八章 ツアー

第112話 上京

 地元の名古屋では、相当の人気を誇るセクシャルマシンガンズ。

 明らかにセックスピストルズを元ネタとしたこのバンドは、確かにパンク要素もあるが、基本的にはテクニカルなメタル要素が強い。

 年上の人間の中で最年少のギタリスト田川涼が、俊の異母弟である。

 本来ならば俊は、どういう感情を持つべきであったのか。

 ただ夏のフェスで顔を合わせた時とは、状況も立場も変わってしまっている。

「上京して通用するかどうかのために、東海道から四ヶ所ほどライブをするらしいわ」

 阿部に調べてもらったが、それほど詳しい情報などはいらない。

 ノイズを対バンにしたのは、こちらから申し入れたらしい。


 涼は次の春に高校三年生となるので、あと一年で地元の基盤を固めて、上京してくるという体勢であろうか。

 インディーズレーベルから声がかかっているのか、あるいはメジャーであるのか。

 あの音楽性ならどちらでも通用するとは思う。

 ただしノイズのような、なんでもやってしまうという幅はない。

(中退して上京とかなら、さすがに止めた方がいいのか?)

 俊は心情としては、涼のことを弟とは感じていない。

 そもそも家族の間の感情を、今ではもう母との間でさえ、あまり感じていない。

 むしろ死んだ父との間に、未だに親子の感情が残っている気がする。


 死んだと言うよりは、ほとんど会えないずっと遠くに行ってしまったという感じ。

 死後のすぐには、たまに流れていた音楽の中に、父の実感がある。

 もっとも冷静に聴いてみれば、父の曲は確かに売れ筋ではあるが、10年後にも誰かが歌うような、そういう普遍性は存在しない。

 それでも一時代を築いたし、名曲と言われるものがないわけではない。

「メンバーは高校生が一人いたでしょ」

「どうなのかしらね。どのタイミングで上京するかだけど、何度かこちらでライブをしてみて、基盤を作りたいんじゃない?」

 地元でやっている分には、ある程度のファンがいる。

 ただライブバンドとして、また大きく売ろうとするなら、東京にいた方が有利だ。

 地方からでも音楽を発信出来る時代だが、結局芸能界というのは人間関係で成り立っているところがある。

 その点では涼も、父親の伝手を使っていくのかもしれない。

 父が死んだ時、俊も葬式には参列したが、最も近くにいた家族は涼であったのだ。




 このあたりのことは、さすがに阿部には話してある。

 そもそも調べればすぐに、分かることであるのだ。

 父は結婚中から関係を持っていたらしいので、そこはスキャンダルではある。

 だがとっくの昔に死んでしまった父と、今から売り出すバンドの主催。

 別に記事にされても、自分はそれほど困らない。

 むしろ俊は、悪名も美名も名声は名声、と思うタイプの人間だ。母は怒るかもしれないが。


 涼は父から何か遺産を受け取ることもなく、母親も死んでしまっているという。

 高校を卒業したら、上京してミュージシャンを目指すというのか。

「俺とは違いすぎるな」

「どうしたの?」

「いや、世の中食っていけないミュージシャンが多いなって」

「貴方たちは例外じゃない」

「まあそうだけど、事務所も事務所で、食い物にするとこが多いから」

 そう言われても、阿部には阿部の言い分がある。


 ミュージシャンというのは本当に、誰が売れるのかは分からないところがある。

 才能を上手くパッケージするよりも、宣伝をバンバンと打っていったら売れた、という時代は確実にあったのだ。

 どれだけの数の中から、本当に売れるものが出てくるのか。

 見る目がないと言ってしまったらそれまでだが、実力があっても売れないバンドなどは確かにあるし、よく分からない一発屋も存在する。

 芸能界全体を維持するために、会社が儲ける必要はあるのだ。

 ただそれならば、大手は大手で資本力があるから、もっと挑戦的なことをしてほしい、というところもあるだろう。

 しかしミュージシャンまではアーティストであっても、それを売るレコード会社などはビジネスマンなのである。

 利益を出して社員を食わし、経済を回していく必要がある。

 文化の普及などというのは、その余禄でやっているようなものだ。


 アーティストなどと言っても、本気で世界に自分の色を残してやろう、などと考えている人間が果たして、どれだけいるだろうか。

 俊にしてから、父は少なくとも最盛期は、ムーブメントを作りながらも、それがずっと影響を与えるようなものは作っていなかったと思う。

 なので相続放棄に関しても、著作権を相続などとは考えなかった。

 父親は好きだし、すごいことをしたとは思っていても、父親の音楽自体はそれほど世に傑出したものではない。

 このあたりのひねくれた考えが、俊という人間の特徴だろうか。




 異母弟との対バン企画は、特にそれを目玉にすることでもないので、普通に受けた。

 そして考えたのが、このあたりの事情をノイズのメンバーに、話しておくべきかどうかということである。

(話して楽になるのは俺だけだけど、知っておいてもらった方がいいこともあるだろうしな)

 ただ、誰に伝えておくべきかは、考える必要があるだろう。

 メンバーは仲間ではあるが、年少組などにこういった、入り組んだ話をすべきではないだろう。

 信吾と栄二、それに父親からのつながりで、暁にもある程度は話しておいた方がいいだろうか。


 あとはちょっと年齢は関係なく、男のメンバーだけには伝えておいた方がいいこともある。

 俊は長年、相談する相手が岡町ぐらいしかいなかった。彼にだけはほとんどの事件を伝えてある。

 ただ完全に信用しているかというと、そうでもないのがまた俊の性格なのである。

 リーダーの死はマジックアワーのメンバー全員の未来を狂わせた。

 しかしそこから、一人確実に成功したと言えるのが、俊の父であった。

 最終的には破滅したが。


 父とは表面上は仲が良かったし、自分にも随分と親身になってくれる。

 だがそれでも信じきれないのは、過去の裏切りが原因である。

 信吾と栄二に関しては、そもそも裏切る意味がないし、今は運命共同体だ。

 そこまで考えたが、芸能界にそんな信義があるものか。

 逆にある程度の、貸し借りで成り立っているところはある。


 結局は次のスタジオレッスンで、ある程度のことは説明することにした。

「異母弟か……。まあ、当時は金持ってたのは間違いないしな」

 信吾や栄二はそれなりに冷静に受けとめたようであるが、女性陣は消化し切れていないらしい。

 ただ別に、俊が悪いわけではないのだ。

「うちは親父が金持ってた時に離婚したから、大正解だったんだ。その後も親父はけっこう活躍してたけど、それ以上に使ってたし」

 ミュージシャンが成功すると浪費するというのは、いったいどこに原因があるのだろう。

 もっとも芸能界では、よく聞く話ではある。


 爆発的に売れたアーティストなどが、破滅していったという話。

 それは噂だけではなく、実際に残っている。

 浪費による破滅というのが多いが、それよりもずっと正体の怪しい連中に、食い物にされていっていることが多い。

 おかしな投資話に乗って、莫大な借金を背負ったというのは、よくある話だ。

 俊の父も変な投資話に乗って、その資産を削られたというのは事実である。


 成功体験が大きな人間ほど、そういったもので失敗する可能性が高いように思う。

 また大金を得ると浪費に走り、そのまま売れなくなっても金銭感覚が変わらず、やはり借金漬けになるということもある。

 俊の父はこのダブルコンボだ。

 本当に母は、上手い時期に離婚して、俊も母親に親権を取られて良かったといえる。

「まあ、だからといってあちらさんと、無理に仲良くする気も、無理に距離を置くつもりもないけど、念のためにな」

 春休みのツアーでは、名古屋のライブハウスも回る予定である。

 そしてワンマンではなく、ツーマンかスリーマンぐらいのライブで、大失敗にはしないようにしたい。


「先に言っておくけど、ゴールデンウィークもツアーをする予定なんだが、予定が入る人間はいるか?」

「あ~……連休中は稼ぎ時かあ」

 そうため息を洩らしてしまうのは、まだ覚悟の定まっていない千歳である。

 学校の友達と遊ぶぐらいのつもりは、普通にしていたのであろう。

 週末は集客が楽なのではあるが、そもそもノイズはまだ週末以外にライブを入れると、メンバーの予定調整が難しい。

 レッスンにも時間をかけなければいけないのだ。




 春休みは名古屋から京都、大阪、神戸、福岡とバンを運転して移動する。

「帰りに寄り道する暇はないか……」

「月子は京都に寄りたいのか?」

「ううん、大阪から淡路に行けたらなって」

 京都出身のように思われる月子だが、出生地は淡路島だ。

 両親の死後、高校時代には何度か戻ったが、もう住んでいた家も処分してしまっていた。


 彼女の気持ちも分からないではないが、ツアーの最終日は東京である。

 福岡から一気に戻ってきて、最後にワンマンを行うのだ。

 正直なところ、体力がもつのかどうか心配である。

 他に寄り道をしていられる日程ではない。

「ちょっと予定は入れられないけど、夏はどうにかしてみようか」

 少しぐらいは暇が出来てもいいであろう。

 ただ夏は夏で、フェスが色々と開催されるのだが。


 各地のライブハウスの出演交渉は、事務所に任せてある。

 ただ移動手段や機材搬入などは、ほとんどを自分たちでやらなければいけない。

 もっとも特別な設営などをやるわけではないし、大きめのハコで他のバンドとも一緒にやるだけだ。

 ツアーと言ってもそこまで、爆死するような内容ではないと思う。

「チケットは売れてるのか?」

「まあ俺たちの売らないといけない分は、事務所に任せてあるから」

 ここも自分たちでどうにかすれば、収入は大きくなる。

 だがさすがに、地方のハコにまでは手が届かない。

 信吾や栄二の昔の伝手を使っても、やはりこれは事務所の力が大きいのだ。

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