トイレで出会う莉子と真佳

あかせ

第1話 見かけによらずHだね♡

 今日はわたしが通う事になった『私立 百合園ゆりぞの女子高等学校』の入学式。既に制服に着替え終わり、今は自分の部屋で髪を整えているところ。


わたしがその高校を選んだ理由は“歩いて行ける”から。たった10分で着くのは嬉しい。これだと近いと、万が一寝坊しても安心できるよね。


わたしが知る限りだけど、仲が良い友達は別の高校に行っちゃった…。知っている人が誰もいないのは寂しいよ~。


だから頑張って友達を作らないといけないんだけど…。新しいクラスに馴染めるかな? 怖い人いないかな? ……暗いことばかり考えちゃうダメだよね。



 準備を整え、わたしは玄関で靴を履く。気は重いけど頑張らないと!


「莉子。忘れ物はない?」

お母さんが玄関先に来てくれた。


「大丈夫だって。ちゃんと確認したから」

クラスメートに“うっかりさん”と思われたくないからね。


「…あんた、表情が暗いわよ。緊張してるでしょ?」


お母さんにバレていたみたい。さすがだね。


「うん…。お母さん。わたし、新しいクラスに馴染めるかな?」


「さぁね…。だけど、今みたいな暗い顔の子とは仲良くなりたくないわ。笑顔でいれば、好印象になるはずよ。頑張りなさい!」


面白くないのに笑顔でいるのって、難しいんだけど…。詳しく訊く時間はなさそう。帰ったらちゃんと訊こうかな?


「それじゃ、行ってきま~す」


「いってらっしゃい」


わたしは玄関の扉を開け、外へ足を踏み出す。



 ……高校に近付くにつれ、わたしと同じ制服の女の子を見かける。1人の人が意外に多いからビックリだよ。仲間がいると安心できるよね。


わたしのクラスは『1ーA』と入学案内に書いてあったっけ。クラスの心配はないけど、昇降口がわからないなぁ。来たのは入試以来だから忘れちゃった…。


こういう時は、頼りになりそうな子に付いて行こう。…早速見つけたので、怪しまれないようにその子に付いて行く。



 昇降口まで付いてきたけど、教室の場所もわからない…。けど、その心配は無用だったよ。昇降口のすぐそばにあったから。


わたしはさっきの頼りになりそうな子に心の中で感謝しながら『1ーA』に向かう。

彼女の姿はなかったから、わたしより早く靴を履き替えて教室に向かったみたい。


……『1ーA』に入って教室内を見渡したところ、楽しそうに話す女の子達がいた。しかも複数人で。中には自分の席で大人しくしてる子もいるけど、あまりいない。


さっきの頼りになりそうな子は、違うクラスなんだ…。もし同じクラスだったとしても、お礼を言う勇気はないけどね。



 黒板に席の場所が書いてあるので、それを観て自分の席に座るわたし。

他にすることがないから、携帯をいじって時間を潰そう。


【キーンコーンカーンコーン】


…チャイムの音だ。気付けばHRホームルームが始まる時間になったみたい。チャイムの音に従い、みんなが自分の席に座る。


わたしはすぐ携帯をしまう。どういう先生が担任になるかわからないからね。携帯を理由にあれこれ注意されたくないよ。


全員席に着いて数十秒後、教室の扉が開き女性2人が入ってきた。

あれ? 2人なの? 1人はおばさんに見えて、もう1人は結構若い…。


「みんな、席に着いてるわね。感心感心」

教壇に上がった2人の女性の内、おばさん先生のほうが教室を見渡してから言う。


「私が担任の天笠あまがさよ」

自己紹介後、おばさん先生は頭を下げる。


「副担任の山田です」

若い先生も同様に頭を下げる。


天笠先生と山田先生だね。…うん、ちゃんと覚えたよ。


「これから入学式になるので、廊下に並んでください。今の席順は番号順になっているので、同じように並べば大丈夫です」


天笠先生の指示の後に、山田先生が廊下に出る。


わかりやすくて良いね。わたしは前の人の動きに合わせて廊下に出て並ぶ。

これからもこういう事はありそうだし、前の人は友達候補になりそう。



 体育館で校長先生といった偉い先生の長い話を聴いて、入学式は終わった。そのあと教室に戻るわたし達。次は何をするんだろう…?


「山田先生は別の用事があるので、次からは私1人でやります」

教壇に立つ天笠先生が伝える。


そうなんだ。副担任っていうのも大変なんだね。


「次やるのは自己紹介よ。1人ずつ前に出て話してちょうだい」


自己紹介…。先生の言葉を聴いて、わたしのテンションは下がる。

人前に出るだけでも嫌なのに、自分のことを話すなんて…。


けど自己紹介がうまくできるかどうかで、1年の過ごし方が変わると言っても過言じゃない。第一印象が大切なのは、前々からお母さんから聴いているからね。


だったら頑張らないと。わたしは順番が来る間に、頭の中で予行練習を繰り返した。



 ……いよいよ次はわたしの番だね。うぅ、緊張し過ぎてヤバいよ~。


「次は…、春川さんね」


「はい…」

天笠先生に呼ばれたので、わたしは席を立って教壇に向かう。


その間も、多くの子にジロジロ見られている…。今更だけど、わたし変な髪型してないよね?


…教壇に立っているので、クラスメート全員が見える。先生って凄いよね。こんな状態で授業できるんだから。わたしはここに立つだけで精一杯だよ…。


「それでは春川はるかわさん、どうぞ」

横にいる先生が指示する。


「はい…。わたしは“はりゅ”…」


春川を噛んで“はりゅ”になっちゃった。もう最悪…。でもこのままじゃ終われないよ。急いで言い直さないと。


春川はるかわ莉子りこです。よろしくお願いします」

ペコリと一瞬頭を下げる。


それに合わせ、拍手をするクラスメート。恥ずかしくて見渡す余裕がないんだけど、クスクス笑っている人はいないよね…?


「はい、ありがとう。次は…」


やっと終わったので、わたしは逃げるように教壇を降り自分の席に座る。噛んだわたしの第一印象は、何になるんだろう?


…考えるのが怖くなったので、他の人の自己紹介を聴くのに専念した。



 無事みんなの自己紹介が終わった。噛んだの、わたしだけだったよ…。


「自己紹介お疲れ様。次はHRホームルームになるんだけど、その前に休憩時間になるわ」

それだけ伝えると、天笠先生は教壇を降り教室を出て行った。


休憩時間ってことは、トイレに行けるね。早めに行っとこ。

そう思った時に、携帯のバイブが鳴る。先生いないし確認しよう。


…お母さんからだ。どうしたんだろう?


『急にシフトを代わることになったわ。家のカギ、持ってるわよね?』


お母さん大変だな…。家のカギは…、ちゃんとあるね。


『あるから心配しないで』

返信した後、わたしはトイレに向かう。



 自己紹介で失敗したのはわたしだけ…。どうすれば汚名返上できるかな~?

そんな事を考えながら、トイレに入るわたし。


トイレの場所については、体育館の行き帰りでチェックしたから大丈夫。

これから何度も使う所だもん。しっかり確認しないとね。


……入ったところ、個室は5か所あるみたい。扉はみんな閉まってる。とりあえず入り口から一番近いところの個室前に向かってみよう。


…扉にカギがかかってるようには見えないので、扉を開けることにした。



 「きゃ!?」

個室内の便座に座ってる女の子がいて、悲鳴を上げられた。


まさか人がいるなんて…。うっかりカギをかけ忘れたとか?


「ごめんなさい!」

すぐ扉を閉めるわたし。


「ねぇ、春川さんだよね?」

他の個室に向かう前に、わたしの名前を当てられた。何でわかるの?


「そう…だけど…」


「あたし、同じクラスの井口いぐち真佳まか。わかるかな? 莉子ちゃん?」


「井口さん…。うん、わかるよ」


「莉子ちゃんって、大人しそうなのにHなんだね~。使用中の個室に入ってくるなんて、ダ・イ・タ・ン♡」


からかうように話す井口さん。怒ってはなさそうだけど…。


「だって、カギかかってなかったし…」


「カギ? あたしはかけないんだけどな~。莉子ちゃんはかけるの?」


「もちろん。外は当然だけど、家でもかけるよ」

もしお父さんがうっかり入ってきたら…。


「ホントに? 真面目というか、几帳面というか…」


井口さんと話すのは良いけど、そろそろ限界が近いよ…。


「井口さん。話の途中で悪いけど、済ませて良いかな?」


「そのために来たんだもんね。あたしのほうこそ、話しかけてゴメン」


「気にしてないから大丈夫だよ」

わたしは井口さんがいる個室から1か所空けた個室に入って済ませた。



 ……済ませて個室を出ると、洗面台あたりに井口さんがいた。


「井口さん、どうしたの?」

まだ何か用事があるのかな?


「同じクラスだし、一緒に戻ろうよ」


そういう誘いは嬉しいな。


「良いよ。その前に手を洗わせてね」


「わかってるって」


わたしが手を洗う様子を見守る井口さん。…ハンドドライヤーで水気を飛ばしたし、いつでも戻れる。


「莉子ちゃんは、誰かと一緒に帰る約束してる?」


「ううん。1人で帰るけど…」

何でそんな事訊くんだろう?


「良かったら、あたしと一緒に帰らない?」


「良いの…?」

井口さんと仲良くなれるチャンスかも?


「当然だよ。莉子ちゃんともっと話したいし」

彼女の笑顔が眩しい。


「…それじゃ戻ろうか。莉子ちゃん」


「そうだね」


井口さんに続き、わたしはトイレを出た。

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