第42話 あ~夏休み
高校生たちは夏休みに突入する。
それに対して大学生は、まだテストが終わっていなかったりする。
もっとも音大生である俊の場合は、課題の提出というのが一番多い。
試験にしても実技系であり、俊はだいたい先を勉強してしまっている。
身に付けるべき技術は、いくらでもあるのだ。
その中でも一番大切なのは、作曲と作詞ではなかろうか、と思っている。
あとはプログラミングか。
PCとシンセサイザーの発達により、様々な音を作ることが出来るようになった。
EDMは人間に出来ない演奏をすることも可能となったが、そのために必要なのは人間の発想である。
ボカロPとしてボカロ曲を作ってきた俊だが、結局一番受けたのは、人間が歌うことを前提としていない「スキスキダイスキ」であったのは皮肉なことだ。
それはともかくとして、ライブの日が迫ってきている。
「フェスへの参加が決定しました!」
嬉しそうに月子が報告してきたりもする。
「わたしたちメイプルカラーが!」
そっちかい。
なんでも千葉にある会場を幾つか使ったフェスであり、メイプルカラーが出場するのはその中の、300人が収容可能なステージだそうな。
その人数はちょっと、俊は経験したことがない。
「信吾はどうだ?」
「単に動員ってことなら、1000人近いところで何度かやってるけど」
これがメジャーデビュー間近なバンドにレギュラーメンバーでいた人間の言葉である。
今日はいない西園ならば、普通に万単位のステージで叩いたこともあるだろう。
バンドリーダーというのが、いつまでも自分でいいのか、という問いがある俊である。
しかしノイズの方向性や戦略を考えるのは、全て俊であるのだ。
それにバンドの中でも、事務仕事などをしっかり行えるのは、やはり俊となってくる。
「そういえばさ、信吾さんはもう完全に抜けちゃったの?」
月子の問いに対して、信吾は苦笑する。
「そもそも俺は契約してないから、抜けるも何もないんだけどな。デビュー曲を俺のギターで録りたがってる」
「そのあたり契約案件にもなるだろうから、栄二さんに確認してもらった方がいいかもな。あとはアキの……アキ?」
「あ、うん? 何?」
「安藤さんにも、信吾の件では相談した方がいいかも、って話だけど、何があったんだ?」
「何って、何か変だった?」
「音が変わった」
「あ、それはわたしも思った」
この中では信吾が、新参なのでまだあまり変化に気づかない。
「え、下手になった?」
「いや、むしろ表現の幅が広がったというか、包み込むような感じになっているというか」
「音のエッジがなくなってるってこと?」
「そういう悪い感じじゃないな」
俊としてはどう表現していいのか、ちょっと迷うものである。
だが作詞をしているだけに、ある程度の表現は出来る。
「前の音が、鋭い針をぷすぷすと刺しているものだったのに対して、今は大きなハンマーで丸ごと破壊してしまうような感じかな」
「あ~、そうそう」
月子も同意しているので、暁もなんとなく納得はする。
ただギターの鋭さがなくなった、というのは悪い意味にも思えるが。
自分ではなかなか分からないものだ。
「実は」
そして暁はこの数日のあれこれを告白したのであった。
他人に教えることによって、自分も学びを得る。
まあ、普通に勉強においてはよくあることだ。
あとは暁の心理的な変化もあるだろう。
まともに友達がいなかったところへ、初めての友達が出来たのだ。
「友達かなあ」
そもそも友達の規定が分かっていない、ぼっちな暁である。
ギターに関しては、師匠と弟子であることは間違いないが。
ギターで全てを表現していた、という暁の生き方は危ういものである。
バンドに加わって、新しい世界が見えてきたとは言えるだろう。
音楽の話も出来る仲間がいる。
そう、これは友達ではなく仲間である。
「それで、素質はどんな感じなんだ?」
「けっこういいかな。初心者が三ヶ月ちょっとの割には。あ、それで思い出したんだけど、うちのバンドってスパイラル・ダンスで演奏するんだよね?」
「そうだけど」
「同じ日に、うちの軽音部でもライブをするらしいの」
「ああ、そういうこともあるだろうな」
「俺たちがトリでよかったな」
信吾の言葉に、俊も頷く。
初めてのトリである。
一曲ぐらいはアンコールが許されている。
「まあ、本当は俺たちみたいなレベルが、スパイラル・ダンスでやるのはよくないんだけどな」
信吾の物言いに、ライブハウス経験の少ない暁が反応する。
月子も初めてのハコなので、少し不思議に思う。
「でもあそこ、高校生がメンバーにいればいいんでしょ?」
「アキは自分が高校生だから気づかないかもしれないが、普通の高校生で俺たちより上手いバンドはない、と思う」
俊としても今回のライブは、宣伝になればいいかなとも思っているのだ。
初めてのハコなのに、トリを務める。
高校生の若い世代に、認知してもらうのだ。
また他のバンドにも、これが本物だ、と目標を示す。
「まあ俺たちは普通に演奏したらいいさ。アキにも終わってみれば分かるからさ」
釈然としない俊の物言いだが、そもそも暁以外は無関係の集団だ。
「その高校生バンドって上手いの?」
月子のような素朴問いに、暁も普通に答える。
「上手いよ。二年の三橋っていう女の先輩が、親がミュージシャンらしくてさ。部活説明でも弾いて歌ってたし」
「けど軽音部には入らなかったんだ?」
「うん、最初は見学だけで、二回目はギター持っていったんだけど、なんていうか、浮いちゃった」
「アキちゃんが上手すぎたとか?」
「まあ……そうかな」
それまで暁が合わせていたのは、プロミュージシャンの父親や、その友人たち。
そして一人で洋楽などのレジェンドギターヒーローのコピーをしていたのだ。
10年以上の時間をギターの技術向上のために、すさまじい労力と共にかけてきたのだ。
ギターを弾くために、大きくなってしまった右手。
そんな無茶な技術を、高校生が見せられたとしたらどうなるか。
「ギター対決にでもなるのかな?」
「三橋先輩は、ベースとかドラムもいけるらしいから、どうなんだろ」
「俊さんみたいなマルチプレイヤーなんだ」
「俺程度だとマルチプレイヤーじゃないぞ」
そもそも全体の音楽の調整が、俊の役割であるのだ。
ただまあ、ベースとキーボードぐらいは、それなりのバンドに入っても通用はする。
とりあえず次のライブは、信吾のお披露目とおなるだろう。
ノイズの名前でもう普通に、客の動員は出来るようになっている。
そんな中で信吾は、練習のために俊の家に来ながら、作曲の手伝いもしたりする。
ギターのフレーズが弾けるのと、ベースラインを作れる人間がいるのは、何気に便利であったりする。
「今はまだいいけど、クレジットの問題もどうにかしないとな」
俊としては、そこは公平でないといけないと思う。
「つっても最初の0を1にする作業は、全部お前だろ」
暁の「お前以外の誰が弾けるんだ?」というアレンジや、信吾のフレーズを太くするためのベースライン。
確かにこれは作曲に近いが、編曲の部類に入るだろう。
暁はかなり本能的なギタリストなので、即興でアレンジを加えてしまったりする。
信吾は「あれ、本当に女なのかよ」と俊にはこっそりと耳打ちしたことがある。
女としてはエフェクターなどの機材にも強いし、音作りもしっかりと自分でやっている。
ギターのメンテナンスも、初歩的な部分は自分でやってしまえるのだ。
「夏休みの間に、レコーディングしてCDは作りたいんだよな」
俊としては物販に音源がないというのが、やはり致命的であると思う。
一応まだノイジーガールの配信などは順調だが、金を稼ぐ手段は考えないといけない。
間違いなく知名度は上がってきていて、小さなハコで対バンがあれば、チケットはすぐにペイするようになった。
ただワンマンをするには各自の事情が噛み合わない。
「あとドラム、どうするんだ? 打ち込みでもどうにかならなくはないけど、ヘルプで安定して入ってくれる人間、お前が見つけられないなら俺の方でも声かけてみるけど」
「栄二さん以上の腕があっても、女にだらしないのは問題だぞ」
「それがあるか……」
バンド解散の原因は、音楽性の違いなどよりももっと、女の取り合いなどといった、つまらない原因の方が大きい。
「だから栄二さんを引き抜ければ」
「それは無茶だろ」
信吾の反応は、極めて常識的なものだ。
西園はスタジオミュージシャンとして、レコーディングに参加したりツアーやライブに参加したりと、ある意味ではミュージシャンの上がりにたどり着いている。
それをまた、メジャーデビューもしていないバンドに引き抜く。
彼には全くメリットがないではないか。
「夢を見るんだ」
それはまだ、ただの願望である。
「海のように向こうまでオーディエンスが集まったステージに、俺たちが立ってる夢を、月子と出会ってから」
「その中に俺もいるのか?」
「お前が入ったのと同時に、栄二さんも見えてきた」
「それは……でも単純に、上手いやつを集めてるだけじゃないのか?」
「栄二さんを保留として、今のところ五人」
ぱっと目の前で、掌を開いてみる。
「けれどあともう一人、誰かがいるんだ」
「六人か……。ギターの厚みを加えるのが一番普通かな?」
それは確かに、一番普通である。
つまり面白くない。
信吾が加わったことは、単純にステージの上でのパフォーマンスが高まったという以上の効果をもたらしている。
今までは俊が一人で、舵を切ってコントロールしていかなければいけなかった。
だがメジャーデビューまでの過程を知っていれば、何が必要なのかも分かっているのだ。
「知名度が圧倒的に足りない」
「音源だけだと、やっぱり難しいか」
朝倉のバンドでやってた頃は、そこまでの段階に進んでいなかった。
「ライブをもっとやって、音源としてCDをプレスするべきだろうな」
「インディーズに売り込んだ方がいいと思うか?」
「そうだな。メジャーレーベルは、ちょっとまだ怖い」
ただライブをするには、特にツアーなどをするには致命的な問題がある。
もう夏休みである。
だが暁の予定が空いたとしても、月子の予定は空かないのだ。
固定のアルバイトがあって、そしてアイドル活動がある。
在京圏を離れるのがかなり難しい。
「アイドルなんて先がないだろ」
「けれど歌だけに限って言えば、メジャーのA&Rから声がかかってたりする」
「それはまずいだろ。止めないのか?」
「今はピンではなく、グループとしての活動を考えてるから、魅力的なオファーではないんだな」
そこはアイドル活動が、月子を引き止めてくれていると言えるだろう。
月子をどうするのか、それが一番の問題であるのだ。
このバンドのリーダーは俊であるが、顔となるのは顔を隠している月子である。
やはりボーカルというのが、そのバンドのカラーを決める。
暁のギターも合わせて、このバンドの華はまさに、女子二人であるのだ。
どうにかバンドとしての音源を作って、企画会社などに売り込む必要がある。
今はネットの影響力が重視されているので、ノイジーガールの再生数は大きな武器となるだろう。
ただ動員ということを考えると、まだライブの回数が足りない。
これも西園はともかくとして、月子のスケジュールが縛られているからだ。
メイプルカラーはライブをしまくって、それでどうにか商業的に成り立っている。
だが月子は、人気が出てきた今でさえ、まだバイトなしでは食べていけない。
もっとも音楽だけで食べていけないのは、信吾も同じことである。
モラトリアム期間である俊と暁は、恵まれているのだ。
もっとも俊はいつも時間が足りないし、暁は時間があればギターに触れている。
結局ノイズのメンバーで、暇がある人間など一人もいないのだ。
「メイプルカラーも、近いうちには限界が来るとは思う」
俊がそう思うのは、今の人気の伸びの根源が、月子にあるからだ。
以前であればメイプルカラーの中で月子は、一番の下っ端であることは間違いなかった。
だが今は、月子が強くなりすぎた。
グループと言うには、バランスが悪くなりすぎている。
それこそもう、成立しないほどに。
ただそこでスムーズに、ノイズがそれを受け入れられるか。
一波乱ありそうな気がするが、下手に動くのもまずいと思う。
「あの強烈なボーカルがいなくなるなら、そもそもこのバンドが成立しなくなるぞ」
「それは分かってる。そもそも月子を引っ張り込んだのは俺なんだし」
暁との友好関係などから考えても、月子がノイズにやってくるのは自然なことだと思う。
問題はどうやって、月子を食わせてやっていくかだ。
音楽自体は、今やネットで世界中に届けることが出来る。
だがライブの空気というのは、やはり特別なものがある。
それにあの二人は、ライブでこそ本領を発揮している。
「とりあえずどこかでレコーディングをして、小さくていいから夏の間にフェスに出るのを目標にしたいな」
「フェスか……。俺もちょっと、知り合いに声かけてみようか?」
「そうだな。ただ借りを作るようなことはないようにしてほしい」
「あとインディーズに売り込んで、アルバム作ろうぜ」
「曲の数がなあ。俺の持ってる曲で月子に合うの、全部で五曲ぐらいなんだよな」
「じゃあ新曲作らないと」
「簡単に言うな」
俊が舵を切る。
そして信吾がそれを安定させる。
だが動力である月子は、まだこちらに力をしっかりかけていない。
「六人目……。ステージに立ってるように見えたけど、演奏メンバーじゃないのかもしれないな」
「まあお前は確かに、色々と雑務まで抱えすぎてはいると思うぞ」
信吾の声には呆れが含まれていたが、これはもう性分なのでどうしようもない。
それでも相談相手が出来ただけ、以前よりはマシであるのだ。
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