シーラカンスの夢

大狼 芥磨

プロローグ


 銀の泡が昇っていく。


 僕の身体は深く沈んでいく。


 この日、僕は夏の海の底が冷たいことを知った。指先は熱を失い、視界はぼやけていく。


 そして、遠くから何かの音が聞こえてきた。シンバルのような甲高い音がこちらに近づいてくる。


 深く暗い海の中にはその音だけが響いている。それ以外のものは見ることも聞くこともできない。


 銀の泡がまた一つ僕の中から生み出される。それは僕の命なのだと思った。命は徐々に小さく少なくなっていく。


 そして、あの音は次第に大きくなる。シンバルのようだと思った音はもっと違った音だとわかった。言葉では表しにくいが、聞き覚えのある音だった。何かが割れる音。まるでガラスが粉々に砕けた時のような。


 音がすぐ近くまで来た時、銀の泡が無数に生まれて僕の上を巨大な何かが浮遊していた。


 それは巨大な魚だった。暗い海よりも黒い体表の魚、身体の至る所に灰色の斑模様まだらもようが浮かんでいる。ひれは四肢のように長く伸びている。特に腹鰭は人の腕のように長く奇妙な形をしていた。


 暗い海の中、その魚の姿だけが闇に浮かぶ灯籠とうろうのようにぼんやりと光って見えた。そして、その周りを白く丸い何かが一緒に泳いでいく。


 その巨大な魚から甲高い音が発せられると白い生き物は散り散りになって、辺りは再び闇に包まれた。


 それからその魚が音を発することはなかった。ただ、僕の頭の中で音は残響し続けた。


 その日、僕は巨大なシーラカンスを見たのだ。


 そして、僕の意識はそこで途切れた。



 ──人は女から生まれて、人生は短く苦しみは絶えない。

 ──花のように咲き出ては、しおれ影のように移ろい、永らえることはない。

 ──あなたが御目を開いて見ておられるのはこのような者なのです。

                    『ヨブ記十四章1節から3節』

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