幽霊の、見えない部屋に住んでいる。
蒼埜かげえ
第1話
幽霊の、見えない部屋に住んでいる。
最寄り駅から歩いて十分。築三年、五階建てマンションの三階で、広々使える一LDK。東側にベランダあり。そして家賃は月、五千円。
分かりやすい事故物件である。
事故物件というのは、ワケあり物件のことだ。特殊清掃が必要な死体があった物件や、怪奇現象のような心理的瑕疵が伴う物件のことを言う。不動産屋サイトには堂々と書いていないけれど、やけに家賃が安かったり、入居条件が良かったりすることで、察することができる。
これが意外と人気があって、あえて事故物件を探している人もいるそうだ。家賃や条件の良さに惹かれる人の他、心霊スポットマニア、ネタ探しのライターや動画配信者など、希望理由は様々だ。
だからこの部屋もそれなりに人気で、私の前に三人の入居者がいたけれど、皆、一週間と経たずに引っ越している。
そして去り際に同じ事を話すのだ。曰く、この部屋にいると『ずっと誰かに見られている気がする』し『帰ってくると物の配置が変わっている』。さらには『部屋の中をウロウロしている女の姿がはっきりと見える』のだと。
つまり『この部屋で亡くなった女の幽霊が、頻繁に現れる』。……ということらしい。
半年前、この部屋で、二十代の女性が亡くなった。
後頭部から血を流して死んでいるところを発見されたのだ。
一応、これは事故死ということになっている。椅子の上に乗って棚の上のものを取ろうとしたが、滑って落ちて、インテリアの植木鉢に頭をぶつけた。そういう見解だ。
ただ、事件から数日後、ネット上で、まことしやかにこんな噂が出回るようになった。
『あれは事故死に見せかけた他殺ではないのだろうか』。
女がうつ伏せで発見されたことや、全身が血まみれであったことなど、事故死にしては不可解といえなくもない点があったから、そんな噂話が語られたのだ。
とはいえ、事故当時、部屋のドアの鍵は施錠されており、申し分程度にあるマンション入り口の防犯カメラにも挙動不審な人間は映っていなかった。なので、まぁ、多少不自然にはみえるが、事故死で間違いはあるまい。ただ、噂話は独り歩きし、随分と広がっていて、いまやこの部屋は『事故死に見せかけて殺された女の怨念が渦巻いている』と言われている。
この半年で三人もの住人が去ったことからも、ちょっと有名な幽霊スポットになりつつあるのだ。
だからこの部屋は今でも事故物件扱いで、家賃はとても安い。
けれど、残念ながら私はこの部屋で幽霊を見たことがない。
この部屋に越してきて、そろそろ二ヶ月が経とうとしているが、部屋の中でウロウロと歩く女というのを見たことがない。
誰かに見られている視線というのも感じないし、モノの配置が変わったかどうかは、正直、よくわからない。だって服とか逐一畳むなんて面倒だし、そこら辺に置きっぱなしになるし。どこに何を置いたかなんて覚えようもない。だから、それが動いたかどうかなんてわからないのだ。
なので、幽霊を見ないどころか、奇妙な出来事も起きていないだろう。
せいぜい、玄関の電球が寿命なようで、チカチカリと点滅することが気になるくらいだろうか。
なので。
私は事故物件に住んでいる。
けれど彼女の姿を見たことは無い。
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