低性能ATM

小狸

短編

 家庭の中に居場所がないと気が付いたのは、四十代も後半を過ぎた時のことである。


 何となく、疎外感を感じるようになった。


 というか、どこかに出かけていくとき、妻が私に声を掛けなくなった。


 確かに休日は私は部屋で映画を見ることが主ではあるけれど、しかしだからといって出不精という訳でもない。


 声を掛けてくれれば良いのにと思うが、妻は素知らぬ顔で、息子二人を連れて出かけるようになった。十二歳と十歳の男児がいる。


 博物館や科学技術館――映画などもそうだ。


 いつもは一家揃ってどこかに出かけていたにも拘らず、妻は私を誘わなくなった。


 問題はそれだけには留まらなかった。


 仕事帰りに私がケーキやロールケーキを買って帰ると、子供たちは喜んで食後に食べていたものだったけれど、全く手を付けなくなったのだ。


 仕方なく、残ったケーキを口に運びながら、私はこの不思議の正体を探っていた。


 おかしい――何かが、おかしい。


 どうしてだろう。


 私は家長として、平均的な程度の収入は得ている。その気になれば、私立大学にまで進学させる貯蓄も、妻がやっているはずだ。


 なのにどうして、父親としての私を尊ぶ気持ちがここまで薄いのだろう。


 ともすれば、私の父としての姿勢に問題があるのか――とそう思い、息子たちを厳しく躾けた。


 しかしそれらも拒絶された。


 挙句の果てには、特に心の弱い兄は泣いて家を飛び出すまでになってしまった。


 家から飛び出した兄を車で探しながら、私は思う。


 どうしてこうなったのだろう。


 分からない。


 最近は積極的に目を合わせようともしてくれなくなった。


 私が何か悪いことをしたのだろうか。仕事をし、きちんと金を収め、父親としての職務は全うしているだろう。


 なのに日に日に彼らの態度は悪くなってゆく。


 否、悪くなっていくというか、私から離れていくようであった。


 おかしい。


 理想的な父親としてやるべきことを熟し、老後の心配も彼らに託して、安泰な人生を送るはずではなかったのか。


 何か間違っているのだろうか。


 何を間違えたのだろうか。


 最近、家に帰るのがどんどん億劫になってきていた。


 子どもたちは、昔こそ「ただいま」と言って私を迎えてくれたものだけれど、今や私の挨拶に返事をする者はいない。どうしてこうなったのだろう。


 仕事で忙しいから、家事を疎かにしたせいか?


 しかし家事というものは、元来母親の仕事ではないだろうか。どうして仕事をして稼いできている私が、家事など手伝わなければならないのだろう。意味が分からない。一体私は、どこで休めば良いというのだ。


 妻は平日、パートで特別支援学級の介添員をしている。それで、学資保険に入り、息子たちの将来の学費に備えている。


 私は休日は、好きな映画を自室で見る。息子たちには私の部屋への出入りを禁じている。誰にも邪魔されることのない、自分だけの世界。そこに浸ることができる、唯一の時間である。


 それが間違っているのだろうか。息子たちともっと話すべきだったのだろうか。妻と会話を重ねるべきだったのか。買い物を手伝うべきだったのか。家事をするべきだったのか。


 分からない。


 何一つ分からないまま、少しずつ。


 家族は、私から離れてゆく。




(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

低性能ATM 小狸 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る