同級生、娘、恋人、奥様、そして僕

R32+0

同級生と、娘と、恋人と、僕(新訳版)

Life Re:1 Reunion with lover of my memories. 君と、夏の日の再会

しかし、暑い。

地球温暖化防止と言っておきながら、こう年々暑くなってくると、やっぱり温暖化が進んでると思う。


今は2018年、8月27日。

ちょっと仕事が立て込んでいたせいもあって、夏休みをずらして取ることにした。


夏休みと言っても、もう38歳にもなれば、本当は奥さんの実家に挨拶に行ったり、先祖代々の墓をお参りしたり、あるいは自分の息子や娘と遊んだりしなきゃいけないのだろう。

幸か不幸か、僕はその点、非常に気楽だ。両親から失業中に借りたお金さえ払えば、割と自由の身である。世間でいう独身というやつである。遅めの夏休みでいろいろ文句を言われない立場だからこそ、フラフラしていても大丈夫なのである。


その両親の顔でも見に帰ろうと、今まさに僕は電車の中。これで座れなければ、地獄のような形相になっているに違いない。数年前なら上野駅まで出れば始発の乗り放題だったものを。今や、赤羽まで出て、湘南新宿ラインか、上野東京ラインかを見て、帰らなければ行けない。正直、面倒くさい。


「まもなく野木、野木です。お出口は、右側です」

自動放送というやつだ。音声がクリアに聞こえる反面、18歳までは定期的に電車に乗って、学校に通っていた身としては、やはり雑音まじりのマイクの音が、やっぱり聞き馴染んでいる。今やどこもかしこも移動手段はほとんど自動放送だから、逆にわからなくなるんだよな。まあ、景色で察してほしいということ、もしくはスマホのアラームでも鳴らせということなのだろう。


セミも鳴かない暑さだな。

去年帰った時でも鳴いていたぐらいなのだから、如何に今年が異常な暑さかというのが身にしみてよく分かる。


モバイルSuicaで改札を出る。そして迷うことなく西口の階段を降りていく。


僕は19からこの街には住んでいない。だから、行きつけのゲーム屋がなくなったのと、駅前の月極駐車場がコインパーキングになったこと、いつの間にか、駅前通りには居酒屋が出来、その横には単身向けのアパートが並んでいることなど、変化がある。自宅の近くには、ちょっとした大きなスーパーがあったけど、今やそこも建売物件化してしまった。


さてと、家路に着く前に、駅前のコンビニでも寄って行こうと思った時、僕にとって、良く知っている、いや、良く覚えている顔を見た。思わず立ち止まってしまった。

「...さん、だよね?」

そして、その時の記憶が蘇るかの如く、彼女は、若々しい...いや、若々しすぎる。昔ちらっと見かけたことある、高校の制服を着ていた。

当時としては珍しいミディアムボブに、前髪はぱっつん。目も隠れる程度。当然メイクなんかもしてないか、あるいは高校生相応の化粧ぐらいだろうか。


20年ぐらい前に偶然見かけた高校生姿。今、まさに彼女はその出で立ちで現れたのである。

「君は、...君だったよね。偶然...と言ってられるような状況じゃないけど、とりあえず、久しぶり。」

「うん。久しぶり。僕も、なんか、面食らったというか、懐かしい服装だなあって。」

「あれ、高校の制服、見たことないんだっけ。こんな感じだよ。」

と、一回転してくれたけど、やっぱり、これって過去の制服だよなぁ。

「とりあえずのお礼に、僕から何か飲み物を奢らせて欲しいんだけど、何飲みたい?」

「それじゃあ、ポカリが飲みたい。」

「分かった。それじゃ、ポカリ買ってくるね。あ、日陰にいてね。」


ポカリもいいが、直接冷たいものもいいと思い、自分の分と二人分のアイスを持って、コンビニから出てきた。

「さて、どうしたものかな。とりあえず、駅の上に行ってみようか。少しは涼しそうだしね。」

「...?」

「何?どうかした?」

「いや、丸い顔だなって思って。3年ぐらいで、そんな感じになるんだなって思ったの。」

ん、なんか変なことを言っている気がする。それは、これから解き明かせばいいよ。

とりあえず、二人で駅舎のエスカレーターで、駅舎に上がり、改札前のベンチに座ることにした。


「なんか、ずっと何も食べてない感じだったから、とりあえずボカリと、ガリガリ君だけどいい?」

「え、奢ってくれるの?どうして?」

「どうしてと言われてもね。君と、僕の間柄だろ、遠慮しないで欲しいな。」

「もしかして、あの時の約束、覚えてるんだ。でも、覚えてても、覚えてなくても、偶然とはいえ、君と会えるのは嬉しいかな。」

そう言いながら、ガリガリ君を開けて頬張っている。う~ん、なんか、まんますぎるんだよなぁ。

ま、ちょっと僕も浮かれてるのかもしれないし、ガリガリ君を開けて食べてみる。毎日でも食べたくなる味だよね。でも、中毒性が高いわけでもない。


ガリガリ君を平らげたあたりで、僕が疑問に思ったことを聞き出そうとした。

「さて、普段会わないような、珍しい人と会ったけど、声を掛けたらまずかった?」

「いや、そんなことないんだよね。そういえば、なんか機械とか強かったよね。これって壊れてる?」

そう言って見せてきたのは、モノクロ液晶の携帯電話だった。

「ちょっと見せてもらっていいかな?」

「うん、どうぞ。」

う~ん、F501iって書いてあるな。これはどうしたものか。あれ、日付、99/08/27って表示になってる。ん、初期化しても、そんな数字にはならないよね。

それにアンテナが全くない。これは2Gの携帯電話だから、サービス終了してるんだな。だけど、なんでそんなものを持つ理由がある?

「ありがとう。特に壊れてはいないんだけど、その携帯電話って、いつも使ってるの?」

「うん、両親とは、これで行き帰りの連絡を取ってたんだけど、なんか今日は繋がらないんだよね。」

「繋がらないというより、サービス終了してるんだよ。その携帯電話。」

「えええええ、だって、朝は使えてたよ?」

「う~ん、君が僕に嘘をつくようなことはできないと思うし、使ったんだよね。きっと。」

「ほら、一応、履歴を見せるよ。これが証拠になるよね。」

そうやって、ちっちゃい画面の履歴を見せてくれた。う~ん、分かるんだけど、どれも年号が99になっているのが、気になっている。

「分かった。ここじゃアレだからさ、小山にスタバあるでしょ。そこで涼みながら話そうか?」

「スタバって何?なんか、レストランみたいなの?」

「スタバが分からない?...うん、まあ、喫茶店だよ。ここより涼しいと思うしね。」

「参ったなぁ。ちょっと、お金貸してもらえる?」

「いや、いいよ。君がすごく困ってるのは、なんとなくわかったから、今日は僕が払っておくよ。」

「ありがとう。すっごく助かる。あんまりお小遣い以外のお金を持たせてもらえないんだよね。」

「あれ、ちなみにだけどさ、今日は何をやってたの?」

「普通に受験勉強の講習を受けてたんだよ。君も受けてるでしょ?」

「受験...う~ん、まあ、いいや。ちょっと話が込み入って来たし、とりあえず小山に行こうか。」

「ねぇねぇ、これって、実は初デートじゃない?」

「あの話のこと?確かに、初デートってことになるのかな。僕から誘ってるし。」

「やっぱりさ、君が特別だったんだって、今日わかった気がする。多分、今日会ったのは、そういうことだよね。」

本当はそういうことではないんだけど、彼女が初デートって喜んでくれるなら、それもいいかもね。


思ったとおり、彼女はいろいろ聞いてくる。考える時間をなかなか与えてくれない。おかしいな。僕が知っている彼女は、もう少し落ち着いたイメージだった。

何回か高校生になった彼女も見たことがあったけど、やっぱり聞いていた通り、私立で女子校通いなだけあって、言葉使いもなんとなく懐かしい。

そう言えば女子校通いになると急に性格が凶暴になったりするとかあるらしいからなあ。僕の知らない2年ちょいで多分変わってしまったのであろう。


切符を買ってあげた。

「あれ、君の切符は?」

聞いてきたので、僕はスマホを出して、見せた。

「これだよ。あれ、そういえば、Suicaとか持ってないんだ?」

「スイカ?スイカで電車に乗れるの?」

「うーんと、ごめん。小山についてから、色々説明してあげるよ。」


ホームに降りて、電車を待っている間、買ってあげたポカリを飲んでる。よほど、喉が乾いてたのかな。

しかし、僕が想像する限り、この娘はどうすべきなのか、考えを巡らせている。

「どうしたの?」

「いや、神様にさ、どうして、君が目の前に現れたのかって、聞いているのかな。」

「え、それが、運命というやつでしょ?きっと、あの告白のときから、私達は再会するって運命だったんだよ。」

「ははは、そうかもしれないね。」

「あれ、なんかもっと喜ぶと思ってた。意外と、冷静?」

「冷静なわけないよ。だって、君と、その、デートなんでしょ?」

「あ、分かった。緊張してるんだ。君は、もっと出来る子なんだから、安心しようよ。」

「出来る子って。僕、もう38歳なんだけどな。」

「えっ、それってどういうこと?」

「そう、それを話すために、わざわざ小山に行くんだよ。話に集中したいしね。」


まあ、苦労はしましたよ。

電車のドアチャイムには驚き、ドア上の表示機に驚き、彼女はコロコロと表情豊かに変わる。いや、から元気というのもあるだろうけど。しかし、やはり真実味があるのは、誰一人として、彼女と同じ制服を着ている女子高生がいないことだ。そして、僕はこの制服に見覚えがあるのだから、まず間違いないのだろう。


「すごい、なんか見たことない世界に、私は午後来ています。」

「誰に言ってるの。それ?」

「私に言ってるの。なんか、全然違うところに来ちゃったみたいなんだもん。」

「じゃあ、スタバなんて、なおさら知らないところだね。」

自動改札はギリギリ使えるらしい。でもSuicaを知らない。ということは、もう答えはほぼ一択なのだ。



便宜上、ショバ代としてアイスコーヒーでも良かったのだが、彼女には好きなものを選ばせてあげた。おそらく生まれてはじめてのスタバだろう。

「普段コーヒーなんて飲んだことないから、何を飲んでいいかわからないよ?」

「フラペチーノがいいんじゃない。かき氷みたいなものだから、多分甘いよ。君でも美味しいだろ。」

「じゃあ、このダークモカチップフラペチーノってやつを一つ。」

「それと僕は、アイスのカフェモカのレギュラーを1つください。」

支払いもSuicaでやっている。そこに興味津々の君。

「クレジットカードみたいなもの?その機械。」

「う~ん、半分合ってるけど、まあ、その話はこれからいっぱいしよう。どうやら、君には色々説明しなきゃいけないことがあるらしい。」

そして、開いている席を探して、座ることにした。


「ああ、溶けちゃうから、遠慮しないで食べながら聞いてね。」

「ありがとう。んじゃ、早速いただきます。」

そういえば、午後は、とか言ってたな。何か軽食でも取らせるべきだったかな。

「それで、午前中の君は、何をしてたの?」

「朝から大宮の予備校で講習会を受けて、12時半ぐらいに電車に乗って、1時過ぎぐらいに野木駅に着いたんだ。で、そこですごく気持ち悪くなって、タクシー乗り場のベンチに座って、ちょっと眠ってしまったのね。で、2時ぐらいに起きたんだけど、電話を掛けても出ないし、電話ボックスが駅の近くにあったなと思って探してたんだけど、そこで君と会ったの。」

「にわかには信じがたい、というか、今日は西暦でいつでしょう?」

「1999年の8月27日じゃないの?」

「やっぱりそうか...今日は、西暦2018年8月27日なんだ。言ってることが理解できるかな?」

「君が嘘をつくような必要性もないし、今までのことを逆に考えると。」

「そう、君は、その眠ってしまった数十分間の間に、20年後へタイムスリップしてしまったというわけ。」

そうやって、スマホを出して見せてあげた。

「君がさっきから気になっている機械。これはスマートフォンという、携帯電話の20年後の姿なんだ。君の想像を超えたものを、僕らは日用品として使っている。そして、このスタバも、詳しくは知らないけど、ここ20年で日本に本格的にできたコーヒーショップだ。」

「ようやく腑に落ちた。ここは、私の知っている世界から、20年経ってるってことなんだね。だから、丸くなったんだ、君。」

「事実をどこまで飲み込めて、どこまで受け止められるかわからないけど、今、君の目の前は、20年後の世界。」

「ねぇ、どうしよう。元の時代に戻れるのかな?」

「残念だけど、時の流れというものは一直線にしか流れない。過去に戻る方法は、20年後の今も存在しない。だから、君は、もうこの世界で暮らしていくことしかできないと思う。タラレバで言うのはちょっと気が引けるけど、仮にまたタイムスリップしても、20年前に戻れるとは限らない。もしかしたら、100年先に行くことだって、1000年前に戻ることだってある。なぜ、君がタイムスリップしたのかは全くわからないけど、そこに偶然僕が居合わせたのも事実。これを、君はどう捉えてくれるかな?」

「ねぇ、家族は?家は?私の生活は?」

「落ち着いてほしい。まず、君の家族に関してだけど、おそらく連絡しないほうがいいと思う。おそらくご存命だと思うけど、両親も20歳、歳を取っているし、そんなところに君を戻したところで、歓迎されるかどうか分からない。僕はそれを恐れている。」

「一言でいい、無事だと伝えたいの。」

「分かった。じゃあ、僕のスマホから電話をしてみるといいよ。っと、スマホの使い方がわからないよね。番号を教えてくれるかな?」

番号を聞いて、発信した。多分、自宅だろう。しかし、どうも出ないらしい。

「誰もいない。もしかして、私の家族にも、なにかあったのかな?」

「それは断言できないけど、ご両親は携帯電話は持っていなかったの?」

「あ、そうか。そっちに掛けてみよう。お願いします。」

番号を聞いて、またも発信。ところが、聞こえてきたのは、使用されていないというメッセージだった。

「番号が解約されてるか。まあ、なくはないと思うけど。それじゃあ、まだ時間もあるし、一度野木へ戻って、君の家まで行ってみようか。」

「...いいの?」

「いいかい、君はいくつだっけ?」

「17歳」

「38歳の大人が、17歳の女の子を助ける。まあ、言葉にするとなんか犯罪の臭いもするけど、まさか見捨てるわけにも行かないよ。まして、君のことを見捨てるわけないだろ。」

「...ありがとう。うん、私、行ってみる。」


そして野木駅に着いた。タクシーでその場所まで行ってみることにした。

「お客さん、帰省ですか。可愛いお嬢さん連れて。」

「まあ、そんなところです。ただ、僕の帰省先、まだ誰も帰ってないかもしれないんで、降りたらちょっとまっててもらえませんか?」

「そりゃ、薄情なご家族ですね。分かりました。着いたら、そこでしばらく待機しますね。」

「助かります。ありがとうございます。」


「君って、そんなに八方美人な感じだったっけ?」

「いや、普通に運転手さんに伝えただけだよ。それよりも、道案内。頼んだよ。」

一度話を切って、

「運転手さん、ちょっと娘の相手、お願いできますかね。行き先を彼女が教えるんで。」

「分かりました。手前になったら、声をかけてください。」

詳しい場所まで知らないけど、なんとなくあの辺というのは知っていた。そういう仲だったのだから。


「着いた。」

「着いたね。それじゃあ、運転手さん、ちょっとお願いしますね。」

「了解です。また声かけてください。」

初めて来たわけじゃないけど、僕的には初めてなのだ。そう、僕らは、付き合ってるわけでもないけど、それ以上の関係だった。無論、セフレとかではない。だから、君は恋人だったわけではないけど、彼女ではなかったのだ。君も同じだったし、その気持ちも知ってるからこその行動だった。


「あれ、鍵が開かない?」

「インターホンを押してみたら?誰か出てくるかもよ。」

ピンポーン......。

反応がない、これは多分、本当に誰もいないってことかな。

「そういえば、家の車、なくなってる。出掛けてるのかもしれない。」

「どうする?待ってみてもいいけど...え、売出中?」

中古住宅の看板が堂々と塀にかかってるではないか。これじゃあ、足取りを掴むことはできないか。


「どうしたらいいかな?」

「分かった。まずは、駅に戻ろう。それから考えよう。」

と、タクシーのもとに戻った。


コンコン、バタッ

「ありゃ、誰もいませんでした?運が悪かったですね。」

「ええ、そんなところで。すみません。駅まで戻ってもらえますか?」

「分かりました。少し、お待ち下さいね。」

無言。そりゃそうだ。家はあるが、家族はもう住んでいない。これが、どんなにつらいことか。しかも20年後にいないという確定事項となったわけだ。


とりあえず駅まで戻ってきた。

「お嬢さん、こういうこともありますよ。前を向いて、ね。」

「ありがとうございます。」

彼女はペコッとお辞儀をして、タクシーを降りた。


さて、どうしたものかな。栃木にいられるのはとりあえず明日と明後日だ。

「どうしたらいいと思う?」

彼女の心配そうな声を聞いていると、なんとなく心配になる。ただ、なんとかしてあげたいのは山々だ。

「とりあえず、今の僕が、君を見捨てるわけには行かない。けど、ちょっと悪いけど、ここ2日はホテルに泊まってほしいんだよね。」

「え、どうして?」

「いや、流石に僕の実家に泊めるわけにはいかないよ。ホテルで快適な生活と、あとは20年後の世界の空気を感じてほしいんだよ。」

「もしかして、一緒にいてくれる?」

「本当はそうしたいんだけど、僕も帰省で帰ってきてるからさ、実家には泊まろうかなって思ってるんだ。」

「じゃあ、明日と明後日は、ホテルに迎えに来てくれるってこと?」

「当たり前だろ。流石にホテルに監禁するようなことはしないし、...連絡手段もついでに契約するか。」

「その、スマホってやつ?」

「そう。君なら、使いこなすのもそれほど難しくないはず。それじゃ、とりあえず小山に戻りますか。」


電車の中でふと彼女が言い出した。

「親が行方不明、私はよくわからない状態だし、なにより理解はできてるけど、気持ちの整理がつかないよ。」

「しょうがないよ。でも、君が生きていることに、僕は感謝してる。色々あったけど、大変だったね。」

そうやって、自然に頭を撫でていた。なんだろ、自分でも不思議な行動を取っている。でも、こうしたかったんだ。

「...頭を撫でられるなんて、何年してもらってないだろう。うん、君に励ましてもらって、少し元気出たよ。」



小山駅前には、何故かヤマダ電機がある。

とりあえず、まあ、一番新規で安い...いや、これからのことを考えると、iPhoneあたりを与えておいたほうがいいんだろうか。

「なんか、スマホってやつ、いっぱい種類あるね。どれがいい?」

「嫌じゃなければ、僕のお財布事情で機種を選ぶけど、どうする?」

「じゃあ、君に任せます。だって、君ならこういう機械的なものは、全部分かるでしょ?」

「そうでもないけどなぁ。ま、いいや。んじゃ、とりあえず僕とお揃いで、iPhone8にしようか。」

「おお、お揃いだ。あ、私のこと、気遣ってくれた。嬉しい。」

いや、そうじゃない。たまたま新規でも一括1円だったから。カケホとパケットパックも大きいやつにしよう。

僕名義で契約して、彼女に渡せばいい。しばらくは、僕とトランシーバーするだけだろうと思うし。


「ニシシ。ありがとう。とりあえず、一旦立て替えね。」

「そうだね。あ、僕iPhoneともう1台違うの持ってるけどね。」

「あ、ずるい。でも、携帯電話を2台も持って、どうするの?」

「まあ、色々あるんだよ。大人になると、大変だよ。」


それから、ビジネスホテルを2泊取ってあげた。ああ、明日は服を買いに行くか。

流石に制服だけ、しかも一張羅ってわけにも行かないしね。今日はいっぱい汗もかいただろう。

「ところで、パジャマじゃないと寝られない派?」

「私?う~ん、別に大丈夫。あ、Tシャツあるとうれしいかな。」

「それじゃ、一回荷物を部屋に置いてきて。コンビニでご飯とパジャマ代わりの衣類、あとハンドタオルとかを買ってあげるよ。」

「分かった。ちょっと待っててね。」

それから、ホテルのフロントに行き、

「大変お手数なんですが、彼女、まだホテルに慣れてないので、ちょっと迷ってたら、色々教えてあげてください。あと、明朝に僕が迎えに来るまで、絶対に外に出さないでください。」

「分かりました。極力監視はさせていただきますので、ご安心ください。


待つこと5分。

「おまたせ。なにか買いに行くんでしょ?」

「そそ、君の夕飯と日用品だよ。コンビニが確か近くにあった。」

そうして出てみると、目の前にローソンがあった。

「さ、じゃあ、必要なものは全部買ってあげるから。コスメ以外ね。」

「お、君もコスメなんて言葉使えるようになったんだね。」

「そりゃ、君と違って、僕は20年長く生きてますから。」

「ん~、なんか、ずるい感じするんだよなぁ。でも、私も今は、もう何もない、普通の女の子かぁ。」

「嫌?」

「ううん、憧れてたの。予備校行っても、大学でうまくやっていけるとは思えないけど、君となら、とりあえず2日間はうまくやっていけそう。それに、前はできなかったけど、今は誰もいないから、君を独り占め出来る。」

「昔もできたと思うんだけどなぁ」

「周りの目。もう、そんな感じだから、私も決心がつかなかったんじゃない。」

「あ、そうなの?僕は、君がモテてたって話を知らなかった時代だからさ。あのときは必死だったんだよ。」

「そういうことだったんだ。そうなると、謝るのは私か。ごめん。」

「別に気にしてないし、僕の方こそ、今日はごめん。色々引っ張り回して、つらい目に合わせてしまったんだから。」

「気にしないでいいの。私、一人っ子だったし、家もそこそこ厳しかったから、会えなくなることが寂しいのもあるんだけど、そこから開放されて、夏を満喫出来る女の子になれるんだなって。」

「ポジティブだね。それでいいよ。君は僕にとっても、大切な存在だからね。好きだよ。」

「あ、なんかサラッと言えるんだ。大人はズルいよね。でも、付き合ってるわけじゃないんだよね。そうなんでしょ?」

「一応...そうだな、肩書は保護者とでもしとこうか。君の保護者。今は、そういう立場で、今は我慢してくれるかな。」

「いいよ。でも、私との関係、色々終わったら、考えてくれるよね。」

「それはもちろん。ただ、僕はその辺慎重だからね。」

「相変わらず、そういうところは真面目で真摯。でも、私はそういう君の隠れたところを好きになったんだから。」

「お褒めに預かり、光栄です。」

「あー、茶化した。」


結局、コンビニでカードを切ることになった。限度額と戦うには、問題ないのだろうか。


ホテルの前で、彼女とはしばしのお別れだ。

「明日迎えに来るから。困ったらホテルの人を頼っていいからね。」

「そこまで子供じゃないよ。ありがとう。おやすみなさい。」



そうして、実家に帰り、夕飯を食べ、自室で横になっていた僕に着信が入った。まあ、相手は誰だか分かるよ。

「もしもーし。試しに、掛けてみちゃった。繋がってる。」

「うん、大丈夫だよ。聞こえてる。」

そこから、彼女が寝るまで、電話に付き合った。あ、そういえば、充電器の使い方を教えてなかったな。

明日はモバイルバッテリーを持参して、充電出来るようにしてあげよう。



今日はこの辺で。おやすみなさい。

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