25話 本物の聖女
「さあ、わんにゃんずたち! 私とシロちゃんのためにしっかり働きなさい!」
「「かしこまりわん!」」
「「「がんばるにゃん!」」」
ユーシスと別れた私たちは、とりあえず【
私は手取り足取り彼女たちに精霊石の掘り方を教え、私がいない間も休憩や睡眠などを挟んで掘り続けなさいと命じておく。
本当は【
その点、【
「こっちのタルと木箱には水や食料が入っているわ。寝床は簡易的な毛布や敷き物だけれど、今は我慢なさい。あなたたちの働きによっては、もっと豪華なものにランクアップするのを忘れないことね」
「ありがたいわん……石の床で寝るのはもうこりごりだったわん……」
「美味しそうなごはんだにゃん……ドロドロの不味い水メシとはおさらばにゃあ」
なぜか物凄く感謝された。
よほど【礎の館】での扱いがひどかったのだろうか?
まあ、奴隷に対する待遇なんてそんなものなのかもしれない。
しかし! 今や彼女たちは私にとって大切な従業員!
彼女たちの健康を損ねるようなことは極力避けたい。なぜなら採掘量が減ってしまうから。
ならば今できることをやっておくのが必定というもの!
というわけで、地下に閉じ込めて最低限の生活用品を提供して働かせます。
おおう……私もけっこう悪どいことをしているな?
「何か入用な物があれば遠慮なく言いなさいね」
「聖女様の祝福に感謝だわん」
「聖女様の加護に感動だにゃ」
こうして私の採掘事業が順調に動き出した。
となるともう一つの準備も進める必要がある。
それは精霊石に付加価値をつけるための事業だ。
お貴族様っていうのはあらゆる物に意味や物語をつけたがる。おそらくは彼らの
だから物や土地などにも意味や由来をつけたがり、それが貴族にとって更なる特別感を生みだすのだ。
というわけで精霊石にもプレミアム感を出すのが良い。加工なんかして指輪やアクセサリーにしたら実用性もあるし、ファッション性にだって富んでいる。
「優秀な金細工師を確保しないといけないわね」
「くるるるー? かうかう?」
「大丈夫よシロちゃん。今から1年後に、貴族界で大流行を作る金細工師が誰だか知っているの。その人を見つけて雇ってしまいましょう」
「くるるっるるぅぅ」
「そうね……問題は『今』どこにいるか、なのよね……【
「かうううかう! がるるーん!」
肩の上で懸命に励ましてくれるシロちゃんを優しくなでた後、私は覚悟を決めた。
「金細工師を探すなら……ついでに本物の聖女さんも見に行こうかしら?」
ユーシスが口にしたアリアという名の少女は、私が知っている孤児院にまだいるらしい。聖教の総本山に招かれるのはしばらく先らしいから、お忍びで孤児院に赴いておこう。
◇
「マリアお嬢様……! このような危険な下町に足を運ばれるなんて、旦那様がお知りになったら激昂ものですよ?」
「あら? 私を止められずに、ここまでついて来ているアンも同罪よ?」
屋敷から孤児院のある下町にこっそり転移しようとしたら、メイドのアンに掴まってしまい、そのままなし崩し的に一緒に行動を共にしてしまった。
「私は……最近お嬢様が何やらコソコソとされているので……心配でしたから……」
「どのみち誰にも言ってはならないわよ? 私、お父様がアンの首が飛ばす光景なんて見たくもないわ」
「でしたらお早めにご帰宅なさってください。マリアお嬢様がそのような薄汚いお洋服をおめしになるなんて……お嬢様の輝きにふさわしくありません」
「これぐらいがいいの。愚民に紛れるには完璧な変装よ」
平民出身の私からすれば、本格的な下町の女子に変装するなんて朝飯前だ。
私はアンの右手を強引に掴み、路地裏を走り出す。
「さあ、行くわよ! アン!」
「お嬢さまの柔らかな御手がっ、私の手を握られてます……!?」
ああ、この感じ、懐かしいな……よくユーシスたちと駆け回ったっけ。腹が減りすぎて露天商の果物を盗んだ時も、この路地裏にはお世話になったなあ。
「……ハッ、お嬢様! どちらに行かれるのですか?」
「もちろん孤児院よ」
笑顔で答えるとアンの顔がトロッと溶けてしまった。
すごいだらしない表情をして、それからすぐにまた生真面目な顔に戻った。
「……孤児院ですか? ハッ、まさかマリアお嬢様は孤児院の子供たちを気にかけていらっしゃる!? なんて、なんてお優しい御方なのかしら……そういうことでしたら、このアン! 全力でサポートいたします」
早口でまくしたてながら勘違いするアンをなんだか怖いと思った。
◇
「……なつかしいわね」
そんな胸中がこぼれてしまうほどに、私たちの孤児院は記憶の中のままだった。
年季の入った
老朽化が激しくて一部が崩れている鐘楼塔。
それでもステンドグラスだけは、いつもピカピカに磨いてある
何もかもが少年時代のままで、やっぱり込み上げてくるものがあった。
そんな風に私が感傷に浸っていると、孤児院ならでは風景が目に飛び込んでくる。
小さな子供たちを年配の子供がまとめて洗濯物を干したり、孤児院の前の広場で遊んだりしている。
「どうやら孤児院の子供たちは健やかに過ごしているようですね」
「そうね」
そんなアンの発言がフラグを立ててしまったのか、子供たちの輪にガラの悪い男達が割り込んできた。
「おうおうおう、ここの責任者はどこだあ!?」
「こんのガキがうちの大事な大事なリンゴを盗んじまってなあ、弁償を求めにきてやったぜ!」
「金貨10枚! うちが被った損失だ!」
三人組の男は少年の首根っこを掴み、周囲の子供たちを恫喝するようにねめつけている。そんな事態を察知して子供たちの間に入ったのはうら若き少女だった。
「どうかお怒りを鎮めてください!」
ユーシスと同じく、夜のような艶やかな黒い長髪をなびかせ、男たちに祈るように両手を結んでいる。
「ああん? お前がこの孤児院の責任者か?」
「
「で、おまえは金貨10枚払えんのか?」
「金貨10枚……ああ、これも神が与えたもうた試練なのですね。わかりました、どうにかお支払いいたしますので、どうかジャックを放してください!」
え、金貨10枚払うの!?
リンゴを盗まれたぐらいで金貨10枚も損害を受けるって、そのリンゴは宝石か黄金なのか?
じゃなきゃ完全に男たちが吹っ掛けにきているだけだろう。
というかあの黒髪少女、会話が少しかみ合ってないように思える。
「お? 金貨10枚払えんのか?」
「じゃあさっさとくれや」
「おー、これでこのガキを奴隷商に売り払わなくて済んだわ」
なるほど。
この3人は最初から、大金を吹っ掛けて支払えないなら子供を奴隷商に売り飛ばす算段だったのか。
孤児院にいた頃、突然帰ってこない兄妹がいたけどおそらくこういった連中に掴まって売り飛ばされていたのかもしれない。そう考えると、ご丁寧に脅してきてくれるだけありがたい部類か。
「はい。金貨10枚ですと完済まで3年はかかるかもしれませんが、必ずやお支払いいたします」
「は!? 3年だと!? ふざけてんのか?」
「おれらは今すぐ欲しいって言ってんだよ!」
「話にならねーわ。
高圧な3人組におろおろする少女。
私はさすがに自分の古巣がこのような扱いを受けているのは見ていられなかったので、少年を掴む男の手首を無詠唱で凍らせた。
「【
「ぐっ、つめたっいだああああ!?」
「おまっ、手から氷の薔薇が……!?」
「どうした!?」
少年を掴んだ手が離れたと同時に、懐に入れておいた短剣を抜いて後ろから首元に添えてやる。
「よく聞きなさい、愚民たち。もし一歩でも動いたら、この汚らわしい汚物から真っ赤な汚物がしたたりおちるわよ?」
「なっ……」
「いつのまに……?」
「また子供だと?」
「あなたたちはこの孤児院が【
「は? レヴァ、なんだって?」
「あんま舐めんなよ? 俺たちだってなあ、お貴族様との繋がりぐらいッ」
「ばか! 暗殺貴族で有名なお偉いさんだ!」
「とんでもないところに吹っ掛けてくれたわね? で、リンゴはいくつ盗まれたのかしら?」
「……ちぃ……10個だ」
「……いや、7つだったような?」
「落ち着け。本当は5つだ。5つだけだ!」
私が短剣を薄く当てていくたびに、彼らは言う事を変えた。
そこで掴まっていた少年に目を向けると、彼は『ご、ごめんなさい。2つ盗みました』と怯えながら答えてくれた。
「リンゴ2つね? 銅貨2枚ってところが妥当かしら?」
「ぐっ……」
「……てめえ。旦那が知ったらただじゃおかねえぞ」
「やめとけ。歯向かうな。レヴァナントに報復されたら、俺たちは終わる」
「まあ、迷惑料も込みで今回は銀貨一枚を差し上げますわ。アン、渡してあげて」
「かしこまりました」
アンが銀貨を渡し終えるのを見計らい、しっかり釘も刺しておく。
「今後、二度とこのようなことが起きないように。その小さな肝に銘じなさい」
男三人と盗みを働いた少年を凝視する。
すると彼らはコクコクと無言で頷き、短剣から解放してやると去って行った。
それから私は少年へ近づき、しゃがんで目線の高さを合せてあげる。
「盗むなら絶対にバレないタイミングでやりなさい。でないと、兄妹たちにまで危険がおよぶのよ?」
「は、ふぁい……ごべんなざい」
少年は泣きながら謝ってきた。
よほど男たちの恫喝が恐ろしかったのか、はたまた他の兄妹たちを危険な目に遭わせたのが悔しかったからなのかは定かじゃない。ただ、少年の中で何か責任感のようなものが芽生えるのを私は感じた。
「ジャック! 盗みはダメです! 綺麗な女の子が許しても私は許しません!」
あ、黒髪の少女がぷんぷんしながらジャック少年を叱っている。
『二度とこのようなことはしないと神に誓いなさい』とか『自分のしでかした罪を告解なさい』とか、とにかく聖教っぽいお説教が続く。
それからしばらくして、彼女はようやく私へと向き直った。
「それはそうと、助けていただき感謝します!」
勢いよく頭を下げる少女に対し、
「ただの気まぐれですわ。羽虫がうっとうしかったので、ただ追い払っただけですの」
「そう、ですか……? ふーん、なんだかあなたからは精霊の美味しそうな匂いがしますね?」
ん?
精霊の匂い?
あ、気配か? そう言われてみると、黒髪の少女からも色濃い精霊の気配がする。
これは……
「失礼。それ以上、お嬢様に近づかないでくださいませ」
ジーッと見つめて来る黒髪少女に対し、アンが制止をかける。
すると彼女はハッとなり、屈託のない笑顔を浮かべた。
「あっ、私ったらごめんなさい! ジャックや私たちを救ってくれた恩人に、自己紹介もまだでした。私はアリアと言います」
この娘が聖女アリア。
なるほど……道理で私と同じく精霊を感知できる力を持っているわけだ。
とりあえずお目当ての人物に出会えたので、私も薄く笑って応えた。
「庶民のくせに
うああああ……マリアさん
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