第127話 彼女の曲

 九州まで行くツアーを敢行して得たものは、日本の広さとでも言ったものだろうか。

 何よりもまず、メンバーが移動に慣れていなかった。

 あとは地元との交流はともかく、次の日に影響するような日程の問題。

 そこで今後の計画が、マネージャーもする阿部も加えて話されたのだった。


「じゃあ順番にまとめると」

 俊はノートPCではなく、紙に書いていく。

 意外と修正が容易なPCのメモ帳などではなく、どういう経路でそこに至ったのかという、それが上書きされずに残るからだ。

「まずは第一に新曲。これがないとミニアルバムが作れない」

「いよいよあたしらの作った曲が音源になるのかあ」

「ほとんど俊さんがアレンジしたけどね」

 しみじみと暁は呟いたが、千歳がそこに突っ込む。

 本当のことだが、1を100にするのは簡単でも、0から1を生み出すのは難しいのだ。


 俊が作った曲で、まだ音源としていないのは、「ガールズ・ロックンロール」と「狂い遊び」の二曲。

 これにツインバードと、信吾が作った「バーボン」という曲で四曲。

 あと一曲、なんとか作ればいい。

 しかし俊としては、単なる数合わせの曲は作りたくはない。

 もっとも曲が本当に優れているのかどうかなど、作った本人さえ分からなかったりする。

 そもそも優れていることは、受けることと同意ではないのだ。


 このオリジナル一曲を作ったところで、ミニアルバムをレコーディング。

「あのさ、どうせならカバー曲も入れたら? 直販メインで売るなら、著作権払っても儲けがでるんじゃないの?」

「お前は俺を殺す気か」

 千歳の言葉に、今度は俊が突っ込んだ。

 

 確かに著作権印税は、6%引かれるものである。

 それでも直販や通販メインで売って行くなら、フルアルバム並の曲数にして高くした方が儲かるだろう。

 ただ原曲のままでは、音が薄っぺらい場合が多いのだ。

 80年代や90年代のバンドブームの場合、楽器の構成がシンプルな場合が多い。

 それにシンセサイザーで、音を足していくのが俊である。


 アレンジする事務処理などは、事務所に頼めばいいであろう。

 だが実際のアレンジをするのは俊なのである。

 確かにそのうち、ライブでカバーしてみたい曲は、それなりにあるのだが。

「アレンジを外注するのは?」

「ノイズの特徴を一番分かっているのは俺です」

 阿部の提案にも、俊は頷かないのだ。


 確かに外注するという手も、一つの選択肢ではある。

 だがノイズはシンセサイザーを使えば、ほとんどの楽器を再現し、電子音まで使える。

 またメンバーの能力までも含めた上で、どういうアレンジをすればいいのか。

 それが一番分かっているのは、やはり俊なのである。

「また色々カバーしたいんだけどなあ」

「とりあえずカラオケで発散しろ」

 あるいは学校の軽音部の活動ならば、著作権とは無関係に演奏出来る。

 ただ千歳としても、俊のアレンジした曲をこそ、歌いたいという思いがあるのだ。




 そのうちカバーはしてもいいかな、と俊は思ってはいる。

 だがそれは時間に余裕がある時に、少しずつやっていくものだ。

 千歳はアレンジをしてもらう立場なのに、注文が多い。

 注文が多いミュージシャンである。


 ここから五月のそこそこ大きなフェスに参加する。

 ここで音源のミニアルバムを売るため、レコーディングからプレスは早々に終わらせないといけない。

 一番早くしないといけないのは、作曲と作詞であるのだが。

 そのフェスが終わったらとりあえず、神奈川と埼玉と千葉に遠征する。

 実績を作るために、それなりに大きなハコで、ツーマンやスリーマンをする予定である。


 この結果次第で、夏のフェスに参加出来るかどうかが決まる。

 五月中には終わらせて、六月に少し余裕が出来るだろうか。

 そしたらここで、MVを作ってみたい。

 俊は元ボカロPだけなあって、ある程度はアニメーションMVも見てはいる。

 複雑なものは高くなるが、簡易なものは依頼したこともある。

 自分では絵心がないので、さすがにそこは外注した。


 ツインバードは鳥がイメージであるので、さすがに鳥に演技をしてもらうわけにもいかないから、アニメーションという選択は正しいのかもしれない。

 だが今は後回しの話であり、そもそも作るならこれからのキラーチューンにするべきだろう。

 他のメンバーがやってくれてもいいのだが、作曲を無難にこなすのは、俊が一番早い。

 今回のように期限がある中では、やはり一人でやらなくてはいけなくなってしまう。

 しかし数合わせの曲を作っていくなら、それはアーティストとしては死んでしまうのと同じことだろう。


 ボカロPをやっていた頃は、特に期限というものはなかった。

 もちろんなんらかのイベントに間に合わせるため、それが〆切りとなることはあったが。

 今回の場合は、他の活動全てが、この一曲の完成を待って行われる。

 レコーディングのスケジュールも、確かに無理をすれば伸ばすことは出来る。

 しかしそれは、使用する経費も高くなるということだ。

 ノイズがインディーズとして存在しながらも、メジャーのシステムに乗っかることが出来ているのは、言わば空き時間を利用しているからだ。

 スケジュールの隙間を使って、レコーディングなども行うため、経費として安くなるという扱いである。

 それが遅れるとなると、通常の料金と言うか、素直にメジャー契約をしろという話になるので、ここは本当にどうにかするしかない。




 他のメンバーも、アイデアを持ち込んできたりはするのだ。

 だがそれをアレンジして最終的な形にするのと、最初から俊が一人でイメージして作るのとでは、果たしてどちらが簡単なのか、という話である。

 俊が曲を作った後に、そのアレンジのアイデアを出していってくれた方が、簡単というか時間はかからない。

 だがそのメロディなり、コード進行なり、元となるものが出てこない。


 これまでの経験から、単に家でうんうんとうなっていても、アイデアが出てこないのは分かっている。

 始まった大学に通いながらも、授業中に考えたりする。

「よ、ツアー成功おめでとさん」

「ああ、朝倉か……」

 声をかけてきた顔を見ても、俊の眉間には皺が寄ったままである。

「なんだか、悩みごとがありそうだな」

 俊は他人に弱みを見せないタイプなので、朝倉としては新鮮だ。

 だがノイズを結成して、他のメンバーとも一緒に暮らすようになってから、俊の人当たりはかなり柔らかくなっているのだ。


 朝倉は内心はどうか知らないが、成功しつつある俊に対しても、その態度は変わらない。

 普通にノイズのチケットを買いたいという人間を連れてきてくれたりする。

 ただ嫉妬を必死で抑え込んでいるのでは、と俊は邪推したりもする。

 ノイズがここまで忙しくなるまで、他の有名ボカロPなどには、相当の嫉妬心を持っていたのだ自分であるからだ。

 だからこそ今、ある程度知名度が高くなっても、傲慢にならないように気をつけてはいる。


 わずかでも打開策はほしいところだ。

「作曲の〆切が迫っていて……」

「そりゃ、俺ではどうにもならないもんだな」

 朝倉も作曲能力がないではないが、元は俊に頼んで曲を使っていたりしたものだ。

 さすがに自分のバンドの活動で、精一杯の俊に対して、今ではそういう依頼はしていない。

「どうしてもダメなら、知り合いのボカロPに依頼とかしてみたらどうなんだ?」

「俺が納得するレベルのPだと、もうかなり先まで予定が詰まってるってのが多いんだ」

 これは今回の話ではなく、前に色々と尋ねたりもしたのだ。


 俊の交流するボカロPには、確かに大物がいる。

 メジャーと契約して楽曲提供などをしている、超売れっ子ともある程度は面識があるのだ。

 それこそイベントで顔を合わせた程度まで含めれば、ボカロPの世界は意外と狭かったりする。

 ただ俊の認識としては、ボカロPの曲というのは、ある程度当たりと外れがあるのだ。

 依頼をしても、期限が近いため、そもそも受けてもらえない可能性も高い。

 ノイズのカラーに合わせられるような、俊から見ても器用なボカロPはいるが、それはもう作曲と作詞を頼んだ時点で、相当の金銭が発生してしまう。




 結局その日も、俊としては打開策を見つけることが出来なかった。

 そもそも作曲というのは、作ろうと思って作れるものではない。

 これまではむしろ、ノイズのメンバーと交わることで、自然と生み出されてきたのだ。

 それが今回は上手く行かないとなると、それだけで自分の才能の枯渇を考えてしまう。


 何かを生み出すということは、恐ろしいことである。

 ずっと永遠に、名曲を生み出し続けるなど、どんなミュージシャンでも不可能なことだ。

 まあ何十年も活動し、しかも楽曲を生み出している怪物も、国内外問わずに、ごくわずかにはいるものだが。

 もっともあまりにカラーが違ってくると、ゴーストを雇っているのでは、と思ったりする。

(あの天才も、27歳で死ななかったら、いつかは限界に到達してたのかな?)

 息をするように名曲を生み出し、様々なミュージシャンに提供していた天才。

 彼女の旺盛な活動によって、一時期日本の音楽は、テイストを一気に変えられたという感覚がある。

 実際に彼女以前と以後で、ある程度の違いはあるのだ。


 ジミヘンが、カート・コバーンが、27歳で死ななかったら。

 他にもジョン・レノンも40歳で死んだのは、あまりに早すぎたと言われる。

 ジム・モリソンやボンゾの死も、現代音楽の歴史に大きく影響している。

 俊の大好きな変態フレディ・マーキュリーは、病気がなかったらソロ活動に移行していたとも聞く。


 いや、そんな異次元レベルの天才は別として、今は目の前の作曲が問題だ。

「ただいま」

 返事が返ってくることは少ないが、地下のスタジオから気配は感じる。

 普段はあまり聞かないこの音。

(三味線か?)

 ならば月子が弾いているのか。


 俊の作った曲の中には、千歳をボーカルに専念させて、その分を打ち込みで補うのではなく、三味線にアレンジしたという曲がある。

 ただこれまでずっと、メインで使ってはこなかった楽器だ。

 防音扉の前には、普通の扉が一つある。

 ここの部屋がかつては、レコーディング機材で埋まっていたのだ。


 月子は何か変な遠慮があるのか、あまりノイズのメンバーの前では三味線を弾こうとはしない。

 それでも時折こうやって、弾いているのを聞くことがある。

 一度身につけた技術を、失いたくはないという自然な欲求。

 別にそこまで遠慮しなくても、と俊は思うのだが。


 防音扉を開けて入っていっても、演奏に集中してこちらには気づかない。

 それにしても俊がこれまで聞いてきたような、三味線の伝統的な曲とは違う気がする。

 現代音楽、ポップスに合わせてきたような、このメロディライン。

 それは俊の灰色の脳細胞を刺激した。

(生まれてくる!)

 慌てて俊は、ピアノの前にと移動する。

 大切にしまわれているピアノだが、俊はこれとギターを使って、作曲をすることが多い。

 もちろんサンプリングした曲などから、PCに直接打ち込むこともあるのだが。


 ピアノを弾きだした俊に気づいて、月子は演奏を止めた。

 そして俊の作るメロディラインが、自分の弾いていたものに近いのに気づく。

 おおよそ20分ほど、試行錯誤を繰り返して、俊は一つの曲を生み出す。

 これが月子の、最初に作った曲となるのであった。

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