第10話 捜査の行方
火曜日になって一心は浅草署を訪れる。そろそろ面も割れ被害者か加害者の特定も出来てるだろうという目算があった。後は加害者の足取りっていうことを期待していた。
――ささっと事件解決! と行きたかった。
「こんちわ~」
捜査課の自席で相変わらずパソコンと睨めっこをしている丘頭警部に声を掛けると、疲れ切った笑みを浮かべ応接室を指さす。そして田川刑事にホテルスカイ殺人事件の調書の写しを持って来るよう命じた。
若手の刑事が淹れてくれたお茶を啜りながら
「相変わらず察しが良いな」と話しかけると
「だって、それ以外の用事無いでしょ?」
――事件絡み以外で警部とは会ったこともないから、丘頭警部の私生活もまったく知らない。
「ふふっ、確かに。で、捜査は順調?」
「だめ、まだ身元分かんないのよ。家族とかいたら直ぐ気付くはずだから、一人暮らしなんじゃないかな」
丘頭警部は相当イラついているようだ。
「一人暮らしだって仕事してたら職場から捜索願だとか何だとかってあるだろう?」
「服装を見たらお金持ちのようなんだけど、その金持ちの我儘で人付き合いが上手くいってないのか、嫌いなのかじゃないかしらねぇ……」そう言って肩をすぼめ両手を広げる。
――警部が自分で言った事に納得していないことは長年の付き合いからすぐ分かる
「男の方は?」
「現場から歩いて帰った線が濃い。辺りの飲食への聞き込みでも、監視カメラの映像でも黒装束に白いスニーカー男の影は何処にも無いのよ。勿論、有料駐車場の監視カメラにもその姿はなかったわよ」
それで警部が珍しく困り果てて、疲れ切った顔してるんだ。 ――納得だ。
「ってことは、近所に住む人間ってことか?」
「遠くても歩いた可能性もあるわよ。足跡を残さないために」
「警部、用意出来ました」そう言って田川刑事が調書の写しを応接テーブルに置いた。
調書を開いてさっと読んでいくと、映像では分からなかった男の身長が百七十五センチであること。細身で髪はアッシュ系の色でウェーブがかかった髪が耳を隠している。縮毛なのかもしれないと書かれている。
気が付かなかったが男の歩き方に僅かに特徴があると書いてあった。
大した情報を得られないまま事務所に戻った一心は、数馬と一助を呼んで夜の街にローラーを掛けると伝える。
「男女が会っていきなりホテルへ直行は先ず無い。午後十時半頃という時間を考えたら居酒屋で食事して酒飲んで、盛り上がってホテルへだろう。だから、ホテルの周辺の居酒屋当たれば何か情報は得られるはずだ」
と言った。
「でもよ、警察が周辺の聞き込みやっただろうに、今更じゃねぇの?」と、一助。
「かもしれんけど、ほかに情報ないんだ。可能性はゼロじゃない! 諦めんな!」
――以前にも人探しで飲食店を千軒ほど歩き回った事があったので、そのきつかった思い出が二人に二の足を踏ませるのだろうが、探偵は足で稼ぐのが基本。そう言った意味では警察と同じ、やるしかない。
「わかった、わかった。しゃーない、やってやる」
半分投げやりな数馬の言いように
「数馬に一助! せなあかんことは、せなあかん! やいやい言わはらんと、きちっとしよし!」
静が気合を入れる。
それで漸く二人は重そうな腰を上げて一心に付いて事務所を後にすることになった。
ホテルスカイのある向島一丁目言問通りから始める。一日で回れる軒数は三人で五、六十軒ほど、数百軒あるだろう向島の飲食店では十日から二週間ほどかかるだろうと一心は考えていた。
しかし、次の日、美紗が
「調書を読むとホテルへは徒歩で行ったと考えられているから、ラブホテルから半径五百メートルと調査範囲を限定して良い」と言う。
その距離は中年女性が飲み屋街でタクシーを使うか歩くかのアンケート調査をした結果、はじき出された距離だと言うのだ。そして聞き取りは顔写真が無いだけに訊き方が難しいので、台詞を紙に書いて三人同じ質問をし写真を見せることにして一件当たりの所要時間の短縮を図るようにと提案を受けた。
―― 流石美紗だ! 助かる。
翌日、予想より全然早く聞き取りは終わった。その店を発見できたのだ。
「間違いなく、この二人でしたか?」
数馬が発見した店に一心も行って念押しで確認した。
証言した居酒屋の女性店員は
「え~、間違いないですよ。歳の割にに派手なワンピース着て、指にくどい位大きな石の付いた指輪三つもしている上、指輪のよりかなり大きな石の付いた金のネックレスして。それ見ただけでも吐き気がするようなおばさんに三十台前半か二十代後半の縮れっ毛で帽子被った男、にやにや嫌らしい笑み浮かべて女にお世辞ばっか言って、あれは小遣いでも貰う気なんじゃないかって思った。帰りがけちょっと足を引きずるんじゃないけど妙な動かし方してたわ」
そんな風に教えてくれた。
「それ、警察でも証言してくれます?」
「男は女を『りっちゃん』と呼び、女は男を『がら』と言ってたわ」女性はこっちの質問を無視して付け加えた。
「そうそう、思い出した。女は若い男に入れ揚げてるって感じだった。そうよねぇ、五十のおばさんを三十の若者が好きになる訳ないから、おばさんは男が逃げないよう必死だったんじゃないかな。そんな風に見えたわよ」さらに付け足してひとり頷いている。
一心は女性に警察にも話してともう一度お願いし、連絡先も教えて貰って、すかさず丘頭警部に知らせた。
女性は事件の翌日から二泊三日の温泉旅行へ行っていて休んでいたと言う。
事務所に戻って家族を集めてその結果を報告し、どう言う名前が考えられるか出してみた。
女は「りつこ、りん、りんご、りつ、かりん、りおん、りく、りお、りさ、りか……」など多数上がった。
男は名前ではなく、痩せこけていて「がりお」とか呼ばれるあだ名じゃないかと言う意見に纏まったが、一応考えられる名前を出すと、「朝柄、足柄、荒柄(あらつか)、多狩(たがり)、五十嵐、柄浦(えうら)……」などが浮かんだ。 ―― 女は兎も角、男の方は名前だとするとどうもぱっとしない……
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