18-2 パンドラのスマホ

 氷川良哉スマートフォン解錠作戦は、つつがなく進行した。甲谷先生は警察にお願いの上、自分が顧問を務める研究会の会員である生徒たち四名を連れて、上寺元病院を訪れた。

 普通のお見舞いなのに大げさな、と思っていたが、病室は何と個室。しかも、入り口には警察官が立っている。そういえば、氷川先輩にはヨクナイお友達がたくさんいる。そういう線で警察が疑っていたとしてもおかしくはない。口封じのために、今度こそとどめを刺しに来る可能性があるからだろう。

「じゃあ、打ち合わせ通りに」

「なんか、緊張するな」

 金木はいつも場違いなことを言いがちだが、今回に関してはそうだった。わたしの演技力にすべてがかかっている、はずだ。

「遊びじゃないんだぞ」

 先生はそう言いながら、ふ、とわたし達の様子を鼻で笑った。多分、大人という視点からわたし達を見ると、面白くて仕方ないのだろう。

「でも、面白いからいいじゃないですか」

 ペイペイ先輩が一番楽しそうだった。

「おれのブロック、見せてやるぜ」頼むから静かにしてほしい。

「じゃ、お前ら、真面目な顔しろ」

 今日一、難しいことを先生が言う。

「先生が一番にやけてますよ」

 真っ当な突っ込みをペイペイ先輩がする。

「ごめん。じゃあ、行くぞ」

 そういって先生は顔を引き締めて先を歩く。わたし達もそれに続いた。

「お見舞いに来ました。導大寺高校の甲谷と生徒です」

 見張りの警察官に先生がそう言うと、全員が身分証の提示を求められる。わたし達は生徒手帳でもってそれを示すと、警察の人は静かにドアを開けた。

「五分ぐらいでお願いします」

「わかりました」

 意外に厳重であった。しかも、窓ガラスに映ったわたしの背後には、ゆっくり近づいてくる警察官が映った。なんだ、ばっちり監視するじゃないか。

「りょ、りょーやくん……」

ベッドに近づき、声を震わせ、わたしはそれっぽいことを言う。これは、宇治末部長との将来をシミュレーションした結果の一つ、わたしを庇って交通事故に遭った勇敢なヒーロー宇治末茶男のお見舞いに来たかわいそうなヒロイン浜井ヨコの悲劇的な再会パターンの応用である。わたしはモブたる会長、ペイペイ先輩、金木を押しのけて氷川先輩の手をベッドから出して握った。

 警察官を邪魔するように、一番幅がある金木がそっと警察官をブロックし、わたしの手元を隠す様に会長とペイペイ先輩が脇を固める。

「おいおい、あんまり騒ぐんじゃないぞ!」

 と先生は一番最後を歩きながら、大きな声を出して警察官の気を引いた。警察官も、一瞬先生を見る。その瞬間、わたしは隠していた氷川先輩のスマートフォンを取り出し、握らせる。親指を画面下部の、指紋センサーに押し当てると、ぶるっと震え、画面が明るく光った。開いた!

 その瞬間、ペイペイ先輩は屈んでスマホを受け取り、

「先生、ちょっと気分悪いんですが」

 といって立ち去る準備をする。

「大丈夫か。すみません、ちょっと出ますね」

 先生は警察官に断りを入れると、ペイペイ先輩の背中をさすりながら病室を早々に去った。

 残されたわたしと会長、金木は猿芝居を五分ほど演じた後、退室する。

 病院の待合スペースに、先生とペイペイ先輩はいた。

「大丈夫ですか?」

 どこで警察が見ているかわからないので、わたしはそう訊ねた。

「大丈夫。病院の臭いって苦手なんだよ」

 ペイペイ先輩はまだ猿芝居をする。

「じゃあ、車に戻るぞ」

 先生がそう言って先導する。何も言わないあたり、多分成功したのだろう。

 車の中で、改めて訊ねる。

「先生、どうでしたか」

「ああ、うまくいったよ」

「なにがあったんですか?」

「あー、いや、なんだろうな、松平」

「……なんでしょうね」

 二人の歯切れが異様に悪い。今までにないレベルであった。

「おい、まさか、リコーダーの場所が分かったから、二人で隠そうってことか?」

 金木が吼えた。こいつはいつもうるさい。

「いや、違う。違うんだが……」

「いいから、返してください」

 別にわたしの物、というわけでもないが、功労者はわたしである。

「いや、浜井は見ない方が……」

 だが、そういう先生のジャケットのポケットが膨らんでいるのを確認している。

「先生! 警察の人が来てますよ」

 わたしは前を指差す。先生どころか、残りの三人もぱっと車外に視線を飛ばした。その隙に、わたしは甲谷先生のポケットから氷川先輩のスマートフォンを奪った。取り決めでは、一度ロックを解除したスマートフォンの設定をいじって、パスコードがいらないように変えることにしていた。案の定、電源を入れるだけでスマホは起動した。

「あ、おい……」

 消えそうな声で先生が言う。

「おれは知らねえぜ」

 ペイペイ先輩も諦めたように言った。

 何故二人はこんな態度なのだろうか。わたしには理解できない。さっさとスマートフォンを操作し、そして、やがてわたしは動画や写真を管理するアプリを立ち上げる。そして、最後の動画をタップした。

「う、うぉぇえっ」

 そして、吐いた。耐えられなかった。なんだ、なんなんだこれは!

「え? どうした、浜井さん」

 会長の混乱の声がする。

「おれのくるま」先生の消え入るような声がしたが、気のせいだろう。あくまで先生なのだからここは生徒の体調を気遣うはずだ。

「リコーダー? リコーダー?」

 金木はもう出て行ってほしい。

「ペイペイ、どういうこと?」

 会長は困惑しているようだ。

「あーこれはな……」

 やめて、言わないで……

「宇治末っているじゃん。同じ学年の。あいつと、先生の坂岸がヤってる動画」

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