10話 青バラの誇り
私は師匠を恐れているけれど、尊敬もしている。
今となっては姫派閥にいる敵でもあるけれど……受けた恩義を忘れたわけではない。あわよくば私の後ろ盾になるよう誘導して、お金稼ぎの一助になってくれたらな、と淡い期待もある。
もちろん最終的には師匠に頼らずとも、己の力のみで富を築くつもりではあるけれど、実家のコネと資本力を元にスタートダッシュを決めるのは悪くない選択だと思う。
そのためにもこの一戦で師匠から信頼を勝ち取る必要がある。
そう————
かつて私が、師匠の
『ふん、平民のしかも若造ごときが、よくも出しゃばりおって』
ふと、勇者時代の記憶が蘇る。
王侯貴族たちが集まる軍略会議で、とある高位貴族が私の参加を揶揄した時のことだ。
『貴様のような
高位貴族は
もちろん前線は戦闘が激しくなる分、活躍の場も増える。
彼の狙いは明白だ。
今まで、平民の私に戦果を奪われ続けたのは貴族としての沽券が許さなかったのだろう。だからこそ『この軍略会議には参加するな』などと侮辱のこもった発言をした。
少なくとも他の貴族も同じような思いがあるのか、高位貴族の発言に賛同の声を上げる。
『勇者殿もさすがの連戦でおつかれでしょう』
『いざという時のためにお休みになっては?』
『これしきの連戦で? やはり平民には少々、荷が重すぎましたかな?』
『やはり
酷い物言いにカッとなりそうになった私を、横合いから静かに制したのは師匠だった。
『オリゾント侯、それは私に弓引くと言っているのか?』
『や、貴殿に弓引くつもりなど毛頭ないぞ? なぜそのようなことを……?』
師匠は最初に私を侮辱し始めた高位貴族に、絶対零度の視線を向けた。
『なぜ? 私の弟子を愚弄するのはすなわち……私を、【
『あっ……いや、決してそのような腹積もりはなかった……』
よく庇ってもらっていたっけ。
その時の戦いは結局、私は前線に深く突っ込みすぎて敵兵に包囲されてしまった。
いや、私を左翼から援護するはずだったオリゾント侯の騎士団が動かなかったおかげで、私の部隊は戦場で孤立してしまった。
気付いた時にはすでに遅く、多くの仲間が帰らぬ人となってしまっていた。
そして死の刃は着実に私の喉元にも迫っていた。
疲労困憊でだんだんと剣を握る手に力が入らなくなり、それでも目の前には容赦なく襲い掛かってくる無限の敵。
絶対絶命のなか、もはやこれまでと諦めかけたとき————
『——————【
その親しみ深い氷が敵兵を瞬時に凍てつかせ、砕き散っていった。
煌めく氷粒と共に現れたのは、涼しい顔をした美丈夫。
師匠は私のピンチに颯爽と駆け付け、その猛威を敵兵に振るう。
味方は歓喜の叫びを、敵は絶望の叫びを上げる。
『師匠……戦場に出ておきながら、この体たらく……面倒をおかけしてすみません』
『謝る必要などない』
どこまでも冷徹な男は、どこまでも素っ気ない。
それでも時々、その口元が涼しい笑みに彩られることを私は知っていた。
『ふっ、お前は私の誇りだからな』
◇
フローズメイデン騎士団は精強なる領地の守護者だ。
総勢5000人にも及び、王国伯爵位の中でも群を抜いて規模が大きい。もはや侯爵位を凌ぐ数だ。
彼らは宙に浮かぶ【
彼らがなぜ氷属性を中心に剣技を磨いてきたのか。
理由は単純だ。
【
かつての四代目アストロメリア王は、フローズメイデンが駆使する氷結を目にしてこう語った。
『空に咲き広がる氷結のなんたる美しさよ。まさに永遠の薔薇のごとき優美さよな』と。
それから武勲を立て続けたフローズメイデンは、『不可能を可能とせしめる』『永遠』の花言葉を冠する『青薔薇』が家紋にふさわしいと叙爵され、それが【
さて、そんな由緒正しきフローズメイデンの伝統や歴史は200年以上に及ぶ。
つまりそれだけの月日をかけてフローズメイデン剣術は進化し、私と
先ほどアンと修練場にいた時は、騎士のみなさんは私に遠慮して稽古を中断していたけど……いざ、
しかし先ほどとは明らかに違う類の静止だ。
その空気は瞬時にしてピンと張り詰める。
「ダンテ団長閣下に敬礼!」
広い修練場全体に野太い声が響き渡れば、騎士たちはすぐに抜剣して剣を胸の位置で制止させた。
よく訓練が行き届いた、見事に統一された動きだった。
「閣下。いかがされましたか? 本日の訓練は私が担当する日であったかと存じますが……」
えっと、この大男は……たしか2人いる副団長のうちの1人、ガッツだったかな。
「————よい」
まるで王が振舞うかのような威厳に満ちた
先ほどの私が来た時とは違い、気合いの入りようが違いすぎる打ち込みをしている。
「ガッツ。シルヴィーに剣の稽古をつけるから、しばしの間はこちらの区画を使う」
「————お、お嬢様が剣の修練を?」
なるほど。
やっぱりそこらの騎士団よりも格段に強い。
だけど————期待していたよりも、大したことないかもしれない。
「いきなり団長閣下がご指導をされるのですか?」
「そうだ。娘の指南も父の役目だ」
「し、しかし——いきなりは、その————き、危険では? お嬢様は剣を握った経験はないのですよね?」
「いかにも。だが、シルヴィーが基礎ぐらいは習得したいと願い出てきたのだ」
「お嬢様がご所望されたのですか!?」
ガッツが心底驚いたようにこちらを見つめてくる。
いやいや、ドレス姿に突っ込みたいのはわかる。
だが、
わざわざ用意してもらった物を着ないってなると反抗的だと捉えそうだし、
仕方なく着ているけれど、ガッツの私を見る表情が物語っている。
剣の訓練をするにはふさわしくない装いなのではないか、と。
「
「ああ。どうやらお前たちを率いる覚悟が芽生えたらしい」
「……お嬢様が、我々を……?」
師匠はどこか明後日の方向に遠い目を向け黄昏ているが、副団長のガッツは眉間に皺を寄せていた。チラリとこちらを見るその目には不安と焦燥、そしてわずかな嫌悪が混じっているのを私は見逃さなかった。
あーそう言えば以前、
うわー。
そんなのがいずれ騎士団を率いるとか、ガッツからすれば嫌すぎだろうなあ。
「……しょ、承知いたしました。こちらの区画を空けますので少々お待ちを……」
巨漢は心なしか両肩を下げてその場を離れてゆく。
私はそんな彼の後ろ姿を見て、ふと声をかけてしまった。
「ガッツ! 騎士団のみなさんの修練を邪魔してしまい、申し訳なく思っているわ!」
「————へ?」
まずは誠意と敬意を示す。
こんなので今までの素行が帳消しになりはしないだろうけど、こういう地道な積み重ねが大切なのだと勇者時代に学んだのだ。
というか
いつもの高慢な発言にならないことにホッとする。
「どうか、私とお父様の打ち合いを見ていてくださいませ! あなた方の剣技が如何に陳腐なのかを思い知りますわ!」
「はい————え? や、はい。え?」
あーやっぱり毒吐いた……。
何度か振り返り、疑問の声を上げるガッツにニマリと笑ってみせるしかない。
そんな
ふふふ。まあここは思惑通りかな?
私は騎士団の鍛錬を眺めていて、一つだけ納得のいかない点があった。
それはぬるすぎないか、と。
おまえら師匠と訓練してるのに、その程度って……たるんでるんじゃないのか、と。
勇者時代に受けた地獄の個人レッスンを思えば、こんなのは児戯に等しい訓練内容だ。
師匠には、確かに剣技
だけど今の身体でも……鍵魔法ありでの模擬戦なら、そこそこいい勝負になるのではないだろか。
どれどれ。
ここは一つ騎士団に喝を入れるという意味も込めて、大立ち回りを演じてやろう。
私も剣を始めたばかりの時、凄腕の剣士同士の打ち合いを見て、自分も早くあの領域にたどり着きたいと強く焦がれたもの。
フローズメイデン騎士団は士気が高い。
◇
「シルヴィー。
四日前にシルヴィーがいち早く『
「はい。お父様に渡された物は全て。それから書庫に赴き、中級と上級、聖級、王級本も読破いたしました。アンの監督の下、自主練もいたしました」
早く認められたいからなのか、たった四日で王級本まで読破したなどと……吐く嘘までうちの娘は愛らしい。
とはいえ全てが嘘というわけではないようだ。
傍付きメイドのアンからは、愛娘が剣術の鍛錬をしていると報告は上がっている。アンも『
娘の自主練はどのようなものだったかと尋ねれば、何やら興奮した様子で『バシュンでビシュンでお嬢様は天才です!』と褒めちぎっていたが……ふっ、アンは私と同じくシルヴィーをこよなく愛しているようだから、だいぶ誇張した感想になったのだろう。
「好きな木剣を選べ」
我が愛娘シルヴィーは13歳になったとはいえ、骨格はまだまだ少女の域を出ていない。筋量も当然少なく、身長も145センチあるかないかと小柄でリーチも短い。
とはいえ、初めから長物を使わせるのは重量がありすぎて、満足に振るうのさえ無理だろう。
「ふう。肩慣らしにこれぐらいが……やっぱり重いですわね」
「シルヴィーよ。それはお前には大きすぎる。こちらのショートソードの木剣を使うがいい」
「いえ、師匠との稽古はこのぐらいが良いので、こちらにしますわ」
「ふっ。師匠か」
どこでそのような単語を聞いてきたのか。
思わず笑みがこぼれてしまった。
しかしシルヴィーは明らかに大柄な成人男性が使うに適した長剣を手にしている。
師匠として、ここでそれは無理だと言うのは簡単だ。だが、果たして娘の意気込みを頭ごなしに否定するような発言はいかがなものだろうか。
ただでさえ最近は娘の考えがよくわからない。
なればこそ、ここは娘の希望を通し……ダメだったら違う木剣に切り替えさせて学ばせる。それではよいのではないだろうか?
「シルヴィーよ。なぜ真剣なのだ?」
「え? 稽古といえば真剣でした、ですわよね?」
「いや……うむ」
こ、これも否定してはいけないのか?
子の成長には、親が肯定するのが何より重要だと『子育て全力パパ』という教本で目にしたが……しかしいきなり真剣となるとかなり危険だ。
ああ、シルヴィアよ。君が生きていたら娘の無謀を制止しただろうか。
それとも最初からそれは無理だと決めつけ、娘の希望を否定する私を怒るのだろうか。
……きっと後者に違いないな。
なればこそ、形だけでも娘には対等で臨むとアピールするのが喜ばしいのだろう。後でお父様は木剣で、私は真剣なのに勝てなかった! と自信を喪失したり駄々をこねられたり……こねてるシルヴィーも神がかって可愛いのだろうな。
しかし初手から、娘の自尊心を折るべきではない。
私はここまでの思考を1秒で終え、手に馴染み深い長剣を掴む。
「団長閣下!? さすがに真剣は!?」
何やらガッツが視界の隅で動揺の声を上げたが、今はそちらに意識を割いている場合ではない。愛娘に全神経を集中し、絶対に怪我をさせないように心掛けなくては。
シルヴィーは既に長剣を下に構え————
ふむ?
あれは、
基本的に刀身へ氷魔法を宿らせる
なるほど。
シルヴィーにとって重量のある長剣には、あれが最善の構えだ。
しかし……かなり隙がなく、もはや完璧の領域ではないだろうか?
しっかりと教本を読んでいるようだが、たった四日で『氷花の芽吹き』を習得するとは……やはりフローズメイデンの血を、私の血を色濃く継いでいるようだな。
喜ばしい、今日はなんて喜ばしい日なのだ!
そうだ! シルヴィー剣術デビューの記念碑を街の噴水広場に立てよう!
「お父様?」
「……いつでも好きに打ち込んでくるがよい」
「では————いざ!」
そう言った矢先に娘は素早く口ずさんだ。
「【
突如としてシルヴィーの左手に浮遊する青白い鍵が現れる。続いて愛娘の背後、虚空は異界に繋がる扉となった。そして鍵はひとりでに回り、開かれた扉からシルヴィーが望んだ現象を具現化する。
この間、わずか1秒。
驚くべき速さでシルヴィーを囲うように、巨大な氷の指————いや、壁が5枚出現した。
氷帝界を闊歩する氷の巨人、その指が私から娘を守るように立ちはだかる。
まさかの詠唱破棄で、しかも異界の中でも高位に属する氷帝界に繋がる鍵魔法を行使できるとは……いつの間に鍵魔法をここまで習得していたのかといった驚きもあるが、今はそれどころではない。
————何せ我が愛娘が、
「【
瞬間、娘の背後にはさらに巨大な鉄格子がずらりと並び——門と化す。
門が開けば、煌びやかな装備を身に着けた巨人の上半身がずいッと這い出るように出現した。王すらも
王葬界を解門だと……?
初めて見る鍵魔法だが、なんとなく効果は察せられる。
しかし、うちの娘は天才なのでは!?
「あら? 【
なるほど……。
確かに今のタイミングは私が先制して、王葬界の開門を阻むのが上策だろう。その防波堤として氷壁を展開したのだろうが————
どれ私も一つ、牽制してみようか。
まずは距離を詰めるために疾駆しながら、詠唱破棄。
「【
シルヴィーを囲む氷壁の内側、つまり修練場の地面から氷の大樹が刃のごとくメリメリと急速に成長する。無論、枝の先は全て丸みを帯びるように調整しているが、当たれば強打されたに等しい痛みを伴う。
しかし、英霊の加護を受けたシルヴィーは物凄い跳躍力で容易く
私も二歩で駆け上がり、剣の切っ先をシルヴィーに向ける。
なるほど、上の位置を取るのもなかなか有利な立ち回りだが————
「【
「【
互いに氷属性の鍵魔法を剣に走らせたのは同時。
「————【氷山崩し】」
「————【氷山落とし】」
私の下段からの攻撃に対し、シルヴィーは真っ向から上段の振り下ろし。
氷剣と氷剣が衝突し、剣から腕に伝わる衝撃が予想以上に重いと悟る。シルヴィーの剣戟をいなすように体勢を変えなければ、地面に叩きつけられてしまうほどの膂力だった。
身体全体に横回転を加え、どうにかシルヴィーが放った剣閃を流すも追撃の手は迫る。
「——【
「ふっ、ならば————【
怒涛の連撃を素早く落とし続けるシルヴィーに対し、自身の横回転をそのまま剣に乗せて氷結を竜巻のごとく発生させる。
これによりシルヴィーの剣戟を防ぎ、かつ空中に飛翔した私は娘の上を取る。
即座に身体を捻り一撃、二撃、三撃と連撃を加え、シルヴィーの横に着地。全ての攻撃を見事に防いだ娘を誇らしく思いつつ、構えを取る。
ほう————
計らずしも私たちが立っているのは氷壁の上。
つまり、遠くで訓練していた騎士たちも自然と私たちの打ち合いに注目するようになっていた。
「おい、団長閣下とやりあってるのって……」
「マリアローズお嬢様だ」
「……ありえない動きを、してないか?」
「あの団長閣下と……渡り合っている、だと……?」
愛娘が放つ怒涛の剣技が、たった四日前に自主練を始めたばかりとは到底思えない剣が、私に襲い掛かる。
歓喜と驚愕。
ああ、我が子の成長を愛しいと感じる。
同時に油断ならぬ剣筋への対応に追われ、それがまた嬉しさを倍増させる。
「おいおい、閣下が笑ってらっしゃる」
「マリアローズお嬢様にも笑みが、浮かんでおられる……?」
ここまで私の剣を受けきれるのは、王国でも片手に数えるほどしかいない。
ましてや年端もいかぬ、非力で未成熟なはずの娘が、私と剣の撃ち合いに興じるなどと……騎士たちが驚くのも無理はないだろう。
ああ、我が娘ながらたまらなく嬉しいぞ。
しかも、動きや技の仕掛け方が歴戦のそれを思わせる。
フェイントの入れ方から、誘いを混じえた体捌き、そして戦いでは扱い辛いドレスの広がりすらも利用し、こちらの死角を上手く作って突こうとする技術。
唯一、未熟だと感じる点は若干のリーチの読み違いぐらいだろう。それも小さな体躯を最大限に活かして懐に入ろうとする試みなど、成長の幅が大きく期待できる。
さらに評価すべきは、この戦いをデモンストレーションとして意識している
【王葬界】を開門できるなら、当然【幻氷界】や【水霊界】も解錠できるのだろう。
であるならば、より実戦的な戦いを狙うのも可能だったはず。初手で霧などを発生させ、
ここまで躍動感にあふれながらも、騎士団を意識した修練。
恐らくレベルの高い模擬戦を披露し、騎士団の自発的な向上心を促す狙いだろう。
まさに、まさに————将来は我が騎士団を率いるに相応しい
初の対人修練でここまでやれるなんて、もはや我が娘は————
「【
「ほう——?」
激しく氷剣流がぶつかり合う狭間で、シルヴィーはまたも鍵魔法を詠唱破棄で発動。
しかも……神界の【解城】だ。
解城を扱える『解き使い』など、私を含め王国でも数人ほどしかいない。
それを、たった13歳になりたての我が娘が詠唱破棄で行使してしまうとは。
さらに私ですら知りえない鍵魔法に、久しく昂らなかった感情が再び熱を帯びる。戦闘中は常に冷静さを保つのが必定だが、あまりにも我が愛娘との手合わせが楽しすぎて仕方がない。
絶え間なく剣を振るう娘の背後には、氷山のごとき巨大な城が出現する。やがてゆっくりと門、ドア、窓といった全ての出入口という出入り口が開かれてゆく。
ほう——
まるでわからない。
わからないが、わかったぞ。
我が愛娘はまぎれもなく————
大天才だと!
「
シルヴィーは大空を覆うほどの大小様々な氷武具を自在に操り、私へとけしかけてくる。
岩のようなハンマーが宙から叩きつけられ、破城槌が豪速で飛んできたかと思えば、竜の牙のごとき剣の雨あられに見舞われる。
特に厄介なのは神速を纏う無数の氷剣だ。
空中を無限に飛翔しては私へと殺到するので、避けるのに苦労する。
さらにシルヴィーは大きな武器の影を縫うよう、巧みに自身の身体を隠してはこちらの死角を狙って剣を振るってくる。
「シッ!」
ここに来てスピードを上げるか。
いや、今までこの時のために速度を抑えてきたのだろう。こちらが咄嗟に合わせ辛くなるよう、模擬戦を組み立てられていたようだ。
ふふ、どうやら我が愛娘は初戦で勝利を掴みにきたらしい。
ならば見せてもいいだろう。
いや、もはやここまで先手を取られ続けられたなら見せざるを得ない。
どうも愛娘の掌で踊らされているような気もするが、それもそれで悪くはない。
シルヴィーが望むのなら————
家紋を背負い、私の後を継ぐのなら————
しかとその目に刻め。
「【
剣を握る私の手には、周囲に散らばったあらゆる氷塊を支配下に掴む感覚が宿る。
刃の切っ先に意思を込め、剣を振るう。
私の意思が溶けない限り、永遠に溶けない氷が瞬く間に咲き誇る。周囲一帯を幾重にも覆い尽くし、修練場もろとも飲み込みかねない巨大な絶氷が支配する。
【
それは一度その絶氷に閉じ込められると、永遠に私の許しがない限り自由なく死すからだ。速度、範囲、効果、そのどれを
絶対零度の不可避領域。
まさか、初戦で【
うちの娘は間違いなく大天才だ!
おっと。
浮かれている場合ではない。
早く【凍てつく青薔薇】を解除してシルヴィーに治癒を施さなければ。
いつもよりやんわりと放ったが、わずかな時間とはいえシルヴィーが凍傷になってしまったら悔やんでも悔やみきれない。
「さすがです、わ————と、言いたいところですが——」
しかし、私の愛娘への思惑はまたも裏切られた。
いや、予想外と言うべきか。
上を仰げば、巨大な氷の薔薇に陽光が降り注ぎキラキラと輝いている。
そんな光と
「————師匠、少し腕が鈍りました?」
私譲りの銀髪をなびかせ、私を見下ろし————
剣を氷塊に突き立てた愛娘がニコリと笑っている。
シルヴィア譲りの碧眼を細め、まるで天使か————
聖女かのように、青薔薇の上に堂々と立っていた。
【
やはりお前は————
「ふっ、お前は私の誇りだからな」
思わずそう呟かずにはいられなかった。
「だから、傷つけるわけにはいかない」
本音をそっと口にはしたが————
我ながら、愛娘に負け惜しみとはかっこ悪い父になったものだ。
それでも私の笑みは絶えなかった。
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