第181話 2000
二日間の間に、昼と夕方のステージを二時間ずつ行う。
クリスマスの前ではあるが、2000人規模のライブハウス。
ここを確保するのは、なかなか難しいというのが、よく言われていることだ。
キャンセル待ちで予約を入れていたのが、しっかりと丁度いいところで空いてくれるというのは、時流自体がノイズを押してくれているとでも言うのだろうか。
「大きいし、二階席もあるんだ」
下見に来ている月子は、屋内ではこれまでの中で、最大規模のハコに少し驚いている。
「東京でもこういうとこ作れるんだね」
「まあ音楽専門としては、他にはあんまりないな」
俊と二人だけであるのは、高校生組は学校であるし、信吾と栄二はヘルプを頼まれているからである。
ノイズのメンバーではあるが、二人の技術はライブバンドのメンバーというだけではなく、普通に単体のミュージシャンとしても通用する。
そのため色々と呼ばれることが多いのだ。
まだまだノイズは発展途上。
だがいずれ、発展的解散をする可能性はある。
その時にはボーカル二人に、暁は充分一人でどこかに所属が可能だろう。
リズム隊は今の内から、コネクションを作っておいた方がいい。
ストーンズはともかくとして、多くのバンドは解散したり入れ替えがあったりと、安定したものではない。
そもそも音楽の創造性というのは、安定とは遠いところから発生するのかもしれない。
月子としてはこのぐらいの規模でも、まだそれほど驚いたりはしない。
山形にいた頃は三味線の発表会など、県の大きなホールを使って行われることがあるのだ。
もっともさすがに、それが満員になるほどのことはないが。
「設備も色々と揃ってるからな」
演出も色々と凝ったものが出来るが、そのあたりは基本的に、演出家に任せている。
俊にも案はあるのだが、それが本当にノイズの音楽に合うのか、それが気になっている。
ノイズの音楽性を含む、全体の方向性。
それを説明するのは難しいものがある。
ただ虚仮脅しなどをすることは、基本的に嫌っている。
メタルではなくガレージロックと、音楽で言えばそういうものだ。
俊も含めて月子以外は、デビュー当初からのスタイルを崩していない。
月子だけは仮面に加えて、ライブごとに衣装をそれなりにゴージャスなものとしている。
もっとも顔出しNGというのは、あくまで外部に向けたもの。
楽屋を他のバンドなどと一緒に使う時は、普通に素顔を晒している。
一応は昼間であれば、サングラスなどをかけている。
しかし夜中などは足元が危なくなるため、伊達眼鏡にマスクなどという、まさに芸能人などという格好をしていたりする。
不思議なものだな、と俊は思ったりする。
東京に出てきて地下アイドルなどをやっていた月子が、今やメジャーレーベルの歌手よりも高い、評価を受けていたりする。
だがミュージシャンというのはそもそも、一般的な人生からは脱落した人間が多かった。
ジャニス・ジョプリンなどと、月子には似たようなところがあるのではないか。
もっともあの時代のミュージシャンというのは、ラブ&ピースを謳いながらも、やってることは無茶苦茶であったのだ。
この先の月子が、どういう人生を歩んでいくのか。
少なくともある程度の幸福を感じられるようには、俊がプロデュースする責任はあるだろう。
アイドルではないにしても、芸能人というのはプレッシャーの多い職業だ。
本質的には月子は、そういうものには向いていないのではないかとも思う。
顔を隠して歌うというのは、当初はイメージ戦略の一環でしかなかった。
だが今ならばそれが、彼女には合っていたのだろうと思えてくる。
月子以外のメンバーも、この先はどう歩んでいくのか。
(そもそも最初はバンドまで組む予定じゃなかったんだけどなあ)
だが今の状況よりも、いい事態になっていたとは思えない。
何かの運命のように集まってきた、というメンバーがいたりするのだ。
もっともノイズのフロントメンバー三人を上手く使えば、たいがいのプロデューサーなら成功しそうな気もする。
その上手く使うというのが、ひどく難しいであろうことも確かだが。
高校生組はともかく、他の四人はある程度予定の融通が利く。
もっとも信吾と栄二は、バックミュージシャンとして呼ばれたり、ヘルプでライブに入ったりもするのだ。
俊は二人に、作曲や作詞の手伝いを頼んだりしている。
ここで問題になるのが音楽著作権で、以前からずっと、俊はこれに気をつけている。
実際にインディーズレーベルながら、やってることがメジャーに近づいてきて、俊は世間が見えてきた。
確かに最初からメジャーレーベルと契約しなかったのは正解であった。
ただメジャーレーベルとの契約でも、その内容にはミュージシャン側との力関係があるのだ。
それでも長期間、安定して収入を得るのは、楽曲の著作権が一番である。
しかしバンドであると作詞作曲をするメンバーと、それ以外の間に格差が生まれすぎる。
あえてバンドを組むのであれば、ライブでの収入を確保しなければいけない。
大きく認知されるためには、やはり宣伝が必要となる。
インフルエンサーによる宣伝は、確かにネット社会において、下手な広告代理店のゴリ押しよりは、有効であるかもしれない。
だが巨大な宣伝を大規模に広範に行うには、やはり集中した資本投下が必要となる。
人間はなんだかんだ言って、権威というものを意識している。
信用はしていないが、意識してはいるのだ。
金さえ払えば取れるなどと言われる賞でも、それが大々的にされている間は、悪い意味でも注目はされる。
そのあたりを上手く使えば、やはり認知度を上げるのには役立つのだ。
もっとも今さらオーディションなどに参加するには、逆にノイズは認知度が上がりすぎた。
参加して優勝しても、それは当たり前だろうとしか思われない。
使ってもらえば成功する、という確信を相手に与えたい。
その上で大きなイベントに……というのは無理があるか。
「映画とのタイアップとか?」
「また無茶を」
一人で事務所にやってきた俊は、阿部と話していた。
今後のノイズの活動についてである。
今年の動きに関しては、ワンマンライブとフェスへの参加が決まっている。
そして来年は、アメリカでのアニメーションに曲が使われて、日本のアニメのコンペにも曲を提出することが決まっている。
ただ来年の分はデータだけの動きであって、バンドとしての活動が決まっていない。
そろそろ大きな企画が必要である。
そして映画タイアップとなると、それはもう大きな企画になるのは間違いはない。
もちろんバンドとしては、ライブを続けていくことになるのだが。
俊も自分の言っていることの無茶は分かっている。
「この世の中、実力だけでどうにかなるものじゃないとは、もう気づいているわよね?」
「ただ昔に比べると、事務所のゴリ押しも少なくなっていると思います」
「そうね。まあグループアイドルの中には何人か、ゴリ押しで箔付けをしているのはいるけど」
それこそ上流国民とでも言うべき立場の人間の子弟である。
芸能界と言っても、アイドルなどというのはさほど、立場的には強くない。
女優にでもステップアップする、そのための段階と考える人間もいる。
「けれどまあ、貴方たちを売るのは、難しくはないと思うけど」
阿部としてもいい加減に、ノイズと言うか俊の考えは、分かってきているのだ。
俊は俗人である。
ただ金とか名声とかではなく、本物の音楽を作るのにその欲求が向いている。
本物の音楽と言っても、それが何かという定義をつけることは難しい。
だが二つの要素を含んでいることは間違いない。
一つは時代性。その同時代を熱狂させるというもの。
もう一つは普遍性。後の時代においても評価され続けるもの。
ビートルズやツェッペリンはわかりやすいし、他のジャンルで言えばそれこそクラシック音楽がそうであろう。
他には絵画や彫刻など、作者が死ねば価値が跳ね上がるというものも、一応はそれに当てはまるのか。
ただこちらは死んでからようやく評価される、というパターンがないわけでもない。
ロックは基本的に、ライブ感が必要である。
同時代性と言うか、熱狂の共有。
LIVE AIDでのQUEENの演奏などは、あの大観衆を間違いなく熱狂させていた。
20分ほどのフレディのパフォーマンスは、今でも伝説となっているほどだ。
それだけの存在になりたいし、それだけの存在は報われるべきだとおも思っている。
いずれは武道館、そしてドーム級のコンサートをしていきたい。
そしてフェスでのメインステージで、ヘッドライナーとなるのだ。
凡俗の目指す目標であるが、誰にでも分かりやすいものであろう。
そのために何をすればいいのか。
アメリカにおいてはもう、バンドミュージックというのは人気が下火になっている。
それでも一定の人気バンドは出てくるし、また長くレジェンドのバンドは演奏していたりする。
単純にバンドをやるのよりも、ユニットなどでボーカルを目立たせて、ミュージシャンは腕のあるバックミュージシャンを雇うか、打ち込みで演奏してしまう。
アメリカの場合はEDMを使う場合、ギターやベース、ドラムといったあたりは、人間では出来そうにないものも、打ち込みならば可能になる。
だが日本の場合はまだまだ、ライブバンドの人気には一定のものがある。
「とは言っても大きな企画だと、ずっと先まで決まっていることも多いのよね」
あとは阿部の親レーベルであるABENOにおいても、権力闘争が存在する。
一応阿部は親レーベルの社長の娘であるが、レコード会社としては従順なミュージシャンの方が売りやすい。
ノイズは俊のこだわりもそうだが、信吾もデビューが決まっていたバンドから離脱したりと、扱いにくいと思われているのだ。
実際のところは、阿部は俊や信吾の考えていることが、傲慢ではあるが妥当だと思う。
事務所の言うとおりにやっていても、売れないと思ったから契約しなかったのだ。
逆に栄二などは、フリーになってまでもノイズに参加している。
それだけの魅力がノイズにあったということだが、その魅力とはつまりフロントラインの三人娘だ。
とてつもないソウルフルな、それでいてハイトーンで透き通った声を持つ歌姫に、何十年もギターを弾いてきたのかと思わせる高校生。
そして高校から音楽を始めたと言うのに、表現力の突出したギターボーカル。
この三人をどう活かすかが、ノイズというバンドの存在意義である。
俊は己に自信がないためか、他人の才能に対しては敏感だ。
結果としてそのスペックを活かすために、見事な曲を作るのに成功している。
俊もまた、ある種の天才ではあるのだろう。
名馬は常にあれども、名伯楽は常にはあらず。
コンポーザーとしての才能もそれなりであるが、それ以上にプロデュースの才能がある。
今はまだ、何をどうしたらいいのか、手段を知らないだけ。
だが阿部と一緒に数年も活動していけば、音楽業界全体に影響を与える人間になる可能性もある。
そう、まさに一時期の父親がそうであったように。
今年の予定はもう、全て埋まっている。
また年初にも少しライブがあるが、基本的に実家に帰るメンバーも多い。
他が休んでいる時にこそ、イベントというのはやりやすいのだが。
正月だけしか見ない芸人というのは、そうやって稼いでいるのだ。
実際には普段は、地方での巡業があったりする。
次に何かをするとしたら、春休みがいいタイミングになるであろうか。
去年は春休みに合わせて、強行軍のツアーをやったものである。
今年は何をするかと言うと、またツアーでもやるべきか。
だがあれは短期的に見た場合、金にならないものであった。
俊が約束した二年以内に、という期間はちょっと厳しそうではある。
ただ阿部は来年の二月に、テレビの音楽番組への出演を打診している。
「Mスタですか」
ミュージックスタジアムは歴史の長い音楽番組で、司会進行の丁寧さなどからも、出演者は好んでいる。
だがギャラの方はさほど高くもない。
もっとも俊としては、テレビに出るとしたら、これが一番だろうなとはずっと思っていた。
ノイズの楽曲は、チャートのベスト10になどは一度も入っていない。
だが100位前後をずっとうろうろしているのが、ノイジーガールであった。
最近は霹靂の刻も似たような動きをしているが、これらはそもそも単体ではシングルとしても出されていない。
今ではサブスクでの再生数や、配信での再生回数など、そういったものを総合して判断しているのだ。
「演奏するとしたら霹靂の刻だけど」
「そうでしょうね」
オリバー・ウィンフィールドの作成したアニメーションは、今では既に配信されるようになっている。
90秒バージョンの方であるが、そこからフルの方にも流れていっているのだ。
ノイズの音楽で無料で聴けるのは、他にノイジーガールだけである。
もったいぶった感じはするが、安売りしていないだけとも言える。
どうせちょっとアンダーグラウンドな世界に潜れば、いくらでも海賊版は流れているのだ。
ただ少ない在庫のアルバムは、いまだに通販で売れていたりする。
「二月ですか」
「まあこういう予定は、突然早まったりもするんだけどね」
それをどうにかするマネジメントが、阿部の仕事なのである。
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