第103話 年明け

 三が日が明けると、まずは月子が戻ってきた。

「ただいま。八つ橋買って来たよ」

 京都の定番土産の一つを、月子は持っていた。

「生八つ橋の方はもう食べちゃおう」

「いやいや、もうすぐ信吾も帰ってくるから」

 ギターコンビはまだ今日は、暁の家で練習を開始するらしい。

 暁の父である保に、改めて千歳のギターを見てもらうそうだ。


 結局ギターが上手くなるコツなどというものは、弾きまくるしかないとも言う。

 だがそれをしていたら上達が遅くなる、というものはあるらしい。

 そのあたりは正統派にギターを練習した信吾の方が、いつの間にか弾いていた暁よりも、段階を経て教えることが出来る。

 そもそも暁は、それはなんなのだというような、独特のコードを使ったりもする。

 いや、もちろん音を重ねるのだから、本当は名前がちゃんとあったりするのだ。

 明らかに不協和音であるのだが、前後にちゃんとメジャーとマイナーのコードを挟んで、そういう音楽っぽくしたりする。

 俊は音楽のサラブレッドなどとも言われるが、実際のところずっと環境が音楽寄りにあったのは、暁の方であろう。

 才能なのか環境なのかは分からないが、暁は傍目からは天才と思われている。


 結局のところ才能というのは、あやふやなものなのだろう。

 俊にしてもおおよそのジャンルは、器用にこなしてしまう。

 どうしようもなく音痴なところ以外は、とにかくなんでも出来る、ユーティリティ性を持つ。

 もっともそれゆえに、何か一つに特化するということが出来ていない。

 しかしこれはプロデュースをするのであれば、なかなか重要なことなのだ。


 多くのアーティストはその才能を、浪費するか食いつぶされることが多かった。

 60年代から80年代までは、死んだり入院したりと、その健康状態は、精神面も含めて不安定な者が多い。

 俊はそのあたりのマネジメントも、ちゃんと考えている。

 一番危険なのは月子かな、とも思っている。

 下手に顔を出したら、誤解されやすい人間でもあるのだ。

 これからさらにメジャーになっていっても、メンバーの誰かは付きっ切りでいないとまずい。

 人間関係の構築に、難を抱えているのが、先天性であるので仕方がない。




 その年最初の、メンバー全員がスタジオに集まった日。

 俊は四つの名刺を取り出して、仲間たちに見せる。

「とりあえずインディーズレーベルから、四つ話が来ている」

「はいはい、インディーズとメジャーって、具体的には何が違うの?」

 名前は知っているが、違いは知らない千歳の質問は、このタイミングではいい質問だ。


 厳密に言うならば、世界規模のメジャーと、日本におけるメジャーでは、その分類の仕方も違う。

 また昨今ではこの両者の違いは、段々と薄れていっていると言ってもいい。

 どの程度の説明をするか、というのは重要なことだ。

 あまり詳しく説明しすぎても、全て理解出来るとは思えない。

「メジャーっていうのはだいたい、大きな会社で宣伝もバンバン打って、音楽を流して売るタイプかな。加えて音楽をやるだけじゃなく、それこそバラエティに出たりもする」

「そこまで簡略化して説明してもいいのかい?」

 栄二が突っ込んでくるが、確かにこれでは不親切かもしれない。


 ここはやはり。実際にメジャーのレコード会社のレーベルに所属していた、栄二の話の方が参考になるだろう。

 90年代から00年代前半ほどまでが、メジャー全盛の時代と言えただろうか。

 簡単に言えばCDが売れた時代である。

 そこからCDはレンタルしてコピーする時代になり、ネットが発達すると海賊版が横行する時代になった。

 ここでCDに、付属する何かをつけるようになって、CDの売上はおかしくなっていったと言ってもいい。

 ただ音楽を聴いていた層と、アイドルのCDを買っていた層は、そこまでも被らないはずである。


 栄二はかろうじてCDが売れていた時代を知っているようだが、それでもレンタルの全盛期の方が記憶に新しいだろう。

 今はそのレンタルも、どんどんと潰れていっているが。

 ネットの発達によって、店舗は必要なくなったとも言える。

 ただそれはあまりにも、表層的な見方なのかもしれない。

 LPのリバイバルブームなどのように、文化は古いものがまた巡ってくることがある。

 ファッションなどは分かりやすいし、音楽にしても昔のものが、また流れるということもある。


 そういった前提を含めた上で、今はバンドはメジャーデビューするべき時代ではない。

「そもそもインディーズって独立した、とかいう意味なんだよね? 何から独立してるわけ?」

 そこまで調べているなら、もう少しネットで調べれば、答えは書いてあるであろうに。

 だが重要なのはそこではないのだろう。

「有名になって、大成功を狙うならメジャーデビュー。その前に音楽に自信があるならインディーズで活動、といったところかな。具体的には入る金が違う」

 今は有名バンドであれば、メジャーがよほどの条件を出してきても、断ってしまうことが多い。

 音楽性と言うよりは、方向性や単純に収入の面が大きいのだ。

「一番分かりやすく言うと、メジャーでCDを一枚売ったら1%がアーティストに入ってきたけど、インディーズなら10%は入ってきてもおかしくない」

 このあたりは栄二がアーティストとして契約したのではなく、レコード会社の社員として働いていたことや、信吾が元のバンドを抜けたこととも関係する。




 今の世の中は、と言われるが俊たちはほぼ、ネットネイティブの世代である。

 栄二の幼少期がかろうじて、まだネットの影響などが大きくなかった時代だろうか。

「メジャーが金をかけて宣伝しまくっても、CDが売れないようになった。90年代なんかはシングルもアルバムも平気で100万枚売れてた時代だったからな」

 これが洋楽となるとさらにマーケットが広がるため、1000万枚売れているアルバムも少なくはない。

「数え方にもよるんだけど、ビートルズなんかは六億枚売ったとか言われてるからな」

 アルバムやシングル、またCDやLPなどの違いはある。

 それでもそれほどの数を売れば、どれだけの財産を築けたことか。

「日本でも累計1000万枚ぐらいのアーティストはいたし、それをアルバムとシングルの中間である2000円で計算したとして、1%が20円。それが1000万枚だから二億といったところか」

「あれ? なんだか思ったより……」

 日本のサラリーマンの生涯年収に比べて、それほど高くないように思える。

「これはレコードを売った数だけで、ライブとかグッズとかの販売はまた別だ」

「あと作詞作曲は6%ぐらいまでもらってるからな。うちが1000万枚売ったら、12億俊には入るわけだ」

「俊さんばっかり儲かってる!」

「お前らも作詞作曲していいんだぞ? 作詞の添削と作曲のアレンジぐらいはやってやるし」

 ちなみにアレンジである編曲には、著作権は発生しない。

 仕事として、料金は発生するが。


 ともかくメジャーデビューしても、人気は出ても音楽だけでは儲からないというのが、今の時代であるのだ。

 正確にはトップレベルは、それでも儲かっている。

 大々的に宣伝して、大規模ライブなどを行うからだ。

「彩なんかは単体売りだし、相当稼いでるだろうな」

「ああ、あれ一応作曲と作詞まで自分でやってるしな」

 信吾と栄二はそう言っているが、彩の曲はここ最近、歌唱力でどうにか聞かせているというもので、曲自体が優れているかというと微妙なところである。

 ただライブチケットはすぐ売り切れるので、まさに日本のディーヴァとは言える。


 俊としては複雑な気持ちになる。

 個人的には愛憎渦巻く、単純に割り切れる関係ではないのだが、才能自体はもったいない。

 そもそも月子を見た時に、基準になったのは彩である。

 全くタイプは違うのだが。

「最近はたぶん、ゴースト使ってるんだろうな」

「話には聞くけど、実際どうなの?」

 業界内部に詳しい栄二に、信吾は質問する。

「分からないけど、あれだけ仕事を詰めて入れていて、作曲作詞までやってる暇があるのかな、とは思う」

 もし知っていたとしても、口には出せないのが栄二の立場ではある。


 実際のところ、曲というのは何が売れるのか分からない。

 スピッツのロビンソンなどは、超ロングヒットとなっていた。

 そしてタイアップしたため、過去の曲がそこから一位になったりもした。

 歌ってみたなどは露骨に、人気のある歌い手であれば、普通にPVが伸びていく。

 ボカロPなどは一曲爆発したら、過去の曲までどんどん辿られて伸びるということもないではない。

 もちろん一発屋というのもあるが。


 彩だけではなく、月子にしても千歳にしても、歌唱力で殴りつけるという技を使っている。

 だがタッチをカバーした時には、月子よりも千歳の方が評判は良かった。

 ファンは月子の方が歌は上手い、と認識しているのだが、向いている曲というのはあるのだ。

 それこそバラード系の曲は、月子のハイトーンを活かすことを前提に作られている。




 そもそも完成度が全く違うと言っても、当初のコンセプトを考えれば、グレイゴーストも暁のディープパープルサビメドレーが元になっている。

 信吾などもベースソロやそれとギターを合わせる曲は作れる。

 栄二もドラムを中心とした曲自体は作れるだろう。

 俊としても他人の作った曲をアレンジするのは、インプットの手段の一つである。

(ビートルズは全員が作曲はしてるしな)

 ジョンとポールが目立っているが、実はそうなのである。


 バンドが売れてくると、音楽性の違いで解散するということがある。 

 実際のところは金銭的な分配が、その本当の理由であったりする。

 特にノイズなどはメンバーが六人もいるので、メジャーレーベルの1%印税などであったりすると、それを六人で分けたりする。

 しかしそれとは別に、作曲と作詞の6%は俊に入ってくるわけだ。

 カラオケなどで歌われたり、他の歌手や歌い手にカバーされても、印税が入ってくるのは全て俊。

 そのあたりをバランスよくやらないと、バンドは空中分解する。

 以前に朝倉と組んでいた時は、そもそも儲かるほどに売れなかった。

 この地下スタジオにしても、ノイズを結成してからようやく、他人に解放したものだ。


 だがそもそもの前提として、俊は月子と信吾に対しては、給料代わりに住居を提供している。

 リーダーだから当たり前ではあるのだが、ライブハウスのブッキングや、出演料の交渉なども、全て俊が行っている。

 一部は栄二や信吾が、最初に話を通したところもあるが。

「事務所契約、MV作成、ツアー、あとは配信といったところなんだけど」

「やっと配信するのか」

 省略したバージョンの配信は、月子の収入のためにやっている。

 だがノイズの完全版は、一曲も配信していないのだ。


 配信していないだけではなく、販売もしていない。

 今のネット時代に、完全に逆行している。

 だからこそCDが売れたとも言えるが、ファンの暴走というのはある。

 即ち、何のメリットもなく、そしてアーティストにも迷惑がかかるのに、データを流してしまうというものだ。

 CDだけではなく、DVDのデータなども、ネットの海の中には漂っている。

 高速回線で上限なしの時代が、それを成立させてしまった。

 もっとも廃盤になってしまっているものを、ファンに届けるというところだけは、わずかな布教活動になるのか。

 しかし現代では発売されたその日のうちには、データが流れている。しかもこれを売っていたりして、海賊版と呼ばれている。


 初動でどれだけ売り切ってしまうか、というのが重要だった時代だ。

 こんなことをして聴くような人間は、完全に海賊版を取り締まっても、買ってまでは聴かないだろうといわれていた。

 ただ後に人気が出てきたゲームなどで、全く手に入らないものは、海賊版が出回っていた。

 地方ならばともかく、都心部ではネット回線が細かった時代など、オフ会で違法コピー品を交換したりもしていたという。

 もちろん犯罪であるのだが、裾野を広めたという点でだけは、貢献したと言ってもいいのだろうか。

 実際に演奏したり作ったり流通させている人間からすると、たまったものではないのだが。

 だが厳密に音楽を流すのを規制しすぎて、逆に売れなくなったという時代もあるのだから、微妙な点はあるのだ。

「まずはこの四つのレーベルから話を聞こうと思ってるんだが、全員のスケジュールを合わせたいんだ」

 ここから連絡をつけて、そして担当者と面会するようにセッティングする。

 それこそこのネットの時代に、直接会うことを決めた俊であった。

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