第65話 レパートリー
八月の予定はもう、ライブハウスでの活動はなく、フェスに出場するだけだ。
3000人の入るステージであるが、実際は無理をすればもっと入る。
ただ月子はこれとは別に、アイドルフェスというものへの出場がある。
300人の小さなステージだが、メイプルカラーとしては最大の数だ。
そんなフェスの前に練習をしながらも、メンバーは現在の自分たちがどういうものなのか、それを理解しようとしていた。
シェヘラザードの鈴本に確認したところ、確かにノイズのアルバムは売れていた。
発売日にドカンと売れたのではなく、毎日同じペースで売れていくと、POSシステムからはデータが来た。
そして通販の分は確かになくなっている。
元々店舗からの反応は良かったのだ。
なので再プレスが500枚されるという。
これがすごいのかどうか、俊は一応過去の自分の所属したバンドなどと比べてみる。
また信吾や西園もだ。
さすがに月子のアイドル活動と比べるのは無理がある。
しかし5000枚が完売する勢いで、通販用に再プレス。
今のインディーズでは、まずありえない動きではあろう。
信吾はため息をつく。
「俺らの音源販売なんて、最初は自前で一発レコーディングして、完全に赤字だったぞ」
「俺も前のバンドでは、コネと伝手を使いまくって、どうにか赤は出さなかった程度だな」
俊としてもそんなものであった。
「ジャックナイフも最初は似たようなもんだったぞ。デビューする直前でも、一万枚なんて全然だったし」
今はもう、CDが売れる時代ではないのだ。
それなのに売れたのは、いったいどうしてなのか。
西園は、こう分析している。
「ノイズの形が、新しいムーブメントとして受け取られてるんじゃないのか? ピストルズみたいな感じで」
「あんな短期間で解散するバンドは嫌だし、そもそも俺らの音楽性ってまだ決まってないだろ」
個々の音楽性は、ある程度固まっているのだ。
ただバンドとしての音楽性は、確かに決まっていない。
しかし千歳が、これまでのアンケートなどを読んでみたりする。
「カバーしてほしい曲のリクエストがけっこう多いんだね」
それは確かにそうだ。
洋の東西を問わず、最初はコピーというか、カバーから始まるのは珍しくない。
月子に「歌ってみた」で人気曲やマニアックな曲を歌わせたのも、まず注意を集めるためだ。
そして初めてのライブ、あれが暴走しながらも成功という形で終わったのは、タフボーイを歌ったからだろう。
これまでのライブ全てで、あれは歌っている。
カバーとしては象徴的なものになってしまった。
「アニソンカバーが多いのも特徴だし」
月子の言葉に、俊としても不本意だが認めるところはある。
あのバンド、タフボーイ、タッチ、メリッサ、甲賀忍法帖、打上花火、メロスのように、そしてこの間の短縮バージョンの『IN MY DREAM』
アニソンとアニメタイアップが多いことは認めるところである。
千歳が嬉々として持ってくるのは、アニソンが大変に多い。
最初に歌ってみた10曲の中にもAXIA、アンインストール、鳥の詩、ガーネットとアニソンは多いのだ。一曲は元はアニソンではなかったが。
今後もやってみたい曲として『GOD Knows』『Don't say“lazy”』などといったあたりは普通にある。
ちなみに暁と千歳は、二学期の文化祭でステージに立つため、某アニメのメドレーアレンジを俊に頼んできていたりする。
だいぶ先のことなので引き受けたが、これが時間が近かったら、金を取るところである。
千歳の発案であったらしいが、二人のツインギターに、暁も少しコーラスするということで、おそらくトリでやらなければひどいことになるだろうな、と俊は思っている。
そもそもアレンジも大変なんだぞ、とぶつくさ言いながらもやってきたのが俊である。
楽曲そのままに出来る分は、特に問題はない。
だがおおよそはキーを変更したりするので、許諾を得る必要があるのだ。
極端な話をすると、おそらく俊はこのアレンジ方面の才能が一番優れている。
もちろん作曲も、ノイジーガール一曲を作っただけで、充分とも言えるだろう。
いっそのことアニソンカバーアルバムでも作ってやろうか、ということも考えたりする。
だがこの場合、著作権収入が入らないので、インディーズから出して演奏の分の収入パーセンテージを高くしないと、ほとんど儲けが出ない。
「いや、でもクラウドファンディングでレコーディング費用を集めて、ミックスからマスタリングまで俺がやれば……」
また仕事を増やしそうな俊である。
さすがにすぐにやることではないし、今の知名度ではまだ採算が採れないだろう。
ただこれは、配信では逆にろくに稼げない。
インディーズでCDで出してこそ、稼げるものになるのだ。
遠い未来の話になるだろう。
そしてここで、フェスのアンコール曲の変更案を、月子と千歳が合同で出してきた。
「いや、そこは夏祭りでいいだろ」
ガールズロックバンドの楽曲であると思われがちであるが、実は有名になっているのはカバーの方であったりもする。
元ネタもランキングの上位を記録しているので、再ヒットと言った方がいいかもしれないが。
「もちろんあれも良かったんだけど、もっといいのがあってさ」
そして千歳は、好奇心満開の笑みを浮かべて、その曲を流す。
夏のド定番であり、発表からこれまでに何人にもカバーされている。
一応はPOPとロックの境目の曲であり、俊の出番もちゃんとある。
「これかあ……」
確かにアンコールでやるとしたら、こちらの方がいいかもしれない。
もっともアンコールが本当にかかるのか、そこは微妙なところであろうが。
ツインボーカルを活かすなら、こちらの方がいいだろう。
暁の暴走もないであろうし、むしろここでコーラスに入ってもらった方がいい。
絶対的なツインボーカルには及ばないが、暁のコーラスもそれなりにいい声なのだ。
本人はギターだけを弾いていたいようだが、この曲には派手なギターはない。
「イントロは俺が弾くのかよ……」
そこもアレンジしてやろうか、と俊は思ったりしたが、他にかける時間が多すぎる。
しかし調べたところ、何度他のミュージシャンにカバーされているのか。
こうなると演奏順を替える必要があると思う。
最初はカバー二曲の後にオリジナルを三曲、そしてアンコールがかかるなら、というつもりでいた。
しかしここまで苦労してカバーするなら、絶対にアンコールでやらないともったいない。
九月のライブで歌ったら、もう季節はずれなのである。
「一曲目のタフボーイはこのままとして、二曲目のカバーを五曲目に移動させる」
「まあ確かに、初めてオリジナルを最後に発表するのは危険だろうが」
ここは西園も同意してくれる。
五曲目に、あのカバー曲を入れる。
あのミュージシャンの、他の圧倒的な歌唱力が必要な曲に比べれば、まだしも楽器演奏などで誤魔化すことは出来るか。
それに歌と言うよりは、声で勝負するようなものでもある。
ボーカルの中でも、特に月子の役割が大きくなる。
粘りのある声という点では、本当は千歳の方が向いている。
だが声の持つ圧倒的なパワーという点で、月子が歌うしかないのだ。
「練習するか」
俊の言葉で、ポジションに戻る六人であった。
八月の最終週に、ノイズのフェスが行われる。
そしてわずか二日後には、メイプルカラーのアイドルフェス。
月子が大変だなとは思いつつも、完全に重ならなかったのは幸いである。
元々こういう大規模フェスは、直前に出演が変わったりもするのだが。
イベント会社は大変であるが、おかげでまだ結成されてから三ヶ月程度のノイズが、割り込むことが出来たわけである。
それに比べるとメイプルカラーは、まだしも順当だ。
ただ既に、アイドルグループという枠からは外れていると言っていい。
久しぶりに俊は、そのステージを見る。
これは形としては、エースを中心としたコーラスになっているのかもしれない。
だがほぼ完全に、月子のボーカルを中心として、あとは歌詞の簡単なところをコーラスで歌っているだけだ。
これまでのアイドルグループのカバーを歌っていても、月子の声量だけが圧倒する。
他のメンバーもしっかり歌っているのだが、自然とバックコーラスになってしまっているのだ。
元々他のメンバーより、身長があるという目立つ要素はあった。
しかし今ではもう、臣下を従える女王の貫禄を持ちつつある。
客層も男ばかりであったのが、女も目立っている。
(まあ宝塚の男役みたいなもんか)
中身は王子とはほど遠いへっぽこなのだが。
後ろの方でそれを見ていた俊は、出番が終わってから次のグループも、一応は聞いていた。
完全に見劣りがするというか、この場合は聞き劣りがするとでも言おうか。
途中でライブハウスを出て、約束の店に向かう。
以前もここで、彼と会った。
だが今日は、既に開店している。
店内を見回す前に、スタッフが奥の席へ案内してくれる。
そこには向井が待っていた。
メイプルカラーの事務所の社長と言うよりは、純粋にただのスポンサー。
本気でメイプルカラーを弾けさせるには、もっと力とノウハウを持つ事務所に移籍させる必要があると思っていた俊である。
呼ばれて来はしたものの、あまりいい話が待っているとも思えない。
「好きに注文してくれ」
「用件の方は」
「長くなるかもしれないから、食べながら話そう」
俊は対面して、メニュー表から夕食を選んだ。
向井も合わせて注文したことで、少し間が空く。
ここでこそ、話をするべきであろう。
「そういえば、CDを買ったよ」
「あ、売ってましたか。あんまり売っているところを見てなかったんで」
「なんというか、不思議な感覚だったな」
その感想こそ、不思議なものであった。
「懐かしさを感じるんだけど、ちゃんと最近の音楽というか。どこか90年代の空気を感じるというか」
それは俊の生まれる前であるので、分かるはずもない。
日本の音楽の全盛期は、90年代から21世紀初頭。
俊の父もその年代から台頭し、大きな名声を得ることになった。
ただその後は、CDの売れない時代がやってくる。
原因としてネットを挙げる人間もいるが、実際にはまずPCとそれに付随した機器の普及が大きい。
あとは日本の経済状況か。
バブル崩壊後もむしろ、音楽業界はCDの爆発的なヒットがあった。
カセットテープから劣化しないCDへと、媒体が変わったということもあったろう。
CDから好きな曲を、カセットテープに自分で好きに編集する、という時代でもあった。
しかしCDがデジタル音源であったため、そのまま劣化させずにコピーすることも可能となった。
このあたりはレンタルショップの成長とも重なっている。
今ではもうレンタルなど、完全に時代遅れになっているが。
向井はその90年代を経験している。
「なんと言うか、欲しくなるんだな、実物が」
俊としては家に、昔のCDや果てはLPなどもあるため、言っていることが分からないでもない。
しかし今の大学の友人などに聞いても、無料で聞ける音楽を消費している者は多い。
タイパ、タイムパフォーマンスという言葉がある。
無料で聞けることは大前提で、その中から何を選ぶか、という時間の使い方の問題である。
コンテンツが多様化しすぎたのだ。
だからこそ、それまでは出てこなかった才能が、ぴょんと出てきたりもするが。
多すぎる選択肢から選ぶとき、人は金がかからないものを選ぶのは普通である。
それでも金を使わせるか、広告料収入などを得ることで、虚業はどうにか成立する。
向井の感じているのは、郷愁のようなものだろうか。
だがCDが売れた対象は、かなり若い層であったらしいのだ。
「今日は、月子の件ですか?」
「ああ。ただルリも来るから、もうちょっと待ってくれ」
そして二人は、世間話などをした。
向井の話は、大人の愚痴にも近いが、色々と世相を反映したものだ。
経済的な問題と政治的な問題が、経営者である向井としては重要なのだろう。
ただ彼の述べる、実感としての90年代から今までの音楽の話は、ありふれてはいるが面白い。
やはりマスではそのように感じている人間が主流なのか、という話である。
「あの天才が、一度は日本の音楽を終わらせたんだよな」
アイドルの馬鹿らしい握手券商法で、一気に日本の音楽シーンは焼け野原になっていった。
その中で俊の父も、時代に置いていかれかけている。
そしてアメリカから、10年間ほどやってきて、楽曲提供からプロデュースまでやった天才により、全ては洗い流された。
今はその跡地から、ようやく音楽らしい音楽が再生してきている段階である。
その中でボカロの果たした役割は巨大である。
主人自身が、それであるのだから。
「お、来た」
奥の席に案内されてきたのは、マスクで顔を隠したルリである。
さて、どのような話が始まるのか。
ルリは向井の隣に座り、俊と対峙した。
見るからに、緊張した態度で。
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