糸は、何度でも。
@tsumugi289
こぼれた涙の先の奇跡
「痛い。」「苦しい。」そんな感覚も、驚きと絶望で感じることができない。一酸化炭素も効かなかった。最初は、換気がされていて毒がたまらなかったのかなと…そう思っていた。しかし、あんな空間、車の中。ホントに換気がされていたのだろうか。そう、今は感じる。
目の前に広がる…赤い液の海。赤黒く染まった包丁。首下から上半身にかけて赤く染められているのがわかる。倒れ、髪も赤く染まる。しかし、美しい赤などでは決してない。察している通り、血である。包丁で首切り自殺を試みた。そのせいで、周りには赤い世界が広がっている。
「どうして…?」
私、竹世つむぎは鉛のように重い体を立ち上げた。
そう、立ち上げたのである。この赤い海を作ってもなお、立ち上がれたのである。それに、わかりにくいが首の傷がなくなっている。痛覚はあった。切れた音はした。気を失った。間違いなく、私は死んだ。なのに、私はここにいる。いつもの部屋が見え、秒針の音が聞こえる。
──きっと…亡霊になったんだ…
そう理解した。だから、何をしても見られることはない。しかし、霊感のある人などには見えるかもしれない。そう考え、私は汚れた服を赤い海に沈め、体を洗い流し、お気に入りの紺色のセーラー服を身につける。…まぁ、中学校の制服であるが。
そうして私は家を出た。何か、解放された気分だった。体は幾分か軽い。それは測らずともわかった。まぁそれは亡霊になった、この世のものではなくなったというバイアス効果がはたらいているのかもしれない。
外は冬で…雪が降っている。普段はどうでもいいこの景色、一面に広がる銀世界。それが久しぶりに…美しいと感じた。ただの通り道から美しい情景へと数分で景色がガラリと変わっている。やはり見える景色は人間それぞれの主観的現実によって大きく変わるようだ。
ただ、なにも考えずに出てきてしまった。セーラー服だけでは寒い。家に戻り、赤い海など無視しタイツとマフラー、手袋を取り出し身につける。いつものツインテールも結び直し、景色を見るために眼鏡。
そうして外に出ればまだ多少寒いが、それが気にならない美しく、解像度の高い世界が広がっている。
…亡霊だ。もう亡き者だ。ならば、見たことない世界を旅してみてはどうだろう。旅先で、亡霊の友達なんて作ってみてはどうだろう。なんて軽い冗談を考えながら、知らない道を足の赴くままに歩いてみる。
雪が、樹木が、私を歓迎する。雪は悪戯に私の頬に触れ、結束し同じ方角に降り注ぎ、冬独特の景色を想像する。樹木は堂々と根をはり、見上げられるほどに立派な幹でそこに存在する。葉は雪を受け止め、降り注ぐ雪と共に最高の銀世界を演出する。こんなとき、私もスマホを持っていれば撮影できたのだろう。だが今の状況で使える気がしない。
人々には、私が見えない。誰もが私を無視し、最初からそこにないように接する。誰にも注目されない。誰にも見られず、興味を持たれない。昔の生活と似ているが、やはりこれが幸せだった。
中学三年生、受験期。眼鏡、陰、リズムゲーム好き。そんな陽が持つ最悪のイメージでクラスに存在していた私は、当然誰からも視線を浴びなかった。授業でよくやる隣どうしのペア。あれだって二人じゃできないから隣の人が私を無視し、後ろの二人と三人組を組み、授業を行う。
こんなのでも私は、成績は上位であった。陰と言いながら実は陽属性が強い学年2位のアンダくん。よくおだてあげられるが身内でワイワイやるとき一番楽しそうにしている学年1位のユウくん。そして3位私。私たちはいつも一緒だった。
会話は少し難解。何かしらの学問の話をしていたり、理解に時間がかかる矛盾やパラドックスについて話していたり。それを応用し自分達のネタ帳にし盛り上がる。そこは私が唯一中心になれる場であり、一番大きく笑えるところであった。
それ以外は私は蔑まれる対象。クラスで一番どうでもいい私と、クラスの異次元的存在学年1位のユウくん。そんな私たちが仲良くしてたって、「ユウくんの足元にも及ばないくせに。」「たかが3位で調子に乗るな。」「頭いいアピールがきつい。」
なぜだろうか?私はただ話が合うユウくんと一緒にいたいだけ。それなのになぜ…私は文句を言われなければならないのであろうか。
挙げ句の果てにはこうである。
「クラスにいて何の意味がある?」「いない方がクラスが平和でもっと雰囲気がいい。」「これだから音ゲーマーは気持ち悪い。」「自己承認欲求の塊。」
何なのだろう。私に恨みでもあるのか?
…もう、後味が悪いまま終わった受験期だった。そして春休み。受験が終わり、やることがなくなると、つぎはインターネットによる交流の開始。仲がいい人ができ、ネットの怖さを知る。
インターネット。相手の顔を見ることはなく自分の思いを自由に書き綴ることのできる場。そこでは、やり方を間違えなければなんでもできるいわば無法地帯。
そんなインターネット。まぁ、それさえ注意すれば夢のような場所。しかし…希望し、夢を見て、感情がインフレーションすれば、次に待つのは感情のデフレーション。私が遭遇したのは、初恋と失恋。まぁ、他の人が体験すればほんの小さな出来事かもしれない。しかし当時の私にはショックが大きすぎた。
初恋相手とは関係に見えない亀裂が入り、ずっと精神を支えてくれ、ついには付き合った最初の相手は急に消えてしまう始末。いつの間にかネットに依存してしまった私には…心を支える柱が消え失せていた。
後の私は木偶の坊のような人間。何をやるにもやる気が起きず、なにも楽しくない、勝手に涙がこぼれる。そんな虚無のようで地獄のような毎日。そんな私をぐるぐると駆け巡るのはあの言葉。「クラスにいて何の意味がある?」ずっと、私の中でこれが回っていた。遠回しに、私がいきている意味がないことを暗示している。そう…確信した。
私は何日も勇気をだし続け、5月26日、ついに決行した。
───そして、私は亡き者としてここにいる。
…景色。それを純粋に楽しんだのはいつぶりだろうか。美しい。きれい。すごい。壮大。そんな子供のような感想しか出なくても、心には確固たる感動の心がある。もっと世界を見て回りたい。好奇心に正直に旅をしたい。そう、決めた。なぜなら、歩き続け6時間。全く空腹にならず、つかれもしない。亡霊の恩恵である。
死んでよかった。そう、感じているとき、全速力で道を駆ける二人の少女とぶつかった。衝撃と驚きで、尻餅をついてしまった。
「あーーごめんねーーっっ!!!」
そう言い、走り去ってしまった。まぁ、小学生くらいだから怒るまいいやまて。
私は死んだのではないのか?なぜあの子供には私が見え、そして触れられた?気になってしかたがない。あの子供たちとコンタクトを図りたい。
そうして、私は彼女らについていった。しかし、追跡はすぐに終わってしまった。なぜなら、彼女たちが路地に入り、消えてしまったのである。…正しくは、見失った…というべきであろうか。
──ここはどこだろう。私は…好奇心でそこを彷徨い続けた。すると、日差しだろうか、眩い光を感じた。咄嗟に目を閉じる。
目を開けると…目の前には巨大な要塞が広がっていた。
(つづく)
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