第4話 入学式①
「今日は機嫌がいいんですね、アステリオス様」
そう言って、生徒会長の執務机の前に座る私を見下ろすのは、眼鏡が妙に似合う緑髪の物腰の柔らかい少年。私と同じ歳の伯爵家の長男、オルフェウスだった。
僕がオルフェウスに視線を向けた途端、頭の中で歓声が響く。
────おおお、今日も麗しぃいい!!
頭の中の声は今日も楽しそうだった。毎日同じ顔を見ているのに、よくもまあ飽きないものだと内心苦笑する。
「そうかな?私はいつもこうだけど」
皇国の後継ぎたるもの、いつ如何なる時でも弱味を見せてはいけない。
そのための感情コントロールはしっかり身に付けているし、成人を機にして、一人称も僕から【私】へと変えた。
そうやって、大人と認められる年齢を意識して行動しても、隠しようのない部分はあるらしい。
困ったように眉を歪めて見せると、私の肩にドンッ、遠慮のない衝撃が走った。
そちらを振り返ると、燃えるような赤髪を持つ野生的な顔立ちのアドニスが、私の肩に腕を乗せてからかうように笑っていた。
────まぁぁぁ、ワイルド!!!距離近くて最高だわ!!
これまた、元気な声が頭の中で響いた。
「俺ァ理由知ってるぜ。可愛い婚約者が入学してくるんだもんな?」
にやにや見下ろしてくるアドニスの顔が、憎たらしい。
私はにっこりと微笑むと、執務机の上に乗せられた分別済みの書類の束を彼の方へと静かに押しやった。
「そんなこと気にするぐらい暇なのかな、アドニス。私がやっている君担当の書類、返して上げようか」
「うげ、無理言うなよ!」
飛びずさるようにして私の肩から腕を引いたアドニスは、心底嫌そうに顔を歪めてオルフェウスの後ろに隠れた。
「まあまあ、落ち着いてください。アドニスに任せたら、時間も手間も二倍ですよ」
────結構失礼だよね、オルフェウス様って。
さっきまでのテンションはどこへやら、急に冷静になる頭の声に思わず笑いそうになるのを、咳払いで誤魔化した。
実際問題として武官家系の筆頭であるアドニスに書類を任せるぐらいなら、自分でやった方が早いだろうとは思う。
「まあ、適材適所ではあるからね。アドニスには生徒会として新入生の校内指導を頼むよ」
私が矛を納めると、自分の執務机の椅子で膝を抱えて座っている不健康そうな少年、天才魔術師の名を欲しいままにするゼファが、ちらりとこちらを盗み見た。
「婚約者のユーノ様…有名ですよね…、美人で…しとやかで…淑女の鏡、でしたっけ」
────そりゃそうよ!私とアステリオスのユーノたんだからね!!完ぺき完全な女の子になってるに決まってんじゃん!!
嬉しそうに、誇りを持って応える頭の中の声に、私は微かに目元を綻ばせる。
ユーノの噂は学園内にも届いていた。
社交界での淑女たちの手本となり、幼いながらに大人に交じって他国の賓客をもてなしている。
皇妃に習いながら、宮殿内の采配も少しずつできるようになってきたとの話しだ。
次期皇妃として申し分ない。口を揃えてみんながそう言っていた。
彼女の噂が聞こえる度に、私もこの学園で頑張ろうと思えた。
お陰で学園の生徒からの信頼は篤く、生徒会では将来に繋がる友人も得られた。
全て、彼女がいてくれたからだ。
「…、…どうしたんです?楽しそうな顔をして」
私が周囲を見渡すと、椅子の上で膝を抱えていたゼファが かくり、と首を傾げて見せる。
────まぁまぁまぁ、ゼファちゃんったら、可愛い小鳥ちゃんみたい!!きゅんだよ!きゅん!!
頭の中で鳴り響く、この声のテンションよ…
サファイアのような長い猫っ毛が揺れる姿は確かに、庇護を誘うのだけれど。もうちょっとボリュームを落としてくれないだろうか。
「いや、何でもないよ」
届かない文句を心の中で唱えながら、私はゼファのやや不健康そうな青白い顔へと、優しく微笑み掛ける。
これ以上突っ込まれると、頭の中の声に釣られて変なこをと口走りそうだから、私は話題を変えることにした。
「そういえば、もう一人話題になってる新入生がいたね」
途端に顔を難しそうに歪めるのは、オルフェウスだった。
「マレビト…ですよね?」
「怪しい奴だったら俺がぶっ倒してやるからよ、安心しろよ!」
アドニスの何にも考えてなさそうな明るい声にはいつも救われるけれど、それで将来を嘱望される騎士を失う訳にはいかない。
「国賓だから手荒な真似はしないようにね?気を付けないと首か飛ぶよ」
豪快に笑ってみせるアドニスに、私はそっと釘を刺してから周囲を見渡す。
私の側に立つオルフェウス、その横にいるアドニス、そして椅子で膝を抱えるゼファへと順に視線を巡らせて、声に硬さを帯びさせた。
「監視の意味も兼ねて、マレビトは生徒会に入ることになるから…注意して見ておいて欲しい。何かあれば私に報告を」
私の声の終わりに被るようにして、生徒会室に繋がる扉が開かれる。
「兄さん、そろそろ行こう。新入生を出迎えないと」
そこには頬に掛かる長さの黒髪を持つ、長身の少年が一人立っていた。皇王の亡き弟の息子、父に引き取られて私と一緒に兄弟として育ったイカロスだ。
「ありがとう、イカロス。一緒に行こう」
僕が立ち上がってイカロスの側まで行くと、一緒に並んで歩きながら、僅かに声を潜めて話しかけた。
「ユーノ…と、マレビトの子の様子はどうだった?」
「…兄さん、ユーノ姉さんが心配なんでしょ?本音が出てるよ」
それも仕方ない。許して欲しい。
だって、ユーノとはここ2年、手紙でしかやり取りしていないのだから気にならない方がおかしいのだ。
「ユーノ姉さんは…凄く美しくなってたよ。昔一緒に鬼ごっこしたのが嘘みたい」
過去を振り返って、少しだけ微笑むイカロスの瞳に、一瞬だけ切なさを含めた喜びが滲む。
私は見ない振りをして、前を向いた。
────イカロスくんったら、ユーノたんのことがまだ好きなんだ…憂い顔のイケメンもオツだよね
可愛い弟の片想いを無視した私の努力、無駄にしないでくれないかな?
心の中で毒吐きながら、他の生徒会の役員を連れて入学式の会場へと向かっていった。
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