第109話 選択

 五つのレーベル、及びそれとつながる事務所からの勧誘。

 これはなかなかないというか、普通はそこまでもったいつけるまでに、既にいい契約でどこかと契約するものなのだ。

 だがこのレーベルによる取り合いというのは、それはそれで一つの知名度を高める手段にはなった。

 MVの発表から、そのPVがどんどんと伸びていって、さらに知名度が上がっている。

 さらに大手レコード会社から、メジャーレーベルへの誘いなどがあるやも、という話も出ている。

 ただそのルートはないな、と俊は最初から考えている。

 メジャーレーベルに対する、俊の不信感は大きい。

 あちらも切れないぐらい大きな存在になって、絶対に有利な契約を結ぶというぐらいにならなければ、所属する意味はない。


 なぜそこまで疑うのか、というのはメンバーの誰にも分からないだろう。

 だがおそらく、俊のベースの教師でもある岡町や、暁の父である安藤保、そして今では音楽業界から身を引いたドラマーの三人は、薄々察していたかもしれない。

 マジックアワーのギターボーカルの死亡事故。

 あれは本当に事故であったのか。

 そして俊の父である、東条高志の死亡事故。

 事故か自殺か微妙なところだと、多くの人間が言っていた。


「そんなわけでどんどんと条件を釣り上げさせていった結果、阿部さんの世話になろうと思うんだが」

「「結局あそこかーい!」」

 高校生組二人が、揃って突っ込んだ。

 確かにここまで引っ張って、最初に声をかけたところになるとは、なんとも遠回りしたように思えるだろう。

 だがこれはちゃんと、義理と人情と打算が存在する。

 最初に声をかけてくれて、しかもずっと待ってくれたところに、他のレーベルから声がかかっても、やはり所属したということ。

 そしてここまで待ったからには、向こうもノイズをそう簡単には見捨てられないであろうことだ。


 その説明すらも、実は表面的なものである。

(少なくともあの系列は、芸能界の中でもかなり、まともに近いと裏は取ってある)

 まともな芸能界などというのは存在しない。

 虚業の中でどれだけ、人は正気を保っていられるだろう。

 巨大な利権と名声や金を手に入れながらも、立つその場所は常に揺らいでいる。

 豪勢なカーペットの裏には、泥と血に塗れた死体が転がっている。


 おそらくこういった、本物の殺伐とした部分は、栄二でもまだ知らないだろう。

 そもそも子供にこんなことを教える母は、いくら愛情をかけてなくても、ちょっとどうかしていると思う。

 いや、逆に心配して正確な知識を教えたのかもしれないが。

 こんな世界に、彩は来るべきではなかった。

 親から譲り受けた才能で、トップに立つことが目標であり、復讐であったのかもしれない。

 特に母親は、本当ならば輝く世界に立っていたはずだ、と彼女は思っていたのだから。

 だが意地悪ではあっても可愛げがあった、あの姉はもういない。




 俊は阿部が新たに作ったという、事務所とレーベルについての説明をする。

 メジャー傘下でありながら、独立したレーベルという奇妙な話ではある。

 そして事務所とレーベルが、ほぼ一体化している。

 まあこちらは事務所は基本、ミュージシャンの管理とスケジューリングなどを行うもので、また仕事を取ってきたりもする。

 レーベルは音源を作るものであり、通常は多くのスタッフが必要になる。


 ノイズがいい条件で契約出来たのは、まず知名度が高いため、ライブハウスに話を通すのが簡単であること。

 また宣伝なども既に行っていて、公開手段にも経験を積んでいて、さほど事務所の力を必要としないこと。

 そして音源を作るのに既に熟練している人間がいるため、本来ならスタジオミュージシャンなどが必要なところを、ほとんど必要としないことだ。

 使わなければいけない資本を、徹底して圧縮する。

 それでミュージシャン本人に入ってくる収入が拡大する。


 流通だけはさすがに、店舗やプラットフォームを利用する必要があるが、これも通販を重視することと、プラットフォームとの契約により、条件をよく出来る。

 一般的なバンドミュージシャンでも、契約期間はあって内容は変化していく。

 ノイズは出来るだけ事務所やレーベルのかかるコストを少なくすることによって、自分たちも事務所もレーベルも、全てが儲かるようにする。

 ネットという媒体を使うことによって、とにかく宣伝のコストがかからない。

 口コミやBBSやSNSに、ブログなどの効果を使うのだ。


 インターネットというこのネットワークシステムは、俊が子供だった時代からも、明らかに利便性が増している。

 スマートフォンという端末の発達が、さらに大きな価値をもたらしたと言えるだろうか。

 俊が大学にまで進学したのは、ある程度はモラトリアム期間を必要としたからだ。

 しかし時間によって、自己プロデュースの仕方などを学べたのも確かだ。

 今のミュージシャンには、単なる演奏やパフォーマンス、そして作曲や作詞の能力だけでは、売るのが難しいというのが分かっている。

 正確には自分の収入を確保するのが難しいのだ。


 一つの才能に、多くの人間が群がって、巨大な利益が生まれていた時代。

 だがノイズにはその点、大きな弱点が一つある。

 それはメンバーの数が多いということだ。

 基本的に収入というのは、一つのバンドや一人のアーティストに対して支払われる。

 ノイズはそれを、六人で分けなければいけない。

 あとは分け方によっても、確執が生まれることはある。

 ノイズはこれまで、公平に六等分してきた。

 派手に目立つフロントガールズと、リズム隊との間に差はない。

 また死ぬほど大変に見える打ち込みと、演奏における微調整をする俊も、同じだけの金額である。

 そもそも俊の場合、作詞と作曲の著作権印税で、他のメンバーよりも収入は多いのだ。

 スタジオの確保や足の確保など、また様々な手配でもかなりの部分を自分がやっている。

 それでもかかった経費などを計算して、メンバーにしっかりと説明しているのだ。




 これまでといったい、何が大きく変わるのか。

 それは第一に、売り込み先が増えるということだ。

 オーディションの他に、俊や信吾に栄二と、伝手から参加していたライブ。

 またはフェスなどに対して、こちらからの強気な売込みが出来る。

 マネジメントでスケジュール調整をしてくれる人間がいるだけで、とてもありがたいものとなるのだ。

 今まで俊が頑張りすぎていた。


 企画についても俊が、信吾や栄二の知識を借りて行ってきたことが多い。

 特にこの先、春とそれから夏休み、やっと学生組が動くことが出来る。

 ライブというのは鑑賞でも視聴でもなく、体験である。

 地方の大都市にファンを作ることによって、さらに売上を伸ばしていきたい。

 そういう実績を積み上げることによって、イベント会社との協力もしやすくなる。

 ライブハウスなどはともかく、大きなホールなどでの大規模ライブは、どうしても専門的なスタッフが必要となる。


 たとえば武道館などは、他の施設での興行実績などがなければ、貸し出しなどは不可能である。

 他のハコも大きなところは、既にイベント会社が抑えていることが多い。

 イベント会社に直接話を持っていっても、それだけでは通用しない場合がある。

 実績というのが数字で出せなければ、そもそも企画するのも難しい。

 設備の設営などを考えると、さすがにノイズの人間だけではどうにもならないのだ。


「今年中に一万人規模の会場で、午前午後二度のライブでも出来たらなあ」

 俊の目標を聞いて、他のメンバーは思わず息を飲む。

 ワンマンでそれぐらいの規模となると、チケットもかなり高くなるだろう。

 億に達する金が動く。

 もっともそれは全てが儲けになるわけではない。

 施設の使用料もかかるが、むしろ設備や販売手段、また設営に警備など、多くの人間が動くことになる。

「それより前に、夏のロックフェスだろ」

 信吾の言葉に、他のメンバーも頷く。


 夏休みを利用したロックや他の様々なフェスは、日本音楽業界の一大イベントとなっている。

 これに参加することこそが、まさに知名度を上げる好機にはなっている。

「あの、紅白に出るとかって、まだ遠い目標なのかな?」

 月子が俗っぽいことを言っているが、いまだにあれは視聴率が高いものではある。

 もっとも出演するのに、ギャラが安いことでも知られてはいるが。

「むしろ今は、紅白なんかに出ると、イメージが悪くなると思ってるバンドとかもいるぐらいだしな」

 俊としても出るとしても、まだ先の話だろうなと思っている。


 ただ、月子が紅白などに執着する、理由は分からないでもない俊である。

 アイドルユニットにとっては紅白など、まさに賑やかしの場所であった。

 知名度を高めるためには、確かに媒体としては悪くない。

 だが年末の大晦日の夜を、あそこで拘束されるのはまずい。

 そもそも紅白のどちらで出るのだ、という話にもなるが。

「山形の知り合いに、見てもらいたいんだよね……」

 そう言った月子の目には、珍しくも暗い色が見えていた。




 ともかくこれで、出来ることが増えていくのは確かなのだ。

 事務所に所属するということは、それだけの金を分配されることになるが、その分までプロデュースしてもらう。

 今のノイズはそういった部分が俊に集中しているため、大きく動くことが出来ていなかった。

 また楽曲を提供する手段に、ネット配信が出来ていない。


 関東圏だけをどうにか、市場としていた。

 それでもそれなりに、人気を出すことは出来ていた。

 自分たちなりのプロデュースだけで、ここまではやってきたのだ。

 そして事務所に所属しながらも、自分たちの企画を通すことが出来る。

 売れればそれだけ、我侭が通るものだ。

 もっとも俊はそのあたり、アーティスト肌ではなく商売人としての性格が強く出てきていると、自分では思っているが。


 ネットに流すMVを、どんどんと作っていきたい。

 撮影の機材もスタッフも、本職の人間を使っていける。

 もっともそれだけ、しっかりと利益も出していかなければいけない。

 基本的にライブだけでも、それなりの利益は出せるようになってきた。


 ここまでで、およそ半年。

 俊と月子の出会いから、それぐらいである。

 単純にメジャーデビューというのではなく、土台をしっかりと作った上でのインディーズレーベルでの流通。

 ノイズには公式のブログはあるが、それでファンなどとの交流が出来るわけではない。

 基本的に俊も、SNSなどは使わない珍しいタイプの人間だ。

 だがノイズ非公認の、私設ファンサイトなどというのは既にあったりする。

 これには時折、信吾や千歳が書き込みを行って、最初は偽物扱いされたりもしたものだ。

 本物であるというのは、SNSとの連携ですぐに証明出来たが。


 俊は動きが慎重すぎるように思う。

 だがそれは、やることが多すぎたということも原因だ。

 とりあえずやるのは、新曲作り。

 二時間以上のライブをオリジナルで全てやるだけ、曲の数を増やしていきたい。

 もっともただ、オリジナルの曲を増やすだけなら、凡作や駄作も混じってしまう。

 それならば名曲をカバーしていった方が、100倍マシである。


 ノイズのメンバーが、一致している俊のこだわり。

 それはつまらない曲などは、演奏しないというものである。

 嵩増しの曲を入れるのは、サリエリ時代の曲でもう充分。

 あとは最低五曲以上作って、フルオリジナルアルバムを出したい。

 それが果たして、どれぐらい売れることになるのか。

 インディーズレーベルではあるが、マーケティングにはレコード会社のビッグデータなども使える。

 そもそも最初の「1」の6000枚というのが、インディーズのデビューアルバムとしては出来すぎではあった。

 しかしそれでも、いまだにちょこちょこ売れてはいるのだ。

「あと、これでやっと、グッズを作ることが出来るな」

 バンドTシャツやステッカー。それ以外にも諸々のグッズ。

 物販で稼ぐというためには、やはり音楽畑以外の人間の力が必要なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る