第26話 タフガール
ゆらゆらと揺れるように、ギターをかき鳴らす暁。
ボーカルパートでは完全に、伴奏に徹しているように見える。
だが聞くものが聞けば、本来のリズムギターの音さえも、拾える限りは拾ってしまっているのが分かるだろう。
目を閉じたまま、完全に自分をコントロールし、ギターもお手本に倣っている。
そんな中では月子の圧倒的な声量と、高音域での透明感が、オーディエンスを魅了する。
手を上げて反応してくる観客に、俊は満足していた。
(これぐらいの反応が、本当は一番いいんだろうけどな)
主に俊にとって。冷静にステージを把握することが出来る。
一曲目は確かにいい演奏であったが、計算が出来ていないのだ。
安定感にしても、どうにか最後まで崩れなかったが、それは月子と暁の綱引きが膠着していたからにも思える。
カバーの方はまだしも、原曲の演奏をしっかりとコピーすればいい。
それに何かを付け足してしまうのが、暁の悪いところであるのだが。
(周りがもっと力があれば、そんなことにもならないのか)
ギターのインスト曲を弾いている方が、本質には合っているのかもしれない。
だが暁は他人と一緒にやることを選んだ。
エフェクターを踏み変えて、音に多彩な色をつけていく。
だが今は技術に走っていて、強烈なフィーリングは抑え気味だ。
これでいいのだ、という演奏はしている。
本人は満足していないだろうが。
(四曲目はもう、崩壊してもいいから、ここはちゃんと終わらせろ)
そんな俊の願いに従って、二曲目の演奏が終わる。
オーディエンスから歓声が上がる。
一曲目は圧倒されていたが、今のは上手くノれたといったところか。
だが一曲目で制圧したからこそ、素直に二曲目にノれたとも言える。
暁は普通に笑っていて、別に今の演奏が不満ではなかったように思う。
不満に思ってしまったのは、俊の方である。
(我ながら、ひどい考えだ)
せっかく素晴らしい演奏をしてくれたのに、物足りないなどと。
ライブはこれからも続けるべきだな、とは判断した。
どんな素晴らしいアーティストであっても、ライブをしないことには限界がある。
楽曲提供だけならば、何も問題はない。
またMVなどを撮るだけであっても、それも問題はない。
しかし世間に大きなムーブメントを起こすためには、やはり大きなハコ、それこそドームなどでライブが出来るようにならなければいけないだろう。
それに月子も暁も、本質的にはライブ体質であるらしい。
(俺みたいな凡人とは違うか)
俊もただの凡人ではないが、確かに分かりやすい天才ではないだろう。
三曲目の前に、二人の様子を確認する。
二曲終わったところであるが、やはりまだ汗はかいたままだ。
ある程度抑えられていたとはいえ、やはりスタジオでの演奏よりは、ずっとパワーが感じられた。
月子は一応、ステージにはかなり慣れているので、そこまでは心配していなかった。
暁はこれが初めてということで、さすがに心配していたのだが、いきなりリミッターを切ってきた。
そのため二曲終わったところで、既にかなりスタミナを消耗している。
選曲は大正解だったな、と俊は思う。
『三曲目は、ちょっと毛色を変えた曲になります。落ち着くために、スピッツのロビンソン、穏やかに聞いてください』
どういう選び方なんだ、と聴いてる方も思うだろう。
だが俊は基本的に、自分が好きだと感じたら、その感覚を重視するのだ。
それにこの曲はさすがに、ギターの炸裂するようなパワーはいらない。
多くの人が勘違いしていると思うが、60年代から70年代のロックにおいては、バラードも相当に存在する。
ビートルズがLet It BeやYesterdayを演奏しているし、それよりさらにハードロックなツェッペリンもStairway to heavenの最初の方は静かなものである。
そもそもビートルズがロックだったのは途中までと言えるかもしれないし、QUEENのボヘミアン・ラプソディは何なんだという話にもなる。
暁の着ているRHCPもその曲は、思ったよりもずっと静かなものであったりする。
だから暁も、静かに正確に弾くだけなら普通に出来る。
ゴリゴリのハードロックやメタルを弾くのは好きだが、聴くのはけっこうポップス寄りも聴くのだ。
極めてクリーンな音をギターは鳴らしていく。
エフェクターもおおよその機能を消して、だが普通にリードとリズムをある程度重ねてしまっている。
地味に凄いが、打ち込みの音と混じって気づかない人間が大半だろう。
オーディエンスを落ち着かせ、体力の回復も狙う。
月子のクリアなハイトーンの声は、それだけで空気を変えることが出来た。
熱狂的なものではないが、確実に演奏と観衆で、共有するものがあった。
(やっぱりこういうのも出来るな)
これで作れる曲に幅が出来上がる。
今の俊が完成近くにまで作っている曲は、バラード調が大きいのだ。
穏やかな拍手が送られて、これで残りはあと一曲。
一番タフなアレンジを、暁が仕掛けてきた曲である。
『それでは今日のラスト、ギターのアッシュがゴリゴリのハードロックを入れろと言われて入れたら、スピードメタルのようになっちゃいました』
二人の様子を観察しているが、月子はあれで落ち着いたようだが、暁はむしろフラストレーションがたまったような。
その暁は、髪ゴムを外した。
そしてギターを一度下ろすと、ぐいとTシャツを脱いだのである。
練習中もやりかけていたので、対策は一応してある。
水着の上を、ブラジャーの代わりに着けてはいる。
別にTシャツを客席に投げるようなパフォーマンスはせず、首や肩をぐるぐると回し、そしてぶらぶらと手首から先を振った。
海外の血が入っている割には、幼いとさえ言える暁。
だが今の表情は、熱情に浮かされていて妖艶ですらある。
ギターを再び持った彼女は、これまで使っていなかった、自分の前のマイクに近づいた。
そして曲名を告げた。
『TOUGH BOY』
ギターが叫ぶ。
ギュイーン
ギュイイーン
ギュイイイイイーン!
何かを期待させるような、そんなヘヴィなサウンド。
そしてギターイントロが始まる。
ドゥデデッデッデデーデーデデー
ドゥデデッデッデデーデーデデー
ドゥデデッデッデデーデーデデー
ドゥデデッデッデデーデデデデ
『HEY! HEY! HEY!』
ドゥデデッデッデデーデーデデー
ドゥデデッデッデデーデーデデー
『HEY! HEY! HEY!』
ここだけは音痴の俊も、加わっている部分である。
事前の手順とは違うが、月子もちゃんと反応した。
ドレスの止め金具を外すと、そこから布になって、一瞬月子の姿を隠す。
それが落ちた時には、ボンデージファッションの月子の姿となっている。
肩や臍を大胆に出した、まさにロックを歌うためのような。
ギャップによって、それだけで一気にオーディエンスは加熱した。
『UH~』
最初はこれは、月子のイメージではないのでは、とも思ったのだ。
曲に伴うバイオレンスなイメージ。
それはこれまでの楽曲よりも、さらにずっと攻撃的なものである。
だが彼女にとっては、世紀末の世界というのは、自分が過ごしている人生とは、かなり似た部分があるらしい。
明らかにこれまでと違う、爆発するかのような月子の歌。
だが感情がどれだけ乗っても、クリアに耳の中に入ってくる。
『TOUGH BOY! TOUGH BOY! TOUGH BOY! TOUGH BOY!』
暁はギターを弾きながらも、ここでコーラスに入る。
月子は体を揺らしつつ、マイムでも己の感情を表現しようとする。
(その手の動きはむしろ南斗水鳥拳だよな)
一人冷静さを保つため、俊は内心で突っ込みを入れていたりした。
AメロからBメロ、そしてサビへと。
楽曲の構成としては、非常にシンプルなものではある。
その間に月子は、わずかなブレスにターンを加えたりして、今までとは違った姿を見せる。
ギターソロに入った暁は、まさに踊っていた。
ステージのパフォーマンスなど、アンガス・ヤングばりに頭を振るぐらいだなどと言っていたが、大きく仰け反り、そして屈み込み、ぐるぐると回転したりしている。
パフォーマンスが出来ない?
確かに歯ギターや寝ギターなどはしていないが、上半身水着の女子高生が、頭をガンガンに振りながらも全く音を外さない。
ライブでは正確さよりもフィーリングが大事などと言うが、完全に正確にも弾いている。
最初から原曲よりも、わずかにテンポは上げてある。
暁はそこにさらに、音を足している。
より音の圧力は増していて、会場のボルテージは上がる演奏となっている。
音の氾濫の中で、暁は恍惚とした表情を浮かべていた。
普段の彼女とは、全く違う一面である。
そしてまたボーカルに戻る。
二人に引っ張られる。
とにかく早く早くと引っ張られる。
キーボードはともかく、打ち込みは操作をしないとついていけない。
演奏が崩壊しそうになる。
そんなことはどうでもいいと、二人は全力でプレイしている。
俊もある意味、全力ではプレイしていた。
とにかくテンポを抑えようとはするのだが、元々疾走感が半端ではない曲だ。
選曲を間違ったかなとも思うが、オーディエンスは熱狂している。
二人の騒がしい女の子だけではなく、オーディエンスをも巻き込んだ、熱量の共有。
俊が今までに経験したライブでは、とてもここまでの反応を得ることはなかった。
(俺のバンド活動はなんだったんだ……)
事務的な手続きが身に付いたので、全くの無駄というわけでもないのだが。
最後のギターソロパートは、暁の早弾きがギュインギュインと空気を震わせる。
アレンジをしまくって、完全に暴走状態。
ただテンポを外してはいないので、もういいだろう。
むしろこれによって、オーディエンスは声を出している。
『YAH~!』
月子もそれに合わせて、シャウトになりかけた叫びを入れている。
(こいつら本番に強すぎだろ)
俊は自分の、最初のライブを思い出していた。
他のパートが間違えまくっていたので、俊は比較的目立たなかったが。
反省の多いライブだった。
そしてこのライブも、反省すべき点は多いであろう。
演奏自体は、ライブとして成功したかどうかは、このオーディエンスの叫びが証明してくれているが。
曲を終えると、月子はマイクスタンドを支えにして、その場に膝をつく。
暁は大の字になって、ぜーはーと息をしていた。
ひょっとしたら最後は、呼吸も忘れて弾いていたのだろうか。
ステージで発揮するパフォーマンスとしては、二人はまさに天才的であった。
だがコントロールが悪く、ブレーキがまるで利いていない。
たったの四曲で、この曲の並びにしたのは、間違いなく正解であったろう。
そもそも一曲目から、暁が封印を解いてしまったのは、構成としては失敗であったが。
しかしどうにか四曲を弾き終えて、間違いなく爪痕は残した。
演奏だけではなく、ステージパフォーマンスとしても素晴らしい結果。
とりあえず次のバンドがいるので、撤収しなければいけない。
「ほら、月子立って」
「う~」
かろうじて月子は立つと、ドレスのようにしていた布を、逮捕された容疑者のように被る。
彼女はふらついていたが、どうにか一人で移動できる。
だが暁はそこで、笑ったまま寝転がっている。
「Tシャツ着て。立てるか?」
「抱っこ」
甘える暁からまずギターだけを持って、それから肩に担ぐ俊。
(軽いなあ)
この体から、あの重い音が出るのが不思議ではある。
「もっと丁寧に運んでほしい」
「はいはい」
楽屋にまで運ぶと、床に転がす。
機材の撤去もしなければいけないからだ。
出番待ちをしていたグループは、その様子をぎょっとした目で見ていた。
なんとか戻ってきた月子も、壁に背中を預けて腰を落とす。
ようやく仮面を外すと、湯気がむわりと出てきた。
「気持ちよかった……」
「頭の中、何度も爆発した感じ。多分これ、セックスより気持ちいい……」
「アキちゃんしたことあるの……」
「ないけど……」
セックス! ドラッグ! ロックンロール!
暁はロックだけでいい。
他のバンドの人に手伝ってもらって、俊は感謝と謝罪をし、楽器と機材をもって楽屋に戻る。
でろんと腰を落とし、そして寝転がる二人を見て、大きくため息をつく。
演奏としては大成功だ。
だがこれを常に再現していけるのか。
そもそもこれでは、ワンマンライブなど出来るはずもない。
大きなハコをワンマンで埋めてこそ、ようやくライブバンドとしては成功と言えるのだ。
今日はプレッシャーが上手く働いたと言えるだろう。
だが次もこんな演奏が出来るか。
いや、こんな演奏をしていてはいけないのだが。
「ほら、二人とも水飲んで」
「うん……開かない」
「どこまで全力でやったんだ」
月子の方はまだ、少しは力が残っていたようだが。
やはり制御が利かないという点では、暁の方が問題である。
果たしてこれを、パワーを失わないまま、ちゃんと制御できるようにどうすればいいか。
「君ら、随分といい演奏やったね。ここまで響いてた」
トリのグループから、そんな言葉をかけられる。
「初めてなんで、どうも醜態を晒しています」
「いや、上等上等。最初なんてむしろ、全然力を出せなくて滑るのが当たり前なんだから」
それは確かに、俊も経験していることだ。
オーディエンスを先に温めてくれた、という点で彼らは感謝しているのだろう。
だが俊としては、温めすぎてもう、燃え尽きた客もかなり多いと思う。
こういうところでグループ間の確執が出来てくるのだ。
女二人と男一人のバンドは、やはり無理があるとも言える。
(ドラムかベース……やっぱり必要だよな)
今回、ライブでやってやはり、特に暁を止められないのが分かった。
月子は暁に共鳴して、むしろ付いていってしまう。
打ち込みのBPMを手元で操作する、というのも今は通用する。
だが暁にブレーキをかける、根本的なことが出来ていない。
もういっそのこと、練習で矯正しまくった方がいいのかもしれないが、それはそれでもったいない。
暁は確かに技術も凄いが、それ以上にフィーリングで弾いている。
確かにセッション相手が、プロの父親やその仲間であったなら、彼女も満足出来ていたのだろう。
機械的な打ち込みでは、彼女を制御出来ない。
(ただ女癖の悪いやつを入れるわけにはいけないしなあ)
月子もだが、暁もまだ高校生である。
そしてバンドなどをする人間は、女癖の悪いのがかなり多い。
特にその傾向が強い、ボーカルとギターが、既に埋まっているのはありがたいことなのだが。
二人がある程度回復したら、オーナーに挨拶し、手伝ってくれたバンドにもまた礼を言って、撤収することにしよう。
下手に最後までいると、捕まってしまうかもしれない。
(まあアキが脱ぐことまで予想できていて、これは良かったか)
練習中も暑いと言って、脱ぎだすのを止めていたものである。
ライブは成功したが、課題がたくさん浮き彫りになった。
果たして次は何をすべきか、頭を悩ませる俊。
このライブを見た者がどう反応するか、そこまで頭が回っていないあたり、彼もまた疲れていたのは確かだった。
二章 了 次章「リズム」
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