第106話 ミュージックビデオ

 音楽とは聴覚のみによって楽しむものではない。

 はるか昔から衣装や踊りなど、音楽を彩るものはたくさんあるのだ。

 暁が常にTシャツとジーンズというスタイルを崩さないのは、それはそれで衣装をコーディネートしているからである。

 ビートルズなどは革ジャンスタイルからスーツスタイルのマッシュルームカット、そして後にはヒッピーのファッションに至っている。

 ロックはハードロックはともかく、メタルになると衣装が派手になっていく。

 そういったものを商業主義的と言ったニルヴァーナは、アメリカのその辺の兄ちゃんの格好でカートが歌っていたが、スーツ姿でテレビに出ていたこともある。

 ジミヘンの衣装はとにかく派手であったし、フレディ・マーキュリーは変態であった。

 あのあたりの年代はメタル、パンク、ヒッピーと色々なものが混じっていたが、一番それらへのアンチテーゼとなったのが、オルタナティヴ系なのだろう。


 ロックには原点回帰の衝動が定期的に起こる。

 基本的には暁などは、音楽的にもハードロックが好きである。

 ただロックというのは音楽のジャンルというよりは、音楽の方向性というか、音楽に対する姿勢であるのだろう。

「ロックは日常か非日常なのか」

 俊はまた難しいことを考えるが、暁は簡単に断ずる。

「ロックを生活に入れてるか入れてないか、それが問題なんでしょ」

 ノイズにおいてもっとも理論的なのは俊で、もっとも感覚的なのは暁だ。

 月子の場合は感覚的と言うよりは、もっと違う方向性である。


 俊の脚本とコンテを基に、皆がアイデアを出し合う。

 だが映像の専門的なものは、なかなか分からない。

 それでも他のMVなどを見ていれば、あのシーンがかっこいいという程度のことは言えるのだ。

 もっとも予算の問題はある。

 今回は基本的に、エキストラなどは使わない。

 既に映像科の人間に撮影してもらった、ライブシーンは存在する。

 またイベント屋が録画していた、夏のフェスの画像も持ってきている。

 

 サビの部分は生演奏のシーンを被せていくというのは間違いない。

 あとはギターソロは絶対に見せ場である。

「一人で演奏すんの?」

「ヘッドフォンに合わせてな。あとでミックスしたりもする」

 ライブシーンなどは映像として使っても、音源はレコーディングしたものを使う。

 これは普通のことである。


 全体的な流れとしては、スタジオでの演奏シーンから始まり、それぞれのソロシーンなどに日常の風景をはさんでいく。

 そして最後の盛り上がるシーンにはライブ映像を使うという、構成的には王道とも言えるものだ。

 月子と千歳、暁と千歳を上手く対比させる映像を作る。

 リズム隊はともかく、、俊の姿はほとんど使わない。

「自分がMVに出るの恥ずかしいんだ?」

「いや、うちのバンドの華はフロントの女子三人だからな」

 スタジオ演奏の撮影は、服装などを替えて何度も行う。




 メインとなるのは月子である。

 わずかに仮面を外す描写があるが、そこは背後からの撮影を徹底する。

 ミュージシャンに必要な、手の届かないスーパースターという要素。

 現代では逆にどんどんと、その距離感が近づいている。

 月子はその中で、届かない存在としていてもらう。

 まさにアイドルというものであろう。


 アイドルを諦めた月子が、正しい意味で偶像となる。

 皮肉な話だな、と俊は思ったりもする。

 ノイズの始まりがそもそも、俊と月子の出会いであったのだ。

 そしてスター性があるのは、月子のみである。

 俊が行うべきは、マネジメントとプロデュース。ついでに作曲と作詞。

 そのはずであったのに、どうしてこうなった。


 やろうと思えば月子と暁の二人のユニットという形でも良かったのかもしれない。

 そもそも最初のライブは、その二人で行ったのだから。

 ただスタジオでの練習や、レコーディングなどでは暴走することなどはなかった。

 ライブでこそ二人は、あそこまで爆発してしまったのだ。

 ネットでの活動をずっと続けていれば、今のようなことにはならなかっただろう。

 しかし当初の予想よりも、よほど俊の目指す頂には近づいている。


 やかましいガールズ三人が、フロントを形成している。

 そこから奏でられる音楽は、土台となるリズムがしっかりしていないと、崩壊するようなものである。

 俊は五人をコントロールしなければいけないが、おそらくこのバンドはメンバーの相性がいい。

 ほどよい距離感で、全員が連結している。

 俊が自分で崩壊させかけてしまったことはあるが。

 千歳もあれから何も言っていないので、もう忘れるべき問題であろう。


 暁と千歳にはお互いに、学校での様子を撮影してもらうことにした。

 どれだけの映像が必要かは分からないが、一週間以上は撮影をしたと思う。

 ライブハウスに頼んで、楽屋の内部のシーンも撮影したりする。

 完全にシーンが再現出来ないのは、実際のライブシーンだけである。

「エキストラを全く使わなくていいっていうのはありがたいんだろうな」

 各自のメンバーには、楽器をメンテナンスしているシーンも撮影してもらう。

 日常と非日常の狭間に存在する、ライブ直前の映像などだ。




 それぞれの楽器には基本的に、見せ所というものがある。

 ギターがあえて音を抑えているところでも、ベースは低音を支えていたりするのだ。

「ギターアクション、本当にしなくていいの?」

「アキは普通に弾いてるだけの方がいい」

 俊としては暁のギターは、普通に弾いているところをアップにするだけでいいのだ。

 ただ千歳に関しては、いくつかのアクションを求めた。


 よくあるギターアクションとしては、ジャンプ、寝ギター、歯ギター、背面ギターなどであろうか。

 ギターを振り回すのは、危険なので禁止している。

 ウインドミルなどという腕をぐるぐる回す演奏もあるが、全員一致で「あれはダサい」という結論が出た。

 おそらくやる人間を選ぶのである。


 暁はひたすらストイックに、ギターを弾き続ける。

 対して千歳は、ジャンプなどのアクションをしてもらう。

 もちろんボーカルが入っているところでは、そんなものをしている余裕はない。

 暁のアクションとしては、弾きながら揺れて、その場でぐるぐる回るというのがある。

 これはクセのようなもので、あとは本気になった時の髪ゴム外しに、Tシャツ脱ぎという、独自の演奏スタイルがある。

 ただ髪ゴム外しはともかく、Tシャツを脱ぐのは曲と曲の間であるので、そこは映像を編集する。


 地味に振り付けが多いのは、月子である。

 アイドル時代のぶりっ子振り付けではないが、体を芯から動かしていく動作は、それなりに目を引くものだ。

 このあたりは俊を除けば、信吾が一番地味であるかもしれない。

 ドラムはどうやっても、ある程度派手になるからだ。


 あとは着替えのシーンなども撮りたい。

 これに関してはさすがに、女子の分はそれぞれに、変なところが映らないように撮ってもらうしかない。

 暁の場合はステージ衣装以外は、普通にスカートも履くガーリーファッションであったりするのだ。

 身長がメンバーの中で一番小さいため、下手に大人ぶった衣装だと、むしろ痛々しく見える。


 外を歩くのは基本的に、月子の姿となる。

 上手く顔だけを隠して、背後から撮影したり、帽子を持たせたりする。

 あとは屋内での撮影だが、基本的に俊の家か大学、ライブスタジオの楽屋で事足りた。

「って言うか、ものすごくたくさん撮影したけど、これで一曲分なんだよね?」

 年少組は驚いているが、MVというのはそういうものである。

 もっとも完全に、一発撮影などというものもあることはある。

 そもそもレコーディングにしても、何度も録音して作っているではないか。




 ざっと四時間以上の映像を、五分以内に収めてしまう。

 なんとも大変というか、贅沢な話である。

 こういった編集作業をするのが、俊は実は好きだったりする。

 断片を集めて、自分の頭の中のイメージを作成する。

 他の人間の助けがなければ、とても出来ないものだ。

 それに四時間以上と言っても、演奏シーンなどは同じシーンを、違うカメラから撮影しているだけなのだ。

 

 編集作業は一番大変なことであろう。

 どこを切ってどこを使うのか、一番考えるところである。

 だが頭の中のイメージがしっかりしていれば、そこに近いところを持ってくることが出来る。

 最初から完成形はある程度、コンテとして作成しているが、途中でまた変更することもある。

「映画なんて二時間のために、数ヶ月も撮影するだろ?」

 実際は撮影が終わってから、マスターフィルムを作るまでに、映画監督は大変な思いをするのだ。

 ただそれこそ、まさに一番楽しい時間だとも言われている。


 基本的にはスタジオの演奏シーンの音源を使うことだけは決まっている。

 そして一番多く使うのも、スタジオでのレッスンシーンの映像だ。

 最後にライブ映像を持ってくるが、この二つのシーンにどれだけ、他の部分のメッセージ性を詰め込めるか。

「どれぐらいかかるもんなんだ?」

 信吾としても、そこは気になる。

「まあ休み休みだけど、ボカロの映像を作るのには、三日ぐらいはかかったな」

 五分もかからないもので、しかも素材もほとんどないのに、三日ぐらいはかかる。

 もっともそれは、慣れていなかったからということもある。


 今回は実写なので、これまでのテクニックがあまり使えない。

 しかし映像をモノクロ処理したり、あえてぼかしたりするなど、そういった技術は使えなくもない。

 映像作成ソフトを、駆使してどれぐらいかかることか。

「他のこともしないといけないし、二週間ぐらいはかかるかなあ」

 これはミュージックビデオだからこそ、こんな贅沢な時間が取れるのである。

 映画なども相当の時間をかけられるが、たとえばアニメなどであったりすると、いかに最初から最終形に近く作れるかが重要であったりする。


 映画であってもディレクターズカット版などというものもある。

 あるいはこの映像に関しても、将来はMV作成秘話などとして、裏話の資料となるのかもしれない。

「しかしあいつは多才だな」

 信吾はそう呟いて、栄二もうんうんと頷いている。

 ボカロの映像を作っているので、完全に未経験というわけではなかろうが、実写は初めてなのだという。

 正確には授業で、ほんの数分の映像は撮影したらしいが。


 千歳がまた、遠慮のないことを言う。

「俊さんってひょっとしたら、音楽よりも映画監督とかする方が向いてたんじゃない?」

 否定しきれない一同である。

 もちろん俊としては、そんな一時間も二時間もあるような映像を、作れるはずもないと言うだろうが。

 ただワンマンライブの構成を作ったことなどは、映画を作るのにもつながることではあるのかもしれない。




 二月に入って、またライブハウスでのライブがある。

 この間には学生たちも、学校で受験などがあるため、休みが増えたりする。

 そうはいってもまた、年度末のテストなどがあるのだが。

「学校やめて音楽だけで食べていけたらなあ」

 暁はそんなことを言うが、千歳は普通の学校生活もエンジョイしている。


 俊もまた大学は、入試などで忙しい。

 これに加えて一月は、試験やレポートの提出などがあったのだ。

 しかし大学というのは、その気になれば本当に自由な時間が増える。

 そこで無理にバイトなどを入れるより、ライブをした方が時間計算での収入は多くなる。

 そして暁と信吾、そして栄二などは、作曲に手を出している。

 俊がそのあたりを、どうにかしてくれと言ったからだ。


 最終的には俊がアレンジしなければ、使える曲にはならないだろう。

 ただ他人の発想というものを、俊も欲しがっているのだ。

 ギターのメロディにベースのライン。

 またドラムのリズムなどは、俊の中からは発生しないものもある。

 もっとも千歳だけは、作曲は無理で作詞の方に挑んでいるが。


 叔母が小説家だからといって、自分にまでそんな才能があるわけではない。

 ただ文章のつながりを色々と添削されて、どうにか歌詞らしいものは作ってくる千歳であった。

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