第44話 変則ライブ

 なんというか、どう考えるべきか。

 いや、そもそもの問題である。

「マスターは了解してるのか?」

「ノイズさんがよければ、という話なんですけど」

「ちょっと待って。他のメンバーとも話すし、そもそもうちのギターがヘルプしても……いや、それはもういいや」

 俊は緊急収集をかけてから、まずはマスターに確認する。

「うちはそういう緩いハコだから」

 そういえばそうだった!

「クレームきて払い戻しとかあってもいいんですか?」

「こっちは道楽でやってるからね」

 そういえばそうだった!


 そして集まったノイズ一同。

「そういうのやっていいの?」

 まずライブ経験の一番少ない暁が、当然の疑問を呈する。

「払い戻しが前提なら、一応なくはない……よな?」

「なくはないが、普通なら俊の言うとおり、ヘルプで入ってもらってでも順番は変えない。だって特定のバンドだけが目的なのに、時間帯が変わって聴けなかったじゃ収まるわけないだろ」

「俺もそう思うな。せめて開始時間をずらすとかじゃダメなのか?」

 信吾に続いて西園も、そんなことを言う。やはり俊の感じ方は間違っていないらしい。

「アイドルの場合だったら、ちょっとはそういうのあったよ。助けてもらった方が、お返しに時間を融通するとか」

「そもそも機材はどうなんだ?」

「編成がうちと同じだから、そこは問題ないらしいんだけど」

 西園は入れ替えのことを指摘したが、そこは問題ないらしい。むしろそこの問題がないことが、今の無茶な話になっているのだ。


 そもそも、と俊は思うのだ。

 なぜそこまで、遅刻メンバーのことを庇うのか。

 何かのっぴきならない事情があっても、それならなおさら今日は、誰かにヘルプに入ってもらおうと考えるべきだ。

 いや、そんな事情はどうでもいい。

「マスターはいいって言ってるにしろ、うちを目当てにしてるファンもいるだろ。どうするにしても決まったなら、出来る限りで告知はすべきだな」

 こういう小さな躓きも、信吾としては苛立たしいらしい。

 今日はせっかくの、彼のノイズでのデビューなのだ。

「とりあえず説得しに行くか。俊と、あと多少でも面識があるなら、アキも一緒に」

 どうやら俊よりも、信吾の方が怒りの度合いは強いらしい。


 俊はもう、入れ替えた場合の対処を考え始めている。

 チケット払い戻しが自分たちの責任にないなら、金銭的には問題がない。

 ただ少しでもノイズの知名度を上げるのが、ライブの意義なのだ。

(これなら出来なくはない、かな? 機材次第ではあるけど)

 出来ることと、やっていいことの間には、大きな差があるのだが。

 俊としては朝倉がそのあたりルーズなところがあったので、最悪を改善する方法には慣れている。

 それでは上に行けないと思ったから、バンドを抜けたわけであるが。

「あたしが一緒に行っても逆効果だと思うけどなあ」

 暁はそんなことを呟いていた。




 信吾と三橋とマスターを交えた話である。

「うちはそういうハコだから、問題はないぞ」

「そっちはそうでも、こっちはある。ファンがせっかく来てくれたらもう終わってましたじゃ、どうすればいいんだ」

「チケットは払い戻し対応するぞ」

「そうじゃないでしょ! トリってのはその日の出演バンド全部を代表するもんだろ。アンコールがあっても応えられない」

「そちらの言ってることは正論だからなあ。でもうちの最優先の理念は、高校生への投資ってもんだし」

 いい加減なライブハウスだ。 

 だが曲げないものを持っているという点では、立派なのかもしれない。

 巻き込まれる方としてはたまったものではないが。


 アトミック・ハートにいた頃はこんな理不尽なことはなかったな、とは思ってもそれは最近の話。

「そもそもリハやセッティングなしで、まともに演奏出来るのか? 初ライブなんだろ?」

 信吾は今度は、三橋の方に話してみる。

「あと実際のところ、どれぐらい遅れるのかっていう話もある。いや、そもそもなんで遅れるんだ? 初めてのライブなんだろ」

「一応学校でセッティングとかリハはやってるんで、そっちは大丈夫です」

「遅れる理由は?」

「その……お祖母さんが倒れたとかで」

「それはむしろ、ライブになんか来てる場合なのか?」

 ギターパートがいないと言うなら、それこそ自分が弾いてやってもいい。


 身内が倒れた時にまで、ライブを優先しろとまでは言わない。

 いや、東京ドームのライブなどであれば、さすがに話は違うのかもしれないが。

 信吾が、こんなこともあろうかと持ってきたストラトキャスターでヘルプすれば、それで済む話である。

 そう思っていたところに、俊と暁が戻ってきた。

「マスター、こんな横紙破りのことするんだから、少しは融通利かせてくれるんですよね?」

「まあ、物理的に不可能とかじゃなければな」

「信吾、どうにか出来そうだ」

「え、マジで?」

「確認してきた」

「……安藤さん」

 三橋に声をかけられた暁は、少し気まずそうにしていた。

 ただ俊は、信吾に比べるとよほど、ルーズなバンドにも対応してきた。


 正確なタイムテーブルを確認する。

 そして若草バンドのメンバーが到着する時間。

「共通してる機材もあったし、ちょっとドタバタはするけどな」

 そのあたりは色々と叩いてきた西園も、可能だと言ってくれた。

「まずは俺たちが二曲終わらせる。そこで一度若草バンドと交代する。機材は置いたままでいけるのはそのままで」

 タイムテーブルを確認するが、それではあちらのギターが間に合わない。

「暁がこのまま残って、あちらさんのギターパートを弾く」

「はあ!? あ、出来るな、アキなら」

 技術的には出来るな、と思った信吾である。

 問題は技術ではないが。


 信吾がヘルプに入るのではなく、暁がそのまま居続ける。

 確かに準備は少しでも短縮出来るだろう。

 だが信吾ではなく、暁をそこに置く。

 俊のこの事態にたいする憤りを、信吾は理解できた。




 連絡によると香坂は、ラストの曲の前にどうにか間に合う。

 一曲だけとなるが、そもそもギターのテクニックは下手であるようだし、ボーカルで頑張ってもらえばいいだろう。

 あとの問題は最終的なラストの時間と、告知である。

「若草バンドが終わった後、俺らがそこから三曲プラス多分必要なアンコールをやる」

 入れ替えでそれだけ延長してしまうわけだが、トリを入れ替えるというよりはまだ乱暴ではない。

 店の営業を延長するわけだが、これはマスターも受け入れた。

 元々客層なども考え、ラストが早めに終わるハコなのである。


 なんとかなりそうだ、ということにはなった。

 これは西園の様々な経験も役に立った。

「さすがにトリの入れ替えは少ないけど、順番変更は普通にあったしね」

「トリの入れ替えなんてあるもんなんですか?」

「小さいハコならそれなりにね」

 なんだかんだ言って信吾は、まともなバンドばかりを経験してきたらしい。

「まあ後に自伝でも書く時のネタが一つ増えたと思っておこう」

 さすがに最初は怒って困惑した俊であったが、今はもうSNSでの告知に加え、ライブハウスのボードにも説明を加えている。


 信吾はなんだかんだ言いながら、やっぱりリーダーは俊だなと思いを新たにした。

「つーか昔の対バンのブッキングなんて、これぐらいは普通に起こってたらしいぞ。あと海外だと一曲だけ歌って終わらせるとかいう無茶苦茶な話もあるし」

「いやそれ、もう時代が違うだろ……」

 昔のロックスターというのは確かに、無茶苦茶なことをやっている。

 むしろ無茶をしてこそロックスターと言うべきか。

 どうにも頭のおかしなことの出来ない自分に、恥じ入るばかりの俊である。


 とりあえず状況は共有された。

「なんだか大変なんだ」

 完全に他人事なのは、機材のセッティングがさほど関係のない月子だけである。

「こんな無茶、もうしたくないな」

 信吾はそう言うが、西園としては全国ツアーなどをやってみたら、トラブルはつき物であるという記憶がある。

「まあ気の毒なのは彼女たちだろうな」

 その西園の言葉に、俊も頷く。

「なんでだ? なんだかんだ言って、あちらの要求は通っただろ」

「信吾ならともかく、アキがギター弾くんだぞ」

「あ……」

「それに俺たちに、演奏を挟まれるわけだ。学校の軽音部のバンドが、俺たちに」

「分かっててやったのか?」

「分かってたけど、他の条件よりはいいだろ」

 単純にトリを代わっていたらどうであったろうか。

 ノイズの音を聞いた後に、高校生バンド?

 公開処刑以外の何者でもない。




 やはりライブハウスはちゃんと選ばないといけない。

 一応ノイズも暁がいるが、基本的に大学生以上の年齢で構成されているのだ。

 若さと未来を持つ、高校生を優先。

 そんな無茶をしてきても、そういうこともある、で経験にするしかない。

 もっとも、タダで終わらせるつもりもないが。


 しかし俊には、一つ疑問が残っている。

 それを考えると、どうにも釈然としないのだ。

 あの三橋という少女は、第一印象はそれほどおかしなところはなかった。

 彼女自身は以前にもライブハウスで演奏しているそうだから、この件がいかに無茶かを分かっているとは思うのだ。

 常識で考えればこちらの、プロレベルのギターでヘルプしてもらった方が、間違いはない。


 何かを理由にして無理やりトリになりたがった、というなら俊の提案であっさり頷いた意味が分からない。

 経験的にはここ以外にも、他のハコでもやっている。

 なので無茶をしている事実が、どうにも釈然としないのだ。

(まあ俺らは全力でやって、冷え冷えになったところをもう一度盛り上げないといけないわけだが)

 第二幕の一曲目にタフボーイを持ってきているので、そこはどうにかなるだろう。


 CLIPでやった後は、少し大きめのハコが続く。

 そこはさすがにトリではないが、トリの前にやってトリを食ってしまおうというつもりである。

 まさにアトミック・ハートがやられたように。

 その後には月子のグループのフェスがあるわけだが、大きな動きがなかなか作れない。

 夏休み中の時間で、音源を作らないといけないのは確かだ。


 大きめのハコはインディーズとつながっているところもある。

 そこで一枚、アルバムを出したい。

 ただそういった考えは、もっと先のことである。

 今は目の前のライブに全力を尽くす。

 条件が悪いからとか、機嫌が悪いからといって、ライブを投げ出すことは許されない。


 ノイズが軽く見られた、ということも考えている。

 ライブハウスの適当さを甘く見ていた、というのもある。

 ただそれでも、伝わる人間には伝わっていっている。

(夏休み中になんとか、コネも広げておきたいよな)

 その気になれば、いくらでもコネはある。

 だが純粋な実力でどこまで届くのかという疑問はあったし、巨大な壁を自分たちだけで破ってみたいという思いもあった。




 前のバンドが終わる。

 いよいよノイズのスタートである。

『初めまして、ノイズです。高校生一人しかいませんけど、オーナーの好意で出させてもらってます』

 バンドの知名度を上げるためとはいえ、本来はやらないハコでやったのは、やはり問題であったな、とは思う。

『今日は変則的に、まずうちらで二曲を演奏して若草バンドさんを挟んでから、もう一度僕たちの演奏になるので、若草バンドさんのファンの皆さんもよかったら聴いていってください』

 言い方は殊勝であるが、実際はこのピュアピュアな高校生がそれなりの数を占める客層を、取り込んでしまうつもり満々である。


『新しいメンバーは、ベースに元アトミック・ハートの信吾』

 こう紹介したところで、分かる人間がどれぐらいいるだろう。

 だが明らかに高校生よりも上の年齢帯の客がざわめいている。

 アトミック・ハートはそれなりの知名度があるのだ。

『ボーカルはルナ、ギターはアッシュ、ドラムは元ジャックナイフの栄二、その他が俺サリエリでお送りします』

 本当にその他である。

『一曲目はカバーで、信吾の提案から、ポルノグラフィティの「メリッサ」を』


 薄闇の中で、ベースラインからの演奏が始まる。 

 イントロが短く、すぐに歌が入るのも特徴だ。

 最初の一声で、月子はオーディエンスの耳を支配した。

(でもこれも20年以上前の曲なんだよなあ)

 これまでにライブでやった曲だと「あのバンド」一番新しいというのが笑える。

 いとしのエリーなど親の世代でも子供の頃だ。


 懐メロバンドなわけではないが、それに近くなりつつある。

 コミックバンドにならないよう、気をつけないといけない。

(メリッサもアニメタイアップなんだよなあ)

 聴いてみると普通のいい邦楽なのだが、実はそうなのである。

 若者には分からないかな、と若者の俊が思っていたりする。


 いきなり盛り上げていくことには成功した。

 ドラムとベースのリズムラインがしっかりして、そしてギターはテクニカルに音の圧力を増やす。

 それに負けないボーカルが、オーディエンスを圧倒する。

 既におおよそのプロよりは上のレベルの演奏であるのではとも思うが、西園などが言うにはこれでもまだ足りないらしい。

 そもそもこのレベルのハコを熱狂させてもたいしたことがないのだ。

 反応は素直に出て、ちゃんと盛り上がっている。

 だが本来の月子の声質に合わせるのは、二曲目の方がいい。


 曲が終わり、歓声が激しくなる。

(なんだかんだ言って、ライブは盛り上げてなんぼだろ)

『二曲目、甲賀忍法帖!』

 これも信吾の選曲である。

 やはり古いが、地味に一曲目よりは新しく、メタル要素が強い。

 そしてない楽器の分を出力するので、俊の仕事が多くなる。


 透明感のある月子の声に、艶っぽさが乗る。

 ベースがしっかりとラインをたどりながらも、ギュイギュイと鳴るのが特徴的だ。

 また本来はギター二本を使う曲であるので、暁が当然のように音を増やしている。

 完全にスピードメタルのノリで、えげつないほどの早弾きなどを行っている。

 しかし歌自体は、伸びのある月子の声がマッチしているのだ。

 さらに盛り上げたところで、まずは第一幕終了である。

『ギターのアッシュだけヘルプで残ってますんで、聴いてあげてくださいね』

 そんなことを言って、いったん撤退である。

 この暖まった空気が、どこまで冷えていくことか。

 俊は基本的に悪人ではないが、絶対にお人よしではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る