灯りの中に視たかったもの
黒本聖南
年に何度あるか知れない穏やかな一時
「ほら、あるだろう?」
「何がだ?」
「こうやって、マッチの灯りを眺める話。灯りの中には幻想が宿るんだ」
寮の前の空き地、そこに何故か置かれた土管にお互い腰掛けている。
包帯に隠されていない奴の指が持つマッチには灯りが灯っているが、目を凝らしてもその中には何も見えない。
「酔っているのか?」
「そうかもしれない」
そう訊ねてみたが、端からは酒が入っているようには見えなかった。
その横顔は、何かを待つ子供のようにも、何も起こりはしないと諦める老人のようにも見える。
「──今夜の自殺は凍死か。まだ雨は降っていないぞ、太宰」
「……」
太宰は何も答えなかった。
曇天の下、マッチの灯りが奴の顔を照らす。
「予報では日付けが変わる頃に降り始めるとのことだ。その前に部屋へ戻れ。風邪でも引いて明日の業務に響いたらどうす……」
ふいに普段の勤務態度を思い出し、言葉が続かなかった。
だが、他に奴を自室に戻す為の言葉など思いつけるわけもなく。
「……国木田君、私ね」
灯りを見つめたまま、どこか熱に浮かされたような口調で奴は言う。
「こないだ、誕生日だったのだよ」
「……そうか」
それ以外に何と言えばいい。
この同僚とは、誕生日を祝い合うような関係ではない。かといって、そんなものは知らないとあしらえるほど、冷めた関係でも……いや。
日々死にたがっているような男が、自分の生まれた日を喜ぶものだろうか。
「それからたまに、こうしてる」
「……誕生日にもらったのか、そのマッチ」
「もらってきた。吸わないのにね」
うふふ、なんてもらした声は、今まで聞いたどの時よりも乾いたものだった。
「あの物語みたいに、何か視えないかとずっと試しているのだよ。なんせこの世界には異能がある。それくらいしてくれてもいいじゃあないか」
「お前が持っていたら意味がないだろう」
「……うん、そうだね」
つまらなそうに言うと、奴はマッチを振って灯りを消し、土管から腰を上げる。
「雨、降るんだろう? 早く中に入ろう」
俺が言えずにいた言葉を軽々と言って、奴はさっさと自室に向かう。
そうだ、雨が降る。
何も持たずに外に出たから、このままだと濡れてしまう。奴に続いて俺も自室に戻るべきだ。
そうと分かっているが、腰は上がらず、奴の背中を見送るばかり。
「……あれ、国木田君? 早く来たまえよ」
「……あぁ」
──何か、視たいものがあったのか?
そんな問いが口から溢れそうになるが、それを訊いて何か意味があるのだろうか。
俺と太宰は相棒だ。だが、互いの知らない過去を掘り返すほど親しくはない。
その問いは、きっとそこに繋がるだろう。
何も言わず、何も訊かず、それぞれの自室に戻る。
これ以後、マッチの灯りを眺める太宰と蜂合うことはなかった。
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