと、シャルルはジキルとハイドを連れて天井にある窓へと避難していった。
それと同時に、ヴェアルも壁を上っていって、避難を始めた。
残されてしまったミシェルは、わなわなと押し上げる怒りやら怒りやらで、杖を出して男たちに向けると、鬼のような形相をする。
「お前等なんか、沈んじゃえええええええええ!!!!!!」
ちょん、と杖を振って呪文を唱えれば、男たちのいた部屋の足下がどんどん崩れて行き、水が生まれてきた。
そして部屋の中央には渦巻きが出来て、そこにどんどん吸い込まれていった。
ミシェルも箒を出して跨ると、ハンヌと共に避難をする。
「モルダン!?モルダン、どこ!?」
まさか、渦巻きに巻き込まれてしまったのかと、ミシェルは心配していた。
泣きながら探していると、可愛い可愛い猫の鳴き声が聞こえてきた。
ふと声のしたほうを見ると、そこには当然のようにシャルルの腕の中にいるモルダンがいた。
「ちょっとシャルルーーーー!!!」
「こいつが勝手にいたんだ」
バッとシャルルからモルダンを死守しようとしたミシェルだが、眠たかったのか、モルダンがシャ―と威嚇した。
「も、モルダン・・!!!」
「ふっ。哀れな奴だ」
「あんたのせいでしょーーーー!!!」
「ところで、あいつらはどこ行ったんだろう?それに、この場所も、大変なことになってるけど、いいの?」
「あいつらなら、また別の場所でなんとかしてるだろ。この場所も、俺にとっては退屈な会議をする場所が無くなっただけのことで、大変喜ばしい」
「喜ばしい、じゃなくね?」
しばらくして収まると、部屋の中はメチャクチャで、魚までいた。
「あーあ。これじゃあ、頭首を決めるどころじゃないね」
ヴェアルがストラシスを撫でながら言うと、シャルルは空を見上げた。
すっかり夜になっていて、その空に映っている三日月は、笑っているようだ。
「ギルイラ、傷口は?」
「はあ・・・ぐっ。大丈夫だ」
「大丈夫じゃないじゃない!ほら、ちゃんと見せて!」
痛々しい痕は残っているが、思っていたよりも傷は浅かった。
止血をすると、治療が出来る場所に連れて行こうとする。
「何処に連れてく」
「どっかの病院に連れていくしかないでしょ!私達に医術なんてないんだから」
そうは言っても、この世界には病院という概念はなく、病院に連れていくには人間の世界に行くしか方法がない。
どうしようかと考えているとき、ガサッと草むらから誰かがこちらに向かって歩いてきた。
メデューサとオーガはギルイラの前に立ちはだかり、戦闘態勢に入る。
「こんなところにいたか」
「!シャルル!?どうしてここに」
「どうせ、そいつを治療出来ずにいるんだろうと思ってな」
「止めでも刺しにきたの!?」
一々噛みついてくるメデューサに、シャルルは呆れてものも言えない。
それでも二人のことなど気にせず、シャルルはギルイラに近づくと、背中の服をガバッと開いて傷口を見る。
そしてすぐに立ちあがると、マントを広げる。
「俺の遠い知り合いを紹介する」
「え?」
「お前らをそいつのところに連れていくのは面倒だし力仕事だからな。そいつをちょっとこっちに連れてくる。ここで待っていろ」
何を言ってるのかと、シャルルに色々聞こうとしていたギルイラたちだったが、何も聞かずにひらっと飛んで行ってしまった。
そしてしばらく待っていると、黒い影がこちらに向かって飛んできて、近くまで来ると何かが勢いよく降ってきた。
「いて・・。おいおいおいおい、シャルルよぉ、お前って奴ア、人を丁寧に扱えねぇのか」
「口やかましい奴だ」
「お前がな」
いててて、と言いながら、シャルルが連れてきた男はギルイラの傷を見てすぐさま傷口を見る。
短髪で顎鬚をたずさえ、やる気のないようなタレ目に白衣。
そして、これから治療するというのに、煙草を吸っている。
「すぐ終わるから。じっとしてろよ」
「英明、お前少しは痩せたらどうだ」
「あのなア、俺はお前と違って筋肉質なんだよ。それにそんなにお前と変わらねえだろうが。生意気言いやがって」
「腕がくたびれた。折れたかもしれん」
「知るか。お前なら自然治癒力で治りそうだな」
英明という男は、シャルルと仲が良いのだろうか、要領よく施術を行って行く。
シャルルといえば、英明を連れて帰らないといけないらしく、欠伸をしながら足を組んで待っていた。
陽が昇ってくるころ、ようやく治療が終わった。
「よし。しばらくは安静にしろよ。それから、これを塗るように」
ほれ、と言って手渡されたソレを目デューサは受け取った。
シャルルは、また何か文句を言いながら、英明という男を連れて去って行った。
ぽかん、と口を開けて一部始終を見ていたギルイラたちだったが、休める場所を探すことにした。
「借りが出来たな。今度、年代物のワインでも持って行ってやろう」
「・・・ええ」
「・・・・・・」
英明をもとの世界に送っていったあと、シャルルは城に戻ってきた。
ジキルとハイドがすぐさまお出迎えしてくれて、シャルルは御機嫌だ。
だが、椅子に座って足を組み、ワインでも飲もうとしたとき、ちっ、と舌打ちをした。
「おい、さっさとこいつを連れて消えろ」
座った瞬間、テーブルの下にいたのだろうモルダンが、シャルルの膝の上に乗っかってきたのだ。
首根っこを掴み、近くで隠れていたミシェルに声をかけると、ミシェルはシュババババ、と駆け込みながらモルダンをキャッチした。
「ダメじゃ無い!どうしていつもシャルルのところに行っちゃうのよ!」
「にゃあ」
「そんなに可愛い顔してもダメよ!今日はゆーっくり私のベッドで一緒に寝るんだからね!すりすりさせてよ!」
「にゃあ」
ミシェルがモルダンとハンヌを連れて帰っていったあと、シャルルはまたため息を吐いた。
「ヴェアル、お前も帰れ」
「えー、なんでバレたかな。帰ってきてからすうぐにストラシスが狩りに行っちゃったからさ、待ってようかなって思ったんだけど。もう朝なのに帰ってこないんだよね」
それならばいつ帰ってくるか分からないため、シャルルはヴェアルを追い出した。
とはいっても、ヴェアルはシャルルの城の近くに小屋を建てて、そこで最近は寝泊まりしているのだ。
誰もいなくなった空間の中、シャルルはワインを一気に飲み干した。
「・・・・・・」
朝が来れば夜が来る。
今日が終われば明日が来る。
「同じように時は過ぎるが、同じ日は二度と来ない」
足を組み直し、テーブルに肘をついて頬杖をつきながら、ただ笑う。
明るくなる空の灯りが、小さな窓から部屋の中に差し込んでくる。
通常であれば消えてしまうが、彼は太陽の光を浴びても、その身体は消滅しない。
ある者は言う。彼は神に選ばれたのだと。
ある者は言う。彼は悪魔に選ばれたのだと。
ある者は言う。彼は存在してはいけない存在なのだと。
だが、彼は赤い目を細めて不敵に笑う。
彼の名は、グラドム・シャルル四世。
誰もが恐れ忌み嫌い、何もかもを吸い込みそうなその瞳を見ておののく。
彼は孤独を愛し、孤独に生きる。
夜を纏い、血を唄い、永遠を嫌い、現実を奏で、彼は想う。
「儚くも美しきかな、人生」
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