27話 路地裏の風に消えて
「え……? 【
【
「マリア。いくら何でも危ないよ」
「平気よ? 私にはシロちゃんがいるもの」
「くるるるるっくー!」
そう言うとシロちゃんは自身の力を証明するかのように、ミニサイズから熊と同じぐらいの巨体になった。
シロちゃんはここ数日でさらに急成長している。
確かに先日の孤児院では、金貨30枚と銀貨5枚という大きな出費があった。しかし
戦争が始まり売り出す頃には一財産になるだろうし、竜にとって精霊石をため込むのは財宝をため込むのと同じ。
日に日に力を増すシロちゃんを心強く思う。
ちなみに私の採掘事業も少しずつだけど前進はしている。
なにせ今日で労働力が7人も増えたのだから。
【
「うわっ……そのトカゲ……そんなに大きくなれたんだね。でもやっぱりマリアだけで行くのは危ないと思う」
「どうしてかしら?」
「キミは生粋の貴族令嬢さまだろう? 平民が必死に商売している闇市なんかじゃ、色々と後ろ暗いやり取りもあるんだ。例えば、世間知らずのお嬢様を誘拐して身代金を要求しよう、なんて輩だっているはずさ。それに
「駄犬に世間知らず扱いされるなんて心外ね。それぐらい知っているわよ? 悪い大人たちが孤児たちに命令してスリをさせたり、そのまま旨味を覚えた子たちを盗賊ギルドに勧誘したり、ね?」
「く、詳しいな……」
なぜか薄ら笑いを浮かべるユーシスに私は首を傾げてしまう。
この笑みの意味は……うーん、呆れか?
『マリアはかなりのお転婆だね。お忍びで城下町によく行ってるのかな?』みたいなニュアンスだろうか。
「……まあ、俺も奴隷市場を一度は見てみたかったんだ。暗殺の練習台がどういう経緯で
「はい? 駄犬がついてくるってことかしら?」
「うん。暗殺術に長けた俺がいれば色々と危険からまも……物騒な市民たちへの対応策とか、俺の暗殺術がどこまで通用するのかとか、色々と学びになるからね」
「ふぅん」
ま、ユーシスのためになるなら一緒に行ってもいいか。
「そこまでいうならついてきてもいいわよ、駄犬」
こうしてユーシスとお忍びで【
◇
「お、お、お嬢様!? 本日はどちらに行かれるので!?」
ユーシスと【
私は転移の門を自室で開いているところを、メイドのアンに見つかってしまった。
「奴隷市場よ」
「奴隷市場ですか!? そんな危険な場所にお嬢様お一人で行かせるわけにはゆきません! すぐに護衛騎士の手配をいたします!」
行くのがダメと言わないあたり、すでにアンは私に対して一種の諦めを抱いているようだ。これはこれで『お嬢様に何かあれば私の責任です!』と腹をくくってくれる潔い忠臣を持ったと喜ぶべきなのだろうが、最近ではちょっとだけ過保護に感じる。
「護衛騎士は……お父様の耳に伝わったらまずいからいらないわ。別枠でそれらしい人も一緒に来るから心配しないで。シロちゃんもいるから大丈夫よ」
「しかし……でしたらせめて、このアンだけでもお供させてください」
うーん。
まあアンはこう見えて
連れて行っても問題ないかな?
「わかったわ。じゃあすぐに支度なさい。もう約束の時間なのよ」
「承知いたしました! すぐにっ!」
そうして私はメイド姿で帯剣するアンを連れて【礎の館】へと転移する。
アンの姿を見たユーシスは微笑みを浮かべつつもどこか不満そうだった。それでも予定通り私たちは【
「不思議な街並みですね、マリアお嬢様」
「そうね。石壁を積むのではなくて、巨大な石の連なりをそのまま利用して城壁に見立てているのだから面白いわよね」
「しかも妙に刺々しいよね? あれじゃまるで外敵の侵入を防ぐ大きな壁の槍だね」
ユーシスの指摘もあながち間違ってはいない。
私は勇者時代、ここに帝国戦争の後期に従軍している。この堅牢な要塞都市で帝国の大軍を受け止め、
不思議な巨石の門をくぐりぬければ、街中にもぽつりぽつりと巨石が鎮座している。都市内にある巨石はどれも丸みを帯びていて、子供たちが上に乗って騒いでいたり、噴水広場の中央になぜかご利益があるからと配置されていたり、はたまた巨石の上に家を建てている者までいる。
そんな光景を見て、何とも和やかな気分にさせられる。
しかし光があればまた闇もある。
私たちが向かうのは薄暗い路地裏の先、奴隷市場だ。
「————なんだかワクワクするわね」
「お嬢様、どうか騒ぎだけは起さないようにお願いいたします」
「それってマリアに一番似合わない台詞だね、アンさん」
「……ユーシス様。それはマリアお嬢様に対する侮辱でしょうか? 万が一にもそのような意図だと判明した場合、いくらレヴァナント侯爵家のご子息といえど、私の剣で即刻その首を切り落とさせていだたきます」
「へえ……この俺にキミごときがそんなことをできるのかなあ」
「試してみますか?」
うーん!
やっぱり私は路地裏ってやつが好きみたいだ。
入り組んだ石畳を駆ける少年少女たち。少しでも儲け話はないか、誰かを害してまで生き残ってやる、おいしい思いをしてやる! といった闇が垣間見えるのもいい。
雑多な喧騒が飛び交い、どこもギラギラした視線や粗野な空気を肌で感じるのが懐かしいのだ。
この、誰もが一瞬の
かつて孤児院ですごしていた時、ユーシスとこっそり夜の街へと繰り出しては、お祭りを見に行った時のことを思い出させる。
「ほら、アンも駄犬もつまらない口喧嘩なんかしてないで、さっさと奴隷市場まで駆け抜けるわよ」
「わっちょ、お嬢様!?」
「マリアが……俺の手を……」
二人の手を取り、私は懐かしい感覚と共に駆け出す。
「——今日も、二人だけの秘密だったらなぁ————」
ユーシスが何か呟いたけれど。
その言葉は、路地裏を吹き抜ける風に流されて聞き取れなかった。
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