24話 砕かれた仮面


 フローズメイデン伯爵令嬢と初めて会ったのは、【太陽の花園パーティー】の時だった。

 彼女は未成熟さを色濃く残しながらも、月光のように輝く銀髪に目を惹かれた。この世にはこんな人形みたいな美しい少女がいるのかと、軽い衝撃も受けた。


『もし、貴方あなたが噂のレヴァナント侯爵の落とし子・・・・かしら?』


 ただ、俺を【死神の大鎌レヴァナント】侯爵の落とし子だと知っていながら、軽い嫌味を加えた喋り方に『ああ、この娘も高慢なお貴族様なんだなあ』って思ったっけ。

 だから仕返しとばかりに嘘を吐いて強いお酒を勧めたら、年下の少女が喜々として飲み干すから慌てたなあ。


『このお酒、すごく美味しい! ですわ!』


 刺々しい口調に反して、心底お酒が美味しいと笑顔を散らす彼女を見て俺の中の何かが温かくなった。なぜか懐かしいような、安心できるような、そんな不思議な感覚かな。

 彼女は性根が曲がっているのか、すごく真っすぐな娘なのか判断がつかなくて、とにかく興味が沸いた。


『下等な庶民が好みそうなお酒よ。飲んでみなさい』


 さらに彼女はお返しとばかりに自作のカクテルを作ってくるものだからすごく警戒した。でもそんなのは俺の勘違いで、本当に美味しい飲み物を手ずから作ってくれて……。

 あれからあの果実酒? みたいのは、ぜひもう一度飲みたいと何度も思ったよ。


 それに彼女は、貴族のようで貴族らしくないところがあってそこがまた気になってしまう。

 フローズメイデン伯爵令嬢が、姫殿下を庇って毒薬に倒れた後……俺は自身の無能さを痛感した。

 さっきまで得意げに毒殺について語っていた本人おれは何もできずに、ただただ茫然としていた。毒殺に詳しい俺がいながら毒薬を見逃すなんて、目も当てられない醜態。

 あの事件は、俺の実力不足が招いた悲劇でもあるんだ。


 そして貴族は貸し借りが重要だと父から聞いていた。

 だからてっきり彼女が目覚めたとき、今回の俺の失態を逆手にとって何かしらの要求をしてくると思ったけど彼女は何も望まなかった。

 ただ、俺が気持ち悪いと言ってきたっけ。


『その嘘を張り付けたようなお顔が気持ち悪いと言っているの。せめて私の前では、嘘にまみれた口調でなくてよろしくってよ。虫唾が走りますわ』


『マ、マリア様のお怒りはごもっともですが……』


『マリアと呼びなさいと言っているの!』


 この事件でとがめるところがそこなの? と思った時点で、俺は本音で笑っていた。しかも気軽に自分をマリアと呼べだとか……生粋の伯爵令嬢が言う台詞なのか?

 俺が敬称をつけるほど、彼女に敬意を抱いてないのを見抜いたのか……とにかく俺の作り笑いを看破してくるなんて、幼馴染のアリアぐらいなのに。


 だからなのか、彼女と話した時だけは色々な苦痛を忘れられた。

 まだ何の責任も責務もない……孤児院の、自由で貧しい無邪気な頃に戻れたんだって。


 今の俺は【死神の大鎌レヴァナント】の一振りとして、王国の暗部を刈り取る鎌になるための修行をこなすしかない。

 亜人を大勢殺すのも、大義があるから。

 この手を真っ赤に染めるのだって別に嫌なんかじゃないよ。

 苦痛で泣き叫ぶ声を聞くのも、憎悪のこもった眼差しを向けられるのも、慣れたものさ。


 だから俺はニコニコ笑っていればいいんだよ。

 笑ってさえいれば、俺は大丈夫だから。


 ……でも、ふとした拍子に彼女が思い浮かんでしまう。

 彼女を思うと、こんな人殺しの毎日よりも、懐かしい木漏れ日が注ぐ温かな場所を求めてしまいそうになる。


 あぁ、本当に調子が狂うよ。

 思えば、マリアローズ……マリアには最初からずっとこっちのペースを狂わされっぱなしだ。


 ————それは今もまさにそうだ。


「ユーシス」


 暗がりの中から、静かに俺を見つめる蒼眼の瞳は……なぜか優しさに満ちていた。

 一番俺の正体を見られたくない子に、俺の人殺しを見られてしまった。

 なぜ彼女が【いしずえの館】に?

 どうやって入ってきたの?

 どうして俺のこんな姿を見てしまったんだ?


「……マリアは一体、レヴァナントうちの……いや、俺のどこまでを知っている……?」

「さあ? とにかく今はその【犬耳の娘ワンティー】を殺すか離すかどっちかハッキリなさい」


 今更とりつくろっても遅いから、俺は容赦なく腕の中でもがく【犬耳の娘ワンティー】をくびり殺した。

 てっきりマリアは驚き慄くかと思ったけど、彼女は冷静に俺を見つめるだけだった。

 俺が知ってる貴族令嬢たちは、花よ蝶よと大切に育てられた温室の小鳥たちだ。殺しの現場を見て、決してこんな反応をするものじゃない。


 少なくとも泣き叫んだり、大騒ぎをするはずなのに……ああ、やっぱりマリアがわからない。

 でも、マリアの瞳に嫌悪の色がないことに安心した。

 ……ん、今、俺はどうして安心なんかしたの?

 ああ、落ち着け。動揺しちゃダメだ。

 

 だけど俺の動揺はさらに激しくなってしまう。



「くーるーるーるー!」


 マリアの肩に乗っかるちっこいトカゲが妙な光を放つと、絶対に殺し切ったはずの【犬耳の娘ワンティー】が息を吹き返したから。


「あう……あなたが、いや、あなたがたが、あたしを蘇らせてっ、くれたわん……!?」

「黄泉の世界からおかえりなさい。最初の【かえり人】さん」


 彼女は俺の目の前で信じられない偉業を成し遂げてしまった。

 こんなのはありえない、ありえないよ。

 彼女の行いを強く否定する自分がいるけど、それでもやっぱりどこか安心している自分もいて……。

 とにかく彼女が何をしているのかが知りたい。


「マリアは……いや、そのトカゲは一体なにをしたんだい……?」

「ユーシスの罪悪感を薄めてくれたのよ。駄犬の貴方に理解できるかしら?」


「なっ……」

「人殺し、嫌なのでしょう?」


 彼女の指摘に……【死神の大鎌レヴァナント】に来てから俺が積み上げてきたものがグラついた。

 殺しの練習は正義のため。

 悪どい連中を世間の闇に葬るため。

 孤児院のみんなのためにだってなる。

 だから俺は笑い続けてきた。


 でないと、人殺しなんて……とてもじゃないけど……続け、られない……。



「自分の心を殺さずとも、望みを叶えていいのよ」


 

 マリアからこぼれた温かな言葉が、俺の冷たく凝り固まった何かを溶かしてゆく。

 彼女の瞳から、声音から、その真剣さが伝わってくる。

 決して戯れで軽々しく言ってるんじゃない。

 彼女は俺と一緒に背負う覚悟で……取引きを提案してくれているんだって。

 亜人たちの命を救い、俺の心までも救おうとしてくれているんだって。



「この取引きも二人だけの秘密よ? それすら守れない駄犬なら、もう飼う価値もないわ」

「二人だけの秘密……」


 その響きはまるで、俺だけが彼女を独占できているような、そんな甘美な響きだった。

 もう、何なんだよ、この少女はさ。


 こんなにペースを乱されっぱなしじゃ、本当に、わけがわからない。

 だけど俺は心の底から笑ってしまった。


「わかった。俺と、マリアだけの秘密だね」

「いい子ね、駄犬」


 いともたやすく俺の仮面を砕いた少女は、やっぱり不思議な子だった。

 蘇生した亜人たちには神聖視されているし。その亜人たちを引き連れてさっさと転移していっちゃうし。

 まあ俺だって彼女は特別だとは思うけどさ。

 もう少し俺にかまってくれたって————



「————そんなマリアにも気になる奴がいるなんてなあ」


 彼女は俺の幼馴染であるアリアの名を聞いた時、神妙な顔をしていた。

 そしてアリアについて色々なことを尋ねてきた。

 何がそんなに気になったんだろう?


 あんな妄想癖が激しく・・・・・・・すぐに人を信じてしまう残念女子アリアと、常に凛として美しい貴族令嬢マリアがいまいち噛み合わない。


 まあアリアも最近じゃ聖女かもしれないって騒がれてるけど……あれは多分、ただの偶然って感じなんだよね。

 確かにアリアは治癒の魔法がもの凄く得意だし、優しい奴ではあると思う。

 でもあんなチンチクリンが聖女って称えられるのはなんか違う気がする。

 むしろどちらかといったら、マリアが聖女ですと言われた方がしっくりくるよ。

 亜人たちもそう言ってたし。


 だってアリアって13歳になっても、『夢の中に銀色の蝶々が出てきたのです! きっと近々、神の御使いがくるのです!』とか騒ぎ立てたり、『今日は銀色お月様の夢を見ました! きっと神が私に微笑んでくれています!』だの、しまいには『夢に銀色の犬が出てきたので、この捨て犬は絶対に神です! 飼います!』だの言いだして……ただでさえ食い扶持の少ない孤児院に負担をかけたり……。

 とにかく妄想と現実の区別がつかない残念な女子、それがアリアだ。


「……なぜアリアはあんなにも銀色を神聖視するのかな?」


 ん?


「そういえばマリアも綺麗な銀髪か……」


 俺の幼馴染がマリアを見たら、なんだかめんどくさそうだなあ。



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