第1話 片思いの始まり

 この気持ちは、ずっと蓋をしておこう。

 私は、自分自身に心の中でそう呟いた。


 青葉ちゃんが憎らしいという感情がどこからか沸いてきたけれど、大切な親友であるために幸せを応援しようと思っている。


 私は、青葉ちゃんの家に向かい、唄さんのことを報告した。


「そうなの?


でも、大丈夫。


誠君は、私の世界一無敵な騎士だから、きっと守ってくれるよ。


だから、あたしのことは気にしないで?」


 青葉ちゃんは私のことをなぐさめているつもりかもしれないけれど、それが余計に傷ついた。

 私だけの井藤君になってほしいけれど、世の中はそんな簡単にはいかない。

 

「そう?


何かあったら、相談してね」


 私は、なるべく平常心を装った。

 無理やりすぎるかもしれないけど、こうするしかなかった。


「うん、ありがとう。


やっぱり、赤音ちゃんは私の大親友だよ」


 私は、家に帰ってからも泣くことをこらえたけれど、自分の部屋に入った瞬間に涙があふれてきた。


 どうして?

 青葉ちゃんは、井藤君と付き合ってしまったの?

 

 私は失恋のあまり、自暴自棄になりそうだったけど、冷静になろうと自分に言い聞かせた。

 私は、青葉ちゃんみたくなれないかな?


 そういえば、いつも同じツインテールにしている。

 ここで、美容室を予約して、日曜日にはボブカットにしてもらった。


 月曜日は鏡の前で、茜色のボブヘアー、赤のリボン、ブレザー、赤のチェック柄のスカートをはいた自分を見ていた。


 完璧だ、私。


 これで、少しずつ井藤君を振り向かせて、青葉ちゃんから一発逆転ができる日を目指そう。


「赤音ちゃん、髪切ったの?」


 青葉ちゃんに声をかけられた。


「うん、そうなの。


ちょっと、気分転換にって思って」


「いいじゃん、すごく似合っているよ」


「ありがとう」


 よし、今から受験勉強を頑張ろう。

 底辺でもいいから、井藤君と同じ高校を目指すんだ。

 と言っても、井藤君はいつも赤点ばかりだけどね。


 青葉ちゃんと別れる日が来たら、自分から井藤君に告白するんだ。

 そう、決心していた。


 青葉ちゃんは気がつけば、親友ではなく、恋のライバルになっていた。

 これは私の中だけであって、青葉ちゃんはきっとそんなことは思っていない。


 帰りに、青葉ちゃん、私、井藤君と一緒に帰っていた。

 ここで、目の前に唄さんが現れた。


「ずいぶん、楽しそうね。


ハーレムでも送っているのかしら?」


「ハーレムじゃありません。


私は、ただの友達で恋愛感情はありません」


「そうですよ。


あたしは、誠君と付き合っているんです。


他の女性とそんなことをしたら、許しません」


「ふうん」


「弟と、幸せを築きあげたのは、青頭なのね。


よーく、わかったわ」


 冷たく言い放ったその言葉には、私は恐怖を感じた。


 次の瞬間、青葉ちゃんは血を出して倒れていた。


「青葉ちゃん!」


「青葉!」


 私と井藤君は、青葉ちゃんのところに駆け寄っていったけれど、脈も感じないし、息もしていなかった。


「そんな・・・・どうして・・・・?」


 私は、目の前の現実を受けれられないでいた。

 青葉ちゃんは、死んだ・・・・。


 唄さんは、せせら笑っていた。


「美しい光景ね。


あたしより、幸せになるとか信じらんない。


これで、誠を、弟を、不幸にできたわ」


 こうして、唄さんは去っていった。


 ひどい・・・・。


 青葉ちゃんは救急車に運ばれて、警察からの事情聴取を受けて、警察は唄さんを捜しに行く形になった。

 唄さんが何者なのかはわからないけれど、私は恐怖を覚えてしまった。


 私もあんな目にあうのなら、唄さんに告白する気にもなれない。

 青葉ちゃんがいなくなった今からでも、私は自分の気持ちに蓋をすることになった。


 青葉ちゃんに両親はいないから、児童養護施設の職員や子供たちが、お墓参りやお葬式などほかにも参加する形になっていた。

 私はというと、お墓参りにもお葬式にも行く気になれなかった。


 殺人現場を生まれて初めて見てしまった・・・。


 学校がある日は、井藤君がクラスの男子たちから「死人の彼氏がいるぞ!」とからかわれるところを見ては、私が「ちょっとやめなよ」と止めることが多かった。


「お前は、死人の親友か」


 クラスの男子生徒たちは、なぜか笑っていた。

 どこがおもしろいの?

 私には、クラスの男子たちの言動も、行動も理解できなかった。


「いいんだよ・・・。


僕は、まだ青葉のことが好きだし・・・・」


「井藤君?」


「はっ、死人のことを好きとか亡霊とか幽霊が好みなのか」


「言えてる、言えてる」


「ほんとにやめなってば!


本人は傷ついているの!


大切な人を失う気持ちがわかっているの!?」


「なんだよ、偽善ぶってさ」


「そーだ、そーだ」


「第一、井藤みたいなバカで赤点とるようなやつに彼女できるとかありえねーし」


「俺が親切に東海のやろうに、井藤が発達障害があることを教えてあげたのに、否定しやがってよ。


そんなことないだって、よ!


事実に目を向けないことが、ほんとの恋愛なのかつっのー!」


「え?


井藤君に発達障害?」


「知らねーのか。


こいつの障害のせいで、両親が離婚になって、家族みーんな不幸にしちまったんだ」


「井藤君、どうなの?


本当のことを教えてよ。


でないと、勝手に否定するわけにはいかないから」


 井藤君はしばらく黙り込んだ後に、静かに口を開いた。


「すべて・・・・事実なんだ・・・・」


「事実って?


青葉ちゃんは、どうだったの?」


「青葉は、まわりからどんなに言われようと、俺が発達障害があることは否定していた。


だけど、両親が離婚になったのは、父が俺の障害を認めたくないって、ぜーんぶ、母のせいにして・・・・。


ごめん、今までそんなこと黙っていて。


俺は青葉に嫌われたくなくて、必死に頑張っていたんだ。


変わり者かもしれないけど、普通でいようって決めていたんだ。


だけど、青葉がこの世界にいない今は、その決心が緩んだ。


西園寺さん、俺は発達障害なんだ。


小学6年生の頃に発覚した、正真正銘の出来損ないだ。


だから、青葉にバカにされたり、その事実を知ってもらうのは、男としてのプライドが傷つくけど、西園寺さんなら知られてもいいかもしれない。


バカにされてもいい。


バカにしたいなら、西園寺さんも好きなだけ俺をバカにすればいいさ」


「そんなの嘘だよ。


青葉ちゃんは事実を知らない上で、井藤君を肯定してくれたかもしれないけど、私はそんなことしない。


井藤君にどんな障害があろうと、病気があろうと、私は真実をわかった上で肯定するよ。


何も知らない状態で否定も、肯定もできないから。


私は、井藤君のことをもっとよく知りたい。


不自由することがあるなら、私が支えればいい」


「西園寺さん、ありがとう。


君は最高の友達だよ。


だけど、俺は青葉が好きだから、嘘をついてでも守りたいんだ。


青葉は幽霊の状態になったけれど、この姿になっても、俺はまだ青葉を騙したいと思っているんだ。


ずっと、騙したままでいるつもりだった。


だから、本当のことを隠さずに打ち明けらるのは、西園寺さんだけだ」


 そっか・・・。

 井藤君は、まだ青葉ちゃんが好きなんだ・・・。


「つまんねーの。


お前たち、もうここを去ろうぜ」


「そうだな」


 井藤君をからかっていた男子グループは、こうしてその場を去った。


「井藤君、私はずっと君の友達だよ」


「うん、そして大事な幼馴染になろうね」


「幼馴染って言うのかわからないけど、よろしくね」


 こうして、井藤君と私は親友になった。

 幼馴染かどうかはわからないけど、井藤君がそれでいいならいっか。


 青葉ちゃんがいなくなってからは、私と井藤君の二人でいることが多くなったけれど、私は彼に告白できないでいる。

 


 唄さんは、放課後になってから、学校の外で私の前に現れた。


「誠は、不幸になっていったかしら?


彼女がいなくなって」


「唄さん、どうして、そこまでして井藤君を不幸にしたいって思うんですか?」


 私は唄さんの質問に答えずに、唄さんに質問を投げかけた。

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