残覚

yorschbaum

第1話 迷子の私と不思議な少女

 知っている町を歩いていると、場所に関して様々な疑問を持つ事がある。


 例えば、こんな所に建物なんてあっただろうか?ここに道なんてあったっけ?いつの間にか新しい飲食店が建っているけど、以前は何が建っていたんだ?とか。


 それが久しぶりに帰って来た地元ならば尚更だ。


 私が生まれ育った地元は再開発によって生まれ変わり、昔の面影のほとんどが消えてしまっていた。


 そして私は一人、生まれ育った地元の町で迷子になっていたのでした。


「どうしてこう、何も上手くいかないんだろう……」


 高校卒業と同時に地元を離れ、都会の大学に進学、卒業後は大手企業と呼ばれる会社に就職し、私の輝かしい将来は二十代半ばで約束されたように思えた。


 しかし、私は体と心を壊してしまった。


 別に会社がブラックだったとか、上司や同僚が悪い人だった訳ではない。


 私は昔から人に頼ることが苦手だった。


 幼い頃から人よりも少しだけ器用だった私は、自分一人で何でもできると思い込み、人に頼る事は恥ずかしい事だとすら考えるようになっていた。


 それは大人になってからも変わらず、一人で勝手にすべてを抱え込み、周囲の忠告を無視した挙句、その重さに耐えきれずに潰れてしまった。


 結果、私は仕事を辞めて生まれ育った地元に帰って来たのだった。


「こんな事なら変な意地なんか張るんじゃなかったぁ……」


 更には、わざわざ迎えに来てくれるという両親の好意を謎のプライドによって断ったうえ、その連絡の直後にスマホの充電が切れてしまったのだ。


 現代社会に染まった悲しさか、スマホが無ければ目的地は疎か、自分の現在地すら分からない。


 ならば道行く人に道を尋ねれば良いじゃないかと思うかもしれないが、それができればこんな苦労はしていない。


 仕事を辞めてから、いや、その少し前から、私は人と話すのがどうしようもない程に怖くなってしまったのだ。


 人の視線、話し声、一挙手一投足が私を非難しているように感じられて、人の顔もまともに見られなくなった。


(あぁ、詰んだ。私はこのまま、永遠にこの町を彷徨い続けるんだ……)


 道の真ん中で一人、キャリーケースを片手に天を仰ぐ哀れな女性の姿がそこにはあった。


「お姉さん、もしかして何かお困りですか?」


 ――突然、背後からそう尋ねてきた声を、私は素敵な声だと思った。


 その声は少女の可憐さと少年のような活発さ、そして大人の落ち着きを併せ持った不思議で優しい声だった。


 振り返ると、そこには小柄な美少女、いや、美少年…?まぁとにかく綺麗な子が立っていた。


 透き通るように白い肌とショートカットの綺麗な黒髪、そして恐ろしいまでに整った美しい顔立ちのおかげか、上下黒一色のパーカーと半ズボンというラフな服装も一流のコーディネートに見えてくる。


 ていうか半ズボンから伸びる足!綺麗過ぎるでしょ!?え、本当に同じ人間なのかな…今なら宇宙人だって言われても信じるかも……。


「…あの~、お姉さん?」


「あっ、はいすみません困ってますすみませんっ!」


 しまった、思わず見惚れてしまった。


 しかも無職の成人女性が未成年の足を凝視してたとか、普通に犯罪じゃないか。


 あぁ、もうダメだ。このまま通報されて私の人生は終わるんだ。お父さん、お母さん、碌に親孝行もできないダメな娘でごめんなさい。


「プッ、ふふ、あはははは!」


 突然の笑い声に体が跳ねてしまう。


 何で笑っているのか分からないが、その笑顔を見ていると思わず胸が高鳴っていくのを感じる。


「かわいい……」


 不味い、思わず声に出てしまった。


 本格的に終わってしまう、私の人生が――!


「ふふ…お姉さん、表情がころころ変わって面白いですね」


「えっ、あ、ごごごめんなさい……」


「いえいえ、お姉さんが謝る事は何もないですよ。それより、困ってることがあるんですよね?」


「あっ、その…えぇと……」


 ――あ、ダメだ。やっぱり上手く喋れない。


 頭が真っ白になって、言葉が喉の奥で詰まる。あれ?何だろう、息が苦しい…なんで、道に迷ってるって、そう伝えれば良いだけなのに、なんでされだけの事もできないの……?


 呼吸がどんどん苦しくなり、視界が白くぼやけていく。


「――大丈夫ですよ」


 両頬に優しい手のひらの感触を感じた瞬間、顔を下に引き寄せられた。


 あの綺麗な顔が目の前にある。猫のように切れ長な瞳は、少し青みがかったようにも見える。長いまつ毛と艶やかな唇、完成された美しさを前に、いつの間にか息苦しさは無くなっていた。


 ――てか顔近っ!!!!???


「ふむぅ、なるほど」


 そう言いながら私の顔から手を離すと、どこか満足気な表情を浮かべながら早口で語りだした。


「お姉さん、迷子ですね?久しぶりに地元に帰って来たは良いものの、あちこち再開発されて道が分からないうえ、スマホの充電が切れていて地図アプリが使えず、両親を呼ぶこともできない。更には過去のトラウマが原因で人と話せないので道を尋ねることもできず途方に暮れていた。みたいな」


 ――すべて当たっている。でもなんで?この子と会ってまだ数分、会話だってまともにしていないのに、どうしてそこまで詳細に分かったのだろう。


「はい、スマホを貸してあげます。これでご両親に連絡してください」


「ぁ、どうも……」


 何かとてつもなく恐ろしい、得体の知れない存在を前にしているような感覚を覚えながら差し出されたスマホを受け取り、震える指先で両親に電話をかけた。


「ご両親に連絡は取れましたか?」


「ぁ、はい、すぐに来てくれると…あ、スマホ……」


「ふふ、どういたしまして」


 そう言ってスマホを受け取ると、「それでは!」と笑顔で言い残し、颯爽と走り去ってしまった。


「お礼、ちゃんと言えなかった……」


 ――これが、私たちの最初の出会いだった。

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