防衛省からの重要なお知らせ

黒っぽい猫

第1話 重要なお知らせ

朝目が覚めると午前10時になろうとしていた。そうだ。昨日は久しぶりに息子が来て夜遅くまで話し込んでしまったのだった。隣の部屋で寝ているはずの息子の部屋はしんとしている。まだ寝ているのだろうか。それとも朝早く起きて出かけたか。


枕元に置いた端末を見ると防衛省から「重要なお知らせ」が届いていた。


「はあ、ついに来たか」


ゆっくり起き上がったつもりだがどうも体調がいまひとつよくない。以前から続いている原因不明の耳鳴りが今日はとりわけひどい。薬を飲めば30分もすれば治るのだが所詮対症療法。健康維持のために薬はなるべく控えるようにしたい。


洗面所で顔を洗って自分の顔をあらためてしげしげと見る。アンチエイジングケアをマメに施したせいで、この若々しい顔じゃ免除措置は受けられないだろうなとひとりで苦笑した。そう。防衛省からの通知とは徴兵通知なのであった。






少子化が進んだ昨今、前々から慢性的に不足していた自衛官の数がハイテクによる合理化でもカバーしきれなくなり、政府は高齢者の徴兵実施に踏み切ったのだった。男女差別禁止が徹底された今ではもちろん女性も例外ではない。


その背景には本来自衛官の職務に適した20代から30代の青年層の志願者が想定を超えて危機的に減少したことと東アジアの緊張関係の長期化による自衛官の需要が増えたこと、それに青年層への徴兵実施をもくろむ与党に対する青年層の強硬な抵抗があった。


「戦争を決定する政治家も戦争を指揮する統合幕僚本部の高級自衛官も50代以上の高齢者ばかりではないか。殺戮と破壊を任務とし死亡率の高い自衛官を徴兵で補うなら高齢者をまず徴兵せよ。未来ある若者の命と時間を戦争で無駄に消費するな」それが彼らの主張であった。もっともな主張である。






陸上戦闘もいまや兵隊が体力任せに鉄砲を持って走りまわって撃ちあう時代ではない。陸上自衛隊の場合、基本的にはロボット兵や無人戦車による戦闘が中心になっている。しかしこれらはすべて電波による操作であるから電磁波攻撃に会うとすべてフリーズして使用不能となる。


そこで必要となるのが戦闘スーツに身を固めた生身の人間である。戦闘スーツと言っても単なる迷彩柄の軍服ではない。筋力補助装置等がついた高齢者でも戦える人型の小型ロボットなのである。毎日散歩ができる程度の体力を持つ高齢者であればこのスーツを身に付ければ十分戦闘できるよう様々な工夫がなされている。


望遠機能や暗視機能が付いたゴーグル。2キロ先の猫の足音も聞き分けることができる補聴器。雨が降らなければ3日前の人の足跡をたどることができる嗅覚補助装置もついている。普通科連隊の標準装備は伝統的なアサルトライフルだが筋力補助装置のおかげで片手でも撃つこともでき、うちわで扇ぐほどの負担しか感じない。最近の研究成果では脳さえ正常であればサイボーグ兵士として戦えるという。


故に、前線戦闘員に高齢者を主に用いることで自衛官不足を解消し年金支給を停止して社会保障費を抑える通称高齢者徴兵法案が国会で可決されたのである。そう。高齢者は徴兵忌避すれば年金が支給されず自衛官になることで生活を保障するというのである。早いものであれから3年が経過した。職場を定年退職して1年。そろそろ来るかなと思っていたところに届いた徴兵通知だから、驚きもしなかった。






十数年前には高齢者が加害者となる交通事故が多発して社会問題となっていたがそれも運転の自動化が進んで解消された。高齢者徴兵制度で当初危惧されていた認知症高齢者による銃乱射事件などは1件も起きていない。常時感情感知センサーと連動したセキュリティシステムによって脳波に危険な兆候が感知されれば即座に戦闘行為が自動的に中止されるからである。


とはいえそもそも戦闘行為そのものが非日常的な行為である。実戦はもちろん戦闘訓練中に脳が興奮状態になるのは避けられない。ゆえにセキュリティシステムが有効に機能するかどうか疑問を呈する学者も少なくない。しかしそのほとんどは先端兵器工学の知識がないド文系の学者たちである。少なくともロボット工学に通じた科学者たちはセキュリティシステムが人間の心による抑止力よりははるかに信頼できると述べているのだ。


「人の良心より、感情感知センサーのほうが信頼できる…か」


入隊までまだひと月ある。それまでに心身ともに健康を保たねば。その後は3か月の訓練…というよりその間精神面も含めた健康診断とさまざまな適正検査を受けることになる。嘆かわしいことにこの期間に精神障害を偽って徴兵忌避をはかろうとする者が多数いる。もちろんそんな詐病は通用しない。愛国心の欠如は徴兵免除事由とはならないからだ。


「年金が欲しければ国家の盾となって戦え」


それが民意に従って政府が出した結論だった。



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