30話 王子様は冷静になれない
私がオークションで狙うのは、ロッキナ・アースという名の【
だけれど彼女がどういった容姿なのかまでは知らない。だからこそ彼女を引き当てるためには、オークションで売り出される【
でも今回、私が使える資金は全部で金貨100枚だけ……。
これ以上使ってしまうと今後の活動資金のために必要な経費が足りなくなってしまう。
そう肝に銘じて、私は奴隷商人リブラ・レブラに教えてもらった【奴隷オークション】の会場へと足を運ぶ。
入口はなんてことはない武器屋だ。
だけどカウンターのいかついおじさんに招待状を見せると店の奥へと連れて行かれ、地下へと続く螺旋階段を降りる。
そこには見下ろし型の劇場みたいな広間があり、すでに客席はそこそこ埋まっていた。みな、舞台で紹介される奴隷がどのような逸品なのか、心待ちにしている様子だ。
【奴隷オークション】は別に違法ではない。なのにどうしてこのようにコソコソ行われるかといえば、高額な奴隷を取引する場所では、奴隷や顧客の逃げ道を塞ぎやすい場所を選ぶ。
このように地下劇場であれば、不測の事態が起きた時でも武器屋への入り口だけ塞げば、盗難や不正行為に対処しやすいというわけだ。
だからここに集った顧客たちも、わざわざ面倒事を起こそうという気にはならない。
「マリアお嬢様。あの男性は……」
アンが視線だけで客席の一角を示す。
私もそちらに目を向けると、そこには孤児院にいちゃもんをつけてきた三人組のうちの一人がいた。孤児にリンゴを盗まれたから金貨10枚をふっかけて、払えなければ奴隷商に売り払うと豪語していた連中の一味だ。
ここはあのようなゴロツキも出入りできる場所なのか?
いや、待て……あの男の
【
となるとあの男はトライホーン男爵の臣下、いや、金で雇われた間柄だろうか?
よくわからないが、面倒事だけは避けたい。
「ねえ、マリア」
トライホーン男爵たちから離れた席を選ぼうとしていると、隣からユーシスの声がかかる。
「あそこの連中とは離れた席にしよう。できる奴がいるよ」
そちらにも目を向けると……なるほど、あれは色々と厄介だ。
まず、トライホーン男爵よりも上等な服、そして雅なマントを羽織った男が二名。
中央の三人の脇を固めるように座っている。おそらく護衛だろう。
そして一番厄介そうなのが、護衛に守られた三人だ。
多分アレは……真ん中が少年、いや青年か? それに壮年男性と青年だな?
どうしてハッキリしないのかと言えば、彼らはかなり強力な認識阻害の仮面をつけていたからだ。
あれを身に着けた者は、なんとなくぼんやりと認識できるものの、その容姿の詳細がぼかされてしまう代物だ。
何者だ?
精霊力を駆使して覗いてみるか……いや、この場の【
とにかく正体を隠す必要のある大物であるとだけ認識していればいいか。
わざわざ自分から厄介事に首を突っ込むより、今は【
「……あの二組も気になるけれど、アン、ユーシス。【
「承知いたしました」
「【
「高確率で私と
「へえ、マリアの邪魔する奴ね。じゃあ、それとなく事故死に見せかけろってこと?」
薄い笑みを浮かべながら怖いことを言うユーシスに、ピシャリと小声で否定しておく。
「違うわよ、何言ってるの
「ん? あーなるほどね。マリアのお小遣いを上回りそうなら、早めに諦めた方が無駄遣いしなくて済むってことか」
「そうよ」
ここはオークション。
同じ奴隷を狙っている者がいたとして、相手の資金が潤沢であればあるほど値も吊り上がり、私の
だからこそ、席につくまでに【
しかしそんな願いもむなしく、オークション開幕の合図が鳴り響いた。
◇
ここが奴隷オークションか。
【
帝国はこれのどこに不満を抱くのだろうか?
隣にいる護衛騎士のフレイに目を向けても、彼から返答が来るはずもない。
また、スティングストン子爵だって自領でこのようなオークションが開かれていることを重々承知の上でぼくに案内を買って出てくれている。
それだけ後ろめたいことがない証だ。
敗者が奴隷として売られるのは世の常だ。
だからこそ僕ら王族は民を導く者として、民を守護する者として、誰よりも己を高めてゆかねばならない。
僕らが怠惰になったら、民があのような扱いを受けることだってあるのだから。
「殿下……あまりキョロキョロされぬようお願い致します。認識阻害が強力な【
「わかった。泰然としていればよいのだな」
「はい」
万が一の危険に備えて、僕たちはお忍びでこの【奴隷オークション】に足を運んでいる。
スティングストン子爵と護衛騎士が2人、僕とフレイ、計5人までの入場制限がかかっている徹底ぶりに最初は驚いたものの、中に入ればその理由にも納得がいく。
奴隷を品定めする客たちからは異様な空気が流れている。
きっと後ろ暗いことを生業とする者もいるのだろう。殺伐とした者や、欲に溺れた者、どの奴隷がどれだけ使えて、自分の得となるかを全力で吟味しているのだ。
そんな者たちが好きなだけ手下を同行できてしまったら、確実に揉め事が起きる。その被害も大きくなるだろうから、1グループ5人までの入場制限なのだろう。
「さあさあ、お次は今ではとんとお目にかかれない珍しい奴隷です! なんと、南の石切り場の洞窟に隠れ潜んでいた【
司会の者がそう発表すると、周囲の客たちは色めき立った。
【
「スティングストン子爵。あの奴隷種はなぜ人気なのか?」
「殿下……【
スティングストン子爵のその説明に納得がいった。
壇上にてその姿をお披露目された【
手先も器用な種族だったか?
なるほど。家事をさせたり、その他で楽しむための……愛玩用に近い奴隷というわけか?
この会場で彼女たちを狙うギラついた眼差しが、そこかしこで交錯している。
「では! まずはこちらの【
「金貨1枚と銀貨20枚!」
「金貨1枚と銀貨50枚で買おう!」
「金貨2枚だ!」
「き、金貨3枚でどうだ!」
「金貨3枚と銀貨10枚……!」
男たちの
「
そんな中、
その声音は忘れたくても忘れられない。
ここ最近、焦がれ続けてきた少女の声そのもので————
いや、まさか彼女が……フローズメイデン伯爵令嬢がこんな場所にいるはずないとかぶりを振る。
きっと彼女を無意識下で想うあまりに、幻聴でも聞いてしまったのだろう。
「ならばこちらは金貨10枚で買おう!」
「……ッ! でしたらッ、私は金貨11枚ですわ!」
しかし、そこには————
キッと厳しい表情で、【
曇りなき銀髪を流麗になびかせ、欲望渦巻く場へと果敢に挑むその姿は————
やはり女神のように可憐で、そして凛々しかった。
「えっ、フローズメイデン伯爵令嬢?」
僕の極々小さな呟きに反応できたのは、
「ふふっ、殿下は運命を感じられていますな?」
面白そうに小声で笑う
僕はこの国の王子だ。
だから、どんな時も冷静沈着に対応しなければいけないんだ。
でも、だけど————
心臓の音は鳴りやまなかった。
◇◇◇◇
あとがき
お読み頂きありがとうございます。
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◇◇◇◇
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