17-1 こうして事件は幕を閉じたのです、の一つ前

「松平平樹は自殺して、この事件は終わりだ。おれはミス研をやめた。で、この会を設立した」

 最後、先生は口頭で事件のあらましを語った。それを聞いて、どんな顔をしていたのだろう、きっと相当複雑な表情を浮かべるわたしに、先生はそういった。

「そう、ですか。じゃあ、犯人は」

「ほとんど間違いなく、松平平樹だ。近所の人の嫌がらせが身に堪えたんだろう。おれが言うのもなんだけどな」

 先生は皮肉っぽく言う。

「もともと、近所の人との関係はよくなかったらしいし、いろいろあったんだろう。ペイペイも、先生の方な、あの人も、平樹とはほとんど話していなかったみたいだし、親子間も相当だったんだろう。頼れる人も家族もいなくて、耐えられなかったんじゃないかな」

「当時のことは、わかりました」

「でも、探す気か」

 先生はため息交じりにそう言った。

「そう、ですね。事情と、ヒントはわかりました。わたしは、探します」

「でも、どこを探すんだ。そもそも、読んだらから分かると思うが、おれがこの研究会を作ったのも、もう見つからないと思ったからだ。当時で見つからなかったものが、今更そう簡単に見つかるとは思えないが」

「はい。そうは思うのですが、やってみたいです」

「そうか、なら好きにすればいい。でも、人に迷惑をかけるのはやめてくれ。もしくはちゃんと相談してほしい」

 いつもならまたこの教師は、で済ます所だったが、あれだけいろいろやっていたことが分かった後に先生からそういうと、含蓄が多い、気がした。

「わかりました。そうします」

 そのときだった、会室を誰かがノックした。

「先生、おれ達も探します」

 そういって入ってきたのは、会長とペイペイ先輩だった。

「なんだ、お前ら、もしかして聞いてたのか」

「はい。だってここ、おれ達の会室ですよ」

 ペイペイ先輩は堂々としている。それもそうである。

「そうだな。お前たちの会室だ」

 先生は自嘲気味に笑った。

「浜井さんもそうですが、おれ達もぺろぺろリコーダー捜索研究会です」

 会長がびしりという。仲間意識を持たれるのも悪い気はしなかったが、集団の名前はやっぱり気持ち悪いので、わたしはあんまり一緒にされたくはなかった。

「まあ、好きにしろよ。一応そういう研究会だからな」

 先生の反応は淡白だった。

「浜井さん、おれ達にもノート読ませてほしいんですが」

「はい。どうぞ」

 先生は少し驚いていた表情をしていたが、わたしは特に抵抗はなかった。読んでもらうためのものだし。

「まあ、なんとなく立ち聞きで把握してるけどな」

 ペイペイ先輩はそういって、ボロボロのノートを手に取る。こいつはこいつで意地が悪い。

「先生、いろいろあったのは何となくわかりますが、あんまり気にしなくていいと思いますよ」

 ペイペイ先輩はノートで顔を隠しながら言った。

「なんのことだ?」甲谷先生が聞き返す。

「ひいおじいちゃんがリコーダーの話するんですよ。最近ボケがひどいんですが。でも、別につまんなそうとか、嫌な思い出がある感じではないです。まあ、おれからすると、おじいちゃんにあたる人に、興味がないだけかもしれませんが」

 そうか、ペイペイ先輩はおじいちゃんに会ったことがないのか、と理解する。

「そうだといいんだけどな」

「それに、ひいじいちゃん、朝霧夕都のグッズ、ずっと保管してたんです。多分、おじいちゃんのやつ。だから、なんていうのかなあ。ドンマイ、先生」

 あんまりな締めの言葉をペイペイ先輩が言う。でも、それくらいしかかける言葉は思いつかない。

「どうだろうな。そうだ、今度、挨拶に行ってもいいか」

「どうぞ。喜ぶかもしれません」

「会ってなかったんですか?」

 わたしは驚いた。勝手に仲がよさそうだと思っていた。

「別に、ただの教師と先生だからな」

 これまた淡白な反応だった。

「桜木先生は、今どうしてるんですか」

 会長がだしぬけに訊ねた。

「さあ? 下手したら死んでるんじゃないか。いい歳だろ。っていうか、当時の教師だって下手したら八十から七十だからな。どうしても気になるなら、調べてやってもいいぞ。でも、話聞いたってなにも出ないんじゃないか」

「そういえば、この柏木って人は」

 わたしは訊ねた。

「お前達の知ってる柏木サンだな。あの人とはたまに連絡取ってたからな。受験勉強もあの喫茶店でやったりしてたし」

「闇営業だ」ペイペイが茶化す。

「喫茶店自体は健全だ、馬鹿」

 先生は少しだけ声を荒げた。

「じゃあ、やっぱり、先生が、文藤さんを、サッカー部のマネージャーに吹き込んだんですか」

「よく気付いたな」

 先生は感心してそういう。

「だって、先生にまだ柏木さんのこと話してないのに、先生から柏木サンの話題上げたことありましたよね。なんか変だなって思ったんです。あと、文藤さんだってなんであんなにヤバそうな人に詳しいのか、ちょっと怖かったですし」

 気になる人はいい感じにページを戻してほしい。

「そうか、ますますおれは探偵に向いてないな」

「犯人にも向いてないです」

 わたしは正直な感想を伝えた。

「文藤が会室の周りでそわそわしてたから話を聞いたんだ。で、ピンときたから柏木にお前たちを誘導した。なにかあっても、おれの生徒だってわかったら、一回ぐらいは義理でも丸く収めてくれると思ったからな。すぐにおれからも柏木に、ほどほどにかわいがってくれって言っておいたし」

 あまりにもお粗末な流れだった。そのおかげで会長もわたしもがくがくと震えまくっていたわけですが。

「あの、柏木の部下、おれを助けるとき、井手口思いっきり殴ってましたよ」

 ペイペイの表情が硬い。思ったよりもバイオレンスな現場だったようだ。

「いいだろ。無事だったんだし」

 この人の評価は難しい。極悪人ではないが、要所要所でものすごく冷たい気もする。

「あの、先生」

 急に会長は手を上げた。

「当時、桜木先生は、宿直中に松平……」

 勢いよく言った割に、松平といって言葉を濁す。

「いいよ。松平で」

 ペイペイ先輩は何かを察したのかそういった。

「松平と酒を飲んでいた。で、トイレか何かで席を立ち、堀越を見つけて追いかけた。それで、リコーダーを盗めなかった堀越が、リコーダーを探せ、と叫んだ。そうですよね」

 急にリコーダーの話を会長はした。

「そうだと思うが」

「それを聞いた松平は、慌ててリコーダーを取りに職員室に行き、リコーダーを回収した。でも、家には持ち帰らなかった。これは……」

「宿直室に酒やグラスがなかったし、勝手に松平がいなくなったら桜木は不審がるだろう。だから、リコーダーを盗んだ後も、松平は桜木に一言言わないで帰ることはできなかったし、グラスや酒以外をもって帰るわけにはいかなかった。リコーダーを持ち帰るのがそもそも松平にとっては想定外の事態だし、多分碌な鞄とかも持っていなかったんだろうな」

「でも、だから、基本的には学校にある、そういうわけですね」

 会長はそう、状況を整理した。学校には、リコーダーがあるはず。そうでなければ柏木サンと松平が当時、わざわざ学校に忍び込むはずがないのだ。すると、さすがのわたしも、探すべきところに思い当たる節がある。

「宿直室、ということですか」

 わたしは言った。リコーダーを回収した松平が、寄り道をするとは考えづらい。いつ、桜木が帰ってくるかわからないからだ。しかも、柏木の役目は鍵開けである。宿直室も、本来ならば鍵がかかっているはずだ。

「いや、実は、宿直室は探した」

 そういったのは甲谷先生だった。

「そもそも、教師の間でも、校内の怪しいところは全部回っていたらしいしな。宿直室はどの先生も入れるし、それはもう念入りに探されている。それに、防犯カメラを導入した時も、配線とかの都合で大掃除が入ったし、それでも見つかってない」

「そうですか……」

 わたしは落胆した。

「違います」

 落ち込むわたしを弾くように会長が声を上げた。

「多分、わかりました。リコーダーの場所。先生、手伝ってください」

「いいけど、どこに行く気だ?」

 先生の顔に困惑の表情が浮かんでいる。それはそうだろう。先生にとって、リコーダーが見つかるとは複雑な気持ちのはずだ。

 こうして、わたし達は二度目の、ぺろぺろリコーダー捜索研究会総出で出かけることになる。といっても、一度目はいい思い出がないのだが。

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