28話 運命のいたずら


「これはこれはミカエル王子殿下。王族の貴方様がこのような星々の一粒に足を運ばれること、大変栄誉に存じます」


 僕が馬車から降りると、恭しい礼をしてみせたのは小柄な男だ。

 といっても身長が低いだけで、横にガッシリとした体格は一目で鍛え抜かれているとわかる。


「出迎えご苦労、【鋭利なる巨石スティングストン】子爵」


「我等一同、王子殿下を歓迎いたしますぞ」


 石のように義理堅く、石のように我慢強い男。

 それがディフェンド・フォン・スティングストンに抱く印象だ。

 彼は今年で38歳になり、僕より一回り以上歳が離れている。それでもこうやって礼を尽くしてくれるのは、王族が自らこの地に足を運んだのを余程嬉しく思っているのだろう。


「此度の帝国戦、そなたの働きには期待している」


 王族が直々に訪問するとはそれだけ戦功が期待されている証だ。

 そして妹のステラがやっているように戦後の地盤固めでもある。スティングストン子爵は数少ない僕の後援者だ。

 戦前とあらば絶対に無下にはできない。


「もったいなきお言葉でございます。殿下におかれましては、王立魔剣学園でのご勉学にご多忙であるにも関わらず、このように我等を鼓舞してくださり感謝いたしますぞ」


「このような時世だ。学園は休学している。それに……前線地となる二領が帝国軍に抜かれた場合、王国防衛の要所となるのはこの【巨石に守られた都ガーディア・ストン】だと睨んでいる。その城主に顔を合わせておかないなどと、そこまで僕は薄情になった覚えはない」


「ほっほっほ。相変わらずですなあ、殿下は。みなが戦の準備をしているなか、自分だけがのうのうと学園に引きこもっているわけにはいかないと、そう仰ればよいものを」


 ニコリと笑う小男には、兵を率いる実直な防衛力だけでなく愛嬌もあった。


「やれやれ。やはり学園に居座り続け、口先だけで美味しい餌を吐く姫殿下よりも、こうして身体を張ってでも我らに敬意を示してくださる王子殿下が私は好きですなあ」


「そう言ってやるな。ステラもあれで必死なのだろう」


 僕の食事に含まれた毒の件は、結果的にステラの首を締めつつある。

 信じたくはなかったが……ステラはベラドンナ子爵の三女を通じて僕の料理に毒を盛るよう指示していたらしい。

 しばらく泳がせたおかげで様々な証拠が浮上してきた。


 そして王族殺しは極刑だ。

 たとえそれが同じ王族であったとしてもそれは同じ。


 だからこそ僕は糾弾の場を設けたが、今回は全ての罪がベラドンナ子爵家に降りかかり、お家取り潰し騒動にまで発展した。残念ながら黒幕のオリゾント侯爵やステラまで制裁の手は及ばなかった。

 ステラたちもなかなか狡猾で、僕らの実力不足でもあった。

 何より、実の妹がぼくに毒薬を盛るなどと……少しばかりの心労が、僕の刃を鈍らせてしまっていたのかもしれない。


 だけど、周囲の貴族たちには僕とフレイで調べ上げた証拠を公開することで、暗に誰がこの騒動に関わっていたかを明確にできた。

 すなわち、ステラには王族殺しの疑いがある、と。


 そうなれば父君の心象もすこぶる悪いことになる。

 すると次代の王位継承者として認められるのは、僕なのでは? と派閥を鞍替えする貴族まで出始めている。

 しかも気に入らない相手を毒で黙らせる方法は、自分たちにも適用されるのでは? と慄く小心者の貴族たちもいるだろう。


 ステラは王族だ。

 今回のように権威と人脈を駆使して、王子である僕の配膳にも毒を含めることができるのなら。ステラが女王に即位した後、彼女の意向に逆らった者は毒殺されるかもしれない。

 明日は我が身だ。

 それなら少し口うるさくも手厳しい僕を擁立する方が、良いと判断する貴族もいる。


 流れは一方的なステラ派閥の拡大から、王子ぼく派閥の追い上げにまでなっている。

 それこれも全ては【精霊石】という毒感知のきっかけをくれた、マリアローズ伯爵令嬢のおかげだ。

 ……彼女にはまだ直接、感謝の言葉を伝えられていない。



「おや、あの生真面目な王子殿下が呆けておられる。これは珍しいこともありますな。もしや恋煩いでも?」


 スティングストン子爵の他愛のないからかい文句だとわかっていても、僕は想像以上にその言葉に反応してしまった。


「ぼ、ぼ、僕に限ってそのようなことはない!」


「ほう……まあ、殿下もそろそろご婚約の時期ではございますな。陛下より多くの縁談話が来ておられるのですかな?」


 スティングストン子爵は軽く探りを入れてきたようだ。

 僕が婚約する相手によっては彼が受ける影響も大きいから。


「いや、そのような話はまだだ」


 婚約か……。

 婚約者としてフローズメイデン伯爵令嬢はどうだろうか?


 家格としてはやや弱い。

 伯爵家の中でもトップではあるけど、やはり侯爵家や公爵家、そして辺境伯家には劣る。

 とはいえ現当主であるダンテ・キルヒアイス・フローズメイデン伯爵は父君の覚えめでたい武人だ。ここ数年のフローズメイデン領の税収を見れば、領地経営においても敏腕なのが明らかだ。


 その優秀さは伯爵の一人娘である彼女もきっと変わらないはず。

 彼女はおそらく、僕が毒殺されそうになっていた背景を察知していたのでないだろうか?

 でなければあのタイミングで【精霊石】とやらを僕に渡す理由が見当たらない。

 恐ろしく聡明で、可憐すぎる令嬢だ。


 もっと彼女と会って話がしてみたい。

 負けるつもりは毛頭ないけれど、やはり色々な刺激を受けられる気がする。

 僕は……フローズメイデン伯爵令嬢に会いたい。


 しかし、今はまだ合わせる顔がない。

 なぜなら『わたくしがここまでお膳立てなさったのに、姫殿下の派閥を追い落とせないなんて……私、失望いたしましたわ』とか言われそうだ。

 またこころざしの高い彼女なら『私にお礼を言う暇がありましたら、少しでも戦の地盤固めをなさってはいかがです?』なんて苦言をこぼされてしまうかもしれない。


 だからこそ僕はやるべきことを全てやり遂げてから、改めて彼女に会いに行く。

 そう決めたんだ。


 ひとまずは王族として、帝国戦に向けた準備と、終戦に向けての落としどころを模索するところから始めなければ。


「スティングストン子爵。帝国が宣戦布告した理由だが、精霊を聞く者……【耳長人エルフ】を含む亜人の奴隷制度を撤廃しない限り、帝国は王国に牙を向くと言っていたな」

「さようでございますな。まったくもってふてぶてしい奴らですな」


「そういえばそなたの領地にも奴隷市場はあったな」

「ええ、ございます。亜人は石材を切り崩すのに、良い労働力になっておりますゆえ」


 王国では亜人は奴隷だ。

 それは数百年前から変わらない常識だ。

 それでも僕は……此度の戦の原因となった者たちから、目を逸らすわけにはいかない。奴隷たちの実態をこの目で確認すべきだ。

 また、【巨石に守られた都ガーディア・ストン】に住まう民たちの様子も気になる。戦を前にして民の士気は高いのか、低いのか、戦争に対するイメージや空気感なども把握しておきたい。

 僕の予測が正しければ、この地は間違いなく重要拠点となるはずだから。


「スティングストン子爵。僕は奴隷市場に赴こうと思う」


「奴隷市場ですか……? あぁ、ある意味、帝国戦は奴隷解放を謳ったいくさでもありますからな。戦を前にして奴隷たちが謀反の動きをすまいか、その視察ですかな? でしたら私とその護衛もご一緒させていただきます」


 僕は明後日の方向に勘違いするスティングストン子爵に、みなまで言わずにただ頷いた。


「気遣い、感謝する」


「いえいえ」


 この地で僕のすべきことを終えれば、少しはフローズメイデン伯爵令嬢に会うにふさわしい男になっているだろうか。


 ああ、こんな時だというのに……あの美しい銀髪が忘れられない。

 彼女は今、一体どこで何をしているのだろうか?



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