第3話

「大体さっきからなんなのよ! あなた! その冴えない格好といい、とてもじゃないけど王太子殿下に相応しいとは思えないわ! 一体何者なのよ!」


 婚約者候補の中でも一番高位である公爵令嬢のドロシーが、みんなを代表する形で場違い令嬢に詰問した。


「私ですか? あぁ、ちょうどいい。自己紹介、私の番でしたね。お初にお目に掛かります。フォーセット男爵家のライラと申します。歳は18。正直、なんで私みたいなしがない男爵令嬢が候補に選ばれたのか全く分かりませんが、私は王太子殿下の婚約者、ひいては王妃になる気なんて更々ありませんので、そこんとこよろしくお願いします」


 そうあっけらかんと言い切ったライラに、しばし他の婚約者候補達は呆気に取られていたが、一番早く我に返ったレイチェルが次に詰問する。


「だったらなんでここに来たのよ! 辞退すれば良かったじゃないの!」


「ここには人間観察しにやって来ました」


「人間観察ですって!?」


「えぇ、小説の良いネタになるかなって思って」


「小説!?」


「はい、私ペンネームで小説書いてるんですよ。良かったらこれお読み下さい。皆さんの分もありますので」


 そう言ってライラはカバンから本を5冊取り出した。思わず受け取ったミシェルが作者名を見てビックリする。


「えぇっ!? あなたがあの有名なベストセラー作家『ジェーン・ドウ』だったんですか!?」


「はい、そうです」


「ふ~ん、『ジェーン・ドウ』ってそんなに有名なんですか~?」


 ファリスが相も変わらずの間延びした口調で問い掛ける。


「あなた知らないんですか!? 正体不明の大人気作家なんですよ!? 出す本出す本全てベストセラーで、その内の何作かは舞台化までされました! 冒険活劇を書かせたら右に出る者は居ないと言われる程の凄い人なんですよ!」


 ミシェルが唾を飛ばしながら熱弁を振るう。


「いやぁ、そんな誉められると照れちゃうな~」 


 ライラは頬をポリポリ掻きながら恥ずかしそうに含羞んだ。


「サイン! サイン書いてくださいな!」


「あ、わ、私も!」


「私もよ!」


「じゃあ私も~」


 ミシェルが本にライラのサインを強請ったことで、即席のサイン会が始まってしまった。


「あぁ、危ないから押さないで! ちゃんと全員にサインしますから慌てないで下さい!」


 そんな中、ソニアだけが一人つまら無さそうな表情で、


「冒険活劇ぃ!? ソニア、そんなの興味無~い! やっぱり女の子は恋に恋する恋愛物を読まなくちゃ!」


「あぁ、確かに女の人にはあんまりウケませんね。だから私は新しいジャンルを開拓するためにここに来たんですよ。あなた方を良く観察し、取材し、愛憎蠢く宮廷物語絵巻物に仕上げようと思ってます。だから私のことは野次馬だと思って気にしないで下さいな」


 サインする手を止めないまま、ライラはそう言い切ったのだった。

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