アド・アラリス/魅惑の墓標

COTOKITI

第1話 斯くして天人は地に招かれた



空中国家アド・アラリス。


遥か数千年前に偉大なる魔術師達の祖先のその更に前の代に当たる魔術師達が作り上げた超巨大な浮島。


「特異点転換炉」と呼ばれる原理不明のロストテクノロジーによって完全に永久の稼働を約束された、この直径700㎞を超える人工の大陸を支える浮上装置。


そこにある技術は全て地上の120年先を行っていると言われており、地上の民は毎日彼ら天人達に見下される感覚を抱きながらアド・アラリスの生み出す影の中で生きていた。


5年前のあの日までは。


==========




「落下速度、下がる気配がありません!!」


「シンギュラリティ・リアクターからの魔素供給量40%を切りました!!このままでは浮上装置停止の可能性大!!」


「3番魔素供給路の復旧は!?」


「無理です!!原因は分かりませんが先程の爆発により周辺の区画ごと吹き飛んでいます!!」


「なら遠回りになってもいい!!別の供給路から優先的に浮上装置に回せ!!」


彼らがいるのはアド・アラリスの浮上装置を管理している制御室。


けたたましい警報と共に、制御室内に怒号やら、悲鳴やらが飛び交う。


現在、アド・アラリスの生命線たる浮上装置に動力である「魔素」を供給していた3番魔素供給路が原因不明の爆発により吹き飛ばされ使用出来なくなったため、その復旧を試みていた。


しかし、直後先程よりもまた更に大きな爆発が起きた。


彼らが最後に縋ろうとしていた希望が崩れ去る様を見せつけるかのように、制御室のモニターに映し出されていた全ての魔素供給路が「使用不可」の表示で埋め尽くされる。


ここまで来て彼らは漸く確信を得た。


「この爆発!!人為的でもなければ―――」


叫び終わる前にアド・アラリスは遂に落着し、制御室はその衝撃で上下から圧し潰された。


結果としてアド・アラリスの墜落の原因は誰も知らぬまま、そんな議論も忘れ去られていったのだ。


==========



《戒暦1345年7月2日 フィ・リアット大陸南方 旧ラーインス公国領ダラヌス地方》



人の手を離れ無秩序に草木が生い茂る大森林。


そこに一本、辛うじて残っている街道を二人の男女が歩く。


一人はローブを全身に纏い、腰に長剣を携えた長身の男。


もう一人は彼とは対照的に小柄で、黄色と白を基調とした着物に似た民族衣装のような物を身に着けた少女らしき存在。


額に生えた立派な双角が彼女がただの人間でないことを示している。


淡々と歩き続ける男の隣で彼女は前後左右にゆらゆらと動きながら心底つまらなそうにため息を漏らす。


「この森、いったい何時になったら抜け出せるのだ……!?」


「地図が正しければもうすぐ出られる筈」


「暑いし虫はやたらいるし後暑いし!!なぜ朕がこのような場所を歩かねばならぬのだ!?馬車を用意せい馬車を、早急にだ!!」


隣でごねる彼女を見て彼は大きくため息をつく。


「旅費の節約とか言ってケチったのはアンタでしょうに」


「やかましいわ!!大体、主もずるいぞ!!その布切れ、温度操作のを使っておるだろ!!朕にも寄越さぬか!!」


「アンタも術技使えるんだから自分の服に掛ければいいだろ」


「朕がそのような雑事に魔素を消耗してたまるか――」


「待て、索敵に何か掛かった。デカいのが前方に何匹かいる」


腕を上げて抗議の意を唱える彼女の言葉を遮り、姿勢を若干低くすると腰の剣の柄に手を掛けた。


彼が周囲に放った索敵用の術技が巨大な動体を前方に感知したのだ。


そしてそれはすでにこちらに気づき真っすぐ向かってきている。


地響きが鳴り始めた時、彼が長剣の柄を握り締める。


何の変哲も飾り気も無い本当にただの鋼鉄の長剣。


それを構え、襲来の時を待つ。


草木をなぎ倒してそれが躍り出てきた瞬間、彼は剣を抜き放ちその場から跳んだ。


出てきたのはカマキリのように長い刃を兼ね備えた腕を持つ外骨格に覆われた体の魔獣。


その鎌の威力は道中で真っ二つにされた木々の惨状が物語っていた。


常人ならまともに受ければぺしゃんこになっているであろうその魔獣の大振りな斬撃を彼は受けた。


そしてその瞬間、彼は唱える。


――体技、『アンヴィロ・ルヌ鬼体纏身


古代ラーイーンス語を口ずさんだ彼はその後、人間離れした筋力で魔獣の斬撃を受け止め、あろうことか弾き飛ばして懐に飛び込んだ。


咄嗟に後ろに飛び退こうとした魔獣だったが、彼の方が動きが早く右足を切り落とされバランスを崩して転倒する。


その隙に彼は魔獣の首元にしがみつき慣れた手つきで首を守る外骨格の隙間に長剣を滑り込ませ、首を貫くと体重を駆けて勢いよく回転しそのまま長剣を抜き取って着地した。


彼が後ろを振り向いた頃には魔獣の首から上は無くなっていた。


「これで一匹、あと三匹は来るな」


そう言った途端に、同種の個体が三匹一斉に襲い掛かってきた。



――心技、『ニュマ・コルソル脳幻写鏡


一匹が懐に入られまいとその巨大な鎌で彼のいる場所を地面ごと抉り飛ばした。


爆発音と共に衝撃波と粉塵が舞う。


しかしそこで油断する魔獣でもなく、その二対の翅で残りの二匹が空高く飛び立ち、直上から粉塵立ち込める地上へ急降下すると鎌による刺突を繰り出した。


爆発音に次ぐ爆発音。


けたたましい音と煙幕のように舞い上がる粉塵に後方で隠れていた彼女は、耳を塞ぎ目を顰めながら様子を見守る。


そして、彼女はその瞬間を見る。


「まあ、あの程度の地団駄で下手に出るような男なら雇っとらんわな」


刺突を繰り出した二匹の内、一匹の腹がいつの間にか割かれていた。


致命傷を追ったことも気付かずに飛んでいたその魔獣はバランスを崩し、臓腑を撒き散らしながら勢いよく大木にその身を叩き付け動かなくなった。


同時に、二匹の背後の何も無い筈の空間から突如彼が出現した。


この三匹は最初から彼の放った魔術、によりという幻に踊らされていたに過ぎなかったのだ。


隣にいたもう一匹が慌てて背後に振り向き飛び掛ろうとするが、その時には既に二つの魔術を発動していた。


――術技、『ラカラ・ペタギア六天瞬歩


――装技、『イノ・フラティス万斬一刃


何も無い彼の足元に不可視の足場が現れる。


それを足掛かりにして彼は空中で更に加速した。


同時に、彼の持つ長剣の刃が陽炎を纏う。


上半身を大きく捻り、陽炎を纏った長剣を横向きに構える。


その時、彼は天地が逆転し足裏が空を向いていた。


ある程度接近すると、魔獣の方が先に鎌を振り下ろした。


しかし、それは何故か彼に当たることは無く見えない何かに弾かれた。


六天瞬歩は足元にしか生成出来ない。


それを利用し足を上に向ける事で不可視の足場を真上に出現させ、盾代わりにした。


想定外の防御手段に混乱した隙を見て、彼はすかさず加速しその渾身の一太刀を振った。


陽炎を纏った刃は堅牢な魔獣の外骨格を紙切れのように断ち切った。


そのまま加速の勢いに任せて、剣を振り魔獣の体を胸から横薙ぎに両断した。


万斬一刃とはただ一度のみの斬撃に全てを賭ける、万物を斬る魔術である。


落ちていく死骸を一瞥し、彼は木を伝って着地した。


「さて、あと一匹……」


残りの一匹を片付けようとした彼の前に映ったのは、身体中の外骨格がヒビだらけになり、半身が地面にめり込んだまま絶命した魔獣の姿だった。


「なんだ、もう片付いてたのか」


「フン、あまりにも退屈だったのでな」


三匹の死骸を確認し、旅を再会しようとした時、彼が足を止める。


「…?どうした?」


首を傾げる彼女に、彼は恐る恐ると言ったように尋ねた。


「そういえば、俺らまだ互いの名前知らなくね…?」


「あー…そういえばここに来るまでまるで言葉を交わしておらんかったな」


未だ自己紹介すら済んでいなかった二人は今更互いの名を語った。


「俺はロセーム・アーレント」


「朕はシスカ・ヴォロノミク」

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