34話 雨を創る花園


 帝国戦争の初期、王国軍は【火の精霊石サラマド・ストーン】に苦戦を強いられた。

 の精霊石は【暖炉に住まう火蜥蜴レッサー・サラマンダー】の力を宿し、小さな火球を飛ばすことができる。

 威力自体は大したことはないけれど、それが数十の兵士から一斉に放たれるとなれば話は変わってくる。


 王国軍は驚き、慄き、組んだ隊列に隙が生じる。

 ましてやそれが互いに突撃を敢行し、接敵の直前となれば火球を放つ帝国軍は物凄いアドバンテージを得る。

 崩された隊列から切り込むように、帝国軍の刃が王国軍のはらわたを容易く切り裂くのだ。


 しかも帝国軍の陣には大きな松明が何百と灯され、帰還した兵士が持つ【火の精霊石サラマド・ストーン】を火にくべれば、再び精霊力は回復する。

 つまり生還してしまえば、何度だって火球を放てる軍隊が誕生した瞬間だった。


 王国軍が一連の仕組みに気付くのは、今から約一カ月半後。

 それまで前線となった【星々の盾シールド】子爵領と【誉高き山脈マウンティス】伯爵領は、帝国軍の侵攻を許してしまうことになる。

 

 勇者から急に伯爵令嬢になって色々とてんやわんやだったが、そろそろ戦争対策も本格的に準備しておくべきだろう。

 そこで私は【追憶の箱庭】を発動して、従業員たちをとある【精霊の鉱脈筋こうみゃくすじ】へと転移させていた。


「わ、わんだふる! 綺麗だわん!」

「にゃ、にゃんと! 不思議な場所にゃん!」

「涼しい花園はなぞのだ~」


 ここはとある山頂近くの鉱脈筋で、【雨を創る花園レインメーカー】と呼ばれるようになる。

 小さく透明な傘の形をした草花が無数に生え、そこから数多の水滴が沸き立っている。それらはふわふわと天へ昇っていき、遥か彼方の地まで流れては雨となるようだ。

 まさに不思議かつ神秘的な光景が広がっている。


「さあ、みなさん。秘境の地とはいえどこに人間が隠れているかわからないから、警戒はおこたらないように」


「了解だわん!」

「いぇっさーにゃん!」

「は~い」


 わんにゃんずに続き、【岩飾りの娘ドワーフィン】たちも最初よりかはスムーズに私やシロちゃんの意向をくみ取ってくれるようになった。

 そして今回、王国では奴隷にされやすい亜人たちの初外出だ。

 今なら彼女たちも一定の統率が取れているので不測の事態にも対応しやすい。念のために、シロちゃんも一緒に連れてきている。


「くるるるるー?」

「そうね。シロちゃんもこの鉱脈筋は知らなかったでしょう?」


「くるくるっくー!」

「ふふふ。シロちゃんの大好きなお宝の匂いがぷんぷんするわよね」


 実はここの【精霊の鉱脈筋】は3年後、帝国に辛くも勝利した王国が割譲できた山岳地帯である。つまり現在は帝国領であり、ここで彼女たちを捕まえて奴隷にしようとする者はいない。

 完璧な安全マージンをとりつつ、彼女たちにある程度の自由を提供し、信頼を勝ち取りながら精霊石も採るという、一石四鳥なピクニックである。


 この地は当初、人が住みにくい高所だと思われていたけど、後に精霊石が取れると発覚して採掘場へと発展してしまう。

 ちなみに帝国もこの地から精霊石が採れると知らないだろうから、今のうちに取り放題しちゃおう。


「ではみなさん、あちらの【空に落ちる滝】に【水の精霊石ウォーター・ストーン】などがたくさん採れますので、元気に回収してゆきましょう! たくさん採れた者には祝福を与えます!」


水に舞う乙女ウンディーネ】や【滝を上る淑女ケルピネ】、【雨粒の貴婦人レインレディ】などが至るところで視える。

 この様子だとなかなかレアな精霊石も入手できそうだ。


「わ、わ、滝が空にのぼってるわん! やってやるわん!」

「水は苦手だにゃあ……でもがんばるにゃあ……!」

「美味しいごはんの祝福ほしい~」


 こうして彼女たちが【精霊石】を回収している間に、私は私で宴会の準備を始める。

 やっぱり親睦を深めるのに一番手っ取り早いのは、一緒に卓を囲んで美味しい食事をとるに限る。


 そんなわけで伯爵邸から【宝物殿の支配者アイテムボックス】に入れてきた木製の長テーブルや椅子などをどんどん並べてゆく。

 ちょっとお上品な白のテーブルクロスなんかも置いて、雰囲気を出しておくのも忘れない。

 すでに三十名以上の従業員を抱えているので、彼女たちの食事代や生活費も馬鹿にならない額になっているけど、戦争さえ始まってしまえばこの損失は余裕で賄える。

 それどころか出費の何百倍にもなって返ってくるだろう。


 私がワクワクしながらご飯の準備を終える頃になると、彼女たちもそれなりの成果を出していた。


「聖女さま! たくさん拾ったわん!」

「見てにゃ! 褒めてにゃ!」

「美味しい祝福と交換だ~」


 彼女たちが見せてくる色とりどりの精霊石をつぶさに吟味していく。


「へえ……【犬耳の娘ワンティー】たちは【水の精霊石ウォーター・ストーン】を100個も見つけたのね。さすが最初の【かえり人】が率いるだけあるわ」

「白銀教の第一信徒として誰にも負けないわん!」


 帝国軍の【火の精霊石サラマド・ストーン】には【水の精霊石ウォーター・ストーン】で対処できる。

 この一連の流れを【凍てつく青薔薇フローズメイデン】伯爵家が主導で広めれば、間違いなく【水の精霊石ウォーター・ストーン】は爆売れだろう。


「【猫耳の娘ニャムリア】たちもすごいわね。希少性の高い【雨憑あまつきの精霊石】を20個も見つけられたのは偉いわ」

「白銀教の伝道者としてたっくさん成果をだすにゃ!」


 戦争によって負担が強いられるのは民草だ。増税された地域では、特に農家が苦しんでいた。天候などに左右されやすく、雨が降らない期間があれば不作となって飢える者までいたという。

 そういう地域に【雨粒の貴婦人レインレディ】の精霊力を込めた【雨憑あまつきの精霊石】を設置すれば、救われる人々は多くなるだろう。

 こちらの精霊石は、慈善事業としてブランディングするために寄付するのもいいな。



「【岩飾りの娘ドワーフィン】たちもよくがんばったわね。たった5個とはいえ、【水龍登りの精霊石ミヅチ・ストーン】は重宝できるわ」

「美味しい祝福ほしいー」


 水流が天に上るほどの強力な精霊力を宿せるので、戦闘面では豪快かつ破格な精霊石を作れそうだな。


「ではみなさん! 今日は無礼講といきましょう! 私もシロちゃんもみなさんの働きを祝して、豪勢なお料理を用意いたしました!」

 

 伯爵邸のシェフに頼んで大量の料理をこしらえてもらい、それらを【宝物殿の支配者アイテムボックス】からポッとテーブルに出現させてゆくだけの手品だけど、彼女たちは大歓声を上げる。


「こ、これは……今までにないご馳走だわん!」

「うーにゃああああ! 生きててよかったにゃあああん!」

「す、すごいー……犬猫が言ってたことは本当だったのかー」


「そうよ! 貴女方の働きを評価してこのような祝福を与えたわ! これからも私とシロちゃんのために一生懸命働けば、それなりの地位や名声、そして幸福を得られるわ!」


「聖女さまと聖竜さまを信仰すれば望むがままだわん!」

「絶対に白銀教の大司教になってやるにゃあ!」

「むむーこれは本当に聖女の可能性ありだー」


犬耳の娘ワンティー】が『待て』の姿勢のままなので、他の少女たちも料理には手をつけていない。どうやら自然と上下関係らしきものが出来上がっているらしい。

 かと言って、それは永遠のものではない。

 成果次第では逆転もあるし、互いを尊重したうえで切磋琢磨してほしいとも思う。


 さて、いつまでもご馳走を目の前によだれをダラダラと垂らされても仕方ないのでパンッと手を叩く。


「さあ、私たちの祝福をいただきなさい!」


 無数の水粒が浮遊し、陽光にキラキラと反射する【雨を創る花園レインメーカー】。

 それはまるで輝く宝石たちの中でいただく大宴会なのだろう。

 そしてそんな煌めきよりも、一斉に眩しく咲いたのはみんなの笑顔だった。


「いただきますわん!」

「わーいにゃああああ!」

「岩飾りは聖女も飾ると誓うよー」





「————【水に舞う乙女ウンディーネ】よ、どうか私のお隣さん、少しだけ貴女の踊りをここに披露してほしいの」


 宴会への参加もそこそこに、私は【精霊石】へ力を宿すために精霊たちへ語り掛けていた。すると私の背後から、1人の【岩飾りの娘ドワーフィン】が近寄ってくる気配を察知する。


「あ、あのー、何をしてるですー?」


「あら、貴女あなたは————」


 私が名乗ってほしいと遠回しに首を傾げると、彼女はおずおずといった具合で口を開いた。


「も、申し遅れたですー。私はロッキナ・アースですー」


 きたああああああ!

 一年後に金細工師として華麗にデビューし、またたく間に貴婦人方から熱望される装飾品を作りまくる天才を引き当てた!

 ようやく、ようやく名乗ってくれるまでの信頼を勝ち取った!


「ロッキナ。これは精霊の力を宿しているのよ」

「せ、聖女さまは……その精霊石? を集めて何をされるおつもりですー?」


 よくぞ聞いてくれました!


「そうね。命を守るため、そして殺めるために精霊石を集めているわ。それに宝飾などの装飾品、金細工にしたいとも思っているわ」


 ロッキナはピクリとする。


「どこかに金細工に興味のある娘がいたら任せてみたいのだけれど。もちろん資金援助はたっぷりするし、設備投資もするし、好きなデザインでやらせて、職人さんも厚遇するつもりなのだけれど、困ったものね。なかなか見つからないのよ」


 おおー、ロッキナはもはや目を輝かせまくってるなあ。

 

「あ、あのー……ぶしつけなお願いですが……わ、私にやらせてっくださいー!」

「ん? 何の話かしら?」


「わ、私に、聖女さまがー運営する宝飾店のー! 職人をやらせてくださいー!」

「ふふふ……貴女あなたがそう望むのなら、やってみなさい!」


 ロッキナは全身をプルプルと震わしながら、その場でしゃがみ込み頭を下げた。

 すると他の【岩飾りの娘ドワーフィン】たちもそれに気付き、ゾロゾロと集ってくる。

 やはり彼女こそがこの【岩飾りの娘ドワーフィン】たちのリーダー格だったらしい。そんな彼女が堂々と私に感謝の意を表して平伏したのだから、他の【岩飾りの娘ドワーフィン】たちもそれに倣いにきたのだろう。


「聖女さまにはー」

「私達を散り散りにさせずー」

「まとめて買い取ってもらった大恩がありますー」

「岩飾りは尽くしますー!」


 それから彼女たちと精霊石の特性について話し合う流れとなった。

 主に今まで採取した精霊石は戦場で使う物とするが、装飾品として加工し高値で売るとも説明していく。

 するとロッキナ・アースが手を上げたので『どうしたの?』と聞いてみると、不思議な質問をされた。


「なぜ戦場の兵士たちはー、精霊石をそのまま使うのですかー?」

「そのまま使う?」


「精霊石は触れてないとー、効果を発揮しないのはわかりましたー。でもなぜそのままー?」

「質問の意図がわからないわ。具体的な言葉、もしくは例などがあったら話してみなさい」


「ええとー戦いの最中、右手は剣を、左手は精霊石を持つー。盾を持てないー」

「その通りね」


「精霊石を剣に埋め込んでも効力を発揮するー? 刀身にまるまる精霊石を混ぜ込むー? それなら盾を持てるー!」

「…………天才ね!?」


 その発想はまるでなかった!

【精霊剣】、もしくは【魔剣】の類か!


 さすがロッキナ・エース。儲け話が次から次へと降ってくるじゃないか!

【精霊剣】なんてものが作れたら、それはそれはお高く売れちゃうだろう。

 であるなら、早急に鍛冶師との渡りをつけなければ。


 そう決意した私は、宴会を終えた次の日には行動に移す。

 私はさっそくロッキナ・アースを連れて、下町の鍛冶場を見学することにしたのだ。


 もちろん華麗なるお嬢様姿では人目につくし、【岩飾りの娘ドワーフィン】も悪目立ちしてしまう。だからこそ変装してのお忍びだ。


「いい、ロッキナ。ここでは私をお姉ちゃんと呼びなさい」


「聖女さまをおねえちゃん……? は、はいー! お姉ちゃん呼びしたいですー!」


 嬉しそうにはしゃぐロッキナを見て、孤児院時代の妹たちをふと思い出した。

 よしよし。

 では出発だ!


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