11章 タイアップ

第169話 MAD

 俊はチャンスを掴み取るのに貪欲な人間である。

 だが一方で父親が、浪費と詐欺で破滅していったことについても、しっかりと記憶している。

 一番重要なのは、己の能力に対する承認欲求を肥大化させないこと。

 そして自信と過信を間違えないこと。

 もっとも今は慎重すぎるかな、とも思っているのだが。


「アニメタイアップいいじゃん!」

 メンバーを集めた練習の折に、件のことを説明すると、千歳は予想通りの反応を見せた。

「今のヒット曲なんて、アニメタイアップばっかりじゃん!」

 さすがにそれは言いすぎであろう。

「一応オリバー・ウィンフィールドについては調べたんだけどな」

 日本語サイトはなく、英語サイトを翻訳して読んでみたものである。


 昨今の思想性にまみれた会社から独立し、短編アニメーションを主に作成している会社の社長である。

 日本のアニメ制作会社と同じように、下請けもやっているらしい。

 自社作品も短編作品として、なんと映画上映も何度かしている。

 評価は高いのであるが、誰もが知っているという作品までは作れていない。

「一応こちらから金を出さなくてもいいなら、普通の著作権の範囲で使う方向性で交渉はしている」

 スポンサーとして日本のレコード会社を狙っているのでは、という予想は残っている。


 俊にとってはボカロP出身の大先輩であるTOKIWAなどは、個人事務所として独立したりしている。

 そしていくつかの楽曲を、アニメタイアップとして出しているのだ。

 現在の流行に乗り、一番大きく売るための手段。

 もっとも曲はいいが作品は爆死した、というものもあるのだが。

 それは日本の場合の話で、アメリカではまた違うものとなるだろう。

 俊としてはこの話の一番の肝は、実際に使われるかどうかではない。

 アメリカ人でも霹靂の刻をいいと感じてくれる人間がいたということだ。

 しかも一般人ではなかった。


 夏休みが終わったが、今年はまだ三分の一残っている。

 その中でノイズが行う大きな活動は、年末のフェスと、その少し前のワンマンライブである。

 さすがに今年も、紅白に出られそうな知名度は持っていない。

 もちろん俊だけではなく、ノイズのメンバーの大半は、そういったものに関心はないのだ。

 ただテレビ出演は、一度ぐらいはしてみたいと思う。

 いや、欲求ではなく、必要性と言った方がいいだろうか。


 紅白歌合戦は、出場するミュージシャンを長時間拘束する上に、ギャラも安い。

 ただ低下したと言われていても、まだ視聴率は破格であったりする。

 今のノイズの音楽は、普段は音楽を聴かない一般層にまでは伝わっていない。

 もちろんそういう層は、そもそも客にもならないのだが。

 それでもなんらかの、ムーブメントを起こしたい。

 その筆頭にいるのがノイズである、という未来を夢見る俊である。




 ノイズは地道にファンを増やしてきて、しっかりとチャンスも掴んできた。

 成功と失敗を明確に二つに分けてしまうなら、成功の部類に入るのであろう。

 だが重要なのは、どの程度成功し、そしていつまで成功し続けるかだ。

 基本的に俊は、ライブバンドであることを今は重視している。

 しかしいつかは、もっと実験的な曲も試してみたくあるのだ。

 キラーチューンを一つか二つ、またなんとか作ってみたい。

 そしてコンセプトを明確にしたアルバムを作る。

 60年代から80年代の、古き良き洋楽の時代の再現とでも言おうか。


 もちろんもう、そんな時代でないのは確かだ。

 やるならばそれは、ライブの中でやるしかない。

 一つのライブ、一時間から二時間の中で、一つの世界を作り出す。

 俊はまだこれが出来ていない。

 単純に何かテーマをもって、それを構成するだけの曲数がないのだ。

 だからこそカバー曲を持ってくるわけだが、完全にステージ一つを演出することは出来ない。


 俊はもう、タイアップについての話は終わったつもりであった。

「日本じゃあ無理なのかな」

「うん? ライブがどうかしたか?」

 なので適当な反応になってしまったが、千歳はまだ話を変えていない。

「日本のアニメのタイアップ、歌いたい」

「無理じゃないのか?」

 俊はにべもない。


 以前にも少し話はしたが、レコード会社も今では、アニメのスポンサーになることがほとんどだ。

 するとその作品の歌は、自前のレーベルのミュージシャンに歌わせたいということになる。

 当たり前の話であり、よほどのことがない限り、これを覆すことは出来ない。

 覆す力がある人間がいても、わざわざ利害関係をごちゃごちゃにするようなことは、滅多にないのである。

 ただ新人をデビューさせるために、さほど期待していない作品に突っ込むということはあるが。

 それでもおおよそは、声優に歌わせるなど、自分たちの間で利益を分け合うのだ。

 この場合の利益とは金ではなく、知名度であったりもする。


「だから俺たちみたいな、半分外れているようなのは、そこまでチャンスを与えることはないはずなんだ。そもそもライブでどんどん知名度は上げてきてるしな」

「いや、そうとも限らないぞ」

 俊の言葉に反対してのは、珍しくも栄二であった。

「確かに金をかけて売り出しているグループとかは、かけた金に対して、収益を上げてくれなくては困る」

 その部分では栄二は、俊を否定するというわけではない。

「だが明らかに売れてきていて、さらに売りたいというミュージシャンがいれば、その優先度合いは逆転する」

「……資本集中の原則ですか」

「名前は知らないけど、そういうのは音楽以外でもあるだろう」

 確かにあるとは思う。




 雑誌で大人気の作品がアニメ化する場合、さらに注目度を上げるため、間違いのない既に有名なミュージシャンを使ったりする。

 もっとも主題歌などがいくらよくても、アニメは本編だ、などと千歳は言うだろう。

 だが資本集中の原則は、売りたいものではなく、売れつつあるものに資本を集中するというものだ。

 昔のように広告代理店のゴリ押しで、どうにか売るという時代ではなくなってきている。

 いくら有名なミュージシャンでも、世界観に反したものを作られれば、売れないという風潮になってきている。


 広告に力を入れても大爆死というのは、大ヒットマンガ作者の次回作で、実際に失敗したことがある。

 ただ最近はマンガのアニメ化というのが、無理のないスケジュールで行われるようになってきた。

 かつては原作にアニメが追いついてしまい、オリジナルのストーリーを入れるというのが当たり前であった。

 しかしそれによるクオリティの低下を招いたため、ワンクールごとに作成していく、というパターンが多くなっている。

 これはスポンサーがどういうものかとか、あるいは配信による利益とか、色々と理由はあるものだ。

 企業の側が無理に大ヒットを作り出すというのは難しくなっている。


 ノイズは今、確実に売れている。

 てこ入れをして人気を爆発させるためには、知名度を一気に広げる必要がある。

 もっともアニソンタイアップが必ず売れるとは限らない。

 しかしノイズは以前からアニソンカバーをしていて、そのアルバムさえ出しているのだ。


 どうせ無理だろうな、と早めに見切りをつけていた。

 このあたり出来るまでやるのと、早々に違う選択をするのとは、どちらが正解かは微妙なところがある。 

 ただメンバーがやる気になっているなら、リーダーがそれに水を差すわけにはいかない。

「また阿部さんと話してみるかな」

 そう思っていたところに、阿部からの連絡が入ってくる。

「タイミングいいな」

 しかもメールなどではなく、電話での着信であった。

「はい」

『俊君、今大丈夫?』

「そうですね、練習の休憩時間です」

『他の人も揃っているなら、丁度いいんだけど』

 そして送られてきたのは、有名動画サイトのアドレスである。

「あ」

 誰かが声を洩らしたが、はっきりとこれは何かが分かった。


 ボカロPとして活動していた俊としては、良く見たものである。

 海賊版のデータの流通とは別の問題だ。

「MADムービーか」

「ノイジーガールでこんなの作ってたっけ?」

 暁がそう言うが、もちろんそんなわけはない。

 なぜならノイズとは全く無関係の、アニメーションの動画を使っているからだ。




 MADムービーとは既存の音声・ゲーム・画像・動画・アニメーションなどを個人が編集・合成し、再構成したものである。

 もちろん違法であるのだが、収益が本来の権利者に送られる形で許可を取っていて、微妙な扱いとなっている場合もあるのだ。

 著作権に関しては親告罪であるため、どうすべきかという考えだ。


 おそらく完全に個人が自作しているアニメーションに、ミュージシャンの音楽を使っている。

 著作権者が申し立てれば、速やかに削除されるものだ。

 ただ本家のMVとはまた別の層で、需要が出来ているのが再生数から分かる。

「なんのためにこんな?」

 信吾が言ったのは、自分の作ったアニメーションに他人の楽曲を使っても収益化は出来ないし、なんならすぐに削除要請も出来る。

「音楽を聞いてアニメーションを作りたくなったか、自分のアニメーションに合った音楽を使ってみたかなんだが」

 一応完全に違法ではある。しかしアングラ的に見逃されたいた場合も多い。


 見てみると確かに、女の子がセーラー服で戦場を駆け抜けるという、ちょっと独特だが出来のいいアニメーションではあった。

 下手なボカロPがアニメーターに作ってもらうものよりもずっと、動くし解釈も一致している。

 難しい問題である。

 同人誌などの二次創作と違い、完全に元データは演奏も歌唱もノイズのもの。

 ただボカロ界隈の文化というのは、こういう形のリスペクトの仕方があるのだ。


 以前に別名義で作った「スキスキダイスキ」にも歌ってみた以外にMADは作られたりした。

 ボカロ業界にとっては、二次創作という扱いになったりする。

 四分以上続くアニメーションを、わざわざ作ったというのがすごい。

 もちろん細かいところは、色々と拙い部分があるのだが。


 歌ってみたなどの他に、こういった楽しみ方もあるのだ。

 違法ではある。違法ではあるが、ただ消してしまうのはもったいないな、と思うぐらいの出来であった。

 このあたりは本当に、マンガやアニメの二次創作と同じで、親告罪ゆえに見逃されているところもある、というものなのだ。

 もちろん場合によっては、許されないものもある。特に成人向けのものは禁止しているコンテンツもある。


 以前に学校の課題にノイズの楽曲を使っていいか、という問い合わせがあった。

 その時は普通に許可を出したのだが、これは無許可である。

 しかも音源はおそらくCDですらなくMVのものを使っており、完全に削除要請案件。

 だが、もったいないなとも思ってしまう。




 ボカロ曲なら問題ないのだ。

 俊がサリエリとして作った曲なら、よほどの無茶をしない限り、見て見ぬ振りをする。

 ただこれは会社が作って発表している音源だ。

 常識的に考えれば、一発アウトである。

「少し様子を見たいですね。拡散しているみたいですし」

『分かっているかもしれないけれど、これが他の既存映像を使い出すと面倒よ』

「けれどそれはうちが対策することじゃないでしょ」

 その通りではあるのだ。


「うちのお父さんのパソコンにあった、疾風デンドロビウムとか、ああいうの?」

「いや、悪いが知らん」

「ネットでも残ってるんじゃないかな……」

 そう言って検索したところ、実際に堂々と残っていた。

「……映像と音楽が別作品だけど、どうして残ってるんだ?」

「まあ、OPとかEDフルに使って、映像も同じ作品の中から持ってきてるのMADもあるけど」

「本当だな……」

 権利関係がどうなっているのか、本当に謎なところがある。

 これがアメリカの某ネズミであれば、絶対に許されなかったのがかつての時代である。

 今ではあれも、版権が切れてしまったが。


 これらの元は、まだネット回線が遅い時代に作られた。

 そして交互に交換されていって、広がっていったというのもある。

 ここから今では普通に、プロとなっている者もいるそうだ。

「他はどうかともかく、俺たちの曲に自作アニメーション付けてるなら、公認してうちのチャンネルで流すとか? そういうの権利どうなるんだろ」

 俊としてはボカロ曲が遊ばれるのは、二次創作の文化だと理解している。

 しかし有料で販売されているものを、こういうことに使われるのはまずい。

「穏当に、でも出来ればこれ自体は残してもいいかと」

『そう。ちょっと製作者と連絡が取れたら、また伝えるわ』

 こういうことは法律の関係であるため、俊では対応が出来ない。

 いや、単純に禁止にするだけなら簡単なのだが。


 切り取り映像でバズっている、という曲はある。

 そこから全体がバズっていって、大人気になった曲もあるのだ。

 違法ではあるが、導線を下手に切るのはまずい。

 視聴者は自分が楽しむのが一番であり、道理が通用しないというのもあるのだ。

 特に俊の場合は、出身がボカロPというのもある。

「悩ましいところだな」

 今は目先のはした金よりも、知名度を優先する時期ではあるのだろう。

 だがそれを公言してしまうのは、さらなる未来に禍根を残しそうである。

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