九章 ステップアップ

第125話 関東の地盤

 学校では新しい年度が始まる。

 二人の高校においては、ここで理系と文系、そしてその他に分かれることとなる。

 就職組というのはあまりないだろうが、それもその他に入れられる。

 千歳は文系で、暁はその他。

 当然ながらクラスは違うが、遠くに離れたわけでもない。


 千歳は友達の何人かと同じクラスになったが、暁には友人はいない。

 あくまでも千歳は仲間であり、戦友である。

 ただ軽音部で顔見知り程度にはなっている女子が、いることはいた。

(あたしは大学行かないしなあ)

 孤独にイヤホンで音楽を聴いている暁であるが、実はそれなりに注目は浴びている。

 学園祭でのステージは凄かったし、その後にライブを訪れているファンは出来ているのだ。


 今年の目標を、果たしてどこに置くのか。

 俊の計画では夏のビッグフェスのどちらかに、参加することが新年の目標になっていた。

 ただ現在の実績では、果たしてオファーが来るのかどうか。

 1000人規模のハコや、ライブハウスではないイベント会場で、演奏が出来ないものか。

 しかしそういう規模になると、もうバンドメンバーだけでどうこうというのは、完全に無理になってしまう。

 ノイズはそれなりに有名になってはいるが、コンパクトな活動が続いている。

 結局去年の夏のフェスの動員を、あれから上回ることは出来ていない。

 ハコや会場が小さいところばかりなので、それは当たり前であるのだが。


 果たして、自分の進む道の先は、どこに向かっているのか。

「安藤さん」

 軽く肩を叩かれて、暁は向き直った。

 軽音部の部員がこちらを見ている。

「あの、今日の放課後、軽音部に来てほしいって、部長が言ってたから。香坂さんにも伝わってると思うけど」

 軽音部の現在の部長は、当然のように三橋京子が就任している。

 夏ではなく、秋の学園祭で引退するのだが、進学する場合はもっと先に引退ライブを身内でしたりする。


 そういえば夏が終わったあたりから、人数が減っていたなと思い出す暁である。

(やっぱりダメだな、あたし。人間に興味を持たないと)

 曲はともかく、歌詞が作れないのが暁である。

 逆に千歳は、メロディと歌詞はなんとか作ってきたりしている。

 こちらは基本的にアレンジと演奏だけで充分と思うのだが、そこは俊がやかましい。

 自分一人で作詞作曲をするのは大変だと言っているが、実のところは他のメンバーにも、ちゃんと著作権印税が入るようにしているのだ。

 俊がアレンジしなければ、他のメンバーの曲はちょっと、プロとして聞かせるレベルには到達しにくい。


 ともあれこの時期に用があるとなれば、一年生への部活紹介に関わることだろう。

「分かった。行くよ」

 それだけで暁としては話は終わったつもりであった。

 だが向こうはまだ話したいことがあったのだ。

「安藤さん、春休みバンドでツアーしたんでしょ? どうだったの?」

 まあ、知られていても全くおかしくないことである。

 隠しているわけでもないので、暁も質問には答えていく。

 ノイズはアルバムを二枚出しているし、それなりの大きさのハコを埋めてトリを務めるし、MVも作成してよく回っている。

 雑誌でも何回かインタビューを受けたし、それなりの大きさのフェスでも演奏した。

 ちょっと音楽を嗜む層からすれば、ほぼプロと言えるだろう。


 実際のところ、ノイズがプロかどうなのか。

 それはプロの基準をどうするかで、変わってくることなのだ。

 かつてはプロと言えば、メジャーレーベルと契約し、メジャーデビューがプロであった。

 だが21世紀に入ってからは、普通にインディーズでメジャーよりも売れているバンドなどがある。

 このあたりを、どう解説するべきなのか。

 暁はぽつりぽつりと、会話を続けるのであった。




 暁は比較的軽音部に顔を出して、練習にも参加している。

 ただ積極的に関わっていくタイプではなく、千歳や他の生徒にギターのことを教えていくことが多い。

 基本的にはギターだけを弾いている人、というポジションである。

 ぼっちな彼女の居場所は、バンドの中にしかない。

 本人はそう思っているが、周囲からは実は一目置かれているというパターンである。


 そしてやはり話は、予想通りの部活紹介であった。

 五分以内に部活の説明をし、そして実際に短めの演奏も行う。

 さらに細かい部分は、実際に体験入部でもしてもらえばいい。

 トップクラスの二人はともかく、初心者歓迎の部活であるのだ。 

 そもそも高校からギターなどを始めるのは、全く遅くはない。


 暁がギター、千歳がギターボーカル、ドラムを三橋が、そしてベースを他の部員が担当する。

 曲は別に部活紹介なので、特にカバー曲で問題ない。

 軽く今日も合わせてみたが、高校の軽音部にしては随分と上手い、というレベルになる。

 ただ新入生たちの前に立てば、千歳はともかく暁は、人数の多さにハイになってしまうかもしれない。

 そこだけが心配ではあるが、心配しすぎても意味がない。


 ともかく二人は、わずか二分ほどの演奏をすることに同意した。

 やるのは比較的新しめのアニソンなどでいいだろう、という選曲もあっさり決まった。

 そしてそれだけを話し終えて、二人が向かうのはABENOのビルである。

 今後の方針を考えるために、阿部たちとも一緒に話す予定なのだ。


 夏休みまでに大規模フェスに参加する実績を積む。

 それが出来るかどうか、微妙なところではある。

 ただ去年の夏と冬、どちらもフェスではそれなりの反応があった。

 ならば次は、ステージを上げていけばいいのではないか。

 ツアーでもどうにか、対バンの面子が良かったのもあるが、集客には成功している。

 だが俊の考えていることは、二人にはよく分からない。

 少なくとも深く遠く、複雑に考えていることは間違いないと思うが。




 ノイズはインディーズ扱いであるため、資本投下もさほどされていない。

 メジャーレーベルのABENOの中で、ついでのようにレーベル名がついているだけだ。

 それでも阿部は最低限のマネジメントはしてくれるし、何より現役で業界にコネクションを持っている。

 儲かる企画があれば、メジャーの方に話を持っていくことも出来る。

 ノイズもそうだが阿部の方も、小回りが利く動きを好んではいた。

 だが今のところは、さすがに宣伝が弱いと思っている。


 音楽業界において成功というのは、果たしてどういうものであるのか。

 単にメジャーデビューしただけならば、いくらでもミュージシャンはいる。

 だがそれで、ずっと音楽業界で食っていけるのか。

 それはあまりいないであろう。


 大人気だった俊や暁の父の所属したマジックアワーも、リーダーの事故死というものはあったが、岡町は大学で講師をして、ドラマーは現役時代のギャラや給料で不動産のオーナーとして生きている。

 暁の父の保は、スタジオやツアーのミュージシャンとして、完全に音楽業界にいると言えるだろうが。

 ずっと現役で、ある程度の人気があり続ける。

 意外とそういうバンドやミュージシャンはいて、地方を回って稼いでいたりもする。

 だが果たして、ノイズはそういうバンドであろうか。

 意外と固定観念に囚われている俊は、そうは考えていない。

 なぜならフロントの三人が女性であるからだ。


 結婚、妊娠、出産、育児という、当たり前ではなくなってきている当たり前を、一つの現実的なルートとして俊は考えている。

 ただ千歳は普通に結婚しそうではあるが、月子はかなり理解のある人間でないと無理であろうし、暁もある種の自由人。

 暁のギタリストとしてのスペックも、スタジオミュージシャンやバックミュージシャンとして他人に合わせるのは、今のところは苦手そうに思える。

 このフロントのうち、一人が外れても、ノイズはどうにか活動できる。

 だが二人外れたとしたら、さすがに新メンバーを入れることになるだろう。


 男はその点、外で稼いでくることを期待されている。

 栄二などは実例として、子供が出来たためにバンドから離脱し、会社に所属の社員ミュージシャンとなったのだ。

 それがまたフリーとなっているわけだが、以前のメジャーレーベルGDレコードの仕事は切っていない。

 このあたりABENOとレコード会社の系列が違うのであるが、GDレコードからのオファーがなかったというのがこの選択となっている。

「今後のプランの修正ね……」

 俊はかなりこだわる人間であるが、ツアーをして思うことがあったらしい。

 ただメジャー契約はしないという路線は変えないし、今はまだインディーズで伸び代を伸ばす段階かな、とは阿部も思っているのだ。




 夏の大規模フェスは、主に二つある。

 そのどちらかへの参加というのは、スケジュールを考えていたら、もうある程度は決まっている。

 それだけ大きなイベントではあるのだが、ミュージシャンは海外の人間も呼ぶため、意外と直前まで決まっていないのだ。

 ただそれでも、急な空きがない限りは、七月までには決まると考えた方がいい。

 そしてそれまでに実績を積むには、ゴールデンウィークでの活動が必要になるだろうか。


 一応はワンマンライブを一つ入れているが、これもまた300人規模。

 1000人ならばともかく3000人ぐらいにもなると、どうしても設営が大変になるし演出も必要になってくる。

 1000人のフェスにも一つは出るが、そこから次につなげていくことが出来ない。

 単純に話を通していくだけなら、色々とコネや伝手はあるのだが、まずは事務所の方針であろう。


 月に三回は、200人以上のハコでツーマンやスリーマンのライブをして、しっかりとチケットは完売している。

 ただここから上にいくというのが、今の俊ではどうにもならない。

 正確には事務所に無断で動くには、規模が大きくなりすぎている。

「遠征を入れましょうか」

「いや、でもゴールデンウィークには」

「ツアーじゃなくて遠征よ」

 わずかに俊は首を傾げるが、信吾はすぐに気づく。

「週末だけで?」

「そう。ノイズのことが気になっていても、ちょっとした距離や時間の制約で、見に来れないファンはまだ関東圏にもいるはず」

 なるほど、それはそうであるか。


 現在の音楽シーンというか、オーディエンスの傾向からして、コンテンツの持つ訴求力は失われつつある。

 だがノイズのMVなどの、すぐに手が届くものはよく回っている。

 つまりほんの少し歩み寄れば、向こうから近づいてくる可能性があるのだ。

 逆に少し東京から離れても、東京から見に行くファンもいるかもしれない。

「とりあえずは、神奈川、千葉、埼玉の三ヶ所は確定で、スケジュールは取ってみるわ」

 神奈川は確かに大きなハコもあるし、千葉や埼玉も大きな商業圏にはなる。

 なるほど、やはり地盤固めか。

(さすがに地に足がついている人は違うな)

 やがてどこかでメジャーに出なければいけないかな、とやはり思う俊であった。

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