第20話 ライブ構成

「出来てしまった……」

 ノイジーガールの完成から即座に、俊は次の楽曲に取り掛かっていた。

 直接の影響ではないが、月子の三味線がきっかけの一つにはなっている。

 本来ならばノイジーガールと同じ路線の曲を作るべきであるのかもしれない。

 だがそれでは、同じものの縮小再生産になるだけ。

 それならまだ、ノイジーガールのバージョンアップを作った方がマシである。


 なので次は、ガラッとイメージを変える予定であったし、実際にある程度は作っていたのだ。

 それが暁のギターを聴いて、一気にイメージがつながっていった。

(女の力で作曲か……)

 少し情けない感じもするが、誰かの存在からインスピレーションを受けるのは、創作としておかしなことでもない。


 最初はオリエンタルなイメージというか、アラビア風の旋律と、ラテン風の旋律を合わせたようなものにする予定で、結局はボサノヴァ風味という楽曲になってしまった。

 総合的なジャンルはジャズもどきになってしまうのかもしれない。

 それをどこまで邦楽の許容範囲に近づけるか、というのがテーマであったと言えようか。

 完全にごった煮であり、おそらく好き嫌いははっきりする。

 だが及第点を取るような作品よりは、0か100の評価しかない作品の方が、創作としては正しい。

 あとはこれを暁にも聞いてもらい、ギターアレンジからどう広がっていくかだ。


 彼女は基本的には、60年代から70年代のハードロックからメタル路線を好んでいる。

 なのでこれもより、ロックに近づけてくれるだろう。

(まあQUEENのボヘミアン・ラプソディみたいなのもあるしな)

 そもそもロックというもの自体が、ごった煮から生まれたという背景はある。




 俊には今、考えるべきことが幾つかある。

 まず月子から要求されている、ライブの件である。

 いや、これをどうにかするために、色々と考えなくてはいけないのだが。

 単にライブをやりたいというだけなら、敷居の低いハコはある。

 だがそれでいいのか、ということも考えてしまう。


 基本的にライブハウスでライブをするのは、金がかかるのだ。

 相当の動員力がないと、ライブというのは赤字。

 頑張って練習して、それを聴いてもらうために金がかかる。

 もちろん一部の人気バンドであれば、インディーズでも充分にチケットでペイする。

 だが今のノイズが、そんな存在であるかというと、もちろん否である。

(継続して活動できるようにならないと、バンドとしては続かないからな)

 俊が朝倉のバンドから離脱したのは、人間関係のマネジメントなども問題だったが、結局は赤字のバンド活動が上に行けないと思ったからだ。


 まずチケットノルマがどこにでもあるだろう、と思われる。

 メイプルカラーはまるで収入がなかったが、それでも持ち出しでライブをやっていないだけ、向井は金をかけてくれていたのだろう。 

 あるいは彼の人脈で、チケットを捌いていたのだろうか。

 とりあえずノイズとしては、チケットノルマが少ないところが望ましい。

 高校生である暁に、チケットノルマを課すのは難しい。彼女は軽音部にも少ししか入っていなかったようなので、友人も少ないのではと思った。

 また月子にしても、その貧乏生活については分かっている。メイプルカラーのメンバーぐらいは買ってくれるかもしれないが、どうやら彼女は暁以上に、友達がいないらしい。


 俊の伝手でチケットは捌くか、あるいはノルマが極端に少ないところを選ぶしかない。

 小さなハコでノルマも少なく、初めてのライブでも問題がないとなると、かなり限られてくる。

「CLIPでいいか」

 50人程度の入るハコで、それぐらいならチケットノルマも少ない。

 ただ俊としては、自分がノイズのサリエリだとは知られたくないので、リアルな友人関係からチケットを捌くのはやめたい。


 とりあえずまずは、出演交渉である。

 一応は顔を憶えてもらっているはずなので、空いているところに入れてもらえるとは思う。

 ライブをすること自体は、おそらく問題ないだろう。

 またノイズのために立ち上げた公式サイトで、チケット販売などを考える。

 チャンネル登録者数の中に、何人東京近郊の人間がいて、さらに日程が合うか。

 これも重要な要素だが、最初の一度はもう、赤字も覚悟した方がいいだろう。




 次に重要なのは練習である。

 おそらく用意されるのは20分から30分前後で、ノイジーガール一曲であとはカバーが無難であろう。

 そのための選曲と、練習スタジオの確保が問題だ。

 月子の歌だけならば、密閉した防音のいい空間で、普通に練習は出来ていた。

 だが楽器演奏まで加えるとなると、そうはいかない。

 大学のレッスンスタジオは、基本的にはかなりいつも埋まっている。

 有料のスタジオを借りるにしても、また俊一人の持ち出しになっていては、それは確かに可能なのだが、負担が一人に集中しすぎて、やがては破綻する。


 一応は最後の手段があるので、まずは選曲である。

 何をやるのかというのは、何をやりたいかというものでもある。

 さすがにこれは俊一人で決めるというわけにもいかない。

「バラードはやってもいいけど、一曲までにしてほしいです」

 大学のお安い食堂に集まって、三人は話していた。


 演奏時間は曲の長さにもよるが、三曲から四曲。

 そして最初に、暁が注文をつけた。

「ロックでもバラードはあるだろう」

「ロックのバラードはロックだからいいけど」

 そうなのだろうか?


 ビートルズはロックグループであるが、演奏している中にはポップもあるし、かなり前衛的なものもある。

 明らかなハードロック、明らかなメタル、明らかなオルタナというのは確かにあるが、境目の微妙な作品も多い。

「ちなみに好きなミュージシャンは?」

「割と初期のディープ・パープルとか」

「ハイウェイ・スターとかスモーク・オン・ザ・ウォーターとか?」

「スモーク・オン・ザ・ウォーターよりはBurnとかスピードキングとか」

「なるほど。でもうちのボーカル、英語じゃ歌えないぞ」

 小さくなる月子であるが、いずれは洋楽カバーもしていった方がいいだろう。

 それにしても疾走感のある曲ばかりではないか。


 今回はオリジナルの他には、邦楽カバーを三曲やる。

 60年代から70年代の洋楽は、やたらと長い曲が多いということもあるが。

「J-ROCK弾くなら、別に普通にPOPでもあたしはいいです」

 拗らせてるなと思いながらも、そのあたりにこだわりがないのはありがたい。

「月子は?」

「歌ってみたでやってる曲じゃ駄目なの?」

「難しいな。ライブでやるなら客がノれるものにしないと」

 歌ってみたで流しているのは、主に聴かせるための楽曲が多い。

 それにライブハウスとは、客層が全く違うだろう。

 一曲ぐらいは休みのためのバラードを入れようかとは思うが、それももっと知名度が高い曲がいい。

「ダンシング・ヒーローは?」

「適性考えようか」

「う……」

 公開した中では、再生数がかなり低い方なのだ。




 箸休め的に聴いてもらうなが、ガーネットはいいかもしれない。

 ギター伴奏とキーボードを使えば、いい感じになるだろう。

 やるハコがCLIPなら、あれでもありだろう。

「提案。「God knows」か「Don't say“lazy”」か「あのバンド」やったらいいと思う」

 暁の挙げた曲に、ふむと俊は考え込む。

「その中からなら「あのバンド」だな。「Don't say“lazy”」と「God knows」はちょっと今の月子には難しい」

「あ、それならわたしも知ってる」

「しかし古い曲、知ってるもんだな」

「今の時代、古いか新しいかはあんまり関係ないと思う」

 確かにその気になれば、古い曲でも普通に聴ける。

 そもそも暁の聴いている60年代洋楽というのが、今でも普通に聴ける音楽ではないか。


 それにしても、ゴリゴリのハードロックを聴いている暁が、アニソンのロックを出してくるのは意外であった。

「だって歌ってみたで歌ってるの、アニソンが多かったし」

 そういう基準で挙げてきてくれたのか。

 あとは知名度であるが、ギターとボーカルが女であるなら、アニソンでも許されるのだろうか。

 他は打ち込みでカバーするとして。

「とりあえず最初にノイジーガールやって、次にあのバンドやったら、時間的にあと二曲は余裕かな」

「MCは?」

「あ~……俺が喋った方がいいかな?」

 月子はもちろん、暁も言葉で何かを伝えるタイプではない。


 音楽で勝負は出来る。

 なのでMCは最低限でいいだろう。

「ここでバラード入れて休んで、最後にまたロック系で終わらせるか」

「ガーネットかマリーゴールドで休んで、最後にフレンズ歌うとか?」

「持ち歌の中からやるっていうなら、それでも無難ではあるか」

「いやいや、ライブなら今までにやってないのやらないと」

 一度もライブを経験していない暁が、一番攻撃的である。

 それに俊は、確認して気づいた。

「どっちも五分オーバーだな」

 最初の二曲にしても、ノイジーガールはギターアレンジが入った長い曲になる。

 するともうちょっと、短い曲を選んだ方がいいだろう。


 ライブというのは歌ってみたとは違って、時間をちゃんと考えないといけない。

 少しぐらいなら押してしまっても、まあ大丈夫ではある。

 ただ迷惑をかけるのは間違いない。

「じゃあチェリー?」

「新曲~」

「それじゃあロビンソンでもするか」

「あ、それいい」

「多分歌えるとは思うけど」

 しかしこの選曲は、スピッツ大好きバンドとでも思われてしまうのではなかろうか。

(別にそれでも悪くないか)

 とにかくマイナスの少ない曲であるし、暁が弾きたいと言うのも分かる。

 時間もほぼ四分半で、問題はないだろう。


 ただ俊は心配をしている。

「無茶なロックアレンジ、即興でするなよ?」

「さすがにあんな綺麗なアルペジオの多いイントロやリフを汚したりはしないけど」

 その言葉を俊としても信じたいが、天才の奇行は散々見聞しているのだ。

「最後はちょっと派手なのがいいかな」

「ギターは激しくてもいいけど、歌詞のメロディーラインがあんまり激しいのはまずいな」

「わたしの意見は……」

「あるなら言ってみろ」

「千本桜とか」

「それ、俺が一番大変じゃんか」

 かなりギターアレンジをしても、どういうアレンジをするかが問題だ。

 なにしろベースもドラムもいないのだから。




「ちょっと話題変えるけど、練習はどこでするか決まってるの?」

 暁の質問は、確かに重要なものである。

「アキちゃんは今まではどうしてたんだ?」

「普段は防音処理した部屋で弾いてるし、もっと大きな音を鳴らしたい時は、お父さんのスタジオにこっそりお邪魔したり」

「さすがに三人は無理か……」

 暁の父親は、現役のプロのスタジオミュージシャンである。

 バックミュージシャンとしてツアーに付いていったりもする。

 なのでそこを期待してはいたのだが。


 一応はちゃんと、選択肢はあるのだ。

 出来ればそれは選びたくないな、と思っているだけで。

「そもそも俊さんの家って、地下がレッスンスタジオになってるんじゃなかったっけ?」

 どうやら暁は、それを知らされていたらしい。

「じゃあ解決じゃん」

 月子は素直に喜んでいるが、俊としてはいくつか問題があると思うのだ。

「まあ……使うしかないか」

 確かに機材なども揃っているため、場所としては問題がない。

 ただ自分のテリトリーに、他人が入ってくるのが嫌だ、というだけであって。


 葛藤する俊に対して、月子は暁と話している。

「俊さんちって、やっぱりお金持ちだったの?」

「そのあたりの事情は、ちょっと本人に聞いてもらわないと」

「そういえばお父さん同士がミュージシャン仲間なんだっけ?」

 あまり触れられたくはない、というのは本当の話である。

 だがいずれは、そういった話もしていくことになるだろう。

 ユニットからバンドになりつつあるが、これは運命共同体なのだ。

「今は家に俺一人で、週に三日家政婦が来てくれるだけだから、ほぼ一人暮らしなんだ。だから二人そろってくるなら、使ってもいいぞ」

 嫁入り前の娘さん二人、それもどちらも、保護者の顔を知っている。

「あとアキちゃんは特に、お父さんの許可を取ってくること」

「そっちは大丈夫だと思うけど……」

 ともあれ俊は久しぶりに、自分のプライベートな空間を、他人に解放することになりそうだった。


 とりあえずそれは日程を調整するとして、あと一曲はどうするか。

「次の集まりまでに何曲か候補を考えて、それから話し合ったらいいんじゃないかな?」

「まあ、今この場で決めても、まだいつステージに立てるか分からないしな」

 実際、月子と暁は今のところ、あまり音楽性が合っていないのだ。

 これはどちらにも癖があり、そして音楽性の幅が狭いことが原因で、どちらかが悪いというわけでもない。


 ただ俊はいまだに、月子は本来なら、ソロで充分ではないのかと思っている。

 それが暁の参加を認めざるをえないのは、また夢を見てしまったからだ。

 自分と月子、二人だけのステージだったはず。

 しかしそこに、激しくギターをかき鳴らす暁の姿が現れていた。


 ただの夢であり、暁の印象がそれだけ強かった、と分析するべきなのだろう。

 だが俊はこれが、単なる夢であるとは思えない。

 夢の形で、自分の中のわずかな、芸術家の部分が反応している。

 そう信じるに足るほど、夢の中のイメージははっきりしている。

(けれどそうなると、俺らがやるのはバンドミュージックになるのか?)

 実際のところ、俊としても本当は、そっちがやりたかったのだが。

 バンドをやるのは懲りているので、出来ればこの三人までに抑えておきたい。

 だがあの夢を信じるなら、おそらくはあと二人、もしくは三人のメンバーが必要になる。


 岡町と一緒にセッションした時に思ったのだ。

 おそらくは強いドラマーがいないと、リズムが引っ張られるばかりであると。

 俊がシンセサイザーを使う分には、テンポが変わってしまうことにも対応は出来る。

(けれどそれも、ライブで試してみないと分からないことか)

 あるいは最初の一回で、空中分解するかもしれない。

 そうなったらそうなったで、また二人のユニットとして活動するしかないだろう。

 すごいギタリストがいても、それだけでは成功するとは限らないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る