第22話 レッスン
音楽というのは、単純に楽器を正確に慣らし、音程を外さずに歌えばいい、というものではない。
そもそも受け取る側と、伝える側の双方に、共通するものが必要になる。
それこそがまさに、魂のバイブレーションであるのかもしれないが。
「まずはこれだな」
ノイジーガールに関しては、もう何度も練習するしかない。
しかしあのバンド、ロビンソンなどに関しては、その背景を知る必要がある。
少なくとも俊はそう思っている。
「ギターの知識がなぜ必要に?」
「まあ基本的にレスポールとストラトキャスターの違いぐらいは説明するのと、あとこの曲は本来レスポール・カスタムでリードギターを弾くからかな」
と言いつつも、俊はスタジオに持ち込んでいるAV機器を再生する。
「なぜアニメを!?」
「大丈夫だ。八話まで見ればそれでいいから」
~その後~
「最後まで見せてよ!」
「この曲ってここで使われてたんだ」
「いや、見てもいいけど練習はしないのか?」
言われて気がつく二人である。
「再生機器があるならメモリで渡すかネットで送っておくけど」
「お父さんのパソコンがあるからメモリを」
「……スマホしか持ってない」
確かに今時、スマートフォンがあれば、PCまでは持っていなくても充分ではある。
ただやはり、なければ困るというものでもあるのだ。
「俺の前に使っていたノートを無期限で貸してやる。バッテリーが駄目になってるから、常に電源が必要だけど」
こうやってぽんと物を出してしまうあたり、俊は無意識に富裕であることを示す。
もちろんこの場合は、必要である投資の一つである。
ノイジーガールからの三曲は、それなりに流すことが出来る。
特にロビンソンを弾いた暁は、あの激しく重いリフとは正反対の、クリーンなトーンを爪弾いてい来る。
「Stairway to Heavenとかも弾けるか?」
「そりゃ弾くだけなら弾けるけど、ツェッペリンはそんなに好きじゃないし」
「マリーゴールドも弾けそうだな」
「う~ん、そういうの求められるなら、これなんかどう?」
そう言った暁は、まさにアコースティックギターで弾く昭和歌謡を弾いてみせた。
ギターで表現出来る幅が広い。
本当ならもっと年齢を重ねた、老齢のギタリストが出すような、枯れた音も見事に出してくる。
ギターの技術に突出してはいるが、どうしてここまでのフィーリングを身につけているのか。
技術についても、歯ギターのような無駄なことはしないが、ピックをコインから普通の物に代えて、音の色を変化させる。
ギターでずっと遊んで遊んで、遊びつくしてきた人間のプレイだ。
月子と暁の、音楽の嗜好などはかなり違いがあると思っていた。
月子はポップスやバラードなどの、聴かせるための音楽を好んでいる。
対して暁はロック系統の音楽をおおいに好む。
もっともロックの幅は広く、その中でもサイケやパンクはあまり好きでないようだが。
二人の才能、あるいは音楽は、お互いをもって共鳴する。
少しの時間を合わせただけだが、方向性はともかく今のところ、お互いの力を引き出し合っている。
練習の中で確認したことは、暁がどれだけちゃんと、周囲と合わせられるか、ということだ。
一人で弾く分には、圧倒的なテクニックがある。
そしてギターだけでも、充分に「伝える」ことが出来る。
しかしバンドの中で弾くには、合わせることが重要だ。
一人で弾いているだけなら、それも気持ちのいいことだろう。
だが暁は他人と一緒にすることを選んだ。
そして学校では上手くいかず、ここでは月子と共鳴している。
「ギターとボーカルの二人に、リズム隊のドラムとベースは打ち込み。あとはストリングスやリズムギターのパートはシンセを使う」
この俊の方針が、確かに力量的に相応しいものであった。
俊がドラムをやった時のことを考えても、ライブではリズムは変わってしまう可能性がある。
月子と暁のセッションによる、目に見えて分かるおかしな点。
それは高速化だ。
岡町も含めた、四人で行ったセッション。
確かに月子と暁は、お互いを引き出すようなケミストリーを起こした。
だがその結果、その場にへたりこむようなぐらいにまで、へろへろになってしまっていた。
今度のライブは四曲をやるのだ。
今のままでは、一曲凄まじい演奏をしても、それだけで終わってしまう。
それではとてもライブとは言えない。
リズム班を作ることは出来ない。少なくとも器用な俊のドラム程度では、走る二人を止められなかった。
つまり暴走することは計算に入れて、リズムはもうシンセサイザーを使いつつ、俊が合わせていくしかない。
出来れば二人が本来のリズムを保ち、その中でオーディエンスを満足させる演奏が出来ればいい。
ただ今のところ、二人はお互いの影響を受けすぎて、あふれるパワーがスピードになってしまっている。
疾走感は確かにライブでは重要だが、テンポを無駄に速くしていくというものではない。
予想通りと言うべきか、ロビンソンはその曲調からも、二人が上手く抑制して調和することが出来た。
最初の二曲もまた、ノイジーガールは岡町が必死で制御しようとしたベースラインを憶えているのか、ある程度は抑制が効いている。
あとの二曲についても、オリジナルに加えて様々なアマやプロがカバーをしたものを公開している。
それを元にして、イメージを共有するのだ。
俊はリーダーであるが、ライブにおいては調整役でしかない。
その調整というのが、とてつもなく難しいものであるのだが。
短時間の練習であったのに、俊も含んだ三人は疲弊していた。
とにかくアクセルを吹かせようとする二人に、ブレーキをかけようとする俊。
ただここで、幸いなことも発見する。
月子の歌の幅が、思ったよりも広いことだ。
俊は月子のイメージに従って、ノイジーガールを作った。
アップテンポではあるが、ボーカル自体が極端に早いわけではない。
だが本質的にはバラードに近いほうが、彼女には合っていると思っていた。
しかし暁のギターによって、月子の可能性はさらに広がっている。
結局、俊はまだ月子を見くびっていたということなのか。
それとも天才は、天才と出会ったことでしか、さらにその才能を解放させることはないのか。
「そういえばお父さんが、チケットを何枚か買ってくれるって」
暁の言葉に、俊は少し反応する。
「業界の人が来るのかな?」
「来るとしても、本当に身内の人だけだと思うけど」
本来なら望ましいことだが、俊としてはタイミングが早すぎる。
今はまだ、足元を固めたいところだ。
「あ、うちのメンバーも買ってくれるって」
月子の言葉にこそ、俊はより内心で動揺した。
メイプルカラーは現在、積極的な活動をしている。
皮肉にも月子の歌唱力の上達が、彼女たちの人気を全体的に高めている。
やがては本格的な事務所から、デビューなり移籍の話なりが来るのも現実的になる。
それは俊も予想していたことであるが、おそらく引き抜くのは月子だけである。
メイプルカラーのメンバー全体としては、さほどの価値はないと分かっているのだ。
今の彼女たちの価値は、月子にとっての精神安定剤。
だが月子を引き抜こうという人間には、それは分からないだろう。
また月子のステージを見てしまえば、メイプルカラーのメンバーたちはどう思うだろうか。
歌唱力の圧倒的なレベル差に、ライブでも熱狂的な様子が見られれば、月子が自分たちとは違うと気づいてしまうかもしれない。
そうすれば、むしろ月子のために、月子の背中を押してしまうのではないか。
彼女が帰る場所は、今はまだメイプルカラーであるのに。
出来ればライブは見せたくないが、それを正直に言うわけにもいかない。
ライブはむしろ、失敗した方がいいかもしれない。
俊は苦々しくも、そんな結論に至ったりしていた。
ただ実際に、そんな結果になる可能性はある。
この三人での演奏は、まだバランスが悪すぎる。
あとは月子はともかく、初めてライブハウスで演奏するという暁が、上手く演奏できない可能性。
彼女の性格からして、そんなことはなさそうではある。
だがどんなスーパースターでもライブは緊張するもので、それには慣れていくしかない。
普通ならば頑張って練習し、ライブを成功させることだけを考えればいい。
そしてチケットが捌けるのは、とてもありがたいことなのだ。
だが俊は考えすぎて、ネガティブなことばかりに気を取られる。
もっともそれは、現状の不安定さを思えば、当然のことなのかもしれないが。
敷居の低いライブハウスであるCLIPに、幸いというべきか空きが出来た。
およそ二週間後に、そこで20分強の時間がもらえた。
各種機材の準備などについても、楽器のセッティングなどは暁以外は時間がかからない。
あそこの音響について、俊はかなり知っているのだ。
ただ、それまでにやらなければいけないことは、練習ばかりではない。
変なステージパフォーマンスは、特にやる予定はない。
ただこの間の演奏では、髪ゴムを外した暁は、アンガス・ヤングばりに頭を振り回していた。
衣装についての確認なども、しておくべきであろう。
別に日常そのままの衣装でも、問題はないかもしれないが。
ただ俊はジャケットを着るつもりであるし、月子もイメージを固めていくべきであろう。
暁については、好きにさせるしかない。
バンドの方向性というのも、決めなければいけない。
だが暁はメタル路線の人間であるにも関わらず、その衣装にはこだわらない。
こだわらないところが、むしろロックであると言えそうだが。
どうも髪ゴムを外すあたりに、彼女のトリガーがあるのは分かってきた。
ライブまでの時間は短く、そして細かい点で問題は多い。
だが万全の準備などを待っていれば、時が過ぎていくだけだ。
今やるべきは、たとえ失敗するにしても、経験を積むこと。
「よし、じゃあ今日はこのぐらいにしとこうか。駅まで送る」
「いやいや、そんなに遠くもないのに」
「月子はともかく、アキはけっこうへろへろじゃないか?」
全力でギターを弾く暁は、確かに一人で演奏している時よりも、ずっと疲れていた。
またギターのセミハードケースは重く、エフェクターのバッグも荷物となっている。
「次からはエフェクターはうちのを使っていいから」
「う~ん……」
女の子にしては随分と、音作りにまでこだわりがありそうな暁であった。
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